変化に即応する自律型組織の作り方 〜全員が主役となる「対話」の促進〜
2023.04.17
変化の激しい時代において、組織づくりの在り方として注目されているのが「自律型組織」です。これまでのトップダウン型組織のように、トップの指示を待って現場が動いていると、変化のスピードに乗り遅れてしまうと考えられています。
対して、組織の全員が上司の指示を待たずとも自ら考えて行動し、結果を残すのが自律型組織の特徴です。こうした組織は、どのように育んでいけばよいのでしょうか。
グロービス経営大学院経営研究科経営専攻(MBA)修了
立教大学大学院経営学研究科経営学専攻リーダーシップ開発コース修了
講師としては、思考領域・リーダーシップ領域を担当する。
目次
第1章
自律型組織とは?
本コラムでは、自律型組織を「やること・やり方を自分達で決めて動いて成果を出す、全員が主役の組織」と定義します。フラットな組織形態で、社員一人ひとりが自律的に動き、個々人の特性に合わせてマネジメントが行われ、変化を前提として仕事を進めるものです。
その一方、現在多くの企業で見られるのは、指揮命令系統が明確なピラミッド型の組織形態で、トップの指示に従って計画的に仕事を進める「管理型組織」です(図1)。
2つの組織を比べてみると、自律型組織のほうがよさそうに感じられますが、「組織の統率が取りにくそう」、あるいは「社員が自己管理をできるのか心配だ」といった懸念点も思い浮かぶでしょう。
自律型組織にせよ、管理型組織にせよ、万能な組織はありません。大切なのは、自社の戦略を実現するためには、どういった組織が最適であるかを考えることです。自律型組織を目指すのであれば、「なぜ、自社は自律型組織を目指すのか?」という目的をおさえることが重要だと考えます。
第2章
今、なぜ自律型組織が必要とされるのか?
近年、「自律型組織を作りたい」というテーマで、当社にご相談いただくことが増えています。
まず、自律型組織の必要性が高まっている背景には、以下のような世の中の大きな動きがあると捉えています。
2-1. 激しい市場変化
「VUCA」と呼ばれる、先が読めない変化の激しい時代を我々は生きています。
これまでの時代は、問題が起きても解決法が明確である「技術的課題」に対処する場面が多くありました。そのため、権限を持つリーダーの指揮命令に沿って動く管理型組織のほうが、生産性が高くなりやすいとされてきたのです。
ところが、VUCAの時代は前例のない課題に直面することが増え、試行錯誤して解決法を見つける必要があります。「技術的課題」ではなく、その都度、学習しながら解決していく「適応課題」へと、課題の種類が変化しているのです。
さらに、適応課題へ対処する際は、組織のトップではなく、実際にその課題に直面している担当者を中心に動くことがよいとされています。前例のない課題が起こる時代においては、組織内で権限をもっているリーダーであっても、初めて直面する課題であることが多くなります。そのため、リーダーが解決策をすぐに見出せるとも限りません。日々現場にいる担当者が、最も適切かつスピーディーに解決できる可能性が高いのです。
新たな課題が次々に起こりうる時代においては、個々人が市場の変化に素早く対応して判断し、行動できる組織づくりが必要です(図2)。
2-2. 価値観の多様化
働く人の価値観が多様になっていることも、自律型組織の必要性を高めています。具体的には、以下の点で多様化が進んでいると考えます。
働く目的や意味(Why)
「何のために働くのか」の目的意識は、人による違いが大きくなっている(社会の役に立ちたい、自己実現をしたい、経済的に豊かになりたい、家庭を支えたい、など)
働く内容(What)
一社で定年まで勤め上げる価値観が薄れつつあり、誰もが転職という選択肢を考えるようになっている。また、副業を認める企業も増えている
働くタイミング(When)
新卒一括採用がメインであった企業も、キャリア採用を増やす傾向にある
働く場所(Where)
リモートワークを導入する企業が増え、場所の制約を受けずに働ける環境が整ってきている
このように働き方の選択肢が増え、価値観も多様な社員をマネジメントする際、これまでのような画一的なマネジメント手法は合わなくなってきています。企業は、多様な人材がいることを前提とした組織づくりをしていかなければなりません。
2-3. 人的資本への注目
最近、ニュースで目にすることが増えた「人的資本」の観点でも、自律型組織の必要性が高まっています。
経済産業省によれば、人的資本経営とは”人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方”1)と定義されています。
近年、企業経営において人的資本が重要視されていることは、データからも明らかになっています。
人的資本は、「無形資産」にあたります。アメリカのS&P500社では企業価値に占める無形資産の割合が年々増えており、2020年には90%にまでのぼっています。また、同じくアメリカでは、投資家が投資判断をする際、無形資産の価値を重視する傾向も高まっているのです(図3)。
さらには、企業に人的資本情報の開示を求める動きも出てきています。2018年に人的資本情報開示のガイドラインであるISO30414が制定されたほか、日本でも東証のコーポレートガバナンス・コードが改訂され、上場企業には人的資本に関する情報開示が迫られているのです。また、経済産業省が2022年に発表した「人材版伊藤レポート2.0」でも、人的資本の価値を上げていく必要性が述べられています。
ここで挙げた3つの大きな変化は、経営者や人事部門の皆さまも実感しているのではないでしょうか。このように、変化が激しく、価値観が多様化している時代においては、人を資本と捉え、社員一人ひとりの個性を尊重した組織づくりが求められているのです。
第3章
自律型組織はどのように作るのか
自律型組織は、自ら考え行動できる「自律型人材」が集まれば、自然とできあがるものではありません。
組織作りにおける自律とは、放置することではないのです。自律的に動いてもらおうと思って、「自由にやっていい」とリーダーがメンバーに言うだけでは、個々人がバラバラに動いてしまいます。前述したように、組織の統率が取れるのかという懸念が残るでしょう。
組織である以上、組織が目指す方針に沿って、互いが関わり合いながらも、個々人は自ら考え行動する状態が、自律型組織なのです。ただ社員に任せればいいというわけではありません。
では、自律型組織はどのように作っていくものでしょうか。ここでは、組織を構成する要素である「GRPI(グリッピー)モデル」を元に考えていきたいと思います。GRPIモデルとは、アメリカの組織開発コンサルタントであるベックハード氏が提唱したものであり、組織を構成する要素として、
1. Goal(目標)
2. Role(役割)
3. Process(仕事の進め方)
4. Interpersonal relationship(関係性)
の4つを挙げています。組織を立ち上げる際は1→2→3→4の順で行い、逆に、組織の課題点を考えるには4から遡って現状把握するとよいとされています。
筆者は、このフレームワークに「Individual(個人)」の要素を追加し、5つの要素にすることで、自律型組織をより作りやすくなると考えています。よい組織の要素がどれだけ揃っていても、個々人が自律していることは欠かせません。社員一人ひとりが自律しているからこそ、自律型組織が機能するのです(図4)。
ここからは、自律型組織を作るために、GRPIモデルに「Individual(個人)」を追加した5つの要素において、どのような姿勢や施策が必要になるのかを見ていきたいと思います。
3-1. Goal(目標)
まずは、社員が組織のミッション・ビジョン・バリューに共感し、目標を理解して納得している状態を作る必要があります。簡単ではありませんが、この初期動作で手を抜かないことが肝要です。
ゴールがわからないまま仕事をするのは誰もが不安ですし、モチベーションも上がらないでしょう。また、ゴールに対する共感を生み出せていなければ、メンバー個々人がバラバラに動いてしまうという懸念が現実になってしまいます。
設定するゴールは、意義があり、具体的でイメージしやすく、挑戦できるゴールであると、社員にも共感してもらいやすくなるでしょう。また、このゴールを目指すことでどのように成長できるのか、その意味合いを上長からしっかり説明することも必要です。
3-2. Role(役割)
自律型組織において社員一人ひとりの役割を考えるにあたっては、仕事の種類やメンバーの特性に応じて、できるだけエンパワーメント(権限移譲)していくことも重要です。
冒頭でご紹介したように、自律型組織は「全員が主役」であり、互いに補完し合うことで成果を生み出すことが期待できるからです。こうした互いに補完し合う関係性を「シェアド・リーダーシップ」といいます。
シェアド・リーダーシップとは、上司から部下へ指示を出す垂直的なリーダーシップとは異なり、誰もがリーダーであり、フォロワーでもあります。全員がリーダーシップとフォロワーシップを場面に応じて入れ替えるのです(図5)。
仕事とは、最終的に組織で成果を出すものです。特定の人だけが意思決定をして頑張るのではなく、個々人の強みを組み合わせて、組織としての強さを増していくことがシェアド・リーダーシップの考え方です。自律型組織を作るにあたっては、このような「全員が主役」である役割認識をもつようにしたいものです。
3-3. Process(仕事の進め方)
仕事の進め方においては、情報をオープンにしていくことが大切です。上司から部下へタスクの指示だけを行うのではなく、たとえば経営会議の内容や、組織全体の課題についても開示し、メンバーが双方向にコミュニケーションをして意思決定をする組織が理想です。
また、失敗も許容していく風土づくりも必要です。チャレンジングな目標を達成しようとすると、失敗することも増えるからです。どのような失敗も認めるべきということではなく、新たな価値を生み出すために挑戦した「トライアル&フェイラー」に値するものであれば、そのチャレンジを讃えるべきです。
この考え方は、心理的安全性を提唱したハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授も著書の中で述べています。所定のプロセスに従わずに失敗したものは許容すべきではありませんが、アイデアや構想を試みたものが失敗に終わる「仮説検証」や、可能性を探って失敗した「探査実験」のようなものは、称賛に値するものとしています(図6)。
リーダーの皆さまは、メンバーが何らかの失敗をしたとしても、積極的なチャレンジによるものであったならば、ぜひ讃えてあげてください。そうすることで、メンバーはまた新たな挑戦に一歩を踏み出しやすくなるはずです。
また、個人がパフォーマンスを発揮しやすい多様な働き方や環境を整備することも、自律的組織づくりには欠かせません。
3-4. Interpersonal relationship(関係性)
個々人の強みを活かしながらも互いが関わり合い、成果を挙げることを目指す自律的組織では、心理的安全性が保たれた関係性の構築も欠かせません。心理的安全性とは、いわゆる仲良し集団ではなく、ゴールを達成するために良い・悪いも含めて何でも言い合える関係性をいいます。
心理的安全性を育むには、「目標の共有」「知識の共有」「相互尊重」の3つが揃う必要があるといわれています。目標が全員に共有され、一人ひとりの役割や今の仕事の状況(=これらを「知識」と呼びます)を互いに把握し、強みや価値観を尊重し合うことで、メンバー間の関係性がよくなります。
メンバーは、周囲との関係の中で仕事をする意識が強くなるため、組織として何をすべきかを考える視点も習慣化され、最終的に組織として成果を生み出しやすくなります。また、組織との対比で自分自身を顧みるようにもなるので、個人の成果に繋がる効果も期待できるのです。
3-5. Individual(個人)
ここまで見てきたように、GRPIモデルの4要素を満たす組織であれば、組織の目指す姿(「Must」)とメンバーの行動との不一致は防げるでしょう。
そのうえで、最後に大事になるのが、メンバー一人ひとりが人生・キャリア・組織・仕事・タスクへの願望や欲求(「Will」)と、その願望に対する自己効力感(「Can」)をもつことです。こうしたマインドこそが、自ら考え、行動するモチベーションの源泉になるのです。
自己効力感を高めるには、強みを伸ばす、もしくは弱みを改善する2つの考え方があります。このうち、組織へのコミットメントや成果に繋がるのは、「強みを伸ばす」ことだとされています。なぜなら、自分の強みという拠り所があることで、改善すべき弱みにも目を向けやすくなるためです。個々人が自分の強みを認識し、仕事に活かせている感覚をもつことが、自律型組織の要素のひとつとして必要だと考えます。
そのために実践すべきことは、仕事を振り返り、経験から学ぶ「経験学習」です。人は、未来には自然と目を向けますが、過去は意識しないと振り返らないものです。経験をして終わりではなく、経験を振り返り、他の場面でも応用できるように概念化し、また実践するサイクルを回すことで、成長につながります(図7)。
自律型組織をつくるには、GRPIモデルで提唱されている4つの要素、そして「Individual(個人)」の要素を満たしていくために、さまざまな施策を同時並行で進めることが求められます。図8に、これまでに挙げた各要素をまとめます。
第4章
自律型組織を育むカギは「対話」
自律型組織を作る施策を進め、目指す組織像にどの程度近づいているのかを把握することは、難しいものがあります。
組織の現状を把握し、自律型組織作りを促進する際の考え方として参考になるのが、アメリカの社会心理学者ケネス・J・ガーゲン氏が唱えた「社会構成主義」です。
社会構成主義とは、「事実をどう解釈し、何を感じるのかは人それぞれであるから、『絶対的な解』は存在しない」という考え方です。だからこそ、「対話」を通してお互いを理解し、共感し合うプロセスこそが重要だとされています(図9)。
自律型組織に必要な要素はいずれも、まさに「対話」によって育まれるものではないでしょうか。対話は、ただお互いが話をする「雑談」や、最終的に一人の意見を採用する意味での「議論」とは異なります。言葉を交わし、相手の意見を自分の考えに取り入れて気づきを得ていくプロセスです。
また、対話には、「民主性」「多様性」「相対性」「敬意」「受容」「学習」といった価値観が根底にあるといわれており、これらも自律型組織が必要とされる背景や要素と共通しています。
組織内で対話がどの程度できているかを見てみると組織の現状把握ができますし、対話を促進することで自律型組織を育めるのです。
対話には、上司とメンバーとが話す1on1、チーム全員での対話、現場のメンバー同士での対話、そして自分自身との対話もあるでしょう。自分自身との対話とは、内省し、自己理解を深めることを指します。
そして、対話では「傾聴」の姿勢が大切になります。自分の考えや判断を一旦保留し、相手が言っていることをまずはそのまま受け止めるのです。もちろん、時には理由を問うべき場面もあるものの、組織内で対話を促進させるためには、各自が傾聴する姿勢をもつことが求められます。
自律型組織におけるリーダーは、「対話型リーダー」であるべきです。メンバーへ権限移譲し、考えを促す問いかけをして、フィードバックをする行動が必要です。そのためには傾聴力や質問力などのスキルや、謙虚さやオープンさ、公平さ、学習心といったマインドも要るでしょう(図10)。
逆に、「管理型組織」で経験を積んだリーダーは、自分が最も詳しくなければならない、万能でなければならない、メンバーには強みより弱みの改善を促すべき、といった価値観をもっているケースが多くあります。
自律型組織を育むには、まずはリーダー自身が自分と対話し、自分の価値観を見つめ直すことが出発点になるのではないでしょうか。そのうえで、対話に必要な「傾聴」をするマインド・スキルを培い、行動していくことが求められます。
第5章
自律型組織作りの支援事例
最後に、当社が自律型組織を育むご支援をした事例をご紹介します。
A社(メディア業):理念・戦略策定の役員合宿
新たなチャレンジに向き合うために、企業変革が求められていたA社。経営陣が一枚岩となるとともに、社員の指針となる経営理念・戦略方針を策定する合宿を行い、そのファシリテーターをグロービスが担当しました(図11)。
B社(製造業):エンゲージメント向上プロジェクト
B社の営業本部では、エンゲージメント向上のプロジェクトを実施することになっていました。そのプロジェクトをリードする人材の育成をグロービスが担当しました。
5か月間をかけて、プロジェクトリーダーとなる方々への研修や個人コーチング、職場のエンゲージメントサーベイやエンゲージメント向上策の実践を繰り返し、組織のエンゲージメントを上げる取り組みに伴走させていただきました(図12)。
C社(製造業)
管理職に実施したアセスメントの結果、メンバー育成やダイバーシティの低さが課題として浮かび上がったC社。経験を頼りにしたマネジメントから脱却することが求められていました。
マネージャー層を対象に、自分自身を内省し、行動が変わるきっかけを作る研修をグロービスが担当させていただきました(図12)。
第6章
最後に
本コラムでは、自律型組織が注目されている背景やその必要性、作り方について考えてきました。
自律した個人、自律的に働きやすい組織の仕組み、そして自律性を促す対話の3つによって、「全員が主役」になって物事を考え、意思決定していく組織づくりが進むものと考えます。
本コラムが、自律型組織づくりの一助になれば幸いです。
本記事に関連して、「キャリア自律」に関する理解を深めたい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。
引用/参考情報
1)引用:”人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~“、経済産業省、2023年7月に内容確認
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。