両利きの経営とは?まず押さえておきたい概要と実践のポイントを解説

2024.08.09

タイトルイメージ

今、話題になっている経営理論が「両利きの経営」です。注目を集めている理由には、多くの日本企業がイノベーションを生み出すことに苦戦していることがあげられます。

「新規事業を任されているものの既存事業との関係性に悩んでいる」という方や、「今の組織で新規事業を創出するにあたって、考えるポイントを知りたい」方も多いのではないでしょうか。

ところが、『両利きの経営』の書籍を読んでも、自分の会社でどう活かせばいいのかイメージが湧かない、ということはありませんか?

このコラムでは、両利きの経営を実践し、成功に導くポイントを「経営体制・戦略」と「人事・組織」の2つの側面から解説します。

人事などの特定部門だけでは、こうした経営体制や戦略に変革を起こすことは難しいものの、役員クラスに意見を伝える、あるいは組織体制や配置、人事評価の改善案を出すなど、具体的な方法をお伝えしています。ぜひ参考にしてください。

執筆者プロフィール
御代 貴子 | Miyo Takako
御代 貴子

慶應義塾大学文学部人間関係学科心理学専攻卒業。グロービス経営大学院(MBA)卒業。システムエンジニアとして、大手小売業のシステム開発・保守に従事した後、グロービスに入社。法人向け人材育成のコンサルティング、グロービス経営大学院オンラインMBAのマーケティングおよび新規学生募集、アセスメント事業の企画、人事組織系領域の研究やコンテンツ開発、論理思考領域の講師などを経験。
その後、別企業にて子ども向けオンラインサービスの新規事業企画に従事した後、独立。現在はフリーランスのライターとして、人事育成領域をはじめ、Forbes JAPANなどのビジネス媒体、企業のオウンドメディア等で幅広い執筆活動に従事している。
『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略――テクノロジーを武器にするために必要な変革』共訳(ダイヤモンド社)、『60分でわかる! 1on1ミーティング実践 超入門』執筆協力(技術評論社)。


1.両利きの経営とは

両利きの経営とは、「既存事業の強化」と「新規事業の立ち上げ」を両立させる経営です。既存事業と新規事業をそれぞれの手に例え、右手も左手も利き手であるかのようにコントロールする様子を表現して「両利き」と呼んでいます。

この理論では、既存事業の強化を「知の深化」、新規事業の立ち上げを「知の探索」と表現しています。

1-1.知の深化とは既存事業を強化すること

「知の深化」とは既存事業を改善し続け、強化していくことです。歴史が長い事業は競合がひしめくケースも多いため、コスト削減やオペレーションの見直し、業務の標準化などを行い、少しでも利益を出すための努力をすることになります。

自社がもつ技術やノウハウを活用して既存商品のラインナップを増やすことも、「知の深化」のひとつです。自動車メーカーが新たなハイブリッドモデルを開発することは、その一例に当たります。

1-2.知の探索とは新規事業を立ち上げること

「知の探索」とは新規事業のアイデアを生み出すために、自社がもつ技術やノウハウとはまったく違う分野の知見を探すことです。普段の仕事では触れることのない、ビジネスモデルも顧客層も提供価値も大きく異なる分野を知ろうとする行動です。

こうして得られた新しい知見と、既存の技術やノウハウを組み合わせて、新規事業を立ち上げることを目指します。

1-3.両利きの経営の提唱者

両利きの経営を提唱したのは、スタンフォード大学大学院教授のチャールズ・オライリー氏と、ハーバードビジネススクール教授のマイケル・タッシュマン氏です。

両利きの経営は21世紀に入ってから注目され始めましたが、オライリー教授とタッシュマン教授は1990年代から共同研究を積み重ね、2016年に書籍『両利きの経営』の英語版原書を出版しました。

2.両利きの経営に注目が集まる背景

なぜ、両利きの経営は多くの企業やビジネスパーソンの関心を集めているのでしょうか。その背景には、企業が抱えている悩みと、時代の変化があります。

2-1.多くの大企業が新規事業を生み出すことに苦戦している

多くの大企業は、既存事業の成長が滞ってくると次の収益源として新規事業の立ち上げを目指します。ところが、いつまでも既存事業に頼る状態が続いてしまうケースが多いのです。その理由は大きく2つあると考えます。

2-1-1.【理由1】社内に新規事業を経験した社員がいない

長年にわたって既存事業を強化して成長してきた企業ほど、社内に新規事業の立ち上げを経験した社員がほとんどいません。

既存事業と新規事業では、物事の考え方や仕事の進め方、組織づくりなどあらゆる点が異なります。既存事業で経験を積んできた社員が十分な準備や心構えを持たないまま、新規事業という未経験の仕事にチャレンジしても、成果を出すのは難しいのです。

2-1-2.【理由2】イノベーションのジレンマの乗り越え方を見出せていない

成功している大企業ほど、新しく出てきた不完全な技術を軽視したり、リスクを恐れて避けたりしてしまい、いつの間にか新興企業に負けてしまうことを「イノベーションのジレンマ」といいます。

イノベーションのジレンマに陥って倒産した企業は、いずれも有名企業ばかりです。写真フィルムで世界を席巻したコダック社や、アメリカの大手ビデオレンタルチェーンだったブロックバスター社は、デジタル化の流れを軽視してしまい経営破綻しました。

こうした失敗事例があるため、同じ轍を踏んではいけないという思いが多くの企業にある一方、具体的にどのような戦略を立て、どのように組織をつくり、どう実行すればイノベーションのジレンマを避けられるのかは見出せていません。

2-2.近年、イノベーションの必要性がさらに高まっている

両利きの経営が注目されている背景の2つ目には、新規事業を生み出せていない企業が多い一方、社会に大きな変化をもたらすイノベーションの必要性が近年高まっていることが挙げられます。今の時代にイノベーションが求められる理由として、大きく2つあります。

2-2-1.【理由1】コロナ禍を経て外部環境が大きく変化した

コロナ禍により、ECでの買い物や在宅勤務を経験した人が急増し、これまでリアルで行われていたビジネスがオンラインに移行しました。

現在は以前の生活に戻りつつありますが、ビジネス上の商談は依然としてオンラインで行われるなど、コロナ禍によって定着した新たな習慣もあります。多くの企業が、こうした「もう戻らない変化」に早急に対応することが迫られているのです。

2-2-2.【理由2】デジタル技術の進展により「デジタル・ディスラプション」が起きている

イノベーションの必要性が高まっている理由の2つ目は、新たなデジタル技術によって新しい商品やサービスが生まれた結果、既存の商品やサービスが一気に駆逐されてしまうことです。これを「デジタル・ディスラプション」と言い、「デジタルによる破壊」と訳されます。 

2007年と2017年の世界の時価総額ランキングを比較すると、2007年はエネルギー系企業が何社も上位にありましたが、10年間でその顔ぶれは大きく変わり、IT企業(下記図のグレー網掛け部分)ばかりがランクインするようになりました。これは、たった10年の間に「デジタル・ディスラプション」がいくつもの業界で起こり、既存商品やサービスが撤退せざるを得なくなったことの表れです。

※出所:Harvard Business Review「自己変容する組織:Living Organization-(1)~VUCA・デジタルディスラプションを勝ち抜く人材・組織の姿~」より  

3.両利きの経営を実践する難しさ

大企業がイノベーションを起こすために、両利きの経営を実践しようとすると陥りがちな壁があります。ここでは、大きく2つご紹介します。

3-1.成果が出にくい「知の探索」から足が遠のき、「知の深化」に偏ってしまう

既存事業は、ビジネスモデルやオペレーションが一旦完成しているため、現場の小さな改善を積み重ねることでさらに強化していきます。こうした「知の深化」は数値で測りやすく、短期的な成果を実感しやすいのです。

その一方、新規事業のアイデアを模索するための「知の探索」は、広大な海に飛び込むようなストレスのかかる行動であり、既存事業の改善に比べて手応えが得られにくく、今やっていることが本当に成果に結びつくのかさえ確約されません。実際に、新規事業の立ち上げは失敗確率が極めて高いものです。

ところが、企業はしばしば短期的な成果を求められます。経営者は株主から決算期ごとの利益を追求され、現場でも短期間でわかりやすい成果を出すよう求められるのです。こうした環境にいると、「知の探索」をしている社員は「コストを使ってばかりで何も生み出していない」と社内で批判され、無意識のうちに「知の深化」に偏りがちになります。こうした傾向を「コンピテンシー・トラップ」といいます。

※出所:東洋経済新報社、著チャールズ・A・オライリー「両利きの経営」より抜粋  

3-2.新規事業と既存事業で、行動スタイルや組織文化が違うことに気づかない

仕事の進め方や社員の目標設定、評価方法などを変えないまま「知の探索」をしようとすると、ほとんどのケースでうまくいきません。今の社内にある業務上の習慣や制度、組織文化は既存事業、つまり「知の深化」によってつくられたものだからです。既存事業しか経験していない社員が多いと、今の仕事のやり方が当たり前だと思い込み、この点に気づきにくくなってしまいます。

既存事業と新規事業では、物事の考え方が大きく異なります。既存事業では自分の役割に専念し、今の顧客ニーズを満たすことが求められる一方、新規事業ではスピードや自発性をもって、不確実でも実験をする行動力が必要です。

これは、どちらか一方が良く、もう一方が劣っているというものではありません。あくまで事業の性質による違いです。

この違いを見ると、「知の深化」に慣れ親しんだ社員が「知の探索」をしようとしても、つまづくことは一目瞭然です。  

まずはこうした違いがあることを認識したうえで、仕事の進め方や人事評価を企業内で分けると、両利きの経営が実践しやすくなります。次の章で実践のポイントを具体的にお伝えします。

4.両利きの経営を成功させるためのポイント

両利きの経営を成功させるための魔法の杖はありません。経営戦略や組織づくり、制度などあらゆる側面を総点検し、既存事業に最適化されている状態から「両利き」ができるように変えていく必要があります。

ここでは、両利きの経営を実践し、成功に導くポイントを「経営体制・戦略」と「人事・組織」の2つの側面から解説します。人事などの特定部門だけでは、こうした経営体制や戦略に変革を起こすことは難しいものの、役員クラスに意見を伝える、あるいは組織体制や配置、人事評価の改善案を出すなど、できることから行動してみてはいかがでしょうか。

4-1.経営体制・戦略面での成功ポイント

4-1-1.両利きの経営を理解している人材が経営トップになる

両利きの経営は、戦略も組織も大きな変革が必要になります。現在は既存事業だけで十分な利益が出ていたとしても、「自分の代で、両利きの経営を必ず実現する」という強い意思のある人材が経営トップになることが求められます。

4-1-2.新規事業と既存事業に共通するビジョンを策定する

自社のパーパス(存在意義)やビジョン(目指す姿)を策定している企業も多いと思いますが、その内容が両利きの経営に値するかもチェックする必要があります。既存事業が好調だった時代に、主力事業に沿ったパーパスやビジョンを作っていたとしたら、見直しが必要です。

既存事業の強化と新規事業の立ち上げによって、社会にどのような価値をもたらす企業になりたいのかを改めて考え、株主や社員などのステークホルダーに伝えることは重要です。両利きの経営を実践する意思が込められたパーパスやビジョンを示すことで、「知の深化」を担う社員も、「知の探索」をする社員も会社の意義を理解し、お互い協力する意識をもちやすくなるでしょう。

4-1-3.新規事業は、自社がもつ技術や組織力を生かせる領域をねらう

両利きの経営は、既存事業と新規事業がひとつの会社の中で共存することです。そのメリットを生かすため、既存事業によって培われた技術力やノウハウ、組織力を活用できるような新規事業のアイデアを出したいものです。

「知の探索」によって新しい知見を取り入れつつ、自社のリソースやブランド力によって優位に立てる領域をねらうことが重要になります。もちろん、時代のニーズに沿っていて、戦略的に重要な領域であることも欠かせません。

4-1-4.両事業の大切さを経営陣全員で合意する

経営陣が、既存事業も新規事業も等しく重要だと考え、表明していることも大切です。この点で経営陣全員が合意していないと、「既存と新規のどちらが大切なのか」といった無用な対立が増えてしまいかねません。また、対立が起きたとしても、うやむやにせず向き合い続けることが必要になります。

上記で述べたポイントを実現しているのが素材大手メーカーのAGCの成功事例です。

AGCは既存の事業の深化と、新規事業の探索の「両利きの経営」を実践し、イノベーションを起こし続けてきました。ポートフォリオ経営や、カンパニー制などの経営システムが、両利きの経営を進めていく上で重要なポイントだったとお話ししています。記事は下記コラムをご覧ください。

▶【関連コラム】ポートフォリオ経営を支える経営システムと組織――AGC CFO宮地氏に聞く  Vol.1

▶【関連コラム】「両利きの経営」の実行は、経営チームが自身のバイアスに向き合うこと

4-2.人事・組織面での成功ポイント

4-2-1.既存事業と新規事業を別の組織にし、管理方法や評価基準も分ける

既存事業と新規事業は求められる考え方や行動が異なるため、組織を分けることが妥当です。

そのうえで、マネジメント方法や人事評価も別々にするのが理想です。社内に複数の評価方法があると運用の負荷がかかりますが、

  • 「知の探索」をしている社員に対しては、四半期など短期での成果目標は課さない
  • 具体的な成果ではなく行動量を評価軸に入れる

といった工夫をすることが一案として考えられます。

両利きの経営を実践すると、このように矛盾したルールが社内に存在し続けます。そのため、部門によって管理方法や評価基準を分ける際は、人事部門のトップからその意図を全社員へ丁寧に説明することが重要です。ここで社員の納得が得られないと、日々の業務で部門間対立が起こることにつながってしまいます。

4-2-2.両事業でリソースを共有することを推奨する

組織や評価方法を分ける一方、両事業のリソースやノウハウは必要に応じて共有するよう、経営陣や現場のリーダーが繰り返し促すことも大切です。こうした働きかけを意図的に行わないと、いつの間にか、歴史と実績がある既存事業の理屈に全社員が飲み込まれてしまいます。

また、予算が既存事業に偏らないようウォッチしておくことも欠かせません。新規事業は投資効果が確実でなくとも予算をかけなければならない性質があることを、経営陣はもちろん、購買部門などの関係者も理解しておく必要があります。

4-2-3.一時的に社内に混乱が起きることを心づもりしておく

両利きの経営への強い意思をもつ経営トップのもと、ビジョンや戦略を練り直し、組織構造やマネジメントを見直したとしても、すぐに成果が出るわけではありません。

むしろ、経営陣も現場も新しい環境に慣れるまでは混乱や対立が生じやすく、一時的にパフォーマンスは下がるでしょう。この正念場を乗り越えられず、新規事業を断念してしまう会社も少なくありません。この局面を乗り越えられるよう、一時的に社内に混乱が生じるという心づもりをしておき、その際に大切にすべき考え方や行動までを想定しておくことが必要です。

両利きの経営を実践するには、このように経営のあらゆる要素を見直し、慣れ親しんだ利き手である既存事業に偏らないよう、ウォッチし続ける意識と仕組みが求められます。

<両利きの経営を具現化するための人事施策例>

実践する際には、例えば新規事業立ち上げ研修と上層部への理解浸透を促す施策が考えられます。新規事業の種を生み出すための「若手研修」と、新規事業の種が既存事業の圧力によって潰されないようにするための「部長研修」を同時に行うことで、新規事業を生み出しやすい人・組織を創る事例をご紹介します。

5.両利きの経営をする企業の事例

最後に、両利きの経営によって成果を出している企業の事例をご紹介します。

5-1.小野薬品工業

小野薬品工業は、2021年にOno Innovation Platform (OIP)を設立し、イノベーションを推進する組織改革に取り組んでいます。背景には、連続的なイノベーションの必要性と、特許切れによる売上減少の危機感がありました。OIPは「学習の場」「経験の場」「挑戦の場」の3つを提供し、新しい提案がもっと奨励され、提案者(挑戦者)が応援・支持される風土の醸成を目指しました。自社ならではの「両利きの経営」を具現化し、環境整備を進めています。

▶【小野薬品工業様 事例インタビュー記事】老舗企業でイノベーションを起こし続ける組織変革へのチャレンジ

5-2.AGC

次に紹介するのは、日本企業のAGC(旧旭硝子)です。100年以上続く老舗ガラスメーカーだったAGCは、2010年以降4期連続の減益に陥ります。

改革に乗り出したのは、2015年にCEOに就いた島村琢哉氏でした。まず、自社の存在意義を「ガラスの会社」ではなく「素材の会社」と再定義し、コア事業(既存事業)と戦略事業(新規事業)によって高収益のグローバル優良素材メーカーとなるという「2025年のありたい姿」を描きました。ありたい姿は、選抜したミドルマネージャーも交えて策定されたものです。そして、新しいビジネスに予算を大きく配分するとともに、新規事業部門のレポートラインは既存事業と分ける体制に変更しました。

さらに、こうした両利きの経営を社員に理解してもらうために、経営層と社員の対話集会、組織の一体感醸成を目的とした全社イベント、若手研究者による新規事業提案イベントを行うなど、組織カルチャー改革にも力を入れました。

その結果、主力事業を強化しながら新規事業の成長を実現し、現在は戦略事業として「エレクトロニクス」「モビリティ」「ライフサイエンス」の3領域に注力する企業へと進化を遂げました。

島村氏は、新しいビジョンと戦略を掲げたうえで組織カルチャーの変革に注力しました。時には、対話を重ねてもなお一連の改革に抵抗する幹部を交代させるといった厳しい決断も行い、両利きの経営によってAGCを復活させたのです。

5-3.Amazon

Amazonは書籍や音楽、日用品など幅広い商品を販売するオンライン小売業で有名ですが、クラウドサービス(AWS)、流通サービス(フルフィルメント by Amazon)、動画コンテンツ配信なども手がけていることは多くの人が知っていると思います。

1994年にオンライン書店として始まったAmazonは、創業時からオンライン書店の「知の深化」と、新規事業を生み出すための「知の探索」を行い続けていたのです。立ち上げられた新規事業はいずれも、本業とかけ離れたものではなく、社内のリソースやノウハウを生かしたものばかりでした。

・在庫管理をして品切れを防ぎ、スムーズに配送ができるよう、物流能力を上げることに取り組んだことを機に書籍以外の商品販売を開始
・自社のプラットフォームと物流を使って、他の小売業者も商品を販売できるマーケットプレイス事業に参入
・自社で使っていたクラウドコンピューティングの仕組みを他社にも利用してもらう発想でAWS(Amazon Web Services)事業を立ち上げ
・オンライン小売のプラットフォームを利用した動画コンテンツ配信

Amazonが実践した両利きの経営を見ると、いずれも社内にあるリソースを新規事業へ活用していることがわかります。これは、既存事業と新規事業の組織が交わらなければ実現しないものであり、「知の深化」と「知の探索」を創業間もない頃から進めていたという創業者ジェフ・ベソスの経営手腕も感じられる事例です。

5-4.IBM

IBMは、1990年代の経営危機を両利きの経営によって乗り越えた企業です。世界のコンピューティング産業の王者として成功し続けてきたものの、その事業が一気に衰え、IBM史上初めて外部からルイス・ガースナー氏をCEOに招いて改革が始まりました。

ガースナー氏は、IBMが衰えた原因は戦略や技術力が欠けていたわけでなく、大成功した既存事業によって培われた価値観やルール、マネジメントスタイルを変えられなかった点だと分析したのです。

そこで、既存事業の強化を維持しつつ、時代の変化もふまえ、サービスとソフトウェア事業に注力する改革プランを立てます。この両利きの経営を実践するためのEBO (Emerging Business Opportunity)プロジェクトが発足し、経営危機の原因に手を打つとともに、新規事業を立ち上げることになりました。

EBOプロジェクトによってIBMは両利きの経営に成功し、今ではサービスやソフトウェア事業が主力事業になっています。この事例のポイントは、新規事業部門という組織を作って終わりにせず、新規事業の領域や予算配分などのルールを明確に決め、さらには新規事業を率いるためのリーダーシップトレーニングまで実行した点です。まさに、ガースナー氏が課題に挙げた点を解決するための施策が行われた結果、IBMは経営危機を脱することができました。

6.まとめ

今回の記事では、「既存事業の強化(知の深化)」と「新規事業の立ち上げ(知の探索)」を両立させる「両利きの経営」についてご紹介しました。

両利きの経営は、イノベーションを生み出すことが求められていながら新規事業の創出に苦悩している大企業にとって、大いに参考になる経営理論です。

過去に大きな成功を収めてきた企業ほど、既存事業によって培われた価値観や仕事の習慣、社風が強く根付いているため、経営トップをはじめ経営陣全員が強い意志をもたなければ両利きの経営は実践できません。

また、両利きの経営には組織体制や人事評価の変更、組織カルチャーの改革なども必要になるため、人事部門が理解しておくことも必要です。

グロービスのテーラーメイド型研修では、両利きの経営をはじめ、人・組織に関するさまざまな経営課題に対してテーラーメイドで設計したプログラムをご提供します。ぜひお気軽にお問い合わせください。

グロービスにお問い合わせ
グロービスにお問い合わせ

参考資料:
・書籍『両利きの経営(増補改訂版)』(東洋経済新報社)
・書籍『両利きの組織をつくる――大企業病を打破する「攻めと守りの経営」』(英治出版)
・AGCホームページ「【超図解】日本初の「両利きの経営」事例企業はどう課題を打破してきたのか

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。