ブログ:コンサルタントの視点
マーケティング戦略の1つに留まらない「顧客志向」の強化法

2014.05.14

 多くの企業が顧客志向の強化に力を注いでいます。マーケティング戦略の1つとして捉えられがちな顧客志向。本コラムでは思考スキルとして捉え、強化のポイントをマーケティングとは異なる視点から探ります。さらに業態や課題の異なる三社の取り組みの意外な共通点もお伝えします。執筆は名古屋・福岡で活動する池田阿佐子です。

執筆者プロフィール
池田 阿佐子 | Ikeda Asako
池田 阿佐子

京都大学農学部卒。スペインIESE Business School:PLD(Program for Leadership Development)修了。
大学卒業後、食品メーカーの商品開発部門にて、商品提案、開発、製造の各工程を経験し、多くの新商品の開発業務に携わる。また、全社業務改革PJにリーダとして参画し、業務プロセス改革、組織デザインを担当する。
グロービス入社後、名古屋オフィスにて製造業を中心とした企業の人材育成・組織開発の業務に従事。現在は法人営業部門のマネジャーを務める。
その他、クリティカル・シンキング、ビジネス・プレゼンテーションといった思考系の講師、及びコンテンツの開発に携わる。
「改訂3版 グロービスMBAクリティカル・シンキング」共著


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顧客志向に必要なスキルとは?

「顧客志向」という言葉はビジネスの世界にあふれている。「顧客」「顧客満足」「お客さま第一主義」「お客さまのために」などなどの言葉を企業理念やビジョンに掲げている企業も多い。

私は名古屋オフィスを起点に、中部地区の企業の人事の方々とお会いする機会が多いが、「顧客志向の組織に変革したい」という話を近年よくご相談されるようになってきた。

お会いしている企業さまは業界も、扱う商品も、ビジネスモデルもさまざまだ。しかし、「顧客志向」へのアプローチには共通項がある。

それは、「顧客志向の姿勢を持って仕事しよう」という意識付けにとどまるのではなく、「顧客志向で考えるスキルを高めよう」という視点から、教育を通じて実現しようとされている点だ。顧客志向は日々意識しておくだけでは実現できず、スキルとして鍛えていくことが必要なのである。

では、一体どんなスキルが必要なのか。3つの企業の事例を具体的にご紹介していきたい。まず3社それぞれがどのような問題に直面していたのかを見てみよう。

事例1:個人の創意工夫から組織的取り組みへの転換

1つ目の会社、A社はグローバルで消費財を扱うメーカーである。

自社製品をこよなく愛する社員と、その社員が自分たちが欲しいと思うものを作る開発力がA社の強みである。売り手でもあり買い手でもある社員が開発した製品は日本国内の顧客から高い支持を得て業績を伸ばしてきた。

しかし、社員一人一人の感性によって支えられてきたものづくりのスタイルが、グローバルな拡大においてはボトルネックとなっていく。

グローバル市場においては、マーケットごとの経済動向や地域特性などにより消費者のニーズも多様である。売り手≠買い手という環境において、いかに顧客の立場で考え、新たな製品を生み出すポイントを個人個人ではなく組織のノウハウとして蓄積していくか。顧客志向を体系的に理解し、感性と理論の両輪で実行していくフェーズに移行することがA社の課題である。

事例2:マーケットニーズから考えるという発想の転換

二つ目の事例、自動車部品メーカーB社である。

ご存知の通り、中部地区は自動車産業が多い。B社のような部品メーカーでは、近年のグローバル化で、海外の完成車メーカーとの取引拡大が企業の成長のカギになっている。

ところで、皆さんは日本の自動車業界における「ケイレツ」という言葉を聞かれたことはあるだろうか。これまで日本では、完成車メーカーが、特定の各種サプライヤーと長期的な取引関係を作り、時には資本や人的資源を補完しながら相互の取引を継続してきた。この「ケイレツ」構造のなかで、サプライヤーは完成車メーカーからの要望にしっかりと応えれば安定した売り上げにつながるという構図になっていた。

ところが、グローバル化が進み、当然エンドユーザーのニーズも多様化するに従って、この「ケイレツ」の関係が崩れ始めた。例えば、新興国ではより低コストでの生産を求めて、完成車メーカーはケイレツ外のサプライヤーとの取引をスタートさせている。つまり、サプライヤーである自動車部品メーカーB社にとっては、ケイレツの完成車メーカーだけでなく、自ら新たな顧客を獲得しなければ成長できない時代となったのだ。

これまで技術や品質に誇りを持ち、顧客の要求を受けてよい製品を作れば認められてきたB社が、積極的に顧客のニーズを掴んで提案するという組織にいかに変われるか。マーケットのニーズから考えるという発想の転換がB社の顧客志向の課題である。

事例3:より広い顧客への視点の拡大

最後のC社は小売業の企業である。

C社は、店舗ごとの売り上げを伸ばすマニュアルをはじめとする優れたオペレーションシステムによって店舗を拡大してきた。しかしながら、この優れたオペレーションシステムが実は顧客志向を弱めていたのである。店舗が増えるにつれて、マネジメント層には顧客の声が届きにくくなり、また現場で直接顧客と接するスタッフも決まったルールを決まった通りに実行することだけに意識が向きつつあった。

このようなやり方を続けると、既存顧客の満足は得られても、新たな顧客のニーズをくみ取れない。それでは新たな事業モデルが出ず、成長が頭打ちになっていく。C社では、原点に返って、既存顧客だけでなく新規顧客の視点まで広げてビジネスチャンスを考えるということを、組織全体の課題として取り組んでいる。

顧客志向を実現するための共通の取り組みとは?

この3社は何に取り組んだのだろうか。1つの共通点は、マーケティングや戦略の考え方を学ぶというものだ。

マーケティングのプロセスを学ぶ、買ってもらえる仕組みを作る戦略の立て方を身につける、顧客のニーズをつかむための情報の取り方を学ぶ、など切り口はさまざまだ。また企業として顧客志向を実現するために、これらの考え方を組織全体の共通言語として浸透しようとしていることも特徴だ。

しかし取り組みは「マーケティング・戦略の考え方」だけではない。

考えてみてほしい。たとえ顧客の声を集め、その通りに実行したとして、顧客満足は上がるだろうか。顧客の声といっても、顧客自身の潜在的なニーズをすべて言葉にできるとは限らず、いまだ見ぬものに対するニーズが語られていない可能性がある。つまり、顧客から情報を集めるだけでは意味はない。集めた情報を整理分類するだけでも意味がない。そこから、「どんな意味合いがあるのか?」ということを考えなければ真の顧客志向にはならないのである。

新たな製品、新たな顧客、新たな事業を考えていくために必要なのは、実はマーケティング・戦略の考え方以前に、情報を集め、顧客の立場に立って考え、その意味合いを考える「思考スキル」なのである。3社の共通点は、こうした「思考スキル」をそれぞれのアプローチで鍛えようと取り組んでいたことなのである。

顧客志向は、マーケティング戦略という考え方だけでなく、情報から意味合いを考える「思考スキル」があってこそ実現できる。言葉にすると当たり前のことでも、組織として本気で取り組めていない企業も少なくない。マーケティングとしてではなく、スキルとしての「顧客志向」を組織で身につけていくことが、今後のビジネスの成長には必要不可欠であるということが少しでも伝われば幸いである。

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。