女性活躍推進とリーダー育成 ~ 新生銀行 人事部統轄次長 林貴子氏講演
2015.04.21
「女性活躍推進」に経営戦略の一環として取り組まれ、銀行業界最高水準の女性管理職比率(26%)を実現されている新生銀行の人事部統轄次長 林貴子氏をスピーカーにお迎えし、同社で重視されている多様性に対する考え方を、これまでの同社のお取組みからの教訓も含めて率直にお話いただきました。
スピーカー:株式会社新生銀行 人事部 企画・育成 統轄次長 林 貴子氏(文中敬称略)
モデレーター:株式会社グロービス ディレクター 花崎 徳之
※本レポートは、2015年2月17日に実施されたセミナーを抜粋編集したものです。
株式会社グロービスの企業向け人材育成サービス部門ディレクターとして、
人材育成に関するコンサルティング業務・サービス開発およびチームマネジメントに従事(現在は主にセールス&マーケティング部門を管掌)
また、グロービスのマーケティング研究グループに所属し、ケース開発・講師育成などに携わる。
講師としては、マーケティング・経営戦略・リーダーシップ・思考系領域・アクションラーニングを中心に登壇経験多数。
大学卒業後、第一生命保険相互会社(現 第一生命保険株式会社)に入社。営業戦略・業務計画策定、業績分析、営業組織マネジメント 等を担当。その後、株式会社グロービスに転じる。
早稲田大学商学部卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院EDP(Executive Development Program)修了。
花崎:安倍政権の成長戦略でもある「女性の活躍」は、日本社会・企業の共通テーマとなりつつあります。林様は、新生銀行人事部において、個々人のバックグラウンド・多様性を活かす「女性活躍」を推進されています。林様は新卒で政府系金融機関に一般職として入社、結婚と同時に退職され出産後、外資系人事コンサルティング会社を経て2007年に株式会社新生銀行に中途入社されました。2009年からは人事企画・人材育成を担当され、ご自身もキャリアを歩む女性としてご活躍されています。
林:新生銀行(以下当行)人事部で企画育成を担当している林です。当行の特色の一つである、女性活躍推進に関する当行の歴史をお話したいと思います。
まず私自身の経歴ですが、私が大卒で就職したのは雇用均等法の施行前、女性への役割期待は、基幹的な仕事をする男性のサポートという状況でした。職場結婚と同時に退職し、配偶者の海外勤務への帯同、出産を経て再就職を目指しましたが、本当に苦労しました。当時の日本企業は、一度キャリアが途絶えた育児中の女性への門戸は閉ざされていました。その後、派遣・嘱託等を経験してやっと外資系企業に入りました。ローポジションからのスタートでしたが、成果主義の会社でチャレンジさせてもらい、最終的には日本法人のナンバー2、エグゼクティブディレクターになることができました。当行は当時の顧客で、そのご縁で転職しました。
新生銀行は、中途入社の社員が多く性差も比較的感じさせない社風ですが、それでも組織運営が硬直的な部分も残っています。そのなかでどのように女性活躍を含むダイバーシティを推進するかが課題です。たとえばキャリアが一旦途絶しても、アメリカのように30代・40代で復帰したりキャリア転換できる、ライフステージに応じてキャリア階段の上り下りがあるというような活躍推進を目指しています。
(株式会社新生銀行 人事部 企画・育成 統轄次長 林 貴子氏)
目次
ビジネス戦略としての「女性活躍推進」
新生銀行は前身の日本長期信用銀行が破たんし、外資系ファンドの資本で2000年に生まれ変わりました。欧米の投資銀行と商業銀行の特色を併せ持つハイブリッドな新しいビジネスモデルを目指す中、人事においても新卒一括採用、総合職の男性、一般職(担当職)の女性といった伝統的な人事システムから脱却し、年功や性別に囚われない実力主義の組織運営を目指しました。今は男女ともにさらに多様な生き方をする時代です。そのような時代にふさわしい人事戦略として、より柔軟な、個を最大限活かす組織にしていきたいという考えがあります。
現在、中途採用の社員の比率はほぼ50%です。所謂ジェネラリストだけではなく各分野で専門性の高い人材を採用しており、銀行出身者だけでなく異業種から転職してきた人も少なくないことが特徴ですこのような人員構成も背景にあり、「成果主義」「多様性・先進性の尊重」「年功・性別・国籍等に拠らない人事登用」が人事ポリシーの要諦になっています。一つの型の金融マン・ウーマンを育てることではなく、個々のバックグラウンド・多様性を活かすことを重視しています。「女性活躍推進」もそうした考えに即して取り組んでいます。
「女性活躍推進 第一フェーズ」の成果と課題
新生銀行では、2003~2006年までの取り組みが女性活躍推進の第一フェーズといえると思います。
効果としては、働きやすい職場環境が加速度的に整っていくことで女性の管理職比率が飛躍的に上がったことです。それがメディアに注目されることで企業イメージが向上し、企業の競争力や採用力が高まりました。
しかし一部では女性の無理な引き上げとその後のフォロー体制の不備、あるいはメリハリのない運用による課題も残りました。「昇進・昇格した女性が結果を出していない。やっぱり女性はだめだ」「実力を伴わない人が昇格している」「これは逆差別ではないか」「男性のモチベーションがダウンする」という声も出ました。
問題は、女性を抜擢することはできても、厳しさも含めた指導ができない風土にありました。女性であることで抜擢して、たとえ成果を出せなくても、役割期待の変更ができない。また登用や抜擢の基準やプロセスも不明確でした。対象から外れた女性にその理由を明確に説明するという部分も足りませんでした。これらが不公平感をもたらし、結果として時に女性間の軋轢を生んだのも事実です。
2008年のリーマンショックのあと2年間は大きな赤字に陥り、人材育成に関する施策は一時凍結されましたが、その後経営体制の刷新に伴い、「組織能力を最大化し持続的に成長する銀行となるためには、人材育成・活用への注力、とりわけ各人の志向、特性、能力を活かし最大限貢献できる環境・制度・仕組みづくりが必須である」という認識のもと、第一フェーズでの教訓を精査して、2010年から第二フェーズとして新たな方向を目指しました。
第二フェーズでは、社員一人ひとりの多様性や特性を見極めることを重要な考え方としておいています。
各人の多様性や特性を見極め、公正に遇することが鍵
ダイバーシティ(多様性)推進の目的は、属性によらず優秀な人材を確保し、社員の異なる価値観・視点・発想によりイノベーションを促進、多様化した市場ニーズに迅速に対応することにあります。
企業のダイバーシティマネジメントとは、いったん採用した社員には最大限活躍してもらいたいという前提で、多様性や特性を企業価値の向上につなげる経営戦略です。これを実現するためには、まず本人の力では変えようのない属性に関しては、公平なルールの下で公正な処遇を実現することが重要です。同時に、本人の意思やライフステージによって変わる、一時的な役割の多様性に対しては選択肢を提供し、それに伴う処遇で対応することが必要です。
この二つは非常に重要です。なぜなら、女性活躍推進において、子育てと介護という大きなライフイベントに対峙する女性とどう向き合うかが最も難しい論点だからです。当行の子育て支援は充実していますから、仮に3人の子どもを産んで制度をフル活用すると、入社後20年間は落ち着いて仕事はできず、経験の差が大きくなります。ここに過度な「公平」で昇格を行うと全体として不公平になり、本当の女性活躍推進は進みません。現実に照らして解を見いだすことが必要です。
新生銀行では女性向けの研修で「あなたは将来の経営への参画に関心があるか」を聞いています。Noだった場合「特定分野の中で伸びていきたいか」を聞きます。こうした問いかけを通じて複数のカテゴリーに女性を分け、カテゴリーごとに会社の支援や育成を行います。本人の希望によってカテゴリーはもちろん変わっていきます。
「女性活躍推進」のポイントは「ハイヒールを履かせること」
少子高齢化・労働人口の減少で、女性活躍推進は企業の機動力として重要視されています。しかしそうした文脈とは別に、自社になぜ「女性活躍推進」が必要かを見極め、把握することが大切です。自社の女性社員の現実・実態を一人ひとりの志向や能力のレベルでとらえて見極め、公正に判断することが重要です。十把ひとからげで考えてはいけません。
そのうえで、いかに女性の活躍を実現するか。私は、女性活躍推進は、ハイヒールを履かせることに例えられると思います。よく言われる表現の「下駄を履かせる」では前も後ろも高いのでどこかで必ず転びます。スニーカーでは楽ですが成長しません。ハイヒールは「自分の身長+α」の高さです。爪先立ちの範囲で女性を抜擢していくこと、女性自身もストレッチすることが重要だと考えます。
花崎:経営から見た女性活躍推進の意味合いと、そのためのアプローチを教えてください。
林:女性の社会進出は増加する一方です。同じ女性を採用するなら、より結果を出す人材を獲得して育てることが企業の利益につながりますし、いったん採用したら、長く働き、貢献してほしい。そのために「女性活躍推進」は意義があります。注意すべきは、内在する課題と離れたところで理想論や一般論に惑わされ、数値目標にとらわれたり、女性というだけで実力がないまま登用したりすることです。本質的な目的から離れてしまうと、結果として企業価値を下げることにもなります。
「女性活躍推進」のアプローチでは現実に即した形を取ることが重要です。時にはあえてやらない理由を掲げることもありえるかと思います。組織の風土や実態が整っておらず、思い切った推進が時期尚早であれば、カルチャーや意識の変革を既存の研修や会議の機会の中に織り込んで意識させていくことも一案でしょう。また、推進体制としては、さまざまな角度から検討するために、女性、男性、若手、子育て世代など、立場の異なるメンバーで推進担当のチームを構成することが不可欠です。
花崎:新生銀行で行われたような「女性活躍推進」は、他社や他の業種で取り組むことは可能ですか。
林:業種によって成果は異なりますが、女性の視点を活かせる場は必ずあると考えます。新生銀行だから特別ということはありません。やり方はさまざまです。もし女性への評価が低い、あるいは女性活躍の意義を感じていない男性上司がいれば、正面から理想論で説得するのではなく、中長期的な視点での自社の状況を論理的に説明しつつ納得を引き出していくことです。当行では男性の意識改革にむけて、管理職昇格時研修で具体的な事例を用いて考えていただきます。また、男性が不快に感じることの多い、女性同士で群れる行動をとらないといった、女性自身の教育も必要です。
いわゆる「ゆるキャリ」も認めます。ゆるキャリとは、女性に限ったことではありませんが、能力の有無にかかわらずキャリアにおいて上を目指すことを必ずしも第一目標とはしない人を言います。個人の志向を認め、ただし成果に比例して処遇を変えるのがフェアだと思います。
「女性活躍推進」は、各自の違いを活かすことが大前提なので、自社の状況と必要性を分析し、上司と話し合い、一歩ずつの前進です。自社の歴史に敬意を払いつつ実行していかれたらよいと思います。
花崎:皆さんの企画ごとの目的、何を狙い女性活躍推進をするのかを明確にするのが第一歩ですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。