両利きの経営を実現する混迷時代のリーダーを育成するには

2020.05.08

「いかにして、既存事業で安定した収益を産み出しながら、イノベーションを起こし新規事業を創出していくか」

 

大変革を伴う混迷の時代の中で、多くの企業は試行錯誤を繰り返しながらも、このテーマに果敢に挑戦しています。しかし、知の「深化」と「探索」のバランスをとった「両利きの経営」の実践は決して容易ではありません。その意味において役員陣、トップの意思決定力・実行力といった経営力の強化は、各企業にとって重要なアジェンダになっています。

 

本レポートでは、株式会社セガ 代表取締役社長COO 兼 株式会社セガグループ 代表取締役副社長COOの杉野 行雄氏をお迎えして行ったセミナー「役員(エグゼクティブ)向けプログラムの最新事例と潮流~両利きの経営を実現する混迷時代のリーダーを育成するには~」の概要を紹介します。(注:セミナー概要は末尾をご覧ください。文中の氏名肩書は記事公開当時のものです。)

執筆者プロフィール
グロービス コーポレート エデュケーション | GCE
グロービス コーポレート エデュケーション

グロービスではクライアント企業とともに、世の中の変化に対応できる経営人材を数多く育成し、社会の創造と変革を実現することを目指しています。

多くのクライアント企業との協働を通じて、新しいサービスを創り出し、品質の向上に努め、経営人材育成の課題を共に解決するパートナーとして最適なサービスをご提供してまいります。


「両利きの経営」を推進するには、経営者のリーダーシップが不可欠

経営者に求められる要件とは、何でしょうか?
優先して明確にすべきことは「時代認識」です。

例えば、政治、経済、情報など…あらゆるものが過度に繋がった「Hyper-connected」な現代においては、経済的な危機やバブルなどが一定頻度で発生するため、イベント・リスクへの備えが求められます。また、国内の人口減により、企業は海外に新たな成長機会を求めざる得ない状況にあります。文化や慣習が異なり、従来の価値観が通用しないシビアな環境では、タフな意思決定が不可欠になってきます。更に破壊的・非連続的イノベーションにより、構造的な大変革が伴ってくるため、より難しい選択が迫られます。

そのような中、多くの企業において、既存事業で収益力を高めながらキャッシュを積み、その一方でイノベーションを起こしていく「両利きの経営」が求められています。それを実行する鍵は、経営者が標準化・同質性や効率性・生産性などが必要な「深化」と、差別化やユニークネス、スピード感をもった試行錯誤などの要素が求められる「探索」の相矛盾することを受け入れ、マネジメントすること。書籍『両利きの経営』(東洋経済新報社)の著者である、チャールズ・A.オライリー、マイケル・L.タッシュマンは、「両利きの経営」を実現している経営陣は、リーダーシップ5原則を備えていると言います。

  1. ① 心に訴えかける戦略的抱負を示して、幹部チームを巻き込む。
  2. ② どこに探索と深化との緊張関係を持たせるかを明確に選定する。
  3. ③ 幹部チーム間の対立に向き合い、葛藤から学び、事業間のバランスを図る。
  4. ④  「一貫して矛盾する」リーダーシップ行動を実践する。
  5. ⑤ 探索事業や深化事業についての議論や意思決定の実践に時間を割く。

「両利きの経営」の実現は、非常に難度の高いことではあるが、不可能ではありません。その際、重要なことは戦略などの「ハードイシュー」よりもコミュニケーションなどの「ソフトイシュー」。経営陣全員が真摯に課題に向き合い、議論できるチームワークを醸成していくことです。そして、その環境を産み出していくのは、経営者のリーダーシップに他なりません。客観性や合理性だけでは決めきれない経営課題に直面することも多くなります。そこでは、自分の主観、倫理観、生き様に基づく判断がより一層必要になってきます。絶対に譲れない「自分の軸」とともに、「異なる意見」に対する受容性も合わせ持ったバランス感覚や、学び得た「知」を再生可能な知恵に翻訳していくための言語化能力も求められます。

変化が激しく、先行き不透明な時代だからこそ、経営者自らが先頭に立って、未来を切り拓くために、外部に知を求め、自分を高め続けるモチベーションと、学び進化し続ける力が必要になってきます。

自己肯定と自己否定を繰り返し、自己変革に向き合う

グロービスの「知命社中」は、経営層に必要なリーダーシップを磨き込むための場や機会を提供しています。

その特徴の1つは、リーダーとしての思考や精神的基盤を確立するために必要な「知」を学べること。最新のテクノロジー環境下におけるグローバルな経営アジェンダから古典や哲学、深い人間理解を踏まえた上でのマクロ視点での21世紀型教養に至るまで、課題図書を精読し、第一線で活躍する現役経営者、各界の専門家による様々な「知」(刺激)に触れる。さらに、「書く」「話す」といった「学びを咀嚼するプロセス」にも重きを置いています。

「学んだことを咀嚼し、体得するためには、対話(話すこと)と言語化(書くこと)がとても重要になります。例えば、エッセイにおける言語化では、同じ問いに対して何度もリライトを行います。最初は一般論を羅列したような表層的な文章だったのが、一連の学習プロセスの中で自身の価値観・信念との葛藤なども経ながら、最終的には自身を支える精神性が含まれたオリジナリティあふれる文章へと劇的に変わります」と、鎌田は語ります。

「私自身、このエッセイが1つのターニングポイントになりました。エッセイを何度も書き直していく中で、自分の使命を再認識でき、『10年後の経営構想』が納得いくものに仕上げられました。それがきっかけで、1000名近くいる従業員に対して、これまでの自身の経験や社長としての想いを伝えたり、従業員へ会社のビジョンの浸透させるために新たな映像メッセージを作成したりして、行動力に一段と弾みがつきました」と、杉野氏は振り返ります。

「ロジックだけでなく、いかに本心を語れるか。自分らしさを貫いたリーダーシップを発揮できるか。そのためには、自分を支える軸(使命)、経営哲学などを他者との対話に晒し、自己肯定と自己否定の行き来や葛藤を繰り返しながら、熟考や言語化を深めること。それがリーダーシップの質的転換を行う上で、とても重要になってきます」(鎌田)

経営者として先を見据え、イノベーションを産み出し続けられる力を養う

「知命社中」は、経営者・役員(黒帯)同士が集い、切磋琢磨して、自らの使命を自得する場です。「知命社中」の「知命」とは、「五十にして天命を知る」という孔子の言葉が由来。もう1つの「社中」は坂本龍馬が作った亀山社中から借りてきた言葉で、志を同じくする仲間を意味します。各界の第一人者による高質な問いなどから気づきを得ながらも、同じような悩みや葛藤をもつ仲間同士の本音の対話を繰り返し行うことで、内省を深め、自分の可能性や意識レベルをもう一段高めることができます。

「知命社中」では、経営者として考えるべき様々なアジェンダ(問い)に対して、仲間との議論によって、自らの考えを問い直すこと(揺さぶり)を何度も行います。自身の考えに執着したり、拘泥するのではなく、他者の異なる考えにも耳を傾けます。「違和感の正体を掘り下げていくと、実は自分の考えの延長線上にあったりするものです。外からの刺激を咀嚼し昇華することで、自分の認識をアップグレードすることができます」(鎌田)

「私の場合、それこそ過去まで遡って自分のやりたいことを掘り起こし、自己内対話を深められたのは、ベンチャー企業の社長や大手企業の役員など、多様性のある『社中』の仲間たちが、忌憚ない意見や質問を投げかけてくれたからだと思います。参加者という同じ立場である仲間からも、多様な業界の“黒帯”たちによる異次元の刺激の循環がもたらされ、母校の創立者である福澤諭吉先生の『半学半教の精神』によって学び直せたのも、これからの自分のスタンスを決める上でとても良い経験になりました」(杉野氏)

また「知命社中」は、新たな刺激を得られるようにロケーションにも拘っています。奈良吉野にある世界遺産 金峯山寺に訪れ、座禅、護摩行や滝行を体感したり、水戸の弘道館・偕楽園では、水戸学を通じて、明治維新につながる精神や思想を学ぶ機会もあります。

「経営者には、一貫性と柔軟性、合理と情理、個人的利益と公共的利益、外から付与された役割と内発的な本心など、一見相反するものがせめぎ合う中であっても、最後は自身で決断することが求められます。それは「両利きの経営」を実現するために必要な矛盾マネジメントそのもの。このプログラムでは、賢人の教え、思いがけないインスピレーションなどが湧きあがる非日常的なロケーション、仲間との対話、深い自己観照・思考投入できる時間など・・・多くの学びや自身と向き合う機会を通じて、これまでの自分を一度壊し、再び新たな自分を組み立て直して、自己成長を図っていくことができます」(鎌田)

ポイント~役員向けプログラムを考える視点~

難度の高い「両利きの経営」を実現できる経営者には、時代要請に相応しいリーダーシップが求められる。客観性や合理性だけでは決めきれない経営課題に対処するための「ぶれない軸」「異なる意見も受容できる不動心」は不可欠。更に、新たな知の獲得を外に求め、自らを高め続ける「自己成長力」が問われる。


リーダーシップを磨き込むためには、自らが考える使命、自己のあり方、経営哲学など他者との議論に晒し、自己肯定や自己否定の行き来を繰り返しながら熟考・言語化を深めることが肝要である。


未知なる刺激に触れつつ、対話を通じて、咀嚼・昇華していくことで、自己認識をアップグレードさせ、リーダーとしての高い次元での意識転換を図っていくことができる。

セミナー開催概要

■開催日時:2020年2月28日(金)
■会場:SMBCコンサルティング株式会社 9FセミナーホールC
■登壇者

【スピーカー】
鎌田 英治(株式会社グロービス マネジング・ディレクター / 役員向け研修「知命社中」代表 ) 北海道大学経済学部卒業、コロンビア大学CSEP(Columbia Senior Executive Program)修了。1999年日本長期信用銀行からグロービスに転じ、名古屋オフィス代表、グループ経営管理本部長、Chief Leadership Officer(CLO)などを経て現職。著書『自問力のリーダーシップ』(ダイヤモンド社)がある。経済同友会会員。

【ゲストスピーカー】
杉野 行雄氏 (株式会社セガ 代表取締役社長COO 兼 株式会社セガグループ 代表取締役副社長COO /「知命社中」第2期修了生 1993年慶應義塾大学経済学部卒業。同年株式会社セガ・エンタープライゼス(現・株式会社セガゲームス)に入社。株式会社セガ 執行役員開発戦略本部 編成局局長、取締役社長室長などを経て、2015年に株式会社セガ・インタラクティブ 代表取締役社長CEOに就任。2020年4月より現職。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。