グローバル人材育成 最前線 ~駐在員、現地人材、人事部それぞれの課題~
アジアの名門ビジネススクール教授に聞く「現場」への向かい合い方

2014.02.24

本コラムでは、日系企業のグローバル化の3つの課題、グローバルリーダーの育成、現地の人・組織の開発、それらを促進していく本社の役割に焦点を当てて、グローバルに活躍するリーダーや人事の責任者の方に話を伺ってきました。いかにして拠点と本社が連携し、結果を出すか? そのキーワードが「現場感」でした。
 
連載の最終回に当たる今回は、アジアのリーダー育成最前線というテーマで、インド商科大学院のディーパック・チャンドラ教授とタイのチュラロンコーン大学サシン経営大学院の藤岡資正教授をゲストにお迎えして実施したセミナー・レポートをお届けします。執筆はセミナーモデレータを務めた高橋亨です。

※本記事はグロービス・コーポレート・エデュケーション主催の「第3回CLO(人材育成責任者)会議」のセミナーを再構成したものです。

執筆者プロフィール
高橋 亨 | Takahashi Toru
高橋 亨

上智大学経済学部卒業。スタンフォード経営大学院SEP修了。大学卒業後、丸紅株式会社にて、機械メーカーとの海外事業展開に従事。7年間の海外勤務では、イランにてインフラ整備プロジェクトに携わった後、在ベルギーの欧州・中東・アフリカ地域統括会社にて、同地域における事業の立ち上げ、出資先、取引先への経営支援、ファイナンス供与などグローバルビジネスに広く携わる。現在は、グロービスの在シンガポール海外拠点GLOBIS Asia Pacific Pte. Ltd. 並びにGLOBIS THAILAND CO., LTD.の代表を務め、アジア地域での人材育成、組織変革事業を推進する。グロービス経営大学院MBAプログラム(日本語・英語)にて、グローバル・パースペクティブ、グローバル化戦略等の講師、また、企業研修においては、海外展開時における企業理念・戦略の浸透、海外拠点の現地化に伴う戦略策定、課題解決、リーダーシップ等の講師業務に携わる。共著に『MBAマネジメントブック2』(ダイヤモンド社)がある。


はじめに ~高橋亨 グロービス アジアパシフィック代表

このセミナーを実施したのは2013年12月の東京です。モデレータを務めた私自身大変気付きの多かったセミナーでした。お二人からは我々が実際に現場に入った時に、どんな視点を持つべきなのか? あるいは、どんなマインドセットが求められるのか? という点で多くのヒントを頂きました。積極的に現場に入っていったとしても、ただ漠然と向き合うだけでは得るものが少ないのが実情です。お二人の話から、「軸を持つことに拘る」「現地の発展プロセスに自らを組み込む」「自社の戦略を理解する」といったことがポイントであると私なりに受け止めました(詳しくは本稿最後のまとめをご覧ください)。読者の皆様が現地に向かい合う際の視点、スタンスについてご参考になれば幸いです。

セミナー・レポート「多様性をマネジメントし、グローバルで活躍するリーダーの育成と輩出」

高橋: グロービスは昨年上海、シンガポールと拠点を広げ、中国、シンガポール、そして、香港、タイ、マレーシアをカバーしています。こうした活動の中で、グロービスだけでできることは限られているので、アジアの有力な教育機関の皆さんと提携し、アジアの知恵とグロービスの知恵を融合して、より現地に則したプログラムの提供を目指しています。今回のゲストのお二人はグロービスとの提携の中心となってくださっている方々です。

タイは日本の対外投資が中国の約二倍増で進んでおり、インドへの各社の展開も急速に進んでいる。日系企業にとって注目の地域ということで今回お呼びしました。

採用で重視するのは<何かに夢中になる力>

(藤岡資正 (ふじおか たかまさ)教授
チュラロンコーン大学サシン経営大学院 
エグゼクティブディレクター・MBA専攻長・日本センター所長)

高橋: まず、日本企業のグローバル化の課題ということで、問題意識をお伺いします。

藤岡: 今日は、せっかくなので、アセアン共同体の先を見据えた話、マクロの導入部分を簡単にお話させていただきます。
現在、アジア新興国市場への日本企業の進出が加速しており、その理由も「製造拠点」から「現地の市場を取り込む」という意味合いに変化しつつあります。新興国の中間層を目当てに、縮小する日本市場を乗り換えるための戦略的な意味合いでの海外進出になっていることが特徴です。そこでは、現地でものをつくり、売り抜いていくモデルが中心です。

たとえば自動車市場でみると、ASEAN6のなかで2020年までに500万台、日本と同じ規模の市場が誕生すると言われています。こうなると、市場が立ち上がるスピードに自社の海外進出が間に合うのか、間に合わせるためには何をする必要があるか?という逆算の視点が重要ですね。

ここまでは戦略のお話ですが、人材獲得競争という観点から考えてみましょう。特に新興国の企業は、市場の拡大に伴い、雇用のチャンスも拡大しています。従い、「企業が従業員を選ぶ」という市場ではなく「従業員から企業が選んでいただく」というポジションであるということ。この点は忘れがちなポイントかもしれません。

「インドで多国籍企業が成功するカギとなったのは、リーダーの人材管理と能力開発です。急激な経済成長のため、能力開発が追い付いていないのです」

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(Deepak Chandra (ディーパック・チャンドラ)教授
インド商科大学院 副学長)

高橋: 東南アジアのマクロ状況について伺いました。次はインドの状況についてお伺いしたいと思います。

チャンドラ: 私からはインドの機会と課題を中心にお話したいと思います。まず、インドの多様性をざっと挙げてみましょう(下記スライド参照)。このように多様性に満ちたインドは、若い人口が増え続けています。この人口こそがインドの機会です。


<スライド~インドの多様性>

1.国土
-329万平米
-28州、7つの直轄領
2.人口構成
-12.5億(都市部30%、地方70%)
-人口増加率1.312%
-15-64才人口が65%
-中央年齢26.2歳
3.文化的多様性
-多宗教国家 
ヒンドゥー教、イスラム教、
キリスト教、シク教、仏教、ジャイナ教、
ユダヤ教、ゾロアスター教など
-公的言語は22、方言は1000以上
-識字率 74% 男性82%、女性65.5%
経済的にみるとインドは3兆円の市場規模、市場サイズはGDPベースで10番目に大きく、有望な市場であるとみられています。
さまざまな多国籍企業がインドの成長機会にひかれて進出しています。ではどういった多国籍企業がインドで成功しているか? 成功のカギとなったのは、リーダーの人材管理と能力開発です。急激な経済成長のため、能力開発が追い付いていないのです。これがインドでもっとも重要な課題です。そのようななかで、成功している会社では3つのことをやっています。

1. 適切な人材を発見すること。人材豊富なインドで、トップクオリティの人材を採用する
2. そうして採用した人材の能力を求められる水準まで引き上げること。スキル開発やリーダーシップを養成して、自社の求める人材を開発する
3. リーダー養成の仕組みを整備すること。リーダー育成のパイプラインとキャリア開発のプロセスを構築し、リーダーを目指す人を惹きつける

日本をはじめとする多国籍企業がインドで成功するためには、こうした点を考慮する必要があります。

「海のアセアン、陸のアセアン。アセアンを1つとして見ると戦略を見誤る」

高橋: アセアンの多様性についてのお話がありました。その多様性を理解するにはどのような見方をすればいいのでしょうか?

藤岡: たとえば、海に面した海のアセアン、陸のアセアン、という分け方があります。
海のアセアンとはたとえばインドネシア。12000の島があります。フィリピンも6000の島からなっています。こういう環境では物流のあり方からして全く違うやり方が必要となります。これを一つとして見ると戦略を見誤ります。

一方、陸のアセアンとは、代表格が今注目されているメコン川流域です。メコン川はベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー、タイに接して流れ、その流域には街道が三本通っている。今後インド洋に面するミャンマーのダウェイ港が整備されるとインドの自動車工業の中核であるチェンナイへの物流が大幅に効率化される見込みです。従い、陸のアセアンでは、生産拠点を無理に分散させず一箇所に集積させ続けて生産性を上げるという戦略が取れて、集積地から他の地域へ連携を図るという動きが可能となるのです。日本企業にとって、戦略的拠点を定めて人材育成をするという上でも、重要な地域と言えると思います。

高橋: 多様性に向き合う際に、多様性に対してどんな軸から峻別を図り、どの地域やセグメントを重点としておき、どう横展開していくかを戦略的に決めることが重要ということですね。

藤岡: それに加えて、人材を育成する上で、自社がどんな戦略を取っているかを認識することが大事です。同じ自動車でもトヨタと日産では違う戦略を取っているので、人材戦略も違います。トヨタは、縦志向がとても強い会社です。従い、海外展開しても日本のトヨタのやり方に徹底的に拘って、トヨタのやり方を世界中で展開します。どこまで行っても日本の会社と言われる所以です。一方、日産はトヨタに比べると、横志向が強く、R&Dもどんどん海外に行って、地域特性を事業に反映させる志向が強いです。従い、人材も多様性を重んじて、各地域で特色を出すことを意識しています。

まとめますと、「地域」×「セグメント」×「自社の戦い方」を捉えて、人材戦略を立てて行く必要があるでしょう。繰り返しとなりますが、同じアセアンの自動車メーカーと言っても、全く違った人材戦略があるわけです。

高橋: 非常に分かりやすい例でのご説明ありがとうございます。次に、インドですが、先ほどのインドの多様性の話には圧倒されますが、いったいこの複雑なインドをインドの企業はどのようにマネジメントされているのでしょうか?

「インドで重要なのは ”Love&Respect(愛と尊敬)” です。市場と共にリーダー自身も一緒に成長していこうというマインドセットを醸成するリーダー教育が成功しています」

チャンドラ: 私の大好きな事例がユニリーバ、インドではヒンドスタン・リーバーと言われていますが、そこでのリーダー教育が成功しています。同社のリーダーは「インドによいことはリーバーに良いことだ」と信じており、自社製品のメッセージを市場に伝えることでインドが良くなると考えています。その背景になっているのがリーダー教育です。

まず、インドで重要なのはLove&Respect(愛と尊敬)です。社員は、二年間のリーダー教育プログラムのなかで、社内で教育を受けるだけでなく六カ月間インドの農村部で過ごします。生活用品の主要なターゲットは女性です。農村で過ごすことで、ターゲットの女性や農村の生活、小売など共に働く人々への理解が深まります。そして、農村の女性の地位向上をめざしながら、市場と共にリーダー自身も一緒に成長していこうというマインドセットが構築されます。このような方法が多様な市場に向きあう上では有効です。

「タイ人、新興国の学生の就職先の人気を調査すると、ホワイトカラーでは、日本企業はトップ10にもはいらないのが実情です」

高橋:それでは会場より質問をお受けしたいと思います。

会場より:採用についてお聞かせください。日本企業が当地の学生さんにどう見られているのか、優秀な学生を採用するにあたりどういうことが重要なのかヒントをいただきたい。

藤岡:  タイ人、あるいは新興国の学生が日本市場をどう見ているかをお伝えしましょう。
タイの学生は、日本をあまり先の見通しが良くない市場であると思っています。しかし、それ以上に深刻なのは、日本企業が、ホワイトカラー、MBAホルダーにとって魅力的ではないと考えられていることです。学生はユニリーバ-、P&G、コンサルティングファーム、つい最近まで韓国企業、今は自国の企業に就職していきます。

日本企業に人気がない一つの理由は日本企業の終身雇用のイメージです。もう一つは現地のトップがころころ変わるため、方針も変わるし現地に向き合うより、本社を見てしまうということを、学生たちは感じているようです。

また、日本企業のタイ支社には、日本人とタイ人しかいないとも言われています。二国籍ですね。一方、ユニリーバ-、P&Gにいくとオフィスは多様性に富んでいて、十五国籍などは普通です。日本企業ではなかなか活躍がしづらいという印象が持たれています。

私が精華大学と共同研究したところ、ホワイトカラーに絞ると日本企業はどこもトップ10に入らないのが実情です。日本企業として、仮にこのイメージを打開するためには、世界企業として自らのメッセージを発信していくということが戦略的に必要ではないでしょうか。

「新興国の学生は自分たちの国で活躍したいという思いがあります。どこかの国の企業といういい方をしない。そういうふうに日本企業という出し方を変えてみては」

藤岡: 新興国の優秀な学生はみんな英語で教育を受けて、発展していく自分の国に貢献したい、活躍したいという思いがあります。そのなかで、日本企業では自国に還すものがないというイメージが残念ながらあるのです。どこかの国の企業といういい方をしない、そういうふうに日本企業という出し方を変えてみてはどうでしょうか?

日本企業が、もっともっと自社の独自の特性をメッセージとして出して、ホワイトカラーの人材獲得競争に向けてブランディングをすれば、まだまだ魅力のある人材を取れるのではないかと思います。

その際に、人材育成の責任者が、自社がどんな戦略を取っているのかを明確に理解されていないことが多いように感じます。先ほどのトヨタ、日産の話ではありませんが、自分の会社がどんな戦い方をしているのかをしっかり理解することから始めるべきでしょう。

高橋:最後にお二人よりコメントをお願いします。

チャンドラ:人材育成を考える時に、グローカリゼーションが重要だと思っています。グローバルな取り組みがローカルに落とし込まれて機能していること。この状態を目指すことが重要だと思います。二つ目にインドに展開するならば、インド人のマインドセットを理解して働くこと。この二つをお願いしたいと思います。

藤岡:物事は見方によってポジティブにもネガティブにも見えます。今日本で直面している高齢化の問題も課題が山積しています。それは裏を返せば、日本は課題の先進国で、ソリューションを他国に提供していけるということでもあります。そのためにも次の世代をどんどん失敗させて学習させて、経営道場、実践の場を積ませていくことが重要で、発展しているアジアをその実践の場として活用して欲しいと思います。新興国と共に日本も成長していく、共に黄金のベンガル湾の時代を築いていきましょう。

本日はありがとうございました。

連載のおわりに~高橋 亨

「軸を持つことに拘る」「現地の発展プロセスに自らを組み込む」、そして「自社の戦略理解」。これらを踏まずして<現場感>は掴めない

・本連載では、現場感をキーワードに様々な事例を見て来ました。多様性の高いアセアンやインドではやみくもに現場に入っても、中々物事の本質が見えて来ないことが多いようです。この点が多くの企業がアジアで活動する際の難所になっているのではないでしょうか?

・その際のヒントとして、タイの藤岡教授からは、多様性が高いからこそ、どんな軸で分けて見るのかを強烈に意識すべきであるとの示唆がありました。同じアセアンでも例えば海のアジア、陸のアジアといった独自の軸で見ることによって、戦略的に全く違った解が導き出されることはとても興味深い話です。

・一方、非常に複雑性、多様性の高い社会であるインドのチャンドラ教授から頂いたヒントは、多様性が高い異質な人間の集合体であればあるほど、「愛と尊敬」の心が必要であるという言葉がとても印象的でした。違いを「拒絶」するのではばく、愛と尊敬を持って、心理的に、「受け入れる」スタンスを強調されていました。その心を持って、ユニリーバの事例のように、実際に現地社会にどっぷり浸かって、事業の成長、そこで生活する人々の成長、そして、自らの成長も同じプロセスの中でやって行くという話は、どうすれば多様性の高い社会で活躍できるのかについて多くの示唆がありました。単一性の高い社会での経験が長い日本企業がどうすれば、現場感を持つことができるのかについて、「軸を持つことに拘る」「現地の発展プロセスに自らを組み込む」という2つの示唆です。

・なぜ本社が現場感を持てないのかという点についても、そもそも現場での現場への向き合い方が不十分であるため、本社に的確で具体的な現場感を伝えることができない。加えて、自社がどういう戦い方をしているのかが、個々人の腹に落ちていないことが、次に現場を見た時の対応力の遅さに繋がっていると今回の議論から感じました。自社が日本の企業であるということは、アジアにおけるブランディングの際に有効であることは否定しませんが、もっと自社の特性や戦略を明確に認識していないと、多様性の高いアジアで有効な対応を取ることはできないしょう。

・多くの日本企業がアジアにコミットして、アジアで成果を挙げるべく必死の努力を続けていることは、グロービス アジアパシフィックのオフィスがある、ここシンガポールに居てもヒシヒシと伝わってきます。今回の計7回のシリーズがそうした活動を担っている皆様にとって、また、海外での活動を支援している本社の皆さんにとってのヒントとなっていれば幸いです。アジアの人々と一緒に成長し、よりよい社会が実現することに私自身も一層コミットして行きたいと思っています。

ご講演者略歴
◆Deepak Chandra (ディーパック・チャンドラ)氏
インド商科大学院 副学長

市場や産業界のニーズを読み解きながら、知の創造と普及を通じてそれらのニーズを教育に反映させる役割を担っている。アジアトップクラスのエグゼクティブ教育機関であるISBエグゼクティブ教育センターの設立においては重要な役割を果たした。
現在は民間組織、公的組織、政府機関それぞれのアドバイザーとして教育と人材育成戦略に関する提言を行っている。また、教育に情熱を捧げており、政府や国内外の開発機関のサポートを得ながら、社会の貧困層に対する大規模な教育プロジェクトを統括している。


◆藤岡資正 (ふじおか たかまさ)氏
チュラロンコーン大学サシン経営大学院
エグゼクティブディレクター・MBA専攻長
日本センター所長

ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院・ペンシルバニア大学ウォートン大学院・チュラロンコーン大学の学術協定により約35年前に設立されたサシン経営大学院のエグゼクティブダイレクター兼MBA専攻長。サシン日本センター所長。チュラロンコーン大学史上初の外国人ダイレクター。オックスフォード大学サイード経営大学院、経営哲学博士(DPhil)及び経営学修士。ケロッグ経営大学院客員研究員、名古屋商科大学院客員教授、広島大学非常勤講師を兼任。
上場企業から中小企業まで、数多くの日系企業の顧問を務めながら、政府系調査研究プロジェクトの統括責任者、アドバイザーなども歴任。
専門は、事業戦略論、グローバル・マネジメント・コントロール・システム。
近著に、『タイビジネスと日本企業』(共編著:同友館、2012年)、その他、日英学術論文、専門誌・コラム、講演多数。

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。