グローバル人材育成 最前線 ~駐在員、現地人材、人事部それぞれの課題~
グローバル人事制度の三つの切り口(インタビュー)

2014.01.24

ここまで、グローバル化に伴う人・組織の課題について、グローバルリーダーの要件、本社人事部の課題、海外拠点におけるリーダーとスタッフの育成の切り口から見てきました。本社と拠点の連携において各地域の多様性をいかに織り込んでいくべきか?まだまだ日本企業で経験が多いとはいえないこの領域について、インド発のグローバル企業であるインフォシス社の日本拠点トップとして長年にわたり経営に携わられているベンカタラマン・スリラム氏に話を伺いました。担当は中島淑雄です。

※本インタビューはすべて日本語で実施いたしました

執筆者プロフィール
中島 淑雄 | Nakashima Hideo
中島 淑雄

グロービス・インターナショナル・エデュケーション部門にて、国内外のグローバル企業の人材育成コンサルティング(全社/事業のグローバル経営リーダー、海外拠点リーダー等)に携わる。また、グロービスのファカルティ・メンバーとして、経営戦略やテクノベート・ストラテジー等のクラス開発や講師に従事。共著に『MBAマネジメント・ブックⅡ』『[新版]MBA経営戦略』。


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「グローバル化とは、国籍関係なく誰でも社長になれること

(ベンカタラマン・スリラム氏
インフォシス リミテッド シニア・バイスプレジデント 日本代表)

中島:今日は、グローバル人材マネジメントの観点から、日本企業が抱える課題や対応策についてお聞かせください。今、多くの日本企業が、自社のグローバル化を促進するためのグローバル人事制度(採用や育成、評価、配置等)の構築に取り組んでいます。しかし、地域/国によって人材特性やキャリア構築の考え方等が多様であったりと、複雑性への対処に苦労されている話をよく伺います。

グローバル人事制度を構築していくにあたり、何を共通化していくべきか?一方で各地域の多様性をいかに織り込んでいくべきか?特にこういった点を中心に、スリラムさんのお考えをお伺いできればと思います。

スリラム:まず最初に、「グローバル化」の定義をしなければなりません。その定義がはっきりしない限り、社員がバラバラの解釈を持ってしまいます。私の定義は、「国籍は関係なく誰でも社長になれること」です。それを支えるのがグローバル人事制度です。誰でも社長になれるというのは、日本企業に限らず、どこの国の企業であろうと難しい点です。日本発の会社だから日本人が社長になるのは自然なことです。だからといって外国人が社長になれないとなるとグローバル企業とはいえないと思います。例えば、P&G、シティバンク、ユニリーバ、GEなどは多国籍人材がマネジメントに携わっています。

では、このグローバル人事制度を目指したとき、どういうスキームで考え方を整理すればよいのか?

私は、Company Value、Customer Value、Operation/Processの3つのレイヤーで捉えています(下図)。一段目のCompany Valueとは、企業として大切にしている価値観。いわば会社の原点で、DNAやコアバリューとも言えます。二段目のレイヤーであるCustomer Valueは、What is the real value of the company?ということ。会社の事業として顧客にどういう価値を提供しているのか。会社のPurpose(目的)と言ってよいでしょう。

これらCompany Value、Customer Valueが明確に整理されているとともに、社員が本当に理解できているか、日常の行動に表れるまでInternalize(体内化)できているか、が重要です。
三段目のレイヤーはOperation/Processです。

地域ごとにプロセスは異なっても、基準は共通でないといけない

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スリラム: プロセスとはどういうことかというと、人材マネジメントで考えると、Hiring(採用) ⇒ Training(育成) ⇒ Retain(維持) ⇒ Retire(退職)という大きなステップがあります。

これらを、グローバル共通の1プロセスでやるべきか、地域別のプロセスでやるべきか。実際には、地域別で考えると、採用では法律上の問題が発生することもあります。たとえば、インドでは採用テストの点数で足切りをするが、米国では簡単に足切りができなかったりする。米国以外でも、社会慣習的に難しい場合もある。つまり、グローバル共通の1プロセスでできるか、というとできないのです。

そこで、地域ごとに異なった複数のプロセスを選択することになります。その場合、プロセスは異なっても、採用の選択基準は共通でないといけない。先ほどの一段目、二段目のレイヤーに照らし合わせて、「当社に適する人物かどうか?」が選択基準になる。採用プロセスとアウトプット(結果として採用される人材)を分けて考えることが大事です。

インフォシスの入社試験の話を例にあげましょう。ある面接のステップでは、コンセプト理解力を見ています。例えばプログラミングの本質とは何かといったことです。面接を実施してみて、ある国の候補者は英語でコンセプトを十分説明できませんでした。そこで、その国の言語で面接をしたところ、やはりコンセプトの説明はうまくできません。しかし、少し問題を変えてみると、実はコンセプトは十分に理解していたことが分かりました。つまり、理解力はあっても説明力はないという傾向があったのです。コンセプト理解力を評価するためには、その国では異なった方法が必要だったのです。

このように、目的とするアウトプットは変わらないものの、それを達成するプロセスはいろいろな文化や言語の違い等を反映していかねばなりません。ある役割があるとすると、そのためのケイパビリティは共通です。ただ、それがあるかないかを確認するためのプロセス、この場合でいうとテストのやり方は変えなくてはいけないのです。

「”Let them fail!” まずやらせてみればよいのです

(中島淑雄
グロービス・コーポレート・エデュケーション)

中島: グローバル化を進める日本企業の人事部にとって、重要な課題の1つは現地化です。現地法人のトップを任せられる現地人材を採用・育成する必要がありますが、現地においてどのようなプロセスでやるべきかの判断材料を十分に持っていなかったり、そもそも現地人材に任せるのが不安という声があります。この点についてどうお考えになりますか?

スリラム: 日本人をトップに据えてもガバナンスが効いていないこともあります。現地法人が本社方針をしっかり実行していなかったり、好きなことをやっていたりします。大事なのは、ケイパビリティのある人をトップに置いているかというアウトプットです。アウトプットすなわち、トップの人材が適切でなければ、ケイパビリティのある人を採用できていないというプロセスに問題があるといえます。

質問されたような懸念はインフォシス内でも起きます。私が、あるプロジェクトを日本人に任せようとすると、インド本社から日本人で大丈夫か、という声が上がったりします。そこで私が言うのは”Let them fail!” 。日本人だから失敗する、インド人だから失敗しないということはないのだから、まずやらせてみればよいのです。

こういう問題、偏見が起こりえるからこそ、役割遂行において必要な能力をまず明確にする必要があります。あとはその能力を持った人をどうやって採用・育成するかであり、そのプロセスは国ごとに適切なものを選択すればよいのです。

本社の経営リーダー育成プログラムの人選は適切か?

中島: 人材の育成に関しては、日本のグローバル企業において、共通化とカスタマイズという2つの動きがあります。ご存知の通り、共通化とは、コーポレートユニバーシティに代表されるやり方で、本社又は各現地法人の経営リーダー候補を育成するために世界中から候補者を選抜して本社に集めて同一のプログラムで学びます。一方カスタマイズとは、そこコーポレートユニバーシティに選抜されるまでの若手の段階では、各国や地域単位でどういう育成をするかは任せる、というものです。

スリラム: その考え方は間違っていないと思います。ただ、本社でやる経営リーダー育成プログラムには、本当に正しい人材が各国や地域から出てきていると自信をもっていえるでしょうか? 各国や地域単位で行っている育成プログラムは本当に適切なものなのか。もっと根本的には、企業の価値観に共感している適切な人材がそもそも採用されているのか。それらプロセスの適切性がしっかりと担保されていることが条件になります。

最初に話を戻しますと、本当にグローバル企業を目指すのであれば、共通の部分と地域でカスタマイズするプロセスを切り分けて理解できる人がいるかどうか、が重要になるのです。多くの企業で、これがネックとなって課題が生じていることが多いのではないでしょうか。

日本企業は価値観しか見ていない、あるいはプロセスしか見ていない

中島: 異なる国、マーケットではプロセスを変えねばならない時がある、でも変えるのは難しい、というのは採用や育成に限った話ではないですね。例えば日本の製造業はかつて輸出主導型からスタートし、そして生産・販売拠点を拡大してきました。さらに、現地の市場ニーズを掴み、現地で商品を開発して売る、となると、これまでのビジネスとはグローバルレベルの次元が違ってきます。当然、それまでと同じやり方は通用しなくなります。

スリラム: 日本企業や日本人は、日本から外に出て行く上で、一段目、二段目の価値観は重視していると思います。でも、私の感覚ですが、日本企業は価値観しか見ていない、あるいはプロセスしか見ていない、という場合が多いように思います。だからプロセスがちぐはぐになったり、アウトプットの共通化を目指すということができていなかったりするのです。

私は、ケイパビリティ⇒プロセス⇒アウトプットを1セットで考えることが重要だと思っています。組織として目指すアウトプットと、そのためのケイパビリティは共通。でも個人のケイパビリティを見極めたり(採用)、伸ばす(育成)、あるいは組織として成果を出すための活動の仕組みといったプロセスは違う、ということです。

中島: 観点を変えますが、日本企業がグローバル化をどんどん進めて組織の多様性も高まった結果、日本企業らしさや、これまで得意としてきたこと、例えば、ものづくりにおける摺り合わせ能力などが弱体化してしまうのではないかという危惧を聞くこともあります。この点はどうお考えでしょうか?

スリラム:そもそも、日本企業らしさと、その企業らしさを混同して考えているところに間違いがあります。日本企業らしくありたいか?と、トヨタらしくありたいか?は違うはずです。その会社らしさがあれば日本人でなくても、インド人でもアメリカ人でも経営は出来るはずです。日本人でないと駄目だ、という考え方は理解できません。それは試したことがないから怖いのではないでしょうか。

“摺り合わせ”についても、それは日本だけのものではありません。他の国でも“摺り合わせ”は重要であり、存在するのです。ものづくりについて考えてみると、日本人は良いものを作ることがものづくりだと思っています。一方で、ドイツ人は、良いものを高い生産性で作ることがものづくりだと考えています。一言でものづくりといっても、どの観点で見るかによって、捉え方に違いはあるのです。どっちが優れている、というように簡単に片付く話ではありません。

日本の良さとして、プロセスへの徹底したこだわりがあるでしょう

スリラム: 一方、日本らしさ、日本の良さとして、プロセスへの徹底したこだわりがあるでしょう。ただし、アウトプットとのバランスがとれていることが大事です。そう考えると、逆に弱みともいえるかもしれません。アウトプットとのバランスの観点から過剰にこだわりすぎていることがあります。そして、その状態に気付いていない。仮に気付いたとしても、柔軟に変えることは難しい。気付いていないという点に関して、日本企業が海外に進出した際に、なぜ日本ではこういうやり方でやっているか、をきちんと説明ができないことが多かったりします。そこを説明していくなかで、無駄なプロセスが見つかるかもしれません。ちなみに、ものすごく卑近な例ですが、私とミーティングをするときに、日本人社員は資料を作成してくれます。いつも紙は必要ないと言っているにも関わらず。インド人は逆に顧客訪問でさえも資料を持っていかないのが困りものですが(笑)。

中島: 日本企業にとってプロセスを柔軟に変えることが難しいという点について、その原因は何だと思われますか?

スリラム: プロセスを柔軟に変えることが難しいのは何も日本企業だけの課題ではありませんが、日本の場合は成功体験があるので変える必要性に気付かないと言えると思います。 例えば、日本のタクシー運転手は大体朝8時から翌朝4時まで勤務する、という場合が多いことにあるとき気付きました。そのうち3時間が休憩。なんでこんな勤務形態になっているのですか?といろんな運転手に質問してみても「これが会社のルールですから」という答えばかり。あるとき、ご年配の運転手が、戦後に運転手の数が不足していた時の名残だと教えてくれました。つまり誰も、どうして今こうなっているか、を考えていないのです。

また、もう一点原因があります。自分たちの提供価値(二段目のレイヤー)に立ち戻っていないということです。自分たちは、どのような顧客に、どんな価値を提供しているのか? そこを問う姿勢を持ち続けることが必要だと思います。会社の成長とともに、それを忘れてしまいがちになります。いずれにせよ、プロセスは時間の経過とともに習慣化してしまうことを忘れてはなりません。

むしろ問題は、中間層の人たちやプロセスそのものにあります

スリラム: では、どうやって成功体験にとらわれることなく、提供価値に立ち戻ってプロセスを見直せるか。これには3通りの方法があります。

一つめは日本のミドルマネジメント層に海外に行ってもらう。しかも三年程度では無意味で、十年程度は行かせるべきでしょう。

二つめは若手人材の交流ですね。海外の人材に若いときから日本にきて働いてもらう。逆に、日本の若手人材を海外に派遣する。このように従来の慣れ親しんだ環境から飛び出す、あるいは今の環境に外から揺らぎ・刺激を与えることによって、自分たちのプロセスを新鮮な視点から再確認したり、そもそも自社の提供価値は何か?という基本目的に立ち返るきっかけになると思います。

三つめとして、プロセスに有効期限を持たせる、という考え方もあります。例えば、三年間に一度は必ずそもそもの目的に照らし合わせてプロセスを再評価することをルール化する。そうすることで、例えば摺り合わせという本来は手段であるべきものが、いつの間にか目的化してしまう、という事態を避けることができます。

実は、日本企業のトップマネジメントの大多数は、変える必要性に気付いていると思います。むしろ問題は、中間層の人たちやプロセスそのものにあると思います。日本の場合は、プロセスを変えるためのプロセスが必要で、社長の一存で簡単には決められない。そこがネックになっているとも言えます。でもこれは、日本企業だけの問題ではありません。世界のどの大企業でも起きていることです。だからこそ、これまで申し上げてきたことが必要になると思うのです。

中島: 本日はどうもありがとうございました。

コンサルタントの視点

インドを代表するグローバル企業のリーダーであり、日本企業への理解も深いスリラム氏ならではの、とても示唆に富むお話であったと思います。

多様なグローバル市場で戦うからには、プロセス/オペレーションは現地特性に応じて柔軟に変えなければならない。これはどの企業も認識していることだと思います。しかし、実際に現地事情を適切に反映したものになっているかどうか?というと、まだまだ乖離・課題が多いというのが実情ではないでしょうか。

では、なぜそれが難しいのか?どうすべきなのか?この問いに対して、スリラム氏は明確な考えをお持ちです。端的に言うと、会社としてのベースの部分(価値観や提供価値)とプロセスをセットで考えないといけない、ということに集約される思います。

会社としての価値観や提供価値といった“根っ子”が脆弱だと、プロセスそのものの善し悪しの判断基準や目指すアウトプットが定まりません。グローバル人材マネジメントの観点で考えると、あるべき具体的リーダー像(現地リーダー、グローバルリーダー問わず)が定まらずに、採用や育成といったプロセスだけが存在する。つまり、目的が定まっていないために手段そのものが目的してしまう、ということに陥ります。これでは、本当に意味ある採用・育成にはなりません。

「会社としての」という点もポイントだと思います。要するに“自社らしさ”があるかどうか。ここが明確でないと、どの企業にも当てはまるような一般的なリーダー像しか描けず、従いありがちな採用・育成プロセスになってしまいます。

一方で、たとえ“根っ子”がしっかりしていても、プロセスを柔軟に変えることの難しさを指摘されました。その原因として、例えばこれまでの日本での成功体験等が足枷となって、本来は変えるべきプロセスを変える必要性に気付かない。あるいは、そもそも共通でやる部分とカスタマイズする部分の切り分けを判断できる人がいない、といった点がありました。グローバル人材マネジメントにおいても、プロセスそのものを各地域/国レベル、あるいは全社レベルで常に見直していくことが求められているのだと思います。

繰り返しになりますが、会社としてのベースの部分(価値観や提供価値)とプロセスをセットで考えていく。シンプルですが、容易な話ではないと思います。しかし、行動しないと何も変わりません。これまでのインタビューシリーズでは、住友化学やバンダイナムコホールディングス、花王、そして弊社含めグローバル化に挑戦している企業の話を伺ってきましたが、各企業の取り組みの意図や効果が改めて理解できます。他の企業・人事の方々にとっても、各社の取り組みから参考になる部分はあるのではないでしょうか。

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執筆:中島淑雄
全体構成:加藤康行 グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジャー
ベンカタラマン・スリラム氏ご経歴
インフォシス リミテッド シニア・バイスプレジデント 日本代表およびアジアパシフィック、中東・アフリカ地域の製造業部門事業統括を務める。 1997年インフォシス入社後、日本における事業の立上げを担当。インフォシスのTier 1リーダーシップのメンバーとして中国、オーストラリアのビジネスを立ち上げる。在日インド商工会議所会員として日印間のビジネスを促進している。起業家支援団体TiEの創立メンバーでもある。 グロービス経営大学院、慶應大学、東京大学、テンプル大学およびIIM大学(インド、アーメダバード)にて教鞭をとる。スーラットカルにあるカルナタカ州立工科大学電子通信工学部を卒業後、IIM(インド・ビジネススクール・アハメダーバード校)にて MBAを取得。

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。