グローバル人材育成 最前線 ~駐在員、現地人材、人事部それぞれの課題~
グローバル人材育成の三つの課題~駐在員、現地人材、人事部~

2013.08.27

本コラムでは、多くの日本企業において待ったなしの課題となっているグローバル人材育成について、「現場感」というキーワードから課題と打ち手を考えます。執筆は弊社コンサルタントが交代で担当。第1回目は海外法人を統括する高橋亨が全体像を俯瞰します。

執筆者プロフィール
高橋 亨 | Takahashi Toru
高橋 亨

上智大学経済学部卒業。スタンフォード経営大学院SEP修了。大学卒業後、丸紅株式会社にて、機械メーカーとの海外事業展開に従事。7年間の海外勤務では、イランにてインフラ整備プロジェクトに携わった後、在ベルギーの欧州・中東・アフリカ地域統括会社にて、同地域における事業の立ち上げ、出資先、取引先への経営支援、ファイナンス供与などグローバルビジネスに広く携わる。現在は、グロービスの在シンガポール海外拠点GLOBIS Asia Pacific Pte. Ltd. 並びにGLOBIS THAILAND CO., LTD.の代表を務め、アジア地域での人材育成、組織変革事業を推進する。グロービス経営大学院MBAプログラム(日本語・英語)にて、グローバル・パースペクティブ、グローバル化戦略等の講師、また、企業研修においては、海外展開時における企業理念・戦略の浸透、海外拠点の現地化に伴う戦略策定、課題解決、リーダーシップ等の講師業務に携わる。共著に『MBAマネジメントブック2』(ダイヤモンド社)がある。


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はじめに

私は、グロービスの法人部門で、グローバル化をテーマとする顧客の人材育成や組織変革支援の責任者を務めています。また、グロービス自体のグローバル展開を統括しています。グロービスは、2012年に中国/シンガポールに拠点を設立、インド/タイなどアジア各地のビジネススクールと提携を進めながら、クライアント企業のグローバル展開支援を加速させてきました。私自身も一人の海外拠点マネジメントとして、2013年は稼働日の半分以上が海外という日々を過ごしています。 本コラムでは、日本、そして、海外現地で500社を超えるお客様とディスカッションを重ねる中で見えてきたグローバル人材育成に関する問題意識や、その要諦を考えてみたいと思います。各回の執筆はグロービスで私と同じくクライアントの海外展開を支援するコンサルタントが、全体構成は加藤康行が担当します。

顧客の声からみえてきた三つの課題

まず最近感じていることは、いよいよクライアント各社が、グローバル化の流れに対応し、真剣に動きはじめているということです。 私がお付き合いさせていただいている人事部、企画部門では、積極的に海外に出張に出て、現地の様子や課題の把握に務めている方が増えています。 そのような方にお話を伺うと、グローバル化の推進にあたって、人/組織の側面から多くの企業が直面する課題は以下の三つに集約されるように感じています。  

課題 1:海外の現地トップを任せられる人材の深刻な不足  

課題 2:現地で今後経営を任せられるローカルスタッフを中心とした将来のリーダー候補の不足  

課題 3:現地のグローバル化を支援する役割を担う本社の力不足

課題の1と2は、過去から存在するが未だに解決されていない課題です。課題3は本社の、いわば「内なる」グローバル化の課題です。少し補足すると、この内なるグローバル化の課題とは、以下の三つが代表です。  

A:「現地の問題や特異性に関する日本本社(経営層)の理解」  

B:「海外の事業を遂行する上で必要な事業方針等に関する本社の情報提供」  

C:「日本本社の経営層の海外経験」

よくクライアント企業から伺うのは、本社の役員に海外経験者が少ない。あったとしても、現在の成長性市場である新興国経験者の数が極端に少ないのという現状です。結果、新興国の現場とはかけ離れたマネジメントになってしまいます。例えば、中国で多くの日本メーカが経験されていると伺うのは、現地での委託生産の入札で、現地トップの決裁権をはるかに超える予算の提案を、かつてないようなスピード感で提示することを求められ、対応できないという事態です。 これは日本本社とその意向を気にする現地トップが、取れるリスクと取れないリスクの峻別ができず、またリスク回避策としてやるべきことが見えないという問題です。見えないから無難な施策しか打てず、現地で競争力のある事業とならない。あるいは、検討を重ねているうちに、どんどん競合国企業に先行されて、情報収集力の差も広がるといった状況です。 このような経営をしていると、課題1に挙げられた現地トップを務められる日本駐在員が育たない、現地の声が活かされないからローカルスタッフのやる気が削がれて行くという、悪循環を生みだすこととなります。従い、本社のグローバル対応力のアップをどういうプロセスで進めるのか、本社機能の一部として存在する人事部門としても、看過できない課題です。 ただ一方で、私がお付き合いしている企業の中で、現地のトップやミドルリーダーが育ち、それを、人事がしっかりとサポートしている企業も存在します。うまくいっている企業はどんなことをしているのか? 違いはどこにあるのか? 少し考えてみたいと思います。

コマツの米国トップ事例から見る<ベタな動き>の重要さ

先日、日本を代表するグローバル化が進んでいる企業の一つであるコマツの米国本社社長、副社長に話を聞く機会がありました。 コマツは、全世界で建設機械を製造、販売し、世界のあらゆる地域で販売した機械を稼働させている優良建機メーカです。その米国のトップですので、成功した秘訣は何か、とにかくヒントをいただきたいという思いをもってお話を伺いました。 コマツではツートップ制と言って、米国本社のCEOは米国人が、CO0は日本本社からの出向者が担い、現地人トップと日本人トップがタッグを組んで経営に当たる方法を取っています。この二人はどんな経営をしているのでしょうか? 何が成功の鍵なのでしょうか? 
なるほどと思ったことがありました。 「我々が二人で一緒にコマツ米国の経営を始めて以来、毎日オフィスにいる時には、必ず三十分でも直接顔を合わせてミーティングを行った。そして、それぞれが出張等でオフィスにいない時は、必ず、毎日電話で話をして、現場の事実に基づいて、日々意見交換をした。」 ここには二つの重要なポイントがあります。一つは、二人が基本的に一日も欠かさずに会話を続けたこと。ただ一度だけ、CEOが携帯の電波が届かない南米かどこかの奥地の鉱山まで行った際に、三日間ほど会話ができなかったことがあり、三日ぶりに電話がかかってきた時の最初の第一声が、「Long Time No See」だったといいます。 もう一つは毎日現場を見ること。結局やっていたことは、毎日現場を見て、そして、その事実に基づいて二人で意見交換し、意思決定するという極めて単純なことの繰り返しです。 ただ、多忙を極めるコマツの米国トップが毎日時間をつくるというのは、大変な意思と努力が必要だと思います。三日間話をしなかっただけで久しぶりと思うぐらい、習慣化されるまでやり通している二人の愚直な努力に私はハッとさせられました。コマツのトップでさえ、そこまでやって経営に対する考え方を合わせ、二人の意思決定が、現場の事実と、ここは私の想像ですが、おそらく二人の考える<コマツらしさ>に基づいているのかと常に検証しながら進めている。翻って自分は海外拠点を預かる立場として、そうした愚直な努力をしているだろうか? 私は、<グローバル化>とは何も特別なことを指しているのではなく、地理的/時間的/文化的な前提が異なる海外でも、言い訳せず、経営の原理原則である、現場を見て、愚直に意思決定を行い、それを実行していくことを継続することに他ならないということに気付きました。

グローバル戦略とその実現の要諦をハッキリ描けているか?

ここで、読者の皆さんにフォーカスしてみます。人材育成を担われている皆さんが、どこまでコミットしてグローバルに活躍する人材育成に向き合われているかを測る質問を準備してみました。 下記の問いに、それぞれ皆さんがどう日々意識されているか、どこまでやって来たかを振り返りながら答えてみてください。  

問1: 自社の海外戦略の要諦は何ですか?いつまでに、どのエリアで、何を武器に、どの程度の売上/利益を目標としていますか?  

問2: その三年後の実現可能性は何%であると考えていますか?  

問3: 自社の海外戦略遂行のために、特に重要となる役割(Key Position)は何で、それぞれ何人必要ですか?  

問4: 各海外拠点に現地採用の人員を含めて社員は何名いて、そのうちのマネジャー候補、幹部候補は何人ですか?  

問5: 自社の現地組織でおきていることを事実ベースで把握していますか?例えば、現地採用の社員の喜びは何ですか? 不満は何ですか? 実際に「生声」で、何人ぐらいからこうした声を「直接」聞いたことがありますか?

お気づきの通り、問1から問4は、自社の経営課題、人材・組織の全体像を押さえて、人材育成体系に落とし込むためのプロセスになっています。本来このような項目を具体的に押さえて落とし込んで行かなければ、戦略的な人事施策を打てるはずはなく、効果的な人材育成もできないはずです。 先日のあるセミナーで実際に会場に来られていた人材育成責任者の方に同じ質問をしてみました。結果は、問1から問4まで出来ているという企業はごくわずか。問5までやれている方は、一名のみでした。多くの参加者は「問3の途中です」、あるいは「問4までは意識していませんでしたが、問5の把握はやり始めています」などといった反応でした。人材育成の担当者として、会社の基本的な目指す姿や現状把握は必須であるにも関わらず、それに着手されていない現実を垣間見たように思いました。 自社の人材のグローバル化が進まないのは、人事部がこうした基本的な事柄を押さえずして、日々仕事をしているからに他ならないと私は考えています。これは、冒頭であげた三つの課題の課題3<現地のグローバル化を支援する役割を担う本社の力不足>とも関係があるように感じています。 本コラムでは、この問4~5に至る認識の不足を「現場感」というキーワードで問題提起したいと思います。

グローバル化の推進のカギは「現場感」

ここまで、グローバル化を進める我々日系企業が直面する三つの課題について考えてきました。解決する肝は何でしょうか? 多くのことが考えられるとは思いますが、根本的な要素の一つが「現場感」であると感じています。 本来、グローバルに展開して新しい事業を創造するには、海外の現場に入り込んで、海外のお客様のニーズを直接嗅ぎ取り、経営と現場が一体となって戦略的に施策を打ち出し、実行することが求められます。これはまさに、企業が創業期にやったことを、再度実行することに他なりません。例えば、ホンダが創業した時は、町工場だった訳ですが、町工場には近所の人が覗きに来たり、壊れたバイクを直接持ちこんで文句を言う人が来たり、一緒になって修理をしたりと、経営・生産・開発・営業・顧客さえもが一体で、スピードをもった経営が実行できた訳です。 先出のコマツの事例も、これと同様のことを経営が実施していた訳です。つまり、現場情報をタイムリーに把握し、日々、愚直に刷り合わせている米国トップの姿がそこにはありました。 加えて、元GEジャパンのHRトップを務めた八木氏も、その著書の中で「組織開発を進めていくためには、何はともあれ、組織の状態を把握しなくてはなりません」と、述べています。グローバル展開しているGEの抱える課題は、進出しているエリアごとに異なるのでしょう。実際八木氏は、海外の関連会社が抱える課題に対して、人事の立場で現場の問題を直接に把握し、その改善に奮闘していたようです。

コラムでお伝えすること

来年の1月まで予定されている本コラムでは、国内よりも距離のハードルが高まるグローバルマーケットにおいて、先に挙げた日系企業に共通する三つの課題と、その要因の一つである「現場感」の欠如をどう埋めるのかをテーマとします。 具体的には、今後のコラムの構成(予定)は、以下となります。 まず9月は、グローバルの現場で実際に事業を創造/牽引したリーダーをご紹介しながら、グローバルリーダーの備えるべき要件について考えます。 10月は、9月で提示したリーダー像を育成するために、我々が提供しているプログラム事例をご紹介します。 11月は、グローバルリーダーの育成に向けて、海外現地を巻き込みながら、現場感を持ったプログラムを構築している企業の事例をご紹介し、本社人事としてのグローバルサポート体制を考えていきます。 12月は、我々グロービス自身が、当事者としてグローバル化を進める中で挑戦していること、工夫などをご紹介します。 1月は、全体のまとめとして、日本とアジアを知悉するグローバル企業のリーダーから、今後の日本企業や、リーダー人材が持つべき視座/視点について提言を頂きます。 以上、グローバル化を成功させるべく人事として我々がなすべきことは何かを皆さんと一緒に考え、そして、勇気を持って行動に移して行きたいと考えています。 執筆:高橋亨 全体構成:加藤康行(グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジャー)

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。