グローバル人材育成 最前線 ~駐在員、現地人材、人事部それぞれの課題~
【花王インタビュー】人事部がリードするグローバル化

2013.11.22

ここまで、グローバルリーダーに求められる「現場感」とはどのようなものかを考え、ともすれば国内中心になりがちな日本企業のリーダー育成で、海外拠点の「現場感」をどのように養えるかという方法論をご紹介してきました。今回は、この新しい課題に立ち向かう今日の人事部に求められている動きはどのようなものかを、花王株式会社様へのインタビューを通じて考察します。担当は山臺尚子(やまだい ひさこ)です。

執筆者プロフィール
山臺 尚子 | Yamadai Hisako
山臺 尚子
大学院修了後、大手特許事務所に勤務。後、グロービスに参画。グロービスでは、法人向け人材開発・組織変革プログラムの企画・実施に従事。消費財、IT、物流・運輸等、幅広く業界を担当。企業の経営課題解決のための人材育成体系構築支援、経営人材候補者の強化、中期経営計画・戦略実現の支援を目的とした研修プログラム企画・実施を数多く担当。グロービス経営大学院の講座開発を担当するとともに、研修講師としても登壇。

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グローバル化推進における本社人事の役割とは?

私は普段、コンサルタントとしてクライアントの人事部の皆様と組織開発・人材育成について議論させていただいています。「グローバルで活躍できる人材を早急に育成しないといけない」というご相談をここ最近お受けすることが随分増えたようにと感じています。他方、経営トップの方からはこのようなお話をお伺いしたことがあります。

「人事から『我が社に相応しいグローバル人材はどんな人材でしょうか』という質問を受けた。『君は人事のプロだろう?君はどんな人材が当社にとって必要だと考えているんだい?』と試しに聞いてみたら、そのまま絶句していた。自分の意見はないのだろうか」

人事部の方が直面されているむずかしさを垣間見たように思います。

それは、私たち、人材開発に携わる者が、自社の今後の方向性を理解し、自部門の役割や業務に落とし込みながら、自社のグローバル化の旗振り役を務めることのむずかしさではないかと思います。精神論ではなく、人事としてのビジョンをもち、周囲を巻き込み、推進していく<行動>こそが、今人事に求められているのではないでしょうか。

本コラム第4回目の今回は、花王株式会社 人材開発部(教育研修担当) 課長 荘村孟様にお話をお伺いしながら、グローバル人材育成を推進するために、本社人事のグローバルサポートとはどうあるべきかを人事の立場から探っていきたいと思います。

花王グループにとってふさわしい育成プログラムという視点

花王株式会社 人材開発部(教育研修担当) 
課長 荘村孟(しょうむらたけし)氏

山臺: 花王グループでは世界で活躍するリーダー候補を集めるグローバルリーダーシップ開発プログラム(GLDP)を今から4年前に立ち上げました。このプログラムから輩出されたリーダーたちは既に約200名にも上り、修了後は地域社長など拠点を率いるリーダーとしてグローバルに活躍されています。このプログラムを立ち上げることになった経緯と、立ち上げをきっかけに人材開発部の中で変わったことについて教えてください。

荘村: 中期経営計画としてのBBS(花王経営基本戦略)が当社にはあります。花王グループとしての戦略が、各部門の活動レベルまで落としこむ形で策定されています。われわれ人材開発部の方針のひとつが「グローバルでの標準化」でした。ビジネスにおけるグローバルな成長を実現するためには、それを支える人材や、会社の仕組みをそれに対応させていかなければなりません。あらゆる人事施策でグローバルでの標準化が検討され、そのひとつが研修だったわけです。

人材育成の観点から、グローバル規模でリーダー候補をいかに見つけ、いかに強化・育成を図るのが効果的・効率的なのか、グローバルな標準化とローカルでの部分最適をどうバランスさせるのか、議論を重ねました。

これらを通じて、人材開発部は「全世界共通でグローバルに教育を行いリーダーを育てる」という意識を持つようになったと思います。日本花王としてではなく、花王グループにとってふさわしい育成プログラムとは何かという視点で業務を見直しました。また現状を変えていかない限り、グローバルビジネスを牽引するリーダーは圧倒的に不足してくるという考えを持つようになりました。

経営陣やキーパーソンたちへのインタビューやヒアリング

グロービス・コーポレート・エデュケーション
山臺尚子(やまだい ひさこ)

山臺: 「全世界共通でグローバルに教育を行いリーダーを育てる」といっても、経営の方針を人材開発部としての業務として具体化させるのは並大抵のことではなかったと思います。具体的にどのような取り組みからスタートされたのでしょうか。また、その過程での難しさについて教えてください。さらには取り組みを通じて人材開発部として得た示唆はどのようなことだったのでしょうか。

荘村: 将来の花王グループにどのような人材が必要なのか、花王グループの経営陣、各国の拠点のキーパーソンに会って、直接インタビューやヒアリングを行うことからまず始めました。長期的な大きな目標からバックキャスティングする形で、5年後、10年後の未来をインタビューやヒアリングを通じて考えるということは、人材開発部にとっては異なる仕事のアプローチでしたし、チャレンジでもありました。しかし、ビジネスゴールの達成を研修の側面からサポートすることを考えると、欠かせない作業であったと思います。

こちらとしては、「将来こうなっていたい」というビジネスゴールのイメージや、そのために求められる人材のパフォーマンスを聞き出したかったのですが、なかなかうまくいかないこともありました。こちらが聞き方を間違えてしまうと、たとえば、「こんなトレーニングはないのか」「こういう研修をしてほしい」という個別具体のソリューションや要望の話に終始してしまうのです。

ここを何とか花王グループで求められる人材像の議論、グローバル化における課題に関する議論に踏み留まることがまず重要でした。その時に、ただ聞くのではなく、人材開発部としての仮説を持ち、それを経営陣や拠点のキーパーソンにぶつけ、うまく彼らの考えを引き出すようにしました。

当社には「花王ウェイを共有し自ら実践する人材を現場で育成する」という考え方が浸透しています。しかも、海外拠点では、なかなか人が育たない、育ってもすぐに辞めてしまうことに、日本以上に切実な悩みを抱えていました。ですので、花王グループとして人・組織について議論することは、拠点からの共感が予想以上に得られやすかったです。各国の拠点のキーパーソンと知恵を出し合いながら一緒に考えていったという感想を持っています。

現場の声を聞き、現場の目線で見つめ直し、自分たちなりの仮説を持つ

荘村: 人材開発部門として仮説を持ったことでよかったな、と感じたことはもうひとつあります。事業部門の目標は数値を基に仮説検証が比較的容易です。他方、人材開発の仕事は数字では測りにくいこともあります。これを機に改めてそもそも論で花王グループのグローバルで活躍する人材とは何か、それを支える仕組みや機能とは何か、という議論を人材開発部門のメンバーで腰を据えてやることにしました。この議論を通じてメンバー各人が問題意識を持ち、そして全員の考えを共有していくことができました。

こうしたやり方が本当に正しいと言えるのか。それはまだ分かりません。研修の成果を測ることは難しいですし、結果が出るまで時間がかかります。ただ、本社の方針を一方的に押し付けるのではなく、現場の声を聞き、現場の目線で見つめ直してみることで、自分たちなりのもっとこうしていきたい、もっとこうしていくべきだ、ということは具体的にイメージできるようになったと思いますし、伝えられるようになったと思います。

考え方が違う、言葉も違う、けれども力を合わせて一緒にやっていこう

山臺: 荘村様始め、人材開発部門の皆さんが「全世界共通でグローバルに教育を行いリーダーを育てる」ために拠点を奔走し、主導してきたことがよく伺えるお話ですね。

「答えは自分たちにあるのではなく、お客様が持っている」というものづくりの原点とも言える考え方が花王グループ内に深く刻み込まれており、だからこそ、自分たちの考えを押し付けるのではなく、かといって、取り入れっぱなしにするのではなく、融合し、共に考えていこうとする姿勢や具体行動に結びついたのだと思いました。

この融合し、共に考えていく上での求心力は一体どこから生まれたのでしょうか。海外のメンバーとコミュニケーションをする上での難しさや気をつけることはありますか。

荘村: 議論の過程では、迷うこともあれば、紛糾することもありました。しかし、そのような場合には、皆、花王ウェイに立ち返るようにしていました。当社は、「現場主義」を謳っていて、常に現場に想いを馳せ、現場の声を聞きながら、どういったものが求められているのかを考えるという行動指針が私たちの中に組み込まれていたのだと思います。

その意味では、私たちにとっての求心力は花王ウェイに他ならないと思います。常にそれに沿って考えています。それは日本のメンバーであっても、海外のメンバーであっても変わりません。花王ウェイとは、考え方が違う、言葉も違う、けれども、力を合わせて一緒にやっていこう、ということを私たちに想い起させる道しるべです。例えば、「よきモノづくり」、「現場主義」という言葉は、海外のメンバーにも説明を加え、日本語でそのまま伝えています。海外のメンバーと話していても、彼らが会話の中で頻繁に使うので、この言葉を聞くと一緒に仕事をやっていっているのだなということを感じます。

海外のメンバーとコミュニケーションをする上ではウェイのような共通の考え方があるかどうか、と共に、頻度も重要です。このことはGLDPを立ち上げた後に一層痛感しました。GLDP立ち上げ時は主にインタビューやヒアリング先は拠点のキーパーソンでしたが、GLDPを実施するようになると、メンバーレベルの生声を聞くことが容易になりました。現場で何に困っているか、現場の要望など、直接聞けるようになったことで、日本からはこのようなサポートができるよ、というアドバイスもその場でできるようになりましたし、直接会ったことをきっかけにメールや電話などの頻度も増えました。

これまでの人材開発部では、このような密なコミュニケーションは一部の担当者に限られていたと思います。それまでは各拠点と一緒になって教育という切り口では何かをやるということはありませんでしたから、敢えて積極的にコミュニケーションを取る必要さえなかったのです。それと比較すると大変な進歩だと思っています。

仕事の難しさを感じる一方で視野が広がった

山臺: GLDPをきっかけに、経営陣、国内外のキーパーソン、現地のメンバー、と人材開発部が関わる花王グループの関係者は一気に増えたということですよね。これにより、人材開発部がハブとなったコミュニケーションの量が増え、質が上がったという印象を受けます。同時に、周囲からの人材開発部への期待も高まっていくように感じます。

荘村: 海外のメンバーと一緒に仕事をすることになって、仕事の難易度は格段に上がりました。それぞれいろんな事情を抱えているので、全員が満足してもらうような内容にすることは非常に難しいです。難しい説得や交渉が必要になる場合も出てきました。しかし、仕事の難しさを感じる一方で、自分自身の視野が広がったことも感じています。これまでは、花王グループがグローバルでどうあるべきなのか、ということを考える局面は正直あまりありませんでしたが、実際にGLDPの立ち上げに携わり、こうしたいという思いが出てきたように思います。

接点が増えていくと逆にお叱りを受けることも多々ありますよ。しかし、大切なことはそういった生の意見を直接言ってもらえるかどうか、ということだと思っています。そのような声をもらう度に、今のままではだめだ、もっともっとやっていかないといけないという気持ちになります。
花王らしい、グローバル・ヘッドクォーターのあり方を模索しつつ、個人的には海外のメンバーと机を並べ、一緒に仕事をする機会を増やしていきたいと思っています。国内外のグループ社員がストレスなくつながり合い、ひとつのチームとして機能するようになって、初めて真のグローバル企業になるのだと思います。

花王グループがこれからもよりよいものを作り続けるためには、人材のダイバーシティは欠かせません。異なるものを排除するのではなく、融合することでさらに高いレベルに到達すると考えます。その過程では葛藤や困難もあると思いますが、これを面倒だとか、できれば避けたいと考えるのではなく、花王の強みにしたいと考えています。そう考える人をどんどんと増やしたいと思います。

山臺:本日はありがとうございました。

コンサルタントの視点

企業が組織・人のグローバル化を進める上で、世界中の社員の能力を引き出して、パフォーマンスを企業の強みに結びつけるという点での人事の役割の重要性は年々高まっています。のみならず、人事制度の再構築、国内のグローバル人材、ナショナルスタッフの強化・育成をどうするか等々、突きつけられる課題は山積しています。人事としてどう立ち向かっていくのか。悩みは尽きません。

「自社のグローバル化を推進をリードするのは他ならぬ自分たちである」という高邁な使命感が人事担当者を突き動かすという側面は否めませんが、これでは何も変わらないでしょう。現地拠点でのビジネスや社員に接し、グローバルビジネス、異なる文化を肌で感じ取る「現場感」があることも必要ですが、それだけでグローバル化を支える人事の役割を果たすのは難しいのではないでしょうか。

荘村様のお話の中に課題に立ち向かう新しい人事の姿へのヒントがあったように思います。それは、

将来の予見: 未だ見ぬ将来を構想し、自社や人・組織のビジョンを描けるか

予見からの洞察: 過去の人事の役割に拘泥せず、経営の立場で自らの役割と仕事を再定義できるか

洞察の具体化: ビジョンを示し自らハブとなって、国内外の社員を巻き込み、協業していけるか

です。「使命感」と「現場感」だけに留まらず、このような<行動>に踏み出すことができて初めて、自社の戦略を強力にサポートできていると言えるのでしょう。

しかし、この一歩を踏み出す<行動>を取るのが難しいのも事実です。組織が大きくなればなるほど、これまでうまく行っていればいるほど、新たな変化に対峙していても成功体験から抜け切ることは容易ではありません。

社員一人一人に自社の理念、つまり仕事の基本であり本質がどれだけ深いところで理解され、体現され、浸透しているか。そこが人が、組織が、そして企業が、新たな一歩を踏み出す時に背中を押すのだと思います。

ここまで、グローバル化による本社とりわけ人事の役割の変化に注目してきました。次回は海外拠点の視点から人・組織の課題を取り上げます。

執筆:山臺尚子
全体構成:加藤康行 グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジャー

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。