グローバル人材育成 最前線 ~駐在員、現地人材、人事部それぞれの課題~
リーダーの魂に揺さぶりをかけろ! 育成の取り組み事例から

2013.10.30

前回はMalaria No More Japanの水野専務理事を取り上げ、グローバルで活躍するリーダーがどのように現場感を身に付け、ビジネスを成功に導いているかをご紹介しました。併せて、グローバルリーダーが持つべき“情と理のバランス”や“自分自身の軸を持つこと”の重要性にも触れました。
 今回はそれらの観点を踏まえ、グローバルリーダーを輩出するために、育成プログラム、特にOff-JTとしてどのような打ち手の可能性があるのかを、バンダイナムコホールディングス様、昭和電工様の人事部にお取組み事例を伺いながらコンサルタントの見満亮寿と中井大介が考察していきます。(文中の敬称略)

執筆者プロフィール
中井大介 | Nakai Daisuke
中井大介
京都大学工学部工業化学科卒業。東京理科大学大学院技術経営専攻修了(MOT)。 凸版印刷株式会社に入社、半導体関連部門にて半導体製造の前工程(ウェハ工程)で使用されるフォトマスクの製造プロセス開発を担当。新規装置の選定、仕様検討、導入、ライン移管などに従事。その後、通信用半導体を製造・販売するメーカーにて、製造プロセス開発を担当した後、グロービスに入社。 グロービスでは、法人向け人材育成・組織開発コンサルティング部門に所属。マネジャーとして次世代経営者育成を中心とした人材育成・組織開発の企画・設計・実行に従事。 また、思考系領域の知見を研究し、コンテンツや教材等の開発を担当。講師としては、クリティカル・シンキング等の思考系科目を担当。

はじめに

これまでの連載2回を通し、”現場感”の重要性をお伝えしてきたが、現場感は簡単に醸成されるものではないことは明らかである。だからといって、現場感は現地でしか身に付かないものとあきらめ、人事としてOff-JTの施策を打たなくて良いものであろうか。

 よく、グローバル人材育成の書籍には計画的な異動・配置を行うことが重要で、それを通じてグローバルリーダーのパイプラインが積み上がるということが書いてある。おっしゃる通りである。しかし、筆者たちがお会いする人事部の悩みは深い。たとえば、メーカーで、海外拠点には工場のポストしかない。そこにどうやって経営人材を配置し、育成するのか?あるいは、優秀な人材を海外に赴任させたいが、それを吸収するのに十分な売上を海外で立てられていない。そんなことで全体像が描けず、施策に着手できない人事部も少なくないと感じている。

お伝えしたいのは、そこで立ち止まって考えているより、一歩踏み出すと見えることがあるはずだということである。今回ご紹介するグローバル・イマージョン・プログラムが、受講者にとってはもちろん、人事部にとって、そして筆者たちグロービスのコンサルタントにとっても、第一歩を踏み出した事例としてご参考になれば幸いである。

 まず、グローバル・イマージョン・プログラムの概要について簡単にご説明したい。イマージョン(英:immersion)とは「没入」という意味で、ある環境にどっぷり浸る研修のことである。グロービスのプログラムでは、日本国内での研修と、アジア新興国などの「現地」で行う数日~数週間の研修を組み合わせることによって、企業の経営幹部および幹部候補性がグローバルリーダーとしての意識や心構えを自ら問い直せるように設計・構成している。

 今回ご紹介する1つめのイマージョン・プログラムの事例は、バンダイナムコホールディングスの次世代リーダー育成研修の一環として、シンガポールで実施したものである。狙いは、「日常業務では体感できない海外での経験を通じて視野を広げ、自社と自身を見つめ直し、これからの経営を担う人材としての基盤を確立すること」だった。

 なぜ今、シンガポールでの実施に踏み切ったのだろうか。(株)バンダイナムコホールディングスグループ管理本部人事部のゼネラルマネージャー、林徳文氏にお話を伺った。

 

「エース級人材が、我々が思っている以上に海外ビジネスに触れていなかった」

(株式会社バンダイナムコホールディングス 人事部 林徳文ゼネラルマネージャー)

:「 一年に渡る選抜リーダー育成プログラムにシンガポールのセッションを入れようと考えたのは、日本の会議室でちまちまと議論をしても広がりがないと感じていたからです。場所を受講者にとって非日常の場であるシンガポールに移すことで、同じテーマを話していても空気感がまるで違います。また、我々人事部が思っている以上にエース級の人材が海外ビジネスに触れていませんでした。 グローバル人材になる要件の一つは、海外で一年、短くて半年、「生活」した経験だと私は個人的には思っています。国内で実績を残しているエース級の人材の層からどれだけ海外で生活した経験のある人が増えるかということが大事だと思います。今回の取り組みは3日間という短い期間ですが、それでも、これまで海外に目を向けてこなかった人が、海外で仕事するのも良いかな、と感じ、自身のキャリアの選択肢の一つとして考えるそのきっかけになれば良いと思います。」

「選抜リーダーであれば当然、会社が世の中に対して何を提供価値としているのか?を普段から考えていてほしい。海外に触れることで更にそれを考える幅が広がったのは確かです」

(シンガポールでの相互プレゼンテーションの様子) グロービスのイマージョン・プログラムは、中国・シンガポールの拠点のリソースを活かしつつも、基本的にはゼロベースで、すべてカスタマイズで設計する。バンダイナムコのプログラムは、比較的若手の選抜リーダーを対象に、「軸を立てる」すなわち、自社の提供価値や自身の仕事の意味を考える刺激を与えたいという意図があった。また、一年間のプログラムの中では、経営への戦略提言を作り込むタイミングがよいだろうという話になった。 そこで、アクティビティとしては、一度作った戦略提言に揺さぶりを掛け、さらに強固にするような刺激を模索した。そのような意図で、同社の戦略市場であるアジア、そのハブに当たるシンガポールにおいて、現地トップ校のナンヤン大学とプログラム提携して、優秀な現地の学生がバンダイナムコのアジア戦略を提言し、プログラム参加者の提案とぶつけ合うという相互プレゼンテーションの場を作り出した。その効果はどのようなものだったのだろうか。

:「学生との提案のぶつけ合いによる刺激は非常に強く、一年間のプログラムのハイライトになりました。刺激は確実にあったと思います。例えば、海外に目を向けて商品企画をする人も出てきました。実際にそこから成果も出ています。 もう一つは、事後の受講者からのコメントにありましたが、会社の提供価値について視野が広がったということがあります。一人のビジネスパーソンとして、何をやっているかは割と明確だったとしても、会社が世の中に何を提供価値としているか。ひいては、存在意義は何か。選抜されたリーダーであれば当然、普段から考えていて欲しいですが、海外に触れることで提供価値を考える視野がぐっと拡がったことは確かです。」

「自分で考え抜くプロセスが欠かせない。そのために現場に行くことを大切にしています」

人事部として、受講生を連れてシンガポールで研修を実施するという初めての試みを実現するのは簡単ではなかったはずだ。いかにしてその一歩を踏み出されたのだろうか?

: 「一つは戦略との整合性です。当社は中期経営計画グローバル化を謳っています。人事施策もグローバル化戦略と同期しているので、社内の理解を得ることが出来ました。 もう一つは、インパクトという観点での費用対効果です。極論ですが、研修で身に付くものはないと思っています。研修はあくまで気づきを得る場であり、そのインパクトが強さを考えた時に、海外でやるのが一番良いと思いました。私自身もグロービス主催のCLO会議(※注)に参加するために上海に行きましたが、成長市場とはこういうことかと“場”を見ることで、痛感しました。」 ※注 CLO会議(育成に関する意見交換・交流を目的に弊社が主催している人事担当者様の集まり) 「私が大事にしていることは<自分で考え抜く>ということです。経営を巻き込んで自分が意思を持ってやるためには、自分で考え抜くプロセスが欠かせないと考えるからです。そのために現場に行くことを大切にしていています。 私自身、海外拠点をかなり回っています。どのような所にオフィスがあって、どういった環境で働いているかを自分で感じるようにしています。顔を合わせて、相手の土俵で話をするということが重要だろうと。また、人事部の責任者が来るということもメッセージがあると思います。 ただ、”現場”という言葉はあまり好きではありません。現場に行けば正解が見つかるように錯覚されてしまい、思考停止になるからです。自分で考え、これをやりたいなと思ったら現場の声を聞きにいく、参考にする、それくらいのスタンスで良いと思います。」

バンダイナムコホールディングスの林様には、貴重なお時間をいただき、感謝申し上げます。
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2つめのイマージョンプログラムの事例は、昭和電工の経営者育成の一環として、インドおよび中国で実施したものである。狙いは、「新興国の人々のエネルギーや考え方に直接触れ、これからの世界の方向性とグローバルにおける自社の在り方を見つめ直すこと」だった。 MBA知識の習得を中心とした次世代リーダー育成に早くから取り組んできた同社が、なぜイマージョン・プログラムを導入したのか。昭和電工総務・人事部の部長 齋藤豊氏、アシスタントマネジャーの安藤直人氏にお話を伺った。

「自ら想いや考えを伝えて組織を動かせるリーダーを育てたい」

齋藤:「昭和電工では10年以上にわたり、経営知識の学習とアクションラーニングを組み合わせた次世代リーダー育成プログラムを継続実施してきました。これまでに200人以上のリーダーが卒業し、事業部長や部長として活躍しています。現在の昭和電工のビジネスは、ハードディスク事業や人造黒鉛電極事業など、既にグローバル化が進み、海外で大きなプレゼンスをもったものもありますが、これまでは国内中心で良かった事業も、これからはグローバルに踏み出していかなければならない状況になっています。 経営者にとってMBA的な基礎知識は欠かすことはできません。しかし、知識だけでは人や組織は動かせません。自分自身はどうありたいのか、昭和電工をどのような会社にしたいのか、グローバルレベルで強い想いと使命感を持ち、それを伝え、やる気を鼓舞し、部下一人ひとりの創造性を引き出すことが重要です。これまでの延長線上にはない事業展開のためには、そのようなリーダーが必要なのです。」

「心を揺さぶる刺激を求めた」

(児童養護施設にて。子どもたちと体を使って遊んだり、日本の遊びや昔話を伝えるなどのアクティビティを行った) インドおよび中国のイマージョン・プログラムでは、座学だけではなく、現地を深く感じるフィールド・ビジットを数多く取り入れた。 インド・プログラムでは、5日間のプログラムの半分程度の時間をフィールド・ビジットに充て、インドの一般家庭や小売店、児童養護施設、病院など、いわゆる外国人向けではない現地のリアリティに浸っていただいた。体験を通して文化・社会常識の違いや格差の現実などを突き付け、参加者に「日本の常識」という殻を破ることを促し続けた。 また、中国・プログラムにおいても、大学教授、弁護士など各分野の中国人スペシャリストによる深層解説に加え、上海豊田紡織廠記念館、青島イオン東部店、ハイアールの生産工場と記念館など、現地を感じることができる様々な場所で過ごした。

齋藤: 「自らのリーダーシップや会社のあり方を深く考えるためには、非日常的な心を揺さぶられる刺激と、深い内省が必要です。何かに大きく心を揺さぶられて初めて、内省が深まり、自分自身や会社の根っこにあるものに気づくことができるのです。人には自分が見たいものしか見えないので、意図して普段見ていないものを見ることが必要です。そのために、今回のプログラムでは、敢えて当社の事業と直接関係ないテーマのプログラムも組み込みました。特に、インドでの凝縮された時間は、期待以上の強烈な刺激になったと思います。」

安藤:「中国では、より当社の事業展開に引き寄せたプログラム構成にしました。ただし、ちょうど日本との間で政治的な緊張関係が高まっており、中国に対して企業経営者としてどのように向き合うかを大きなテーマとして、日本では触れることができない現場に浸っていただきました。中国の社会構造、格差、政治、外交、企業活動などに加えて、中国での活躍されている各界のリーダーの方々がどのように中国を見て、日本や世界をどのように見ているのかに触れることができるプログラムになったと考えています。結果として、徐々に参加者の中国理解が深まり、当社の中国事業を検討する示唆になったと感じています。」

「一人で追い込まれる状況を通して、参加者の意識に変化が芽生えた」

(家庭訪問の様子。実際に家を見せてもらったり、話を聞いたりした)

齋藤:「イマージョン・プログラムのもう一つの大きな特徴は、参加者を誰にも頼れない真剣勝負の場に追い込み、問いかけと振り返りを何度も繰り返すことによって、グローバルリーダーとしての意識変革を促すことができることです。インド・プログラムでは、現地のトップMBA(経営学修士)スクールであるISB(The Indian School of Business、インド商科大学院)の学生を前に英語で発表・議論するセッションを実施しました。「昭和電工はどんな会社で今後どう成長するか」というテーマで、一人ずつプレゼンを行いました。見ず知らずの現地の優秀な若者にどれだけのインパクトを与えることができるか、いい挑戦の場になったと思います。」

安藤:「インド・プログラムでは、児童養護施設の訪問も大きな転機でした。両親のいない子供たち100名以上が集団で暮らしている施設を訪れると、あっという間に参加者一人ひとりが子供たちに取り囲まれ、我先にと話しかけてきました。小学生くらいの子供たちが、目を輝かせ、震災のこと、文化のこと、日本のことを口々に聞いてくるのです。ここでは、企業のマネジャーではなく、一個人として施設の子どもたちにどう向き合うかを経験しました。まさにイマージョンといえる体験で、生気、目の輝き、流暢な英語、明確な目的意識、聡明さ等々を体感し、驚きと強い印象を受けた参加者は、この訪問をきっかけに変化が加速していきました。」

齋藤:「これからのグローバルリーダー育成は、経営知識の習得・実践という従来型の知識・スキル系のプログラムに加え、自らの深いところにある想いを自覚し結晶化するイマージョン・プログラムを組み込んでいく。この組み合わせがますます重要になっていくのではないでしょうか。」

昭和電工の齋藤様、安藤様には、貴重なお時間をいただき、感謝申し上げます。

コンサルタントの視点

「事業の提供価値」、「自分の仕事観」へ改めて対峙することがイマージョン・プログラムの期待効果

見満:イマージョン・プログラムについてお問い合わせをたくさん頂きますが、特に何を達成できるのかを知りたいという方が多いです。バンダイナムコ様を担当した自分としては、会社の“事業の提供価値”を考えるということを挙げたい。バンダイナムコ様の事例では、シンガポールのセッションを、アクションラーニングのプロセスの中盤に導入することで、日本の会議室で打ち手の精緻さを高めることに没頭し、視野が狭くなっている状態を一度リフレッシュすることができたと感じています。自分達のまとめた提言を異国の地で、異国籍のMBA学生に向かって提言し、質疑応答をするという場は、新たな切り口から事業の提供価値を再考するきっかけとなったと思います。その結果、経営に対する最終提言にも深みが出て、受講者の想いが乗ったものになりました。

中井:私の場合は、すでに経営知識の習得・実践を目的としたプログラムを受け、事業部長・部長として活躍していらっしゃる方々が対象でした。そのような方々が、さらに殻を破り、経営者として活躍していただくために、何が必要か?お客様とのディスカッションの中で、キーワードとなったのは”想い”です。会社や自分自身の根っこにある”想い”を見つめ、周囲に伝え、鼓舞できるリーダーを育てたい。そのような議論を経て、イマージョン・プログラムの実施に行き着きました。実際に、インドや中国での強烈な価値観の揺さぶりと内省によって、それぞれの方の”仕事観”に対峙していただくことができたと実感しています。

イマージョン・プログラムの実施には、長期的なリーダー育成の観点からのゴール設定やアプローチ設計のディスカッションが必要不可欠

見満:そう考えると、イマージョン・プログラムはそれ単体では成り立ちにくいと思います。3日間だけで事業価値や個人の仕事観に向き合おうとしても表面的になってしまいます。加えて、この3日間だけ切り出して設計しても、単なる視察に思われちゃう(笑)。組み合わせの相性の良さで言うと、長期の選抜リーダー育成など、それなりの日数を掛けて、事業や自身に向き合う類のプログラムの一環で実施するのが良いと思います。事前に思考投入した上で、刺激を得に行く。そんな立てつけが理想です。

中井:同感です。昭和電工様のプログラムも、過去の次世代リーダー育成プログラムの卒業生が主な対象であり、イマージョン・プログラム単体で成立しているものではありません。また、インドや中国での刺激だけではなく、その前後に実施した内省を促すアプローチとの組み合わせが非常に重要でした。まずは海外に行って、色々感じてみるということが重要と言う反面、何を目的とし、どんな刺激を与えるか、さらにはどのようなアプローチで内省を深めていくか、これらの設計を決めていくのは相当に難しい面があります。今回の昭和電工様では、齋藤様や安藤様とリーダー育成に関して何度も何度も議論させていただいたからこそ、そのような難しさを乗り越え、成功に至ることができたと感じています。

見満:イマージョンは行き先からして決まっていないだけに、どの文脈で、狙いをどこに置くかということを人事部と議論させていただくプロセスが非常に重要ですね。同時に、設定した目的に合った体験を設計するのに、現地とのコーディネートにも相当手を掛けます。シンガポールではグロービスシンガポールのコンサルタントが現地で、現地大学との連携から始まり、学生の募集、当日のデリバリなどを纏め上げてくれました。

中井:中国・プログラムでもグロービスチャイナの現地ネットワーク抜きにはスピード感、クオリティ共に実現しませんでした。同じ思考・価値観で研修設計を任せられる海外のパートナーがなくて困っているというお話をよくお客様から伺いますが、今回我々自身も海外拠点のありがたさを実感しました。

見満:あとお伝えしたいのは、導入を決めて下さったお客様人事部の意思の強さです。コラムの冒頭にも述べましたが、グローバルの人材育成は研修だけでなく、異動・配置や評価制度と併せて考えなくてはいけないことは疑う余地がありません。ただ、全てが完璧に揃うのを待っていたら始まらないことも事実です。経営にその必要性を訴え、コミットする、そんな人事部の意思、想いの強さを感じました。

中井:今回、両企業の人事部の皆様からお話しをお伺いし非常に印象的だったのは、グローバル育成を形にしようとする決断力、フットワークの軽さでした。次回は、花王株式会社の人材開発部様よりお話をお伺いし、グローバル人材育成における海外拠点との連携、「ハブ」としての人材開発部の役割についてお伺いしていく予定です。

執筆:見満亮寿・中井大介 全体構成:加藤康行 グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジャー

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。