日本企業の人事を変える3つのキーワード
戦略人事が考えるべき問い~HRテックと新たな人事の役割~

2018.11.16

環境変化のスピードが加速する時代、企業組織のあり方もまた変革を迫られている。日本企業においても、「グローバル化」「働き方改革」等、多様な人材が活躍する組織への変革が急がれる。本コラムでは、米国で開催された人事向けカンファレンスで注目され、日本企業の組織変革において重要なキーワードを3回シリーズでご紹介する。3回目のキーワードは「戦略人事」だ。

執筆者プロフィール
大谷 康人 | Yasuto Otani
大谷 康人

グロービス・コーポレート・エデュケーション シニアコンサルタント 
関西学院大学法学部法律学科を卒業後、株式会社リクルート(現:リクルートキャリア)に入社。HR領域における新卒採用・入社後活躍/定着領域の法人営業を経て、グロービスへ参画。現在は、組織開発・人材育成部門にて次世代リーダー・経営層の育成、お客様の育成体系の全体設計に従事している。


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HRテックは人事担当者の脅威か? 問い直される人事の役割

第2回でも述べたが、デジタル技術によって、人事の役割も変化の兆しを見せている。それを受けて、人事としての視座や立場をどのように自己定義し、自らの地位をどのように確立するのか、人事としての役割定義を問い直そうというメッセージが、SHRM2018の随所で繰り返されていた。

以前より日本企業における人事部は「ゼネラリスト型」人材で構成されることが多いと言われている。その傾向はいまだ根強く、筆者の知る範囲でも、ローテーションが早い企業だと2~3年で他部門や他職種に異動し、人事以外でキャリアを積んでいく人も多い。

アメリカでは対照的に、多様な職種を経験するというよりも、人事専門職としてキャリアを積むことが主流と言われている。現に、会場で隣の席にいたアトランタからの参加者をはじめ、数人の参加者と話したが、いずれもおよそ10~15年の人事一筋のキャリアの持ち主だった。

つまり、アメリカでは人事の専門性が高いが故に、自らの役割や存在意義に対する関心が高く、昨今のAIやテクノロジーの進化によって役割や業務が代替されていくのではないかという人々の不安や危惧も大きいことが感じられた。


管理業務に埋もれがちな人事の現状

自ずと、人事としてのあるべき視座や立場を問うセッションも熱気に満ちていた。ここでは特に印象的だったセッションを紹介しよう。

私が参加したセッションではまず「あなたは何に対して最も思考・作業時間を費やしているか?」という投げ掛けからスタートした。 『Administrative(管理視点)』/『Functional(部門視点)』/『Strategic(戦略視点)』。自分がどの立場や視点に立ち時間を費やしているか、まずは振り返り、認識しようという問いである。

この投げ掛けの裏側には、人事が日々のこなさなければならない業務に埋もれ、本来考えるべき問いに思考投入できていないのではないかという講演者の強い問題意識が読み取れた。「すべき」管理業務に追われているのであれば、まずは自ら優先順位を決め時間捻出するべき、その為の第一歩として、現状認識に目を向けるべきというメッセージだ。

日本で言うところの「生産性向上」に近いメッセージにも聞こえたが、現に参加した聴講者の中からは、日々がペイロールや労務管理、現場から来る突発的な対応で1日の大半が過ぎて行く、という声が聞かれた。日本の人事と同じで、多数の「人」を扱い、多様で緊急な業務を正確にこなす人事業務の大変さは国を問わない。

テクノロジーの進化やデジタル化は人事の業務を代替する脅威となる存在か? 筆者の答えは「No」である。我々人事領域に関わる人間が、本来思考すべき、働きかけるべき問いに最大限向き合う為にテクノロジーを「ツール」として使うと捉える方が妥当であろう。同時に、テクノロジーを通じて、中長期的な自社の戦略を推進していくという人事本来の役割について深く問われているとも考える。

“Walk a mile in your CEO’s shoes(CEOの立場で思考せよ)” セッション講師が最後に投げ掛けた言葉が今でも耳に焼き付いている。

戦略人事の持つべき視点

時間の使い方から自分の視点のあり方を把握する


戦略人事のための4つの問い

私が参加した別のセッションでは、CEOの立場に立って考えるヒントとなる4つの問いが紹介されていた。

  1. 「あなたは(所属する企業の中で)何を先導したいと考えるか?」
  2. 「(実現の為に)経営トップの“スポンサーシップ”が何故重要となるか?」
  3. 「CxOの関心事は一体何か?」
  4. 「先導していく上で、あなたは彼ら(CxO)から何を得たいと考えるか?」

まるで事業責任者に向けられたような問いだが、これこそ、人事自身も主体的に考えるべき、自らに矢を向けるべき問いであると講演者は語った。まず、自らの「志」を打ち立て、自らの存在意義に問う。その考え方に強い共感を覚えたことを、今でも鮮明に覚えている。

また、セッションの後段では以下のメッセージも語られていた。

  1. 「経営が目指す目標を理解しなさい」“Understand Their(Executive) Goal” 
  2. 「HRがどのように貢献できるかを見極めなさい」“Identify How HR Contribute”
  3. 「そして、彼らを動かしなさい」“Influence Them(Executive)”

このフォーミュラで常に思考を回し、ビジネスを推進していく主体者となること。上述した「Walk a mile in your CEO’s shoes(CEOの立場で思考せよ)」のメッセージと併せて、本来人事として持つべき戦略的な視座・視点について考えさせられる内容であった。


日本の人事に注がれる経営陣からの期待

冒頭にも述べた通り、これらは人事専門領域としてキャリアを積み続ける欧米型の人事に向けられたメッセージである。だからこそ重要なメッセージでもあるのだが、一方、果たして私たち日本の人事には不要な視点なのだろうか?

この記事に巡り会い、ここまで読み進めて頂いた読者の皆様には、ぜひ考えていただきたい。

「経営が私たちに対し、本当は何を最も期待しているのか?」
「一方で、私たちは何に最も時間と思考を投資しているのか?」

筆者がさまざまなお客様をお手伝いする中で、人事に対する経営層の期待が、これまで以上に高まっていると感じる瞬間が多くある。事業転換期を迎える中で、次世代の経営層をいかに発掘し育てていくか。既存の事業ポートフォリオからの脱却・転換をリードする為のヒト・組織・仕組み作り等々、今後の事業を方向づける為に、人事へ期待が注がれている。


経営と人事の「距離」

一方で、人事には悩んでおられる方も多い。

「次世代経営層のタレントプールを作っていく方針を伝えられたのですが、3か月後からスタートさせなくてはいけなくて・・・」 こうした逼迫したご相談をいただくことも決して少なくない。こういった「急な方針決定」に対して、本来中長期で検討すべき育成体系が、急速立ち上げを求められるケースも実は水面下では良く見られる。では、なぜこのような事態が起きてしまうのか?

1つの理由として、経営陣との「距離」がある。タレントプールの構想自体は1年や2年前、ひょっとするともっと昔から経営陣の頭の中にはあったかもしれない。

しかし経営陣と人事の距離が一定遠い現状を鑑みると、経営の立場では「いよいよ本格的に動かなければならないな・・」と提示したことでも、人事の方からすると初めて耳にすることになり、「急な方針決定」に聞こえてしまうという悩ましさが生じるのである。


人事も戦略を理解し、自ら語ることが求められている

また、組織開発や人材育成を通して目指したい「あるべき姿」や、ゴールに対して、経営と人事との間で “ギャップ”や“齟齬”がしばしば生じることも悩ましい。一方が正解、もう一方が不正解、という話ではなく、見解が擦り合っていないことから、得てして育成方針の決定に時間を要してしまうのである。

「今後自社の飛躍に貢献する人材とは、今活躍している人材か、それとも全く異なる人材なのか?」

「後者であるとしたとき、自社を取り巻く環境はどの様な状態で、自社はどの程度のパラダイム・シフトが求められているのか?」

「現状の事業特性や組織的な慣性を踏まえた際に、どのようなギャップを埋める必要があるのか?」 

経営と対話するためには、これらの問いに対する答えを人事として常に持たねばならない。これは一重に、「経営が目指す目標を理解しなさい」と同義な視点にほかならない。

生産労働人口の減少が叫ばれ、事業的にも先が見通せないVUCAの時代で、より輝きと重要度を増す育成や組織開発。人事に注がれる期待は高まる一方だ。この記事をお読みになる皆さまにとっての“Walk a mile in your CEO’s shoes”は、どのようなアクションを指すのか? パートナーとして一緒に問いを立てるお手伝いをさせていただけたら幸いである。

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。