日本企業の人事を変える3つのキーワード
エンゲージメントと人間中心主義~デジタル技術が変える人事業務~

2018.11.15

環境変化のスピードが加速する時代、企業組織のあり方もまた変革を迫られている。日本企業においても、「グローバル化」「働き方改革」等、多様な人材が活躍する組織への変革が急がれる。本コラムでは、米国で開催された人事向けカンファレンスで注目され、日本企業の組織変革において重要なキーワードを3回シリーズでご紹介する。2回めのキーワードは「エンゲージメントと人間中心主義」だ。

執筆者プロフィール
木村 純子 | Kimura Junko
木村 純子

グロービス・コーポレート・エデュケーション シニアコンサルタント/研究員
早稲田大学第一文学部教育学専修卒業、グロービス・オリジナルMBAプログラム(GDBA)修了。
大手教育会社にて法人営業、人事制度設計に従事した後、グロービスに参画。現在は企業向け人材育成・組織開発部門にて経営リーダー育成、アセスメント開発に従事。人事組織系領域の研究にも携わる。


「集団主義」の発想から「個」の重視へ

これからの人事の潮流として注目したい2つ目は、「エンゲージメントと人間中心主義」―つまり、人間を起点した発想が重要になるということである。

ここでいう人間中心主義とは、集団として人・組織を一律に管理する集団主義の人事思想ではなく、人間を主体として一人ひとりの従業員に寄り添い、個の成長を支援するという考え方だ。チームの個人同士が有機的につながり、互いに創発しながら、自発的に価値を創出し、しなやかに環境に適応していく組織だ。

エンゲージメントの高い組織づくり

人材育成・組織開発は「集団主義」の発想から「個」の重視へ


エンゲージメントを高める鍵としての人間中心主義

人間中心主義の人事が重視される1つの理由は、前回も述べたエンゲージメントと組織文化、特にハイトラストカルチャーに対する関心の高まりがある。

エンゲージメントとは単なる従業員満足度ではない。個人と組織の成長の方向性が合い、個人がワクワクしながら情熱を持って仕事に取り組み、相互に貢献しあえる関係が構築されている状態である。

デジタル化により仕事のスピードが高速化し、人材不足に伴う業務負荷、ミレニアル世代とX世代などの多様な人材の価値観がぶつかり合うなかで、従業員は疲れきっている。性的嫌がらせなどの被害体験を明らかにするソーシャル・ネットワーキング・サービス上のムーブメント「#me too運動」を契機に、職場におけるハラスメントの問題も表出している。職場は安心できる場所ではなくなっているのだ。そこで注目されるのが、エンゲージメントを高めるキー・ドライバーとしての「共感」「信頼」だ。SHRMでは、“nature of work” “meaningful work”“purpose”という言葉を何度も耳にした。「仕事の意味、職場の本質を問い直そう」と多くのセッションで語られていた。一人ひとりの個をきちんと理解し、認めることをベースにした具体的施策が紹介されていた。


日本企業のエンゲージメントは驚きの低さ

「これはアメリカの話だ。日本企業は、社員を大切にする企業文化を持つ企業が多いから大丈夫だ」と思われる方も多いだろう。しかし、これは対岸の火事ではない。エンゲージメントに関するギャラップ社の調査によると、「仕事に熱意を持って積極的に取り組んでいる」従業員は日本では6%しかおらず、米国の32%と比べて大幅に低いという。調査139カ国のうち、日本は132位となっている。日本企業の経営陣・人事部は、日本の職場において、社員がワクワクしながら情熱を傾けられる仕事や、貢献を感じられる関係性を提供できていないという厳しい現実を直視する必要がある。


一人ひとりの個を尊重する組織づくりへ

「エンゲージメント」の観点から見れば、従業員は一人ひとりの個を認め、互いに尊重し、信頼しあえる職場を求めている。そのために、組織開発の方向性も、リーダーシップとチームづくり、コミュニケーションのあり方、パフォーマンスマネジメント、学習、採用などあらゆる面において、従業員の感情や期待を織り込んだ考え方に変わりつつある。

例えば、パフォーマンスマネジメントでは、MBO(目標管理制度)のように3ヶ月に1回の頻度で目標を設定し、フィードバックをするという形式にとらわれず、アジャイルで透明性の高い目標設定、頻繁なチェックインとコーチング、承認・期待・成長を機軸においたフィードバック、パフォーマンスレビューと意見交換など、個を重視した柔軟なあり方を志向している。これは決して従業員に甘くしようというのではない。あくまでパフォーマンスを上げるための考え方として、さまざまなデータによって裏づけられようとしている科学的なアプローチなのだ。


「ピープル・アナリティクス」が可能にする人間中心主義

2つ目の観点が、ピープル・アナリティクスだ。ピープル・アナリティクスとは、企業内に蓄積されている従業員データを収集・分析し、人事施策や職場環境の改善に役立てる取り組みのことだ。例えば、日本では、サイバーエージェントが社員の強みやキャリア志向をデータとして可視化し、適材適所に活かしている。しかも、単なる異動配置の参考とするのみならず、それを題材に上司・部下の対話や信頼関係の構築、部門の組織課題解決に活用されている。

他にも、日立製作所では、社内のハイパフォーマーの定量的データとインタビューなどで得た定性情報を元に、採用者の選定に活かすなどに取り組まれている。いずれも、データの限界を踏まえつつ、データ分析自体を目的とするのではなく、あくまでも現場の目線に立って組織力強化につながる具体的目的を設定したうえで活用されている。これらは、人間中心主義を科学の面から支える手法といえるだろう。


デジタル技術が変える人事業務

このように、デジタル技術の進化は、人事の世界にも押し寄せてきている。ビッグデータやアナリティクス技術を活用することで、これまで見えづらかったことを可視化できるようになってきた。従来は人間の主観に頼り、それがゆえに人事の専門化が進んでいた採用や人事評価、異動・配置、能力開発もエビデンスベース、つまりデータに基づいた営みに変わりつつある。

データの使い方で重要なのは、データに基づくことで意思決定の精度を高めることだけではない。客観的なデータをうまく使って、従業員の納得と対話を促進し、相互の理解が深まることによって信頼関係は構築されていく。そして、本人の成長につながるフィードバックができることで、組織のパフォーマンスが高まることも期待されている。


オペレーション人事から戦略人事へ

例えば、経営者からこんな問いが人事に投げかけられたとき、皆さんはどう答えるだろうか?

  • ・わが社は適切な人材を適切な部署に採用・配置できているのか?
  • ・当社のどんな施策が、離職率低下に効いているか?
  • ・ビジネスパフォーマンスに影響をあたえるエンゲージメント・ドライバーは何か?

従来は、感覚で答えるしかなかった。とはいえ、当然それでは経営者は納得しないので、根拠としてなんらかの定性・定量データを示すことになり、担当者はそのための資料作りに追われ、残業せざるをえない。結果内向きの仕事に終われ、事業部門の組織課題や戦略実現のための本質的な組織強化に時間が割けない、という悪循環に陥っていた。

しかし、このようにピープル・アナリティクスが進み、データに基づいた人事がなされると、こういった経営者の問いに対してもより精度高く、効率的に答えることができるようになる。そして、オペレーション人事から戦略人事へと、本来の人事部門の役割を発揮するための時間を作り出すことが可能になるだろう。むろん、そのためには、分散しているデータベースが統合され、使えるデータがきちんとデータベースにある、という難所を越える必要がある。しかし、それを乗り越えると、ピープル・アナリティクスは人事部門のイノベーションにもつながるのだ。


デジタルな時代だからこそ、人間中心の発想が違いを生む

データサイエンスを人事領域に取り入れるのは、人事にはそぐわないと違和感を抱く方もおられるだろう。「人間は、合理的に割り切れるものではない。機械的に処理できるものではない」、と思われがちだ。

しかしデータサイエンスは、人間の行動に関する深い理解なくしては実現できない。ロボット研究の石黒浩博士が、「人間とは何か」という本質を探究するためにロボットを研究されているのと同様だ。

大量のデータが活用可能になると、そこからいかに解釈し、他社よりも早くアクションできるかという人的資産が大きな価値を持つ。たとえば、データからこれまで認識していなかった新たなインサイトを発見したり、意味合いを解釈したり、判断をするのは、すべて人間だ。プロセスの中には、人間が介在する。企業の競争力は、データそのものではなく、データを読み、判断する人間にある。そしてその判断には、人間としての哲学や信念、意思が反映されるのだ。

デジタルな時代だからこそ、人間中心の発想が個や組織の力に違いを生むのである。いまこそ、人事・組織のあり方を見直す時期ではないだろうか?

「一流のビジネススクールが教えるデジタル・シフト戦略」(2018年9月13日発売、ダイヤモンド社)でも、デジタル変革時代における大企業の組織の動かし方を記載している。ご参考にしていただければ幸いである。

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。