ブログ:コンサルタントの視点
その事業提案は「本当に儲かりますか?」

2014.06.10

 ビジネスパーソンの財務嫌いは万国共通の傾向なのだとか。しかし経営においてカネの知識は必須です。ではどうすれば財務感覚を鍛えられるか……アカウンティング講師でもある堺幸徳が経験を踏まえ考察します。

執筆者プロフィール
堺 幸徳 | Sakai Yukinori
堺 幸徳
大学卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。法人顧客に対する資金調達/経営支援業務、並びに個人顧客に対する資産運用/ローン/ライフプラン相談業務に従事。加えて、個人営業専門職員に対する育成/営業支援活動業務に携わる。 株式会社グロービス入社後は、企業向け人材育成/組織開発部門(コーポレート・エデュケーション)において、顧客企業の人材育成・組織開発プロジェクトの企画・設計・コンサルティング業務に従事。 加えて、アカウンティング/ファイナンス領域におけるコンテンツ開発/講師育成を担う。 講師としてはアカウンティング/ファイナンス領域並びにクリティカル・シンキング等を担当。 京都大学経済学部経営学科卒業。 London Business School : Accelerated Development Programme修了 社団法人日本証券アナリスト協会検定会員

私は、大卒で銀行に勤めた経験がある。グロービスでは、企業のお客様の人材育成・組織開発にコンサルタントとして携わる傍ら、アカウンティング領域の研究グループに所属し、講師も務めている。アカウンティングというビジネスのツールを使いやすくすることに微力だが力を注いでいるつもりだ。本稿では、アカウンティングやファイナンスという「おカネ系」にまつわる人材育成の問題意識を挙げてみたい。

 

「アカウンティング嫌い」は万国共通

これまで、メーカー、商社、小売・物流、サービスとさまざまな業界のお客様とお付き合いしてきたが、一つの共通点がある。それは、研修のなかで自社の戦略提案を作成する際に「本当に儲かるのか?」「人件費は〇名で設定しているけど、それでこの事業が回るのか?」といった経営陣の問いに対して答えに窮する人・グループが多いということだ。これは、戦略提言故に、収支計画は一定水準以上の黒字が必須。そこで、黒字に見せるために、強引に数字をいじり、結果としてその数字のリアリティを失うことにより起きていることが多い。

事業の営みを数字に落とし込むこと自体に抵抗感や苦手意識を持っている人は実に多い。そのことは講師としていつも肌で感じていたが、昨年ロンドン・ビジネス・スクールに留学した際にも同じような人が多いのに驚いた。残念ながら「アカウンティング嫌い」は万国共通の傾向のようだ。財務の特殊な用語や制度の難しさもあって「定量的な側面と定性的な側面を切り離して考え」「定量的な側面は自分には関係ない」とする思考が定着してしまっているのだ。

しかし、ビジネスと数字をつなげて考えることでいろいろなものが見えてくるのも事実だ。
たとえばあるビジネスチャンスに注目するときに、どのようなニーズがどのくらい見込めるかということをまず考えるだろう。(これも、単に”あったら嬉しい”ではなく、”お金を払ってでも買いたい”と思う人がいるのか? 実際○○円だしてでも買う人が何名いるのか、と考えることで売上の目処が見えてくる。)さらに、そのニーズに応えるために、たとえばどこにどれくらいの広さの店舗を出すべきか、どんな設備が必要か、どんな人材が必要で、何人雇用する必要があるのか、などからコストや持つべき資産が決まる。そして、そのためにどれくらいの資金が必要か、それをどのような手段で調達するべきかが見えてくる。ビジネスと数字をつなげるとは、難しい話ではなく、要はビジネスの絵姿を具体的に描くことに他ならない。逆にその具体化を怠ると、リアリティのあるビジネスが描けないのである。

「財務諸表研修を一日導入」の罠

もちろん、このような傾向については育成担当者の方々には釈迦に説法であろう。問題意識をお持ちの人事部の方も多い。したがって「数字は重要です。株主への説明責任もありますから、管理職には必須です。なので、とりあえず財務諸表の基礎を一日お願いします」というご相談をいただくことも多い。ありがたいことに、弊社でお受けする所謂「おカネ系」の企業研修の時間数は、三年前と比べて三割強増加している。

大変ありがたいのだが、敢えて言わせていただく。

少し待ってほしい。「とりあえず財務諸表研修を一日入れる」ことに意味があるだろうか?
現場で事業推進に邁進される方々が直接財務諸表に触れることは少ない。せいぜい自身の担当する製品・サービスのPL(損益計算書)に触る程度ではないだろうか。正直、その方々に財務諸表の仕組みを1日研修したところで、すぐに忘れてしまうであろうことは想像に難くない。

ではどうすればよいのか。 私はいつもこんな議論をさせていただいている。

・めざす状態は、たとえばミドルマネジメントならば、自社の戦略が、さらには自分たちの行動が、財務諸表にどう結びついているかを肌感覚で感じられるようになること。
・その目的は、「日々の営みを定量的に振り返り、新たな取組により財務数値がどう変わるかを予測し、意味あるPDCAを回すため」
つまり、アカウンティングのためのアカウンティングではなく、事業のPDCAを効果的に回すためのアカウンティングという位置づけで、日々の動きとおカネの動きを結び付ける発想を鍛えることに一日を割くという発想だ。その内容は各社各様なので、少しでも紐づけやすい実例を取り入れながら学ぶ方が具体的にイメージを持っていただく必要がある。

たとえば「コストカット」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべられるだろうか。電気を早く消す、交際費のカットなど、こまごまとした使うお金を減らすということが大部分ではないだろうか。あるいは、「何%削減」の号令のもと、思いつくものすべて一律でコストカットといった動きになっていないか。しかし本来は「ここにコストをかけても効果が少ないところをカットする」という事業の判断であるべきだ。とすると、マネジメントとしてコストカットを考えるならば、担当する事業の肝は何か、そこにかかるコストは何かを知ることがまず肝要であろう。

もし、これを見誤って事業の肝となる部分までコストカットのメスを入れてしまい、提供価値そのものが失われ、コストカット以上に売上がダウンということになりかねない。このように、判断のツールとしてアカウンティングを学ぶ。それがあるべき姿ではないだろうか。

ビジネスモデルと財務諸表の関係を体感するトレーニング

いくつかのアプローチについてご紹介したい。よくクラスでやるのは、実際の企業事例を分析し、ビジネスモデルと財務数値との関係を紐解くというトレーニングだ。財務諸表の数値からこの企業の経営環境・事業特性・戦略等定性的な側面の仮説を立てる、逆に定性的な側面から財務諸表の特徴を推測し検証する、といった思考の往復運動を行っていく。その営みを通じて、戦略・実行と財務諸表が一連でつながっているということを体感していただくのだ。

さらには、定性的な側面を踏まえつつ、財務諸表の数字をベースに「この会社の経営課題の仮説を立てる」というトレーニングだ。財務は戦略と実行の結果である。財務諸表の数値が芳しくない、あるいは計画と現実のずれが起きたときに、どこに問題があったのか? 戦略なのか、実行するフェーズなのか、もしくはその前段階である環境に大きな変化が起きたのかということを特定することができ、さらにはその課題の解決策も検討できる。

さらに、新規事業立案時にリアリティのある収支計画を立てるためのプログラムを開発しているところだ。

これまで受講された方からは、「財務諸表を通じてビジネスとのつながりが考えられるようになった」という嬉しい声を頂戴している。また、新規事業を考えるプログラムでは、既存のプレイヤーがコスト構造上高価格となってしまうところを、当社の他のリソースを活用して低コストによる低価格を実現するといったアイデアが生まれたりしている。マネジメントのツールとしてアカウンティングを活用することが、事業のPDCAや立案、ひいては成功を導くことを信じて、いろいろなアプローチに取り組んでいきたい。

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。