“志をもった多様性あふれるコミュニティ”の可能性と、あらためて問いなおすべき“自覚”

2012.05.28

ここまで6回にわたり、グローバルで活躍しているエグゼクティブへのインタビュー結果からの示唆も交えながら、会社の理念を自らの志/生き様に昇華させることの重要性とそのための方法論を論じてきた。後半の第5-6回では、自らの価値観やミッションを明確にするためにどのようなやり方が考えられるか、これまで多くの企業の部長クラス以上のかたに対して実際にやってきた具体事例を踏まえご紹介した。

こうした方法論を組み合わせて、かつ時間をかけて継続的に考えてゆくことで、自らの価値観やミッションは、深く霧に包まれた状態から、少しづつ輪郭がみえ具体性を帯びてくる実感をわたしはもっている。しかし、それはインタビューしたグローバルエグゼクティブもそうであったように一朝一夕にはいかない。考えつづけ、行動をつづけ、そこから想いを研ぎつづけてゆく、いわば終わりのない営みといってもよい。
人間は弱い動物。自らの価値観/ミッションを問いなおすセッションを受講して灯った火を燃やしつづけることは簡単なことではない。本最終回では、この終わりのない営みを心折れることなく愚直につづけてゆくうえでエネルギー源となる”志をもった多様性あふれるコミュニティ”というものについて考えてみたい。そして、今回のテーマの起点にあるそもそもわれわれ日本人エグゼクティブがもつべき”自覚”について、先月わたしが出席した世界経済フォーラムで見た光景から最後にあらためて問うてみたい。

同じ会社のなかだけで想いを研ぎつづけることの難しさ

大企業の役員研修という場だけで自らの価値観/ミッションを導こうすると、そこには様々なハードルが立ちはだかる。研修という場を使い、自らの価値観/ミッションを導くためのきっかけづくりをサポートすることができる。しかしながら、それだけでは十分ではない。同じ会社のなかだけで想いを研ぎ続けるにあたっては、様々なハードルが立ちはだかる。
たとえば、外部環境が質的変化しているにもかかわらず過去の成功体験の呪縛から離れられず、人の意見を聞かずに声高に持論だけを展開する支配的リーダーが存在する場合。こうしたかたの場における影響力は決して無視できない。
この場合、物事を多様な視点から批判的に評価する能力が組織内に欠落し(グループシンク)、自社の客観視化がしにくくなる。結果的に自社の理念への本質的議論がなされず、理念へのコミットメントも醸成されない。

さらには、一般的に大企業になればなるほど機能分化が進み、市場/顧客との距離が遠くなる一方で、社内間調整などへの意識の割合が高まり内向きになる
というのも大きな阻害要因だ。こうして社会(外部環境)との関係性の意識が希薄な想いなど持続するはずもない。(この症候については本コラムの第1回でも紹介)

もう一点、日本企業の業績悪化でエグゼのポストが減少してきていることによるエンビー(嫉妬心)の蔓延、それも阻害要因の一つと言えるかもしれない。
本来、高尚なミッションを実現するには一人の力ではできない。ミッションに対して多く人々からの共感を集め、一体感をもって突き進んでゆくことがあるべき姿だ。しかし、得られる報酬やポストに限りがあるため、相手が目立つことにより足を引っ張り合う意識が蔓延してくると、想いを研ぎつづけるためのプラスのエネルギーなど生じてこない。

以上、研修という場を使いながら社内で社内自らの価値観/ミッションを導こうする場合の難しさの要因をいくつかあげたが、一方で”理念を自らの志/生き様”に昇華してゆくことは、最終的には組織内の全メンバーが対象となる。すなわち、上記のようなハードルがあったとしても最後は自社内での議論が不可欠なのである。では、そうしたジレンマをどう乗り越えたらよいか?
それは一連のプロセスの中に”大海(外の世界)に触れる”機会をいかに組み込んでいけるかである。では”大海(外の世界)”であれば何でもよいのか?
わたしは、価値観/ミッションを研いでゆくためのより効果的な”大海(外の世界)”とは、”志をもった多様性あふれるコミュニティ”だと考える。
ではそれはどんなコミュニティなのか、その一例として、グロービスの代表堀の呼びかけにより4年前から毎年開催している日本版ダボス会議というべき「G1サミット」をご紹介したい。

“志をもった多様性あふれるコミュニティ”の可能性

「G1サミット」は、各界の第一線で活躍する志をもった30-50歳のリーダーたちが、政治・経済・経営・環境・地域・科学技術・教育・文化など多岐にわたる領域について、日本の変革と再創造に向けた熱い議論を展開しているコミュニティである。必要な知識や視座を互いに学び、ビジョンを固め、具体的打ち手を考え、よりよい社会を実現していくために、「批判より提案を」「思想より行動を」「自らリーダーとして、自らが動いてつくっていく」という三つの精神を大事にして活動している。なんといってもこのコミュニティの最大の特徴は、政治・経営・文化など領域横断のダイバシティに加え、志を高めあえる仲間ばかりが集まっているという点である。
実際、わたしもこのサミットに参加してみて感じたことは以下2点である。

・各界のプロフェッショナルが世界や社会の動向や潮流をどう見ているのか、多様な見方に触れることによって視野が拡がるという点である。世の中の捉え方に幅がでれば、自らのミッションも拡がっていったり、より具体化するためのヒントが得られるかもしれない。

・世の中を何とかしたいという熱い想いに触れることで、自分も負けてられない、頑張らねばならないという前向きのエネルギーが沸々とわいてくる点である。

ポストが限られてきている同じ会社の中ではエンビー(嫉妬心)が蔓延り、想いを研ぎつづけることが難しい傾向にあることを先ほど説明した。一方、和田秀樹氏の「嫉妬学」によれば、嫉妬にはもう一つジェラシーがある。ジェラシーとは、相手が優位であることで足を引っ張ってやろうといったネガティブな感情ではなく、相手が頑張っているんだから自分ももっと頑張ろう、成長しようと、プラスのエネルギーが生じる状態をいう。このプラスのエネルギーを生み出すには、自分の頑張りが、相手と同様に正当に認められる状態であればよいのである。G1サミットの議論は、国を、社会をよくしていこうという共通の志をもったリーダーたちが、それぞれ自分の強みとする領域において具体的アクションを考えるというものだ。ゼロサムではなく、力を合わせることによって、一人では実現できないことが可能になるのだ。

さて、こうした”志をもった多様性あふれるコミュニティ”に意識的に身を置いてみることによって、心が折れそうになった時にも想いを研ぎつづけるパワーをもらえるのではないかと思う。「自分を高めたければ一流の人に会え」というのと同じ理屈である。そして、こうした”志をもった多様性あふれるコミュニティ”は、次第に「自ら一人ひとりが世の中をよい方向に変えてゆく当事者にならなければならない」という世論を形成していける可能性があると思う。

他にグロービスの経営大学院も”志をもった多様性あふれるコミュニティ”の典型例としてあげられよう。ここにきている大学院生は社会に何らかの価値貢献をしたいという”志”をもったビジネスパーソンばかりである。もちろん”志”の具体性や実現可能性について個々人で差はあるが、学生はみな同士として必死でそれを考え、行動をつづけている人たちばかりだ。

別にグロービスのコミュニティである必要はないが、働いている企業とは別に”志をもった多様性あふれるコミュニティ”を探し自ら身を置いてみること、それは自らの想いを研ぎつづけるエネルギー源になる。 最後に、今回の連載テーマの起点にあるそもそものエグゼクティブのもつべき”自覚”について、先月わたしが出席した世界経済フォーラムで見た光景からあらためて問うてみたい。

世界経済フォーラムで見た光景

わたしが先月参加したのは、世界経済フォーラム(ダボス会議)の中南米の地域フォーラムで、今回は翌日からG20の閣僚会議が予定されていたメキシコのPuerto Vallartaで開催された。

参加者は(公式には教えてくれなかったが)300名ぐらいで、そのほとんどはラテンアメリカ諸国からだった。参加資格は厳格で、企業からはCEO、COO、マネジングディレクタークラスばかり。

今回の主要テーマのキーワードを拾ってみると、ラテン経済システム、責任ある政府、投資、グローバルバリューチェーン、インフラ、スマートシティ、エネルギー、イノベーション、社会保障、雇用、ドラッグ、教育、格差問題など、全部で約30のセッションが展開された。セッションは英語とスペイン語のみ。日中のセッションのほかに、ウェルカムパーティ、ディナーパーティなどで多くの参加者と名刺交換、親交を深めることができる。こうして個々に話すことで、当然ネットワークが拡がるし、セッションでは聞けないより具体的な話をインプットすることもできる。

わたしが問題提起したいのはここからだ。
さて、一体この場に何社ぐらいの日本企業、日本のエグゼクティブクラスが参加しただろうか?

わたしはかなり会場を隈なく回ったつもりだが、確認できた日本企業はグロービス以外1社だけだった。当初リストに名前があった日本人も5-6名にすぎない。参加者全体の1%しか日本人がいないという事実だ。中南米のもつポテンシャルを考えれば、日本にとってとても魅力的な地域にも関わらず日本人参加者がこれだけとは。もっと日本の政治家、経営者がこういう場に参加していなくては、日本の存在感は薄れるばかりである。しかし、これが現実なのだ。

さて、みなさんはこの現実を聞かされてどのように感じられたであろうか。危機感をお持ちいただけただろうか。ここまでミッション/バリューを研いでゆく方法論などをご紹介してきたわけだが、やはり一番大事なのは、こうした状況を見て「自分がやらなければならないんだ」という強い”自覚”をもち行動することだ。

「文明の衝突」の著書ハンチントンによれば、世界の7大文明の1つとして、日本文明のもつ固有性を主張している。それは言いかえれば、世界に対して他国ができないような固有の価値貢献ができる可能性を示唆している。今こそわれわれはこうした自信と誇りをもつ必要がある。
自らがなさねばならぬという”自覚”をもって、日本のエグゼクティブは今こそその生きざまを語れ。なによりもその姿こそが、次の世代の人々に夢を抱かせ一歩踏み出す勇気を与えることになる。われわれエグゼクティブが一番頑張らなければならないのだ。それこそが後世に遺すべき価値あるものではないだろうか。

あらためて日本のエグゼクティブのみなさんに問います。

「みなさんは、自社がなくなったら社会はどう困ると言われたいのですか?」

「子供や孫の世代に、みなさんはなにを遺しますか?」

「みなさんの会社人生をどのように語られたいのですか?」

「そのために、みなさんは残りの会社人生をどう生きられますか?」

執筆者プロフィール
芹沢 宗一郎 | Serizawa Soichiro
芹沢 宗一郎

一橋大学商学部経営学科卒。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修士課程修了(MBA)。東燃株式会社(現:東燃ゼネラル石油株式会社)にて、研究所の研究効率向上プロジェクト等の組織開発に携わった後、コントローラー部門で、全社予算方針策定、設備投資評価、株主レポーティング、リエンジニアリングプロジェクト等に従事。
グロービスでは、法人クライアントの経営者育成を手掛けるコーポレート・エデュケーション部門代表、グループ経営管理本部長(人事、経理財務、システム)を務める。現在は、グロービス・エグゼクティブ・スクールの責任者として、エグゼクティブ教育に従事。グロービス経営大学院でも教鞭をとる。
訳書に『個を活かす企業』(共訳、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)などがある。


※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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