志/生き様”の醸成(エグゼクティブ教育における実践)(1/2)

2012.03.28

前回までの連載で、志/生き様は、「思い、考え、行動し、また思い、“志/生き様”は研ぎつづけるもの」であるとし、その過程を以下のように記した。

何かをきっかけに自分の価値観に向き合い、自分は何をしてきたのか、何をしたいのか、何ができるんだろうか、そんなことをまずは漠と“思う”ことで“志/生き様”への旅立ちがはじまる。スタート時はまだ原石にすぎない。つぎに、何をしたらその漠とした“思い”に近づくことができるのか、これまでのやり方のままでよいのか、と必死で“考える”。そしてその考えたことをあきらめずに可能性を信じて“行動”しつづけ前進する。前進することで原石がより研がれてゆき、よりくっきりと確信あるものに変わってゆく。この繰り返しだ。そして、その繰り返しの中で、内向きではない、社会に向かった、より強い矢に“志/生き様”はスパイラルアップしてゆく。

今回は、志/生き様の醸成の出発点となる「自分の価値観を向き合う」ためにはどのようなやり方が有効なのか、エグゼクティブ・インタビューで出てきたキーワードや私自身の経験を元に、OFF-JTにおける具体的な方法を幾つか紹介したい。

自分の過去を振り返る場を設ける

すでに書いたように、一連のエグゼクティブ・インタビューでも、ご自身の過去を振り返り、今後の“生き様”につなげるようなポジティブな意味あいを見出す努力を重ねておられるという示唆があった。

第2回でも紹介したが、昨年惜しまれてこの世を去った、アップル創業者のスティーブ・ジョブスのスタンフォード大学の卒業式での有名なスピーチの一節に、「点と点を繋ぐ話」というのがある。それは、過去に経験したことは一つ一つバラバラの点であっても、将来それが必ず線となって繋がっていくというものだ。点と点が将来どこかでつながると信じることで自信が生まれるとジョブスは語っている。

これは、大学を卒業してゆく20代の若者よりも、年齢と経験を重ねてきた企業のエグゼクティブ層にとって、より意味のあるメッセージとして心に響くものだ。若者に絶対負けないこととして、年齢と経験を重ねてきたものには多くの点が存在する。ただ、これまでそれを点として強く認識してこなかっただけのことだ。さらにいえば、将来のエネルギーにつながるような“ポジティブな意味合い”をいかに一つ一つの点から見つけ出すかだろう。まさに過去の出来事や直面したことに意味を見出す“有意味感(Meaningfulness)”(※)である。

※有意味感:Antonovsky A. (1987): “Unraveling the mystery of health: How people manage stress and stay well”

(詳細は、本コラム第3回をご参照ください)

ではどのような観点で過去を振り返ればよいのか、具体的な振り返りのやりかたについて考えてみよう。

一つは自分の感動体験やうれしかった出来事を思い起こし、なぜそのとき感動したのか?、なぜうれしいと思ったのか?を深堀してみることだ。そのプロセスから、たとえば、新しいものを創造すること、人の役に立つこと、自分の成長を実感できること、高い金銭的報酬が得られること、崖っぷちに追い込まれること等々、その人の喜びの源泉が何なのかが見えてくる。喜びの源泉の特定は、自己を未来にドライブする上では不可欠なことだ。

もう一つは、困難な体験や挫折経験を振り返ることだ。逆境のなかで自分の心の支えになったものはどんな考え方だったのか?絶対に譲れなかったことは何だったのか?そこに自分の価値軸が見えてくる。また大きな挫折経験やそこからの学びは、その後の自分の生き方に大きな影響を与えることが多い。まさに昨年の大震災では、われわれ一人ひとりの価値軸を否が応でも自問自答させられたはずだ。

わたしはこれまで部長研修などで、受講者が自分の経験談を語る中で感極まり涙される場面を多く見てきた。たとえば、中南米ではじめて拠点を立ち上げたAさんの当時の苦労と感動の物語。日本人は自分一人だけ、現地にはじめて降り立ったその日から、オフィスの物件探しからはじまり、現地スタッフの採用、ビジネスの立ち上げなど何から何まですべて一人でやらなければならなかった。採用した現地スタッフとはなかなかうまくコミュニケーションがとれず、信頼関係も築けない。したがってなかなか仕事を任せることもできなかった。それでなくても遅れているビジネスプランを少しでも前に進めてゆくためにも、また自分を信頼してもらうためにも、自分が身を粉にして働くしかなかった。そんな苦悩の日々がずっとつづいていたある日、その日は忙しさで本人も忘れていたAさんの誕生日だった。オフィスアワーが終了し、ある現地スタッフに促されついて行くと、そこには現地スタッフがみな集まっていた。

そして、一斉にHappy Birthday!の合唱がはじまった。Aさんはそのときはじめて気づいた。自分が自覚している以上に現地スタッフは自分の奮闘ぶりをしっかり見ていてくれたこと。そんなわたしを信頼してくれていたこと。一方で自分はどうだったか。そんな彼ら彼女らを真に知ろうとせず、どうせ文化が違うからと思考停止に陥り、どこか線を引いてしまっていた自分自身を恥ずかしく思った。Aさんは涙で声を詰まらせながらその原体験を語りつづけた。そして、最後に、その原体験がグローバルリーダーとしての自分の原点であり、大事にしたい価値観がそこに詰まっているのだと語られた。

感動体験にしても困難な経験にしても、対象は必ずしも仕事上のものにこだわる必要はない。幼少期や学生時代の経験がその後の自分の価値軸を形成していたり、その頃のほうが夢を追い求めていた記憶が強かったりするとすれば、むしろ仕事以外の経験の振り返りは必須といえよう。

一方で、会社の理念を自分の志に昇華させるという観点からいうと、仕事上の経験の振り返りも大切だ。部長層向けの企業研修などでは、入社来の仕事上の感動体験や逆境体験を振り返ってもらい、そこで自分に作用した価値軸を言語化してもらうことをわたしはよく行う。これは自分が個人として大事にしたい価値観の抽出作業である。さらに、その価値観が企業が大事にしている価値観(バリュー)や行動規範(ウェイ)のどこかと紐ついていないかを確認してもらう。ほとんどのケースで、何らかの繫がりを見出すことができる。それは、過去の仕事経験の振り返りをとおして、個人が大事にしたい価値観と、会社のバリューやウェイといった広義の理念とがつながる瞬間である。これにより、自分がこの会社で長く働いてきたポジティブな意味を再確認でき、これからもこの会社で頑張ってゆきたいというモチベーションの源泉になる可能性がある。また、「会社での自分固有の経験(物語)をつうじて、自社の理念を自分が語れるんだ」という会社の理念の伝道師としての自信がつき、誇りももてる可能性がある。可能性があるとしたのは、後述するように、バリューやウェイのより上位に定義されるべきミッションへの思いや腹落ち度合いが十分かをさらにおさえる必要があるからだ。

ここまで、自分の力で過去を振り返るやりかたについて説明したが、他人のサポートを借りて自分の大切にしたい価値観やそこからくる自分らしい行動についてポジティブな気づきを得るやりかたも有効だ。他人のサポートを借りることによって、自分では忘れてしまっている側面を想起させてくれる可能性があったり、ポジティブな側面に光をあてることができたりすることで、前向きに自己の価値観や特長を捉えなおすことできる。

以上、自分の過去を振り返るいくつかのやりかたを見てきたが、どれもこれらを繰り返すことで有意味感(Meaningfulness)や自己効力感(※)を高めることが期待でき、そこからは主に自分が大事にしたい価値観が見えてくる。

※自己効力感:Bandura, A.(1977): “Self-Efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change”

(詳細は、本コラム第3回をご参照ください)

他社を鏡にする場を設ける

多くの業種業態の企業をお手伝いしているわれわれには、各社の企業文化の違いを明確に感じる。しかし、企業文化を形成している、組織メンバーの価値観や物の考え方、行動特性というのは、意外と当事者にはわからないものだ。自分ひとりで考えていても、あるいは同質性の強い集団のなかでいくら議論しても、自分たちを客観視するのは非常に難しい。自らを客観視するためには、異質なものに触れたり、異質なものと比較したりする必要があるのだ。他社を鏡にするというのは、このように自社を客観視するための比較対象をつくるということで、他社を模倣するということではない。エグゼクティブ・インタビューでも、異質性/多様性のある環境に身を置くことで、自己の客観視化を図っているという示唆があったが、まさにこれだ。

具体的には、同じ企業メンバーによる社内研修ではなく、異業種交流という場を設けて、各社の歴史、事業特性からはじまり、各社の経営課題や施策、大事にしている価値観、感じている企業風土などについてお互い語り合い、理解を深めるために質問をしあう。こうしたプロセスをつうじて、自社をより客観視することができ、自社の価値観やユニークさがより際立って見えてくる。

某飲料メーカーの部長さんは、某エレクトロニクスメーカーの理念、価値観、企業文化を聞いて、自社がどれだけユニークかということに気づいたという。さらにその企業との比較の中で、自社の理念には「どのような社会をつくってゆきたいのか」まで想起させる言葉になっている。それが自分たちのワクワク感の大きな源泉になっていることにも気づかれ、自社により強いロイヤリティをもてるようになったという。

他人を鏡にする場を設ける

エグゼクティブ・インタビューでも、尊敬する上司やメンター的な先輩など、他者を鏡に自らの価値観を問いなおされているケースが多くあった。

ここではわたしが部長研修などで実践している、自分ひとりでもできるやりかたを少しご紹介したい。

まずは自分を深く内省する鏡になるような他者を選ぶことだ。手頃なのは歴史上の人物の伝記や著名な経営者・リーダーについて書かれた書籍だろう。なるべく多くの人物を鏡にできたほうがよいので、限られた時間の中でやる場合には複数の人物について書かれた本をわたしはよく使用する。「プロジェクトXリーダー達の言葉」などは、一冊のなかにたくさんのリーダーの逸話が盛り込まれているので手頃だろう。

具体的には、本にある多くのプロジェクトXのリーダーのなかから、自分が共感するリーダーを複数選択してもらったうえで、その理由を言語化してもらう。選択理由の多くは、仲間を思うこと、努力したら報いること、人の可能性を信ずること、考え抜くこと、新しいものを創造しつづけること、約束を守ること、強い責任感、強い好奇心/探究心、負けん気、謙虚さ、他人への感謝の気持ち、国を背負っているという自覚等々、選択したリーダーが大切にしていたであろう価値観が主に抽出されてくる。実は、その鏡に映し出されたものは、自らが大事にしたい価値観でもあるのだ。

こうして自らが大事にしたい価値観は見えてくるのだが、次に徹底して深掘ってもらうのが、共感するリーダーと比べて自分が足りてないところは何か? である。他人を鏡にすることで、自らのありたい姿が高い次元で明確になってきたら、次に現状の自分はどのあたりにいるのか、そのギャップはなぜ生じているのかを明確にしていくことが必要だ。これまで部長層クラスのこうしたセッションを多くやってきての実感値として、そのギャップの原因は、自らの社会に対する存在意義であるミッション(社会に対して自分はどのような価値貢献をしたいのか)が明確になっていないということであることが多い。自分の大事にしたい価値観には気づいても、その価値観をベースに、自分の心の向く先は一体どこなのか、自分と社会との関係性の定義(ミッション)は簡単には出てこない。しかし、ミッションに対して強い思いがなければ、真に理念を自分の生き様に昇華させることはできないはずだ。

この課題は、ここ数年、日本企業が積極的に進めているウェイ浸透への取り組み上の課題でもあるとわたしは感じている。すなわち、本来は、最上位に企業のミッションがあり、それを実現するために企業が大事にしたい価値観としてのバリューが規定され、そのバリューを具体的行動レベルに落としたものがウェイとして位置づけられるものだ。したがって、ウェイは、その上位のミッションやバリューに対する理解や腹落ち感がなければ、たとえウェイが文言化されたとしても、それを本気でコミットする動機づけが組織のメンバーになされず浸透はしにくい。しかし、この本質を見過ごしている企業は意外と多いと感じている。

上記のような他人を鏡にするやりかたは、自らの価値観の気づきには有効であっても、自らのミッションを明確にするにはさらに他の刺激物を注入する必要がある。

以上、自分の過去を振り返る、他社を鏡にする、他人を鏡にするという3つの切り口で、主に自分の大事にしたい価値観を明確にしてゆくやりかたのいくつかをご紹介した。次回は、理念を生き様に昇華させるうえでもう一つ大事な、ミッションを明確化してゆくための方法論について考えてみたい。これだけ変化が激しく将来が読めないなかで、自分たちのミッションをいかに定義してゆくか、内向き志向から脱却してゆくためにも欠かせない要素であり、かつエグゼクティブに今一番求められていることである。

執筆者プロフィール
芹沢 宗一郎 | Serizawa Soichiro
芹沢 宗一郎

一橋大学商学部経営学科卒。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修士課程修了(MBA)。東燃株式会社(現:東燃ゼネラル石油株式会社)にて、研究所の研究効率向上プロジェクト等の組織開発に携わった後、コントローラー部門で、全社予算方針策定、設備投資評価、株主レポーティング、リエンジニアリングプロジェクト等に従事。
グロービスでは、法人クライアントの経営者育成を手掛けるコーポレート・エデュケーション部門代表、グループ経営管理本部長(人事、経理財務、システム)を務める。現在は、グロービス・エグゼクティブ・スクールの責任者として、エグゼクティブ教育に従事。グロービス経営大学院でも教鞭をとる。
訳書に『個を活かす企業』(共訳、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)などがある。


※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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