思い、考え、行動し、また思い、“志/生き様”は研ぎつづけるもの(2/2)
- 経営人材育成
-
芹沢 宗一郎
グロービス講師
前回は、前北米公文 社長 楠澤秀樹氏(現 公文教育研究会 取締役)のインタビューから、
“志/生き様”は、(志/生き様を)思い→(実現方法を)考え→(ポジティブに)行動する
というプロセスを繰り返して醸成されてゆくという仮説を提示した。
そして、“志/生き様”の醸成力は
=(志/生き様を)思う力×(実現方法を)考える力×(ポジティブに)行動する力
=有意味感(Meaningfulness)*1× 結果予期*2 × 行動予期*3
の積で決定されると考えられる。
<注>
*1有意味感(Meaningfulness):日々の出来事や直面したことに意味を見いだせる能力(Antonovsky1987)
*2 結果予期(自己効力感):ある具体的な状況において適切な行動を成し遂げられるという自己効力感の要素の一つで、ある行動がどのような結果を生み出すのかということを理解する能力(Bandura1977)
*3 行動予期(自己効力感):自己効力感のもう一つの要素で、ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまく行うことが出来るのかという自信(Bandura1977)
すなわち、この3つ(有意味感、結果予期、行動予期)が高いエグゼクティブに率いられる組織ほど、志/生き様に昇華された理念にもとづく経営が実現しやすいと考えることができる。
*前回の内容はこちらからご覧ください。
今回は、楠澤氏へのインタビューの後半部分を紹介し、(志/生き様を)思い→(実現方法を)考え→(ポジティブに)行動するというプロセスを繰り返すことで、思いが個人的視座から経営的視座へ、経営的視座から社会的視座へと、より外に向かった強い矢へとスパイラルアップしてゆく過程を整理してみたい。
インタビュー内容(後半)
北米公文社長 楠澤秀樹氏 (聞き手:グロービス 芹沢宗一郎) (2011/6実施)
芹沢:なかでもご自身が一番思い悩まれたご経験についてお話し下さい。
楠澤氏:
これは言いにくいのですが、過去辞表を出したことがあります(苦笑)。1回目の駐在が終わって日本に戻ってきた時、海外人事を勉強するセミナーがあって、そこの幹事役みたいなことをやっていました。海外進出が伸びている時期でしたから、当時の先進企業が集まってケーススタディとしてお互いに取り上げたりしていました。そんなご縁もあって、2回目の海外駐在の後、ある人事のコンサルティング会社から転職の誘いがありまして、そちらに転職を決めようと考えてました。そんなとき、私が退職する方向で動いていることなど知らないアメリカの何人かから「今ちょっと北米の状態が良くない、なんとかしてくれ」と言われたんです。自分の中にも、自分の生き方に影響を与えてくれたアメリカという社会に、公文の教育をつうじて恩返しがしたいという気持ちが強くありました。それに、やっぱり基本的に公文が好きでしたし、公文の価値というものを、自分の中で強く信じていましたし。結果、私は三度アメリカでチャレンジさせてもらうことをお願いし、公文に残る決断をしました。
■解釈3:辞表を出したときの経験
辞表を提出した際、アメリカの同僚から「北米の状態が良くないのでなんとかしてくれ」と助けを求められた楠澤氏は、好きな事業をつうじてアメリカ社会にお返しがしたいという思いが湧いてくる。これまでのような一人ひとりの子供に向かい合うことの喜びだけでなく、その先にある社会へと心の向き先がより拡がっていった。なぜ拡がっていったのかは、おそらくこれまでの個の子供に対する教育という仕事にとことん向き合ってこられたからではないかと思う。(社会への志/生き様の拡がり)
目の前に見えている個々のお客さまに尽くすことが“志”実現への道であることは間違いない。一方で、尽くした先にどのような状態を目指しているのか、最終的にどのような社会を創りだしたいのか、そのためにこのやり方で本当に前進できているのか、というように創りだしたい社会を起点に自分を見つめることは“志/生き様”を研ぐうえでたいへん大事だと思う。
そういうわたし自身、連載の初回にもご紹介したように、これまでは人材育成という分野において個々のお客さまへの価値提供に邁進してきた。しかし、日本経済全体が「失われた20年」になってしまっているという足元の歴然たる事実を見ることで、この閉塞した社会を変えるために自分は何ができるのか?を考えるようになり、自分をもう一度見つめ直すことになった。それと同じだ。
<“志/生き様”醸成のプロセス>
(ポジティブに)行動する:子供への教育という仕事にとことん取り組む(+同僚から助けを求められる)
↓
(志/生き様を)思う:公文が好きであることを再認識するとともに、事業をつうじてアメリカ社会に貢献したいという社会的志向にスパイラルアップする
インタビュー内容(つづき)
芹沢:以上お話しされた経験を踏まえ、現在、経営をなさるうえで強く意識されていることはどんなことですか?
楠澤氏:
本来経営というのは何かということ。数字というのは結果でしかないけれど、やっぱり結果は成績ですからね。やったことが正しかったかどうか、それが結果に跳ね返ったかどうか、慈善事業ではなくてビジネスということは忘れてはいけない。われわれの事業である子どもの教育というのは、成果をみるにはどうしても中長期的視野が必要になるのですが、短期の積み重ねが中長期なんだから、今日の日々のオペレーションの中でしっかり成果を出していかなければならないんです。公文は、たくさんの子供たちに教育を提供することが大切ですから、その投資のためにもちゃんと利益を上げることを忘れてはいけない。そこで必要とされるのが合理的思考です。
もうこの時代は、日本単一で考えられることなんて有り得ない。人材についても、生え抜きを尊重する風土って未だに有りますよね。人材の流動性を進めていく中で、外様(とざま)というイメージを社内で持たせては絶対にいけない。異文化のカルチャーもそうですが、多様性を許容するっていうことが欠かせません。但し、多様性を許容するということは、逆説的ですが譲ってはいけないもの、企業においてはプリンシパル・原理原則を明確に持つということです。そのプリンシパルというのが、常に会社のミッション・ステートメントだと思っています。公文の原理原則は、子供の可能性を追及して、子供たちの能力を最大限に伸ばすこと,子供が中心の価値観。だから、日本で成功したフランチャイズのモデルも、別の国では違ってもいいわけです。フランチャイズはあくまで手段であって目的ではない。
手段の目的化という罠に陥らないためにも、アメリカのカルチャーを常に意識しておく必要があるんです。普通のお母さんが今どういうことに関心があるかとか、そんなことは日本にいては分からないですよ。だから、いろんな広告会社の人、会計士さん、弁護士さんらとも食事をしながら仕事以外の話もたくさんしますけど、うちの教室の先生達や社員から聞くことも多いですね。こうした異なるカルチャーを柔軟に受け入れる感覚の壁が日本の中にいると高くなってしまう。どんな企業さんでもそうだと思うんですけど、今まで強みだったことが、時代が変化することによって圧倒的な弱みになってしまいます。それを見極めた上で、先のことを考えなくちゃいけないというふうに思っています。公文も創設者のリーダーシップも含めて、出来上がり過ぎていたがために、それに依存していた。しかしこれからは、過去の成功体験に縛られることなく、こうやった方が絶対にいいと信じられるまで考え抜きアクションすることがリーダーには必要でしょう。
芹沢: 最後に、楠澤さんが今もご自身を燃えさせている原動力って何でしょうか?
楠澤氏:
綺麗事のように聞こえるかもしれませんが、自分のやりたいことは全部やったので“我”がなくなったことでしょうか。仕事は自分のためにするんじゃなくて、周りの人のためにするんだということ。私はもともと遊び人ですし、アメリカに来たのも最初はライブが見たいとか、競馬が見たいだとか(笑)。そういう人間だけれども、周りの人にハッピーになってもらいたいなぁ、という気持ちが段々と強くなってきました。もう残り10年もないと思いますが、自分ができることがあれば、できる限りのことをやるっていうことしか考えてないですね。
(インタビュー以上)
■解釈4:いまもなお“志/生き様”を磨きつづける
公文に残ることを決めた楠澤氏は、「子供の可能性を追求して、子供たちの能力を最大限に伸ばすこと」という公文の原理原則(目的)を徹底し、その実現のために何をしたらよいかという手段を合理的に突き詰める姿勢をとっている。例えば、公文が日本で成功したフランチャイズモデルは、あくまで日本という環境下で機能した一つの手段にしかすぎず、そのモデル自体を過信しないことを強調する。楠澤氏は、現地現物の精神で、アメリカの人々の声を常に聞きながら、アメリカで成功するための独自のビジネスモデルを創り上げた。目的を達成するためには過去の成功体験をも否定することを厭わない。また、企業がよく陥りがちな、自分本位の内向き志向により手段を目的化することがないよう、常に目的達成のための手段を徹底して合理的に考える姿勢を貫いている。(志/生き様=目的の実現のために徹底して合理を追求して手段を“考える”)
さらに楠澤氏のすごさは、 “行動”を継続し、徹底して結果にこだわっていることである。彼は「やったことが正しいかは結果が全てを物語る」「短期の結果の積み重ねが長期の結果にもつながる」「子供の将来に投資するために利益は不可欠」と言い切る。結果/成果に徹底的にこだわることこそが、真の“志/生き様”を貫くことであることを楠澤氏は示している。そしてこの行動・結果への強いコミットメントが、さらなる“志/生き様”の強化につながってきているように見える。(“行動”を継続し徹底的に結果にこだわることで、さらに志/生き様が強まる)
<“志/生き様”醸成のプロセス>
(志/生き様を)思う:公文の原理原則(目的)を徹底する
↓
(実現方法を)考える:目的実現のための手段を合理的に突き詰める(日本で成功したフランチャイズモデル自体の否定も厭わない)
↓
(ポジティブに)行動する:行動を継続し、徹底して結果にこだわる
↓
(志/生き様を)思う: 更なる“志/生き様”の強化
■“志/生き様”の向社会性へのスパイラルアップ(楠澤氏のケース)
以上、楠澤氏へのインタビューで彼が話されたターニングポイントとなる経験(千葉教室での経験、海外での経験、辞表を出した時の経験、そして現在)を、連続した“志/生き様”の醸成プロセスとして整理してみると下記のようになる。
<楠澤氏の“志/生き様”の向社会性への醸成プロセス>
何かをきっかけに自分の価値観に向き合い、自分は何をしてきたのか、何をしたいのか、何ができるんだろうか、そんなことをまずは漠と“思う”ことで“志/生き様”への旅立ちがはじまる。スタート時はまだ原石にすぎない。つぎに、何をしたらその漠とした“思い”に近づくことができるのか、これまでのやり方のままでよいのか、と必死で“考える”。そしてその考えたことをあきらめずに可能性を信じて“行動”しつづけ前進する。前進することで原石がより研がれてゆき、よりくっきりと確信あるものに変わってゆく。この繰り返しだ。そして、その繰り返しの中で、内向きではない、社会に向かった、より強い矢に“志/生き様”はスパイラルアップしてゆく。楠澤氏のキャリアはまさにそれを物語っている。わたしは、企業組織のエグゼクティブである限り、その“志/生き様”は、より向社会性を帯びたものに深化してゆくべきものだと考える。向社会性をともなわなければ、社会的ミッションを定義した企業理念とは同化していかないからである。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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