思い、考え、行動し、また思い、“志/生き様”は研ぎつづけるもの(1/2)
- 経営人材育成
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芹沢 宗一郎
グロービス講師
先回は、グローバルエグゼクティブのインタビューから得られた下記5つの示唆について論じた。
■理念共有とその理念を自らの“志”に昇華させることの必要性
・示唆1.
異質性/多様性ある組織の求心力向上のためには、明確な理念の定義とその共有がより強く求められる
・示唆2.
理念を自らの“志”にまで昇華させ“生き様”として示すことで、はじめて他者や組織を動かす力となる
■“志/生き様”の醸成はどのように行ったらよいか
・示唆3.
異質性/多様性のある環境に身を置き、自己の客観視化を図る
・示唆4.
逆境下でも、メンターを鏡に自らの価値観を問いなおす
・示唆5.
自分の過去を振り返り、今後の“生き様”につなげるようなポジティブな意味あいを見出す
インタビューさせていただいたエグゼクティブの方々はみな、自分の生き方に向き合う何らかの契機があった。しかし一方で、その一度だけの機会によって自らの“志/生き様”が確立されたわけではない。
なにかをきっかけに思いに火がつく。そして、思いを達成するためにはどうしたらよいかを考え、行動する。その結果、思いがより具体的なものになり強化されてゆく。こうしたプロセスを繰り返していることが共通してみられた。
今回は、前北米公文社長 楠澤秀樹氏(現 公文教育研究会取締役)への生録インタビュー(2011/6実施)から、志/生き様が、「(志/生き様を)思い→(実現方法を)考え→(ポジティブに)行動する→再び思い」へとプロセスを繰り返しながら研がれていく過程をみてみたい。
楠澤氏は、1988年にテキサスに駐在。以後、海外駐在は、北米を中心に通算18年に及ぶ。その間、北米の公文は発展を続け、現在生徒数は約32万人にまでになっている。公文教育研究会の海外展開は、数少ない日本初のサービス業の成功事例として、ハーバード・ビジネススクールのケースにも取り上げられている。
楠澤氏にはその当事者として、どんな思いで海外事業をそこまで成功させられるに至ったかを語っていただいた。
インタビュー内容(前半)
北米公文社長 楠澤秀樹氏 (聞き手:グロービス 芹沢宗一郎) (2011/6実施)
芹沢: 公文さんにご入社の動機は?
楠澤秀樹氏(以降敬称略):
大学時代は工学部で化学を専攻していましたので、ある繊維メーカーに技術者として入社したんです。しかし、全然自分には合わなくて半年で会社を辞めてしまいました(笑)。それでもとにかく食べていくために仕事はしないといけないと思いまして、たまたま手にした就職情報誌で「公文数学研究会」という名前を目にしました。公文という名前は知りませんでしたが、理系だし数学なら何とかやっていけるかなと、そんな動機で応募してしまったんです。当時は特段、教育への興味があったわけではありません。倍倍ゲームで会社が急成長している時期でしたので、たまたま運良く採用されたんですよ。
芹沢:子供の教育の面白さをはじめて実感されたのは?
楠澤:
はじめに配属された千葉の教室での経験です。そこで直接子供に教育をした経験が大きいです。自分もまだ22歳で大学時代の家庭教師くらいしか経験はありませんでした。子供というのは思った以上に伸びる、変化する。そんな子供たちと触れる機会がドンドン増えて、この仕事は面白いなと思うようになりました。やりたいことがやれるっていう、居心地の良さもあって、自分の感性にあったんだと思いました。
芹沢:ご自身のやられていることが、単なる面白さから使命に昇華されていく変化を感じられたことは?
楠澤:
子供たちが伸びていって、保護者の方からも「どうも本当にありがとうございました」というふうに、感謝をされる。自分がかかわったその子が伸びていくということが一番嬉しい。一方で、うまくいかなかったこともあって、その子の自信を無くさせたかもしれない、もしかしたら人生をダメにしてしまったかもしれない、そう問うことでギルティというか、自分みたいないい加減な人間では申し訳ないという気持ちを持つようになりましたね。公文式の価値を具現化できないままにやめていく子供たちもいたわけで、自分自身に対する悔しさも感じました。この感情はやっぱりいいものを知っているからこそなんでしょうね。現場をみていましたから、優秀な教室、優秀な先生と接する機会がたくさんあった。ちゃんとやればこんなによくなるのに、それも人の能力ではなくて意識の差によって、こんなにもアウトプットが違うのか、ということが分かるに従って、自分はいい加減なサービスを提供してはいけないと、本気で強く感じるようになりました。
■解釈1:千葉の教室での経験
楠澤氏の“思い”の発露としては、はじめに配属された千葉の教室にあった。そこで公文式によって子供たちが大きな変化/成長を遂げてゆく姿を目の当たりにみるとともに、保護者や子供から感謝される経験をする。この現場経験から、楠澤氏は教育というこの仕事が自分の性にあった喜びにつながるものだと気づきはじめる。(志/生き様の起点)
この“思い”を実現するために、楠澤氏はどうすべきか“考える”わけだが、彼が意識したのは優秀な教室や優秀な先生をしっかり観察することだった。よい教育とはどのような要因から生み出されるのか、それを自らの目で確認することで合理的に導き出そうとした。彼の鋭い観察力、分析力がそれを可能にしたといえる。(志/生き様の実現法について成功事例を観察・分析して“考える”)
さらに彼はそうしたロールモデルを確信をもって実践することで、うまくいかない子供をみると、その子の人生を台無しにしてしまったかもしれないという自らが担う責任の重さ、使命感をより高めていった。そして、ついには公文の教育理念を少しでも実践できていない場面に遭遇すると、自らの“志”に背くものとして絶対に許せないというレベルにまで深化させていったのである。(“行動する”ことで、責任感をともなった志/生き様へ深化)
<“志/生き様”の醸成プロセス>
インタビュー内容(つづき)
芹沢:海外勤務のきっかけは何だったのですか?
楠澤:千葉で5年ほど仕事をしていまして、結婚も早かったんですが、新婚旅行でヨーロッパに行ったんです。実は学生時代から音楽が好きでバンドもやっていたし、海外で生活してみるのも面白いかなぁと思い始めて海外のポジションに希望を出しました。もともと創設者の公文公(くもんとおる)会長が、この学習方法は海外でも受け入れられるという信念をもたれており、本格的に海外展開を始めた頃でした。当時私がまだ29歳で、その時の上司は自動車会社出身で駐米経験のある58歳の方。二人でヒューストンのオフィスを開けたというのが私の海外経験スタートでした。当時、英語は会社の中でも最低点。全然だめでした(笑)。
芹沢:海外勤務が楠澤さんの成長をどう後押ししたのか、重要だったと思われるご経験をお話し下さい。
楠澤:
まず、最初の海外赴任で「会社経営」を経験したことでしょうかね。二人で会社をまわさなければいけません。まだパソコンもない時代ですよ。理系だし経理なんか全く分からないのに、給料の計算も全部電卓でやりました。しかもアメリカでいうと州税とかソーシャルセキュリティーとかを弁護士に相談する必要もありました。教材の調達は日本から輸入していましたから、在庫をどうやって管理するとか、倉庫をどう設計するかとかも考える。つまり会社の全機能を自分でやらなければならないのです。その時は年間3,000時間働きました(笑)。でも面白かったし、この経験は大きかったですね。
また、2回目の海外赴任も思い出深いです。そのとき一番感じたのは、アメリカという国の多様性と面積の広さです。そして、一人の人間にできることは本当に小さく、限界があるということ。毎月100時間の残業を1年間ずっと続けていましたから、もうこれじゃいけないと思って、何が必要なんだろうかと考えました。その結果、自分のメンバーを信じて任せるしかない、という結論に行きつきました。どこまで首を突っ込めばいいか、どうやって気づきを促すコミュニケーションをとるべきかなど、要は信じて任せる方法を考えていったのです。
■解釈2:海外での経験
はじめての海外赴任で、楠澤氏は会社の全機能を自分で担わざるをえない状況に立たされる。仕事はハードを極め、寝る時間も惜しんで仕事に没頭するが、彼は「面白かった」と当時を振り返っている。ここに何にでも興味をもって未知の領域に挑戦していこうとする彼のポジティブな姿勢がうかがえる。逆境に対しても好奇心をもってポジティブに臨むことで、経験から多くを学び、彼の“志”にさらに経営的視座が加わることで、より深化していったと考えられる。(好奇心をもちポジティブに“行動”することで、経営的視座に立った志/生き様への深化)
さらに2回目の海外赴任では、ビジネスの規模の大きさから、「自分が全部やる」という、これまでの彼のやり方が通用しなくなる。ここで彼がすごいのは、自分が醸成してきた“志”実現のためには、自分ひとりの力には限界があることを悟り、自己否定を厭わなかったことだ。これは“志”という大義/目的に立ち返って常に考えてきたからこそできたことだろう。楠澤氏は言及しなかったが、「人を信じて任せるしかない」という彼が行きついた答えは、彼の本業である子供の教育においても大切な信念としてつながっていたのかもしれない。(志/生き様に立ち返ってゼロベースで“考える”)
<“志/生き様”の醸成プロセス>
■エグゼクティブの“志/生き様”醸成モデル
以上のように、“志/生き様”が3つのプロセスを繰り返して醸成されてゆくという仮説に立てば、
“志/生き様”の醸成力
=(志/生き様を)思う力 × (実現方法を)考える力 ×(ポジティブに)行動する力
の積で決定されると考えることができる。
さらに、このモデルを使っての測定可能性(上記3つの要素レベルの高低が測定できるという意味)や操作可能性(各要素を高めるための手段が存在するという意味)を考慮し、上記3つの力をそれぞれ以下に置き換えてみることにする。
・(志/生き様を)思う力→有意味感(Meaningfulness)※1
日々の出来事や直面したことに意味を見いだせる能力
・(実現方法を)考える力 → 結果予期(自己効力感:Self-efficacy)※2
ある具体的な状況において適切な行動を成し遂げられるという自己効力感の要素の一つで、ある行動がどのような結果を生み出すのかということ(結果を生み出すための行動)を理解する(考えられる)能力
・(ポジティブに)行動する力 → 行動予期(自己効力感:Self-efficacy)※2
自己効力感のもう一つの要素で、ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまく行うことが出来るのかという自信(言い換えれば、結果を生み出すために自信をもって行動しつづけられる力。結果をもたらすための適切な行動が予め考えられていることで単なる楽観主義ではなくなる)
※1:Antonovsky A. (1987): “Unraveling the mystery of health: How people manage stress and stay well”
※2:Bandura, A.(1977): “Self-Efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change”
すなわち、この3つ(有意味感、結果予期、行動予期)が高いエグゼクティブに率いられる組織ほど、志/生き様に昇華された理念にもとづく経営が実現しやすいという仮説が成り立つ。
またこのインタビューを通じて気づいたことがある。
楠澤氏は「思う→考える→行動する」というプロセスを繰り返すことで、自らの“志/生き様”を確固たるものにしていっただけでなく、個人的視座から経営的視座へ、経営的視座から社会的視座へと、志/生き様”をより外に向かった強い矢へとスパイラルアップさせていったことである。次回はここにフォーカスし、自らの思いが向社会性へとスパイラルアップしてゆく過程を整理してみたい。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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