事業革新の担い手を育てる

2011.02.28

これまで9回にわたって、非連続成長とは何か、その実現の勘所は何かについて解説してきました。本コラムの締め括りとなる今回は、筆者の本業である経営者育成、すなわち非連続成長へと導くリーダーをどうやって輩出するかについて触れたいと思います。

事業革新リーダーの前提条件

筆者は「リーダーの経営能力は、学習すれば向上できるもの」と考えており、実際にリーダー育成研修を経てビジネスパーソンが大きく成長される姿を、数限りないほど目の当たりにしてきました。とはいえ、「これが人材選抜段階での前提になっていれば、リーダー輩出の確度はもっと上がるはず・・・」と感じる点が、やはり幾つかあります。ここでは、非連続成長を目指す企業に対して、筆者がよく「リーダー人材発掘の観点」としてアドバイスするポイントのうち、わかりやすいものを2つほど紹介しましょう。

1つめは年齢です。「日本企業の経営者は歳をとり過ぎている。もっと若い世代を経営に登用すべきた」といった論調を、よく耳にしますね。例えば神戸大の三品教授は、企業が事業ドメインを大きく変える行動を「転地」と名付けた上で、「40代以上の経営者は、どのような事業に転地するかを自ら考えるのではなく、転地先の事業の選定も含め、すべてを30代に一任することが必要だ」と主張されています(※1)。(30代がベストかどうかはさておき)若いリーダーの登用に、筆者も賛成です。

ただ、なぜ年齢がそれほど重要な要素なのでしょうか?一般的には「経営はタフな仕事なので、体力がある若い世代の方が有利だ」とか、「若い世代の方が、長期的な自社の将来を我が事として捉えられる」とかいった理由が言われます。それらも否定はしませんが、経営者として事業革新を導く上では、「事業経営に携われる残り時間」がポイントだと筆者は考えます。
というのも、事業革新の事例調査で見えてくるのは、「ビジネスモデル転換を成し遂げるには、長い年月を要する」という厳然たる事実です。特に、新しい CVP(顧客への提供価値)をどこに設定するか、言い換えれば新しい戦いの土俵をどこに定めるかは、優秀な経営者であってもすぐに見つけられるものではありません。サラリーマン経営者の場合、現場にいる頃から新しい事業機会の探索を始め、ミドルマネジメントの立場で事業をトライアル的に始め、役員手前くらいで事業革新を遂行して結果を出す。その手柄を持って経営トップに上がり、次の事業革新の担い手を育てる・・・そのくらい長いスパンで取り組まざるを得ません。先の三品教授は一例として、繊維メーカーであるセーレンの川田社長を紹介しています(※2)。川田氏はセーレンを自動車用シート材のトップメーカーへと成長させた立役者ですが、30代半ばから自動車シート用の布地の開発に着手し、実績を買われて役員に就任し、その後社長として一気に同社の「転地」を実行しました。このように非連続成長を成し遂げた経営者の多くは、トップに上り詰める10年以上も前から、事業革新に着手しているものなのです。(注1)

もう1つは、非主流分野での事業経験です。よく言われるのが、「自社に新しい風を吹き込み、変革を断行するには、外部の人材を経営に登用するとよい。しかし日本ではCEO人材の市場が確立していないため、外部に近い社内傍流部門や子会社からの異能人材の抜擢が効果的である」と。基本は間違いではないのですが、実際に経営者育成の現場に立ってみると、傍流や子会社で積んだ経験は、リーダーにとって単なる「新しい風の吹き込み」以上の価値があることを痛感します。

本コラムでも繰り返し述べてきたように、非連続成長の実現には、既存のビジネスモデルの限界を認識し、新しいビジネスモデルの設計をする必要があります。ところが経営者候補と目される人材の中にも、ビジネスモデルの再設計をすんなりと考え始められる人と、そうでない人がいるものです。後者は、口では「我が社も過去の遺産とは決別し、新たな事業モデルを・・」とおっしゃいますが、心の底で「自分はこの業界の勝ち方は心得ている」という自信があるのか、踏み込んだ事業革新プランに対してなかなか積極的な態度を示しません。こういう人は、いざ業績低迷の原因を問われると、「組織の風通しが悪い」「人材のレベルが低い」と組織のせいにしてしまい、戦略やビジネスモデルが環境とミスマッチを起こしている点を正面から認めない傾向があるように見受けます。

一方で、前者の人達に、「どうしてビジネスモデルにまで遡って考えようと思ったのか?」を尋ねると、自社の強みが効かない傍流事業での苦労や、競争環境が国内とは全く異なる海外事業立ち上げの経験などを通じ、「土俵が変えれば戦い方も異なる現実を、潔く受け入れるようになった」と言います。つまり、事業革新の思考プロセスを起動するのに、非主流分野での事業経験がもたらす認識が、極めて効果的なのです。
それでは、事業革新の担い手となるリーダー育成として、実際にはどんな研修がふさわしいのか?本コラムの最後に筆者の考えを述べてみたいと思います。

OJTでの限界

具体的な議論に入る前に、まず「そもそも研修が必要なのか、OJTだけで十分ではないか?」という疑問に答えておきます。この問いに対する筆者の答えは、「OJTだけでは、事業革新の担い手が輩出される確率は低いだろう」です。

予め申し上げておくと、実務での修羅場体験はリーダーの成長には欠かせないものだと、筆者も考えています。それでも先のように答えるのは、OJTがその基本機能からして、既に組織内にある知見を拡大再生産させるものであり、未知のものを組織内に取り込むのに適した仕組みではないからです。本コラムの第3回で、こんな風に書きました。

特に国内大手企業の場合、戦後の高度経済成長期に形成されたビジネスモデルを磨き上げ、それを周辺領域に応用することで、これまで成長を続けてきました。つまり現役経営者の多くは、前回コラムで書いた「改善」や「拡張」といったタイプの修羅場を乗り越えた勝者ではあるものの、実は「革新」についてはご自身も未体験なのです。その意味では、経営者も新入社員も、「過去の成功体験を捨ててビジネスモデルを変える」という点に絞ると、見識に大差ないないと言えるかもしれません。

既にお分かりの通り、事業革新のプロセスは殆どの企業や経営者にとって未知のものであり、OJTを通じて鍛えられる知見ではないのです。OJTで目的は達せられないならば、どんな研修を実施すれば、事業革新の知見をリーダーの血肉にできるのでしょうか?これが研修企画担当者を悩ませる、次の問いになります。

自社課題型研修を正しく使う

最近の経営者育成を目的とした研修では、経営学の学習やリーダーとしての意識涵養を施した後に、自社課題型研修やアクションラーニングと呼ばれるプログラムを利用するのが主流です。これは研修の参加者(経営者候補人材)に自社の実在する経営課題に関する分析と解決策立案を課して、最後に現経営陣に向けて提言をしてもらうもので、参加者には、彼らが日常的に扱っている課題よりも高次元で広範囲の、まさに経営トップが頭を悩ましているような課題に取り組んでもらい、ストレッチを促します。これまでの経験則だけでは解けない課題なので、参加者は解決策立案の過程で、研修で学んだ知識の活用に必死で努めるのです。新しい知見を吸収しながら、実務への応用の仕方を学ぶには、効果的な研修フォーマットといえましょう。

ところがこの自社課題型研修は、目指す姿を関係者が十分共有していないと、迷走する危険性を孕んでいます。特に近年、経営者が渇望する「非連続成長」への思いは、自社課題型研修の設計を一層悩ましいものにしているように思います。
典型的な失敗はこんな流れで起きます。ある年の自社課題型研修の最終提言を受けた社長が、「次代を担う諸兄には、従来の枠にとらわれない、もっと大胆な発想をして欲しい」といった感想を漏らします。そのコメントを受けて研修企画担当者は、翌年の実施に向けて「従来の枠を越えた大胆な発想」との期待に応えようと、必死で考えます。色々と悩んだ挙句、自らの頭でひねり出す、よくある答えは、

・自社ビジネスに直接関係のない情報のインプット(多いのは、哲学や政治経済といった一般教養分野の講演)

・自身の思考の癖を認識し、クリエイティブに考える体験をするワークショップ

の2つ。これらを自社課題検討の前に実施しておけば、最終提言も「従来の自社のビジネスの枠を飛び越えた大胆な」内容になるだろうと淡い期待を抱きます。
ところが皆さんも察しがつく通り、例えば政治経済の勉強や、あるいはブレインストーミングの練習を多少したからといって、最終提言のレベルが急に上がることはあり得ません。むしろ肝心の課題検討の時間数が減らされていたりする分、最終提言は分析の粗さが目立つものになりがちです。当然ながら、最終提言を聴いた社長は「今年度は、昨年以上に手応えがなかった」と残念そうな態度を示すことでしょう。場合によっては研修の効果に疑問を感じて、ストップしてしまうかもしれません。

問題は、評価する側も、企画する側も、そして提案をする側も、あるべき姿を明確に言えない点にあります。「従来の枠におさまってはいけない」という点では全員認識は一致していますが、枠とは何なのか、どうしたら「枠を越えた」と認められるのかは、誰にも具体的なイメージがないのです。
でも、本コラムを継続して読んで頂いた皆さんは、もうお分かりかと思います。経営トップが期待する「従来の枠を越える」とは、実はビジネスモデルを転換することに他なりません。そしてビジネスモデルを転換するとは、CVP・利益モデル・プロセス・経営資源のセットを、整合性ある形で変化させることです。経営トップが求める「大胆さ」も同じこと。決して「これまで聞いたことも見たこともないような、びっくりするほどユニークな発想」を求めている訳ではありません。「変化の幅は大きいけれども、変化への道筋が見えて、将来性を感じられる提案」こそが、経営トップが求める「大胆な提案」です。
筆者は実際に、多数の企業で自社課題検討のアドバイザーを務めてきましたが、「従来にない大胆な提言を期待する」と言っている経営陣に対しても、極めて正攻法の(恐らくその会社の人なら一度や二度は考えたことがありそうな)提言をぶつけて、ほぼ100%満足頂けてきた手応えがあります。カバーすべき内容はシンプルです。

・迫りくる環境変化の危機を示す

・新しい環境下で実現すべきビジネスモデルを示す

・目指すべきビジネスモデルと、現状のそれとのギャップを示す

・上記のギャップを埋めるために考えられる手段(M&Aなど)を示す

・組織を新しいビジネスモデルに向かわせるためのプランを示す

これらを、基本はデータを用いて論理的に、時に志を込めて情熱的に提言できれば、経営トップが渇望する「大胆さ」を十分満たすことができます。それは同時に、提言する側にとっても、非連続成長を導く一連の流れを擬似的に体験し、これから自身が立ち向かう本番のチャレンジに向けて手応えを得る貴重な機会となるのです。

従って、研修企画担当者の方にアドバイス申し上げたいのは、まず関係者が表明している期待内容を正しく理解すること。経営トップはよく「斬新」「大胆」「飛躍」といったキーワードで期待を伝えてきますが、その意味を慎重に解釈することです。そして期待する方向がやはりビジネスモデル転換なのであれば、その分野に関する知見を持った教授やファシリテーターの力をきちんと借りることです。自社の課題検討だからと言って、社内の人間だけで運営したらダメですし、どんなに話が面白い先生を揃えても失敗に終わるでしょう。まず事業革新のイロハを伝えられなかったら、非連続成長に向けた手応えある擬似体験は永遠に叶わないのです。

10回にわたり、私が日頃のクライアントとの仕事や、大学院の事例調査などを通じて感じてきたことをお伝えしてきました。皆さん、拙い文章に最後までお付き合い頂き、有難うございます。本コラムが皆さんのお仕事に少しでもお役に立てますことを心から願っております。

注1「日産のカルロス・ゴーンやIBMのルイス・ガースナーは、外部から招聘されて短期間で変革を実行したではないか」という指摘をよく頂きます。これらは有事における企業再生(ターンアラウンド)であって、本コラムが主眼としている「嵐の前の平時」(第5回コラム参照)における革新とは、背景が異なる点をご理解ください。

※1「“転地先”を決めるのは、経営者ではなく当事者」(日経ビジネスオンライン、「三品和広の日本企業改造論」 2010年10月12日号)

※2「1人の“窓際”社員が成し遂げた業態転換」(日経ビジネスオンライン、「三品和広の日本企業改造論」 2010年7月20日号)

執筆者プロフィール
山口 英彦 | Yamaguchi Hidehiko
山口 英彦

東京大学経済学部卒業、ロンドン・ビジネススクール経営学修士(MBA、Dean's List表彰)。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て独立し、多数のベンチャー企業のインキュベーションを手がける。その後グロービスに加わり、現在は同マネジング・ディレクター(ファカルティ本部担当)を務める。またグロービス経営大学院や 50社以上の企業幹部研修で教鞭を執りながら、経営戦略分野(新規事業開発、サービス経営、BtoB戦略など)の実務研究に従事。主著に『法人営業 利益の法則』(ダイヤモンド社)、『日本の営業2011』(共著、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)。その他、企業変革や営業力強化などをテーマにした寄稿・講演実績多数。


※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。


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