事業革新を画餅にしない

2011.01.25

事業革新の実行を進める上で、重要な取組みが5つほどあると筆者は考えています。

1. 変節:社員の意識や行動パターンを、新しいビジネスモデルに適した形に入れ替える

2. 転用:社内外の経営資源を、新しいビジネスモデルに適した形に転じて活用していく

3. 学習:仮説検証を繰り返しながらビジネスモデルに修正を加え、完成度を上げる

4. 突破:事業上のトレードオフを経営資源の集中投下で克服し、競争優位性を固める

5. 昇華:新ビジネスモデルの成功を、他領域にも横展開し、組織全体に根付かせる

前回は、この5つのうち、新しいビジネスモデルを実現する上で足りない経営資源の獲得、すなわち2の「転用」の解説をしました。今回は、5つの中でも特に事業革新の成否に影響する「変節」と「突破」にフォーカスを当てて、事業革新実行の勘所を見ていきます。

執筆者プロフィール
山口 英彦 | Yamaguchi Hidehiko
山口 英彦

東京大学経済学部卒業、ロンドン・ビジネススクール経営学修士(MBA、Dean's List表彰)。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て独立し、多数のベンチャー企業のインキュベーションを手がける。その後グロービスに加わり、現在は同マネジング・ディレクター(ファカルティ本部担当)を務める。またグロービス経営大学院や 50社以上の企業幹部研修で教鞭を執りながら、経営戦略分野(新規事業開発、サービス経営、BtoB戦略など)の実務研究に従事。主著に『法人営業 利益の法則』(ダイヤモンド社)、『日本の営業2011』(共著、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)。その他、企業変革や営業力強化などをテーマにした寄稿・講演実績多数。


変節:新しい土俵に社員を連れてくる

自社の利益モデルを瓦解させる環境変化が生じている時、経営者は新しい土俵で戦うために、既存事業の延長線上にはない新たな戦略の構築を迫られます。こうした状況で、経営者が自身の頭の中のビジネスモデル発想や、社員のあるべき行動イメージをガラリと入れ替えることを、「跳ぶ」と表現してきました。とはいえ、経営者自身が意を固めて跳んだとしても、いざ後ろを振り向いたら誰もついてきていない・・そんな状況も起こり得ます。ビジネスが団体戦である以上、経営者は社員の発想や行動規範にも「変節」をもたらし、新しい土俵に仲間を導かねばなりません。

どうしたら、社員の変節を導き、一人ぼっちにならない「跳び」ができるのでしょうか?
事業革新を焦る経営者は、想定通りにビジネスモデル転換が進まないと、しばしば「社員が既存の事業モデルの『慣性』から抜けられない」、「過去の成功体験を忘却できない」と弱音を吐きます。筆者は、このタイプの悩みに対する処方箋は2つから成ると考えています。1つは、「組織の慣性」とか「成功体験」と呼ばれるものの正体を理解すること。もう1つは、記憶を消そう/捨てようとするのではなく、記憶を上書きすることです。

まず、成功体験の正体から探ってみましょう。本コラムで何度か紹介してきたクリステンセン教授の「イノベーションのジレンマ」では、成功した企業が破壊的技術に対して無能力になる(いわば、成功体験に縛られる)要因として、「プロセス」と「価値基準」に着目しています(注)。筆者(私)も、いわゆる成功体験の多くは、クリステンセンが呼ぶところの「プロセス」と「価値基準」で形成されるという点で、大いに共感するところです。

例えば「イノベーションのジレンマ」の中で、成功体験が組織内のプロセスと価値基準とに宿っていく構図は、次のように描写されています(※1)。

“方法が有効であれば、従業員はみずから、創業者の問題解決方法や意思決定基準の正しさを経験することになる。その方法をうまく利用し、連携して反復作業に対処していくうちに、プロセスが確立していく。同様に、創業者が決めた優先順位にしたがって、様々な資源利用を決定し、商業的に成功すれば、企業の価値基準が形成され始める”

さらに、プロセスと価値基準の定着が、既存組織の変化対応力を削ぐ様については、次のように記されます(※1)。

“組織が、最初にプロセスや価値基準ができた時と同様の問題に対処しつづけるかぎりは、組織のマネジメントはさほど難しくはない。しかし、これらの要素は、組織にできないことも明らかにするため、企業が直面する問題が変化した場合には、無能の原因となる”

このように成功体験の本質が、組織内で共有されてきたプロセスと価値基準だとするならば、社員に変節を促すためには、プロセスと価値基準をゼロから作らざるを得ない環境に彼らを置いてしまうのが有効でしょう。実際にクリステンセンの研究でも、成功した企業が次の破壊的技術に対して迅速に動けたのは、「経営者が自律的な組織を設立し、破壊的技術の周辺に新しい独立事業を立ち上げる任務を与えたときだけ」との結果が示されています(※1)。

「発想を転換しろ」とか「今までのやり方は忘れろ」といった掛け声で、組織の記憶(クリステンセン流に言えば、プロセスと価値基準)を拭い去ろうとしても、なかなか変節は進まないものです。たとえば思い切ってゼロから新しく組織をつくり、そのまっさらな組織環境に社員を移してしまう…新しいビジネスモデルに合った、新しいプロセスと価値基準を獲得してもらうのは、このくらいの荒療治の方が近道です。新しいプロセスや価値基準がインプットされれば、それまで持っていた古いものは自然と消えていきます。これが、「組織の記憶は捨てるのではなく、上書きするもの」と先に述べた所以です。

突破:「できる」を「勝てる」へ

「変節」によって、新事業に従事する社員のプロセスと価値基準を入れ替え、「転用」によって、新しいビジネスモデルの必要条件を揃え、「学習」によって、新しいビジネスモデルの完成度を上げていく。これらの3つの実践だけでも大変ですが、3つをクリアして到達するのは、まだ新しいビジネスモデルが円滑に機能するというレベルです。さらに高い水準、つまり新しい土俵でのリーダー企業となるには、競合企業が容易に追随できない要素が必要です。事業を「できる」レベルから「勝てる」レベルに上げるには、どうしたらよいでしょう?

一般にどんな事業においても、より良い商品やサービスを提供する際にぶつかるトレードオフが存在します。例えばファーストフード業界では、商品提供のスピードと、できたて商品の提供とは両立しないとされてきました。つまり同業界の調理オペレーションは伝統的に、客の回転率を上げるために、すぐに商品を渡せるよう事前に作り置きするタイプか、注文を受けてから調理する代わりに、客に番号札を渡して何分も待たせるタイプかのいずれか。以前のマクドナルドは前者の代表例であり、モスバーガーやフレッシュネスバーガーが後者の例になります。

ところが日本マクドナルドは、注文を受けてから驚異的なスピードで出来たて商品を提供する厨房システム「MFY(メイド・フォー・ユー)」を、2000年頃から導入し始めます。これは業界の常識であった「できたて」と「スピード」とのトレードオフを、見事に打ち破る仕組みでした。04年に日本マクドナルドの社長に就任した原田氏は、このシステムの重要性にいち早く気づいて導入計画を前倒しさせ、社長就任当時に50%未満だった導入率を、1年後には96%まで引き上げました(※2)。

いち早くトレードオフを突破した企業は、多くの場合、持続的な競争優位を手にします。というのも、トレードオフを越えた先では、好循環が回り出して事業基盤が急拡大します。ファーストフードの例で言えば、美味しい「できたて」がスピーディに供されることで、顧客満足度が上がる⇒客数が増える⇒規模が効く⇒ コストが下がる(値段が下がる)⇒さらに客数が増える、という具合に。また顧客満足度が上がって、客数が伸びている段階で新メニューを投入すれば、客単価までも上げることができます。実際にマクドナルドの原田社長は、就任後まずMFYでオペレーションを整え、100円マックで客数を増やし、その上で「えびフィレオ」や「クォーターパウンダー」といった高付加価値商品を投入して客単価を向上させて、同社の好業績につなげました(※3)。

しかもトレードオフを破ろうとする果敢な挑戦に対し、既存の競合企業は業界の常識で「上手くいくはずがない」と考え、静観してしまうのです。実際に筆者が 2005年に某ファーストフードチェーンの経営企画にインタビューした時には、「マクドナルドの現場はMFYのせいで悲鳴を上げている」と冷ややかな反応でした。こうして他のプレイヤーが静観している間にも、マクドナルドは設備投資と人材育成を進めて新しいオペレーションを磨き、広い顧客ベース(客数)と安定的に稼げるメニュー(客単価)を獲得して、圧倒的な事業基盤を確立しました。

事業革新の実行でも、上記のように新しい事業領域でのトレードオフを見つけ出し、その突破に向けた集中投資をして、競合をいっきに引き離せばよいのですが、、、現実の経営舵取りはなかなか難しいようです。

経営者の心情としては、「跳んだ」先の新しい土俵での事業は

・これまで成功を重ねてきた事業に比べて、未知のことがあまりに多い

・成功している既存事業との共食いが怖い

といった感覚が拭えないものです。新しいビジネスモデルへの転換は重い判断であるゆえ、筆者自身も第5回コラムで「肩の力を抜いて『まずは種まきをする』という意思決定でよい」「試験的に動かしてみなければ、成否の最終判断はつかない」と書きました。が、参入から何年経っても、ずっと「小さく生んで大きく育てる」という種蒔き感覚で経営していては、競争から一歩抜け出せません。その時のコラムで挙げたセコムの例にもあったように、最初は小さく始めながらも、トレードオフを破るポイントを見つけたら、やはり大胆に資金や人材を投入(セコムの場合は機械警備システムに集中投資)したいものです。

実はトレードオフ突破の考え方は、本コラムで何度も取り上げてきた小倉昌男氏著「経営学」でも解説されています。同書の中に、こんな一節があります。「サービスとコストは常にトレードオフ(二律背反)の関係にある・・(中略)・・経営者の仕事とは、この問題を頭に入れ、そのときそのときでどちらを優先するかを決断することに他ならない」と(※4)。

実際に宅急便事業では、利益を確保する上で、サービスと価格とは二律背反になりがちです。全国への翌日配達のサービスを実現しようとすれば、過疎地のネットワーク整備にまでも資金を投じる必要があります。あるいは翌日配達に間に合わせるためには、送付先の住所が怪しい場合、ドライバーが出荷主にわざわざ長距離電話をかけて問い合わせる対応も避けられません。これらはいずれもコスト増要因となるため、宅急便事業で利益確保するには、翌日配達というサービスの看板を下ろすか、運賃にコスト増分を上乗せするかの二者択一を迫られます。ただし、サービスの質を下げるにしても、運賃を値上げするにしても、顧客を増やす方向には働かないため、利益確保できたとしても事業の成長スピードは犠牲になってしまいます。

そこで小倉氏は当初から、このトレードオフの突破を試みます。運賃を抑えたまま、翌日配達の実現に向けて出来る限りのサービスをする。当初は利益が圧迫されますが、サービス水準が上がって顧客が増え、ネットワーク上の荷物の密度が上がれば、早期に損益分岐点を越え、利益が出る。その利益をサービス向上に再投資すれば、さらに顧客が増えていく・・そんな好循環を生み出しました(※5)。
小倉氏の手腕が光るのは、上記のトレードオフ打破の構図を捉えていただけでなく、どうコミュニケーションを取ったら、社員が望ましい方向に動くかも計算済みだった点です。同氏は「サービスが先、利益は後」をモットーとして掲げ、コスト云々よりもサービス向上に社員の注意を向けさせます。また利益計画を慎重に考えるあまり、営業所の車両やスタッフへの投資が後手に回ってしまうのを避けるため、「車が先、荷物は後」「社員が先、荷物は後」と先に投資をして潜在需要を掘り起こしていく順序も明確に示しました。

その後、ヤマト運輸の成功を見て、いっきに35社が宅配便事業へと参入したにもかかわらず、同社の独走状態が長く続いたことは言うまでもありません。これこそが、「できる」を「勝てる」にいち早く変えたプレイヤーだけが手にする果実なのです。
以上、事業革新の実行に関して、前回は「転用」、そして今回は「変節」と「突破」に絞って解説しました。まだ触れていない「学習」や「昇華」も大事な取り組みですので、別の機会にお話してみたいと思います。
さて、本コラムもいよいよ来月が最終回の予定です。お楽しみに!

以上

※1「The Innovator’s Dilemma」(C. M. Christensen, HBS Press)

※2 朝日新聞05年3月21日朝刊

※3「リーダーの研究 日本マクドナルドホールディングス 原田泳幸 CEO」(日経ビジネス 2009年5月11日号)

※4「経営学」(小倉昌男著、日経BP社)

(注)ここでの「プロセス」は、社員が商品・サービスを提供する際の、相互作用・協調・コミュニケーション・意思決定などのパターン全般を指す。また「価値基準」は、社員が仕事の優先順位を決める時の基準であり、注文が魅力的かどうか、顧客が重要か、新商品のアイデアが良さそうかなどを判断する際の基準を意味する

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。