事業革新の実行 ~不足を言い訳にしないために~

2010.12.21

1か月ほど前の出来事です。
クライアント企業内で何カ月もかけて詰めてきた新規事業企画に、経営陣から正式にGoサインが出されました。担当常務が当初の投資上限額などについて一通り方針を話し終え、次の議案に移ろうとした時、提案者に向かって会長が言いました。「当面はこまめに私の所に報告に来てほしい。社内外の役立ちそうな人物はできる限り紹介するし、困りごとの相談にも乗るから」と。

毎年何十件もの事業提案の支援をしていますが、経営トップからのこうした積極的な発言に出くわすことはそう多くありません。どこの企業の経営トップも、事業案の検討には細心の注意を払います。が、一度Goサインを出した事業に対しては、投資額がよほど大きかったり、最初から大きな成果が期待できたりする事業でもない限り、多忙な経営トップは権限移譲と称して自らの関与度合いを下げてしまいがちです。冒頭の会長の発言は、新規事業の実行マネジメントの難しさをよく心得た数少ない例として印象的だったのです。

戦略イノベーションの研究家たちは、次のように指摘しています(※1)。

“CEOはその計画をあらゆる角度から吟味する・・(中略)・・CEOは、その計画にゴーサインを出し、最高のゼネラルマネージャーを張りつけ、役員達にも面倒を見てやってくれと言い渡す。
それから彼は、大きな失敗を犯す。一件落着とばかりに、巨大企業のごく一角にすぎない新規事業から、目を離してしまうのだ”

非連続成長、すなわちビジネスモデル変更を伴う事業革新の場合、新規事業を軌道に乗せるまでの実行マネジメントは、事業戦略の立案と同等、あるいはそれ以上に高度な経営スキルを要します。
特に事業革新では、自社の既存の強みを活かすことよりも、新しいCVP(顧客への提供価値)の実現を優先しますので、実行にあたって経営資源不足に直面する確率は高くなります。ところがこうした局面で、日本企業の経営者は「せっかく社内に○○という資産があるのだから活用しろ!」と、社内の経営資源の「借用」にこだわる傾向があります。あるいは社内に必要な経営資源がない場合には、「小さく生んで大きく育てよう!」との掛け声の下、大胆な意思決定は先送りし、自前で技術やチャネルといった経営資源の開発を、ゆっくり進めていく傾向もあります。しかしながら、こうした自前主義では太刀打ちできなくなってきているのが、今日の現実です。

本コラムでは、これから2回にわたり、事業革新の実行面について解説したいと思います。まず今回は、経営資源の調達に絞って考えていきましょう。

社内からの借用

前々回に解説したように、新ビジネスモデルの設計を経て、革新後のビジネスモデルを機能させるのに必要な経営資源が洗い出されてきます。そして、その調達にあたって当事者がまず考えるのは、社内からの借用でしょう。しかし、母体企業にどんなに豊富な経営資源があったとしても、経営の関与なしでは、新規事業チームはそれらを十分に借用できません。
というのも、既存事業に関わる母体企業の社員と新規事業チームに属する社員との間には、しばしば近親憎悪に似た感情が発生します(※2)。この感情は、新規事業が既存事業との共食いを起こす恐れがある、あるいは(停滞感のある既存事業部門に比して)新規事業が活気づいているような場合に顕著です。特に事業革新の場合は、「既存のビジネスモデルでは立ち行かない」と、新規事業が既存事業に対する批判から発生しており、相互の感情をいっそう複雑にします。こうした近親憎悪の感情が顕在化している場合、既存事業側から新規事業のメンバーに対して、自然と経営資源が提供されるとは期待できないでしょう。

そこで両者の協力関係を作り出すのが、実行時における経営の役割になります。例えば、

・新規事業の重要性を母体企業側に認知させる

・母体企業側に経営資源を提供するインセンティブを与える(人事評価にカウントする、相互のP/Lに費用負担を反映する、等)

・それでも利害対立する場合は仲裁役を引き受ける

といった営みが、経営資源の円滑な借用のために求められます。

とはいえ、何でもかんでも社内から資源を借用すれば良いものでもありません。特に次のような場合に、筆者は内部調達を諦めるようアドバイスすることがあります。

1.既存の経営資源を活用しても、新規事業領域での競争の肝となる部分で、競合優位に立てない場合。例えば花王は、1985年にフロッピーディスク事業に参入しましたが、シェアは最大で15%が限界でした。磁性粉の塗布に得意の界面活性技術を活用できたものの、業界内には他にも有効な技術が存在しており、花王は製品機能で他社を圧倒できませんでした。もしも当時、花王が本気で記録媒体事業を育てるつもりであれば、社内技術にこだわらずに、最も優位な技術を外部に求めるべきだったでしょう。(実際には、本業とは顧客も販売チャネルも異なる難しい事業領域であり、98年の撤退は英断だったと思います。)

2.資源の借用と同時に、既存事業の悪しき価値観までも新規事業チームに伝染してしまう場合。第6回で解説したように、旧来のビジネスモデルにおいての時間の感覚やニーズ対応の姿勢といった価値観は、往々にして新しいビジネスモデルにフィットしません。例えば人事や財務などの間接部門は、母体企業の機能を共有するのが効率的に見えますが、新規事業の運営にフィットしない価値観まで引っ張り込まないよう、注意が必要です。私のクライアントの某企業では、人材育成システムは企業グループ全体で共有しつつも、評価・報酬システムは事業体ごとの設計に任せ、新規事業チームが既存事業の価値観に染まるのを回避しています。

このようにして、新ビジネスモデルに必要な経営資源のうち、社内に存在していないもの、あるいは存在していても安易に借用すべきてないものが、新たに調達すべき経営資源の項目として洗い出されてきます。

内部開発か、外部調達か?

では自社内から借用できない経営資源は、どんな方法で入手すればよいでしょうか? 経営資源の調達方法には、大きく言って自社内開発、M A、外部とのアライアンス(ジョイントベンチャーや資本参加、フランチャイズといった形を含む)の3形態があり、それぞれ図のような利点と欠点があります。(※3)。

各々の利点・欠点を勘案しながら調達方法を選択するのですが、欧米企業が事業を入れ替え可能なポートフォリオと考えるのに対し、日本企業は自社の事業のすべては何らかの関連性を持っていると考え、M Aやアライアンスのような外部調達よりは自社内開発に頼る傾向が強くあります(※4)。過去の海外企業買収での苦い経験や、技術やノウハウの外部流出への恐怖感なども、日本企業が自前主義にこだわる背景にあるのでしょう。

しかしながら、近年の成功企業の事例調査をしてみると、通常の競争環境、特に新興国市場を巻き込んだグローバル競争に晒されている業界では、自前主義はもはや限界を迎えているのを如実に感じます。ここでは「脱・自前主義」に関連して、最近の戦略論で主流になりつつある考え方を、いくつか紹介しましょう。

まずはアライアンスの1つの形態である「オープンイノベーション」です。これはUC Berkeleyのチェスブロウ教授が提唱した概念で、「企業が社外のアイデアやテクノロジーを有効に活用する一方で、自社のアイデアを他社に活用してもらい、イノベーションの価値を高めること」と定義されます(※5)。オープンイノベーションに積極的な企業として有名なのがP Gです。ちょうど本コラムを執筆している当日の日経夕刊の一面トップにも、「生活用品開発へ研究成果を交換 -「自前」改め期間短く」という記事が掲載されています(※ 6)。本記事によれば、既にP Gは主力品の3分の2をこの手法で開発しているとのことです。

オープンイノベーションは主にR Dに関する話ですが、グローバルで成功している企業の多くが、R Dに限定せずにバリューチェーン全体で、社内の経営資源と社外のそれとをうまく使い分ける戦略を採用しています。例えば、ファーストリテイリング。同社がSPAという製造・小売の一貫モデルを採用しつつも、中国のパートナー企業に製造委託しているのは有名な話ですが、最近では製品開発で東レとパートナーシップを結び、ヒートテックなどのヒット商品を生み出しています。さらには中国の電子商取引大手のアリババと組んでネット通販に参入する、製品デザインでは、ジル・サンダーのような著名デザイナーやディズニーなどの異業種ブランドと組むなど、アライアンスを積極活用しています(※7)。

アライアンスと並び、もう1つの外部調達手段であるM Aに関しても、日本電産やJTのように企業買収を駆使して成長する企業が国内から出てきています。さらに海外に目を向けると、GEやJ J、ニューウェル・ラバーメイドなど、昔からM Aを成長戦略の核に据えているプレイヤーが数多く存在しています。こうした企業のM A活動を調査してみると、次のような発見があります。

●同業他社をのみ込んでスケールメリットを追求する「規模を買う」タイプではなく、自社が欲しい経営資源(技術やブランドなど)を持っている企業(多くは異業種の中小規模企業)を取り込もうとする「機能を買う」タイプの買収を、主にしていること。

●経験を積むことでM Aが上手くなること。M Aに慣れていない日本人経営者は、企業買収と聞くと一世一代の大きな賭けのように身構えますが、実際にはM Aはスキルを磨くことで成功確率を向上できる、一種の組織能力と言えそうです。

鍛えるべきM&A力

ビジネスモデル転換を実行するために、特に日本企業が磨くべきM A能力とはいかなるものでしょうか?3点ほど述べてみたいと思います。

■1.候補先リスト化の習慣

企業買収に慣れていない企業で、過去の買収案件の検討開始のきっかけを尋ねると、「投資銀行から打診された」とか、「社長同士が会合で意気投合した」といった答えが返ってきます。
本来ならば、新ビジネスモデル完成に向けたロードマップを描き、その実現のために欲しい企業を日頃からリスト化しておくのが望ましいでしょう。実際に日本電産の永守社長は、拡大事業領域を「中・大型モーター」「制御回路・ソフト」「半導体」の3つに定め、その実現に必要な要素技術を持つ企業のリストアップを常に行っているそうです(※7)。こうした能動的なリスト化が済んでいると、M Aの意思決定においてスピーディでブレのない判断ができたり、次に述べる価値算定でも無用な高値掴みを回避できたりといった効果が期待できます。

■2.企業価値算定の腕前

買収を不得手とする日本企業の残念な共通点として、買収先企業の価値算定を投資銀行に頼り切っている実態が見受けられます。価値算定の精度を上げるには、実はファイナンスの知識は基本的なものでほぼ十分であり(もし知らなくても、ここは外部を頼ればよい)、むしろ肝となるのは自社にとっての買収案件の戦略的意味合いです。例えばJTがRJRナビスコの海外たばこ部門を買収した際には、JTの経営陣は、買収先の経営陣の布陣、経営方針、向こう5年間の工程表などを事前に作り上げ、それに基づいた施策を想定した上で買収シナジーを定量化し、買収価格を決定しています(※8)。自社内で買収後の戦略見通しを描けることが、妥当な企業価値の算定にダイレクトにつながるのです。

■3.組織的融合のスキル

これも日本企業が苦手とする点の1つです。買収先企業の経営陣に任せきりにしてコントロールを失うか、介入し過ぎて買収先の貴重な人材の流出を招くか。この両極端を避けて、買収先企業を自社グループの一部として融合させなければ、買収の果実は手にできません。
GEなどM Aの巧者とされる企業が買収先に移植する内容は、各社が独自のパッケージを持っており、一概に「これが必勝パターン」と呼べるものは見当たりません。ただし、買収先企業の経営状況が可視化できるように管理会計システムは共有したり、コンプライアンスリスクを防止するための経営理念や行動規範を浸透させたりといった活動は、共通して見られます。逆にそれ以外の部分では、できるだけ買収先企業の経営の自立性を尊重し、買収効果の最大化を図るのがコツのようです。

いずれにせよ、日本企業は小さな買収案件から始めて経験を積み、上記のようなM&A能力を組織内に蓄積する必要がありましょう。

以上、今回は事業革新の実行のうち、経営資源獲得に焦点をあててみました。次回は組織文化の変節などにフォーカスを広げて、革新の実行面を再考しようと思います。

以上

※1 “Ten Rules for Strategic Innovators” (V. Govindarajan et al. 邦訳「戦略的イノベーション 新事業成功への条件」 ランダムハウス講談社)

※2 同上

※3 “Corporate Strategy: A Resource-Based Approach” (D. J. Coliis et al、邦訳「資源ペースの経営戦略論」、東洋経済新報社)

※4「成長戦略とM Aの未来」(ジェラルド・アドルフ他著、日本経済新聞出版社)

※5 “Open Business Models: How to Thrive in the New Innovation Landscape” (H. Chesbrough著、邦訳「オープンビジネスモデル」 翔泳社)

※6 日本経済新聞 2.2012.2年12.2月16日夕刊

※7「学習優位の経営」(名和高司著、ダイヤモンド社)

※8「アクセンチュア流 逆転のグローバル戦略」(西村裕二著、英治出版)

執筆者プロフィール
山口 英彦 | Yamaguchi Hidehiko
山口 英彦

東京大学経済学部卒業、ロンドン・ビジネススクール経営学修士(MBA、Dean's List表彰)。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て独立し、多数のベンチャー企業のインキュベーションを手がける。その後グロービスに加わり、現在は同マネジング・ディレクター(ファカルティ本部担当)を務める。またグロービス経営大学院や 50社以上の企業幹部研修で教鞭を執りながら、経営戦略分野(新規事業開発、サービス経営、BtoB戦略など)の実務研究に従事。主著に『法人営業 利益の法則』(ダイヤモンド社)、『日本の営業2011』(共著、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)。その他、企業変革や営業力強化などをテーマにした寄稿・講演実績多数。


※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。


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