ビジネスモデルの転換

2010.10.26

突然ですが、皆さんは日頃、どんな基準でご自身の服を選びますか?
「自分の体型に合った服を着る」―筆者はこれが服を選ぶ際の大原則だと思っています。ところが先日、40歳を過ぎても、学生時代と全く体重が増えていない人物がいたので、「太らないコツは?」と尋ねてみたところ、面白い習慣について教えてくれました。その人物は「着たいと思う服をまず買い、次のシーズンにその服を着こなせるよう、一年かけて体幹を鍛え直すのだ」と。(ちなみに「体幹」とは、人間の胴の部分のことだそうです。私も初めて知りました。)

その時は「たかが服を着るために、自分の体型まで変えるなんて!」と衝撃を受けましたが、よくよく考えてみると、同じような習慣がビジネスの世界でも一般化しつつあります。筆者は仕事絡みで、年間にだいたい20~30本の新規事業戦略の立案に関わりますが、以前ならそのうちの8割以上は「自分の体型に合う服を選ぶ」、つまり既存の自社の組織能力活用を重視して事業領域を選んだケースだったと思います。ところがここ数年、「服に合わせて体型まで変えてしまう」、つまり既存の組織能力を所与とせずに、参入したい事業領域を先ず決め、能力要件の整備は後回しで考えるようなケースが急に増えてきました。それだけ「従来の戦い方では生き残れない」との危機感が募っている証拠でしょう。

今回は、企業にとっての体幹の鍛え直し、つまり基本構造となるビジネスモデルの転換について考えていきます。

執筆者プロフィール
山口 英彦 | Yamaguchi Hidehiko
山口 英彦

東京大学経済学部卒業、ロンドン・ビジネススクール経営学修士(MBA、Dean's List表彰)。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て独立し、多数のベンチャー企業のインキュベーションを手がける。その後グロービスに加わり、現在は同マネジング・ディレクター(ファカルティ本部担当)を務める。またグロービス経営大学院や 50社以上の企業幹部研修で教鞭を執りながら、経営戦略分野(新規事業開発、サービス経営、BtoB戦略など)の実務研究に従事。主著に『法人営業 利益の法則』(ダイヤモンド社)、『日本の営業2011』(共著、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)。その他、企業変革や営業力強化などをテーマにした寄稿・講演実績多数。


ビジネスモデル再考

本コラムの第3回で、自社の顧客提供価値(CVP: Customer Value Proposition)を実現するためのビジネスモデルを、以下の3要素で定義しました。
1.利益モデル
2.カギとなるプロセス
3.カギとなる経営資源
まずは各要素について、解説していきます。

■1.利益モデル

利益モデルの類型を論じた本として有名なのが、スライウォツキー氏の「The Art of Profitability」(※1)です。利益モデルを23類型に細分化しており、普通の人の頭にはなかなか入り切らない難点はあるものの、示唆に富んだ良書でしょう。あるいは早大の大江教授は利益創出パターンを7つに類型化した上で各々について具体的な戦略例を提示しており、一般的にはこちらが活用しやすいかもしれません(※2)。

ところが利益モデルの考え方が普及した弊害でしょうか、「私が提案する事業は、マルチコンポーネント・モデルです」とか、「ブロックバスター型から顧客ソリューション型への変身を図りましょう」とか、利益モデルをもっともらしいコンセプトから考え始めてしまう人が少なくありません。困るのは、提案者にその中身を尋ねてみると、やはりイメージ先行で、十分儲けのメカニズムを考えていない残念なケースが時々、いや結構見受けられることです。

本来、「利益モデルを考える」とは、地味で骨の折れる作業です。通常、利益モデル設計では収益サイドの方程式、いわゆる収益モデルを固めます。収益モデルは、物販を例に「単価×販売数量」と単純化して解説されているのを見かけますが、そんな単純ではありません。まず収益源としては、物販収入の他にも、広告収入や金利収入、手数料収入など、様々なタイプが考えられます。その上で、「誰から」「何に対する対価として」「どのタイミングで」「いくらを」「どうやって回収するのか」という5項目を、1つ1つ丁寧に決めていきます。
収益モデルが決まったら、次にコストサイド、つまり「単位当たりコストをどうやって下げるか?」も検討します。コスト構造を予想した上で、コスト削減のカギ(規模の実現なのか、社内資源の有効活用なのか、ヒット率向上なのか・・等々)までを考えて、ようやく「利益モデルを考えた」と言えるのです。

■2.カギとなるプロセス

ビジネスモデルと言うと利益モデル(もしくは収益モデル)ばかり注目されますが、ビジネスプロセスの設計なくしてCVPの実現はあり得ません。特にそれぞれの業界において、勝敗に直結する機能(=カギとなるプロセス)があり、この部分での優位性構築は不可欠です。
肝に銘じておきたいのは、カギとなるプロセスは一定ではなく、事業ステージによって変わりゆく点です。例えばアスクルが93年に参入した文具通販の場合、当初は、新しい文具の購入方法を認知を促す市場啓発や、先行して顧客ベースを広げる営業活動が、損益分岐点を越える上で重要でした。(その意味で、アスクルが既存の文具店を活用したエージェントシステムは、顧客開拓をスピーディに進める上で、大変理に適った方策でした。)

その後、文具通販の競合が増えてくると、自社サービスの差別化が求められます。アスクルは98年頃からCRMシステムを本格稼働させ、顧客企業ごとにウェブサイトをカスタマイズしたり、顧客ニーズを吸い上げた独自商品開発に取り組んだりすることで、新規参入業者との差別化を図りました。加えてアスクルは積極なシステム投資でも知られ、02 年にはメーカーと販売情報や需要予測を共有するSYNCROMART(シンクロマート)を稼働させ、在庫を減らしたり、欠品を防いだりすることで、収益構造をいっそう強固にしていきます。

上記をもう少し一般化すると、参入期には通常、ビジネスプロセスの中でも事業規模確保に貢献する機能がカギになります。続いて、競合参入が相次ぐ事業拡大期には、差別化を強固にするための機能強化が、そして事業環境が安定してくると、利益モデルを改善させるための機能強化が、それぞれカギとなる傾向があります。アスクルの場合は、カギとなるプロセスが、1.市場啓発と新規営業⇒2.CRMによる情報提供や商品開発⇒3.効率的なオペレーションと、時間とともに変化してきた経緯が窺えます。新ビジネスモデルの設計時に、こうした時系列変化を見込んでおけば、次に述べる必要な経営資源の蓄積も、計画的に進められるようになります。

■3.カギとなる経営資源

ビジネスモデル設計でもう1つ考えなくてはならないのが、先のビジネスプロセスを回すために必要な経営資源、すなわち人材や技術・ノウハウ、設備、ブランドなどの確保です。ただし最初から経営資源を完璧に揃えるのは困難ですので、先述したようなカギとなるプロセスの変化に沿って、その時々に求められる経営資源獲得に集中していくのが妥当な取り組み方です。
なお、経営資源に関しては慎重に議論したいポイントが2つあります。

1.自前の経営資源をどこまで活用すべきか?

2.足りない経営資源をどうやって調達すべきか?

ここは事業革新の実行に関わる重要な論点なので、本コラムの次々回くらいで詳説するつもりです。

ありがちな設計の失敗

ビジネスモデルの各要素がわかったとして、新しいビジネスモデルを設計する際の注意点をもう少し紹介しましょう。よくある失敗パターンが2つほどあります。

ひとつは、CVPを企業側の論理で設定してしまうケースです。
逆説的ですが、ビジネスモデル変革のコツは、「まずビジネスモデルを考えないことが成功への糸口となる」(※3)と言われます。つまり、ビジネスモデル変革の必要が生じた時には、真の顧客ニーズを満たすCVPを先に定義し、ビジネスモデルを描くのは後回しにすべきである、と。この手順を外して、ビジネスモデルの青写真から考え始めようとすると、既存の自社の経営資源やプロセスの活用をつい優先してしまい、顧客にとって魅力のないCVPになりがちです。

例えば、従来からウォークマン事業や音楽コンテンツを有していたソニーは、音楽のネット配信+携帯音楽プレーヤーという新形態の事業に、早い段階から参入します。にもかかわらず、AppleのiTunes+iPodに大きく水をあけられてしまった要因の1つとして、データ圧縮方式として既に普及していた MP3方式ではなく、ソニーが自社開発した規格のATRAC3に固執した点が指摘されています(※4)。ソニーにとっては自社技術を活かせ、かつ(ATRAC3は著作権保護機能を持つゆえ)自社の音楽コンテンツを守れるメリットがありましたが、データをいったんATRAC3方式に変換する手間を強いられる顧客にとっては、魅力に欠ける商品でした。(ソニーはその後方針変更し、04年12月にMP3方式対応の商品を発売しています。)

もう1つ見かけるのが、ビジネスモデルの要素間に不整合が見られるケースです。特に、せっかく顧客ニーズを捉えたCVPや利益モデルを描いても、その実現に必要なプロセスや経営資源の変更を怠ってしまう例は、枚挙に暇ありません。
例えば、「モノ売り」スタイルからソリューション型ビジネスへの革新を図る企業は、相変わらずたくさんあります。しかし掛け声ばかりで、ソリューション提案を担う人材の採用育成や、現場のソリューション提案を支援するリソース(ソリューション設計をする専門組織やナレッジ共有のシステムなど)の確保をせず、革新が期待通りに進まない企業が後を絶ちません。あるいは店舗販売をウェブ販売にシフトさせる革新の場合にも、(店舗とウェブでは顧客の属性や購買行動が異なっているにもかかわらず)単に店舗で販売していた商材をウェブに載せただけに終わっている事例が、小売業や旅行代理店、リテール金融などで見受けられます。

ビジネスモデルを支配する価値基準

ここまで薀蓄を並べてきましたが、「ビジネスモデルの青写真を描くのは大して難しくない。過去の成功体験に染まった人々を、新しいビジネスモデルに向かわせるのが、本当のチャレンジではないか」と感じる読者も多いことでしょう。筆者も全くその通りだと思います。これまで新規事業支援に関わった経験だと、異なる事業領域に転換する際、関係者を新しいビジネスモデルに向かわせるには、以下のような点が特に難しいようです。

●価値追求スタイルの違い。例えば、カスタマイズ品を高価格で売る事業から、低コストの標準品を効率よく売る事業へ

●時間感覚の違い。例えば、製品技術が数年間安定している事業から、月単位で目まぐるしく変わる事業へ

●単位の違い。例えば、商売のボリュームをt(トン)で測る事業から、g(グラム)で測る事業へ

●ニーズ対応方法の違い。例えば、顕在化した顧客ニーズを丁寧に拾って商品化する事業から、プロダクトアウトで市場創造する事業へ

上記を俯瞰して気づくのは、いずれも事業に関わる人々に、価値基準の変更を伴っている点です。価値基準とは、事業運営において、関係する社員が何を「良し」と考え、何を「回避すべし」と考えるかの判断軸のこと。実は、日本企業が昨今直面している事業革新では、こうした価値基準の変更が幾重にも求められていることが、経営の舵取りを一段と困難にしています。例えば、先進国相手に展開してきた事業を、BOP市場を狙った事業に転換する際には、何よりまず「価値追求のスタイル」において、高付加価値製品から、機能を絞った廉価製品へのシフトが求められます。しかし、こうしたトレードダウンに対しては、「製品進化の歴史に逆行してしまう」と、日本人の多くは抵抗感を覚えると言われます。新興国市場を攻める際には、この他にも「時間感覚」や「ニーズ対応方法」といった点で、価値基準の変更が求められているのが実態です。

最後にもう1つ指摘しておきたいのは、価値基準がビジネスモデルの各要素と密接に絡み合っている点です。例えば、大切にすべき顧客は誰かという点で価値基準はCVPに反映されていますし、どういう指標(顧客数なのか、オーダーあたりの金額なのか、顧客内シェアなのか・・等々)を追求すれば利益が最大化されるのかといった点で、利益モデルと価値基準は表裏一体の関係にあります。カギとなるプロセスとか、カギとなる経営資源といった際の「カギ」が、価値基準において重要視されるポイントであるのもお分かりいただけることでしょう。
従い、筆者自身が新しいビジネスモデル設計を考える際には、CVPとビジネスモデルの3つの要素に加えて、それらをつなぐ価値基準をしっかり言葉にして入れ込むように心がけています。(ちなみにクリステンセンはプロセスの一項目として価値基準を入れています(※3)が、筆者はもう一段上位の概念として、利益モデルやプロセスと並列で扱った方が良いのではないかと考えます。)

いわゆる「成功体験」の正体とも言えるこの価値基準を、一体どうしたら変えることができるのか?事業革新の実行について語る回で、詳しくお話してみようと思っています。

以上

※1 邦訳「ザ・プロフィット 利益はどのようにして生まれるのか」(A. Slywotzky著、ダイヤモンド社)

※2「なぜ新規事業は成功しないのか」(大江建著、日本経済新聞社)

※3「ビジネスモデル・イノベーションの原則」(C. M. Christensen 他著、DHBR April 2009)

※4 日経ビジネス 2005年3月28日号 「ソニー アップル追撃への包囲網」

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。