経営はどこに跳べばよいのか?

2010.09.28

先日、「非連続成長の経営」をテーマに講演した際、聴衆のお一人に声をかけられ、「自社では新しいビジネスモデルの議論は盛んに出るが、トップが決断しない」という悩みを伺いました。私はその方の悩みに共感しつつも、決断を渋る経営陣を一概に非難できないとも感じています。というのも、既に触れてきたように、ビジネスモデル転換を伴う事業提案は、とかくこれまでの経営常識に逆らうような判断を求める部分があります。提案される新事業は、例えば、

・自社顧客が「欲しい」と言っていない

・自社の強みが活きない

・既存事業に比べて、市場規模が小さく、利幅も薄い

・既存事業との共食いやブランド棄損を引き起こす恐れがある

といった欠点を往々にして抱えています。皆さんが経営の立場であれば、そんな提案に対しては、(たとえ「何か手を打たなくては」と危機感を持っていたとしても)やはりGoサインを出すのを躊躇するのではないでしょうか?

それでもリーダーは、しかるべき時に非連続成長に向けて跳ぶ決断を下さなくてはならない・・・経営って、本当に難しいと思います。今回は、こうした一筋縄ではいかない意思決定についてお話しましょう。

前回の結びでは、経営が「跳ぶ」意思決定をするには、環境変化が自社に及ぼす危機の察知に加え、どこに向かって跳ぶのか-つまり、今後自社が戦う土俵についてのアイデアが必要だと述べました。そこで今回は、新しいCVP (Customer Value Proposition)、つまり「誰に対して、どんな製品・サービスを通じて、どんな価値を提供するか」という土俵の再定義について、1.新しいCVP の選択肢を挙げる、2.選択肢を評価する、3.意思決定する、という3ステップで見ていきます。

1.新しいCVPの選択肢を挙げる

自社が新たに目指すCVPの選択肢を探す上で、参考になる枠組みは色々あります。例えば、近年人気のブルー・オーシャン戦略。ご存じの通り、ここでは新しい市場空間を考えるアプローチとして、「代替産業に着目する」や「業界の機能志向や感性志向を問い直す」といった6つのパスが提案されています(※1)。
ただ正直な告白をすれば、こうした分析的枠組みが決め手となって、次の事業機会を発見し、成功したという話を、筆者自身は(経営学を教える立場ながら・・)これまで聞いたことがありません。もちろん「視点を拡げるきっかけになった」「アイデアの妥当性を確信した」といった声は聞きますので、経営学が提供する枠組みには一定の効用はあるものの、あくまで事業機会を考えるヒントだと思っておくのが賢明でしょう。

現在、多くの実務家や研究者が重視するのは、より解釈的な取り組み、端的には「対話」という営みです(※2)。対話とは、解決すべき問題やゴールが明確ではない中で、異なる言語体系にいる人々が意見をぶつけ合うことで、当初思ってもいなかったようなアイデアを生み出すプロセスを意味します。研究者によっては、(顧客の行動観察のように)非言語コミュニケーションでの接触を含めて対話と捉える、あるいは対話によって生まれる統合という効果に着目する場合もありますが、対話というプロセスがイノベーションのカギになる点では共通しています。筆者も、新しいCVP候補を探す上で、対話の効用を否定しません。対話を通じてイノベ-ティブな市場機会を発見し、そこに向けて自社のビジネスモデル転換を図る・・・そんな流れで事業革新を起こせたら、理想的でしょう。しかしイノベーティブな市場を見つけ出そうとするあまり、対話機会の確保に過度に時間や人材を投入してしまわないよう、注意したいものです。というのも、非連続成長の成功事例を分析していると、ある意外な事実に気付きます。実は、非連続成長を図る際の新しいCVPは、必ずしもイノベ-ティブである必要は無いのです。ある時は既に競合が手掛けている事業領域だったり、ある時は自社内で誰かが既に小さく手掛けている事業だったりします。

例えば、何度も引き合いにしているヤマト運輸の宅急便。一般的にはゼロから市場を切り拓いたと思われていますが、小倉昌男氏は当時を振り返って「郵便局の牙城である個人宅配市場にいかに切り込むか?」と画策していたことを記しています(※3)。つまり、全くの新市場を発見したというより、既に郵便局が手掛けていた家庭用小包市場にまずは着目したのです。一方、宅配便市場参入に反対した当時の役員たちは、「そんな仕事をすれば赤字間違いなし」と、せっかく目の前に見えていた市場を最初から見切っていました。同じ市場を見ていながら、参入意欲を持つ小倉氏と、関心さえ示さない役員達との差異が印象的です。 他にもこうした事例を挙げるとキリがないのですが、新しいCVPの選択肢を考える際の難しさは、画期的な市場機会を「思いつく」以上に、既に視界に入っている市場を安易に選択肢から「捨てない」点にあるというのが、筆者の考えです。

2.選択肢を評価する

それでは、本来ならば意思決定の俎上に載せるべきCVP候補を、うっかり選択肢から外してしまうのはなぜか? CVPを評価する難しさに触れつつ、この問いに答えていきましょう。

筆者が経営の意思決定現場を見聞した限りでは、経営がせっかくのCVP候補を捨ててしまうのには、大体2つのパターンがあると見受けます。

1.評価基準を誤る

2.過小評価してしまう

先に「過小評価してしまう」の実態から。
新しいCVPの選択肢を評価する時、PDCAをきちんと回している真面目な企業ほど、顧客調査でニーズの存在を確認しようとします。顧客の声を拾う行為自体は良いのですが、問題は得てして、「既存の優良顧客」が持っている「現在のニーズ」ばかり集める点にあります。現状の自社の製品・サービスに十分満足している人達ですから、新しい提供価値を示されても積極的な賛同を示さないことが多いでしょう。そんな調査をもって「市場ニーズは限定的」と結論づけては早計であり、本来ならば、「自社が取り込めていない顧客」の「将来ニーズ」に照らしてみないと、新しいCVPが持つ市場ポテンシャルはわからないはずです。

それでも顧客の声を検証するならば良い方で、先入観だけで判断し、可能性あるCVPを捨てているケースも散見されます。例えば、ネットへの対応に乗り遅れた企業の過去の経営資料を見せて頂くと、「自社のコスト構造ではウェブ販売はペイしない」「店や営業員が持つ付加価値は、ウェブ上では実現できない」といった分析がよく出てきます。でも、「提供する付加価値を変える分、コスト構造にメスを入れたら儲かるのか?」といった突っ込んだ分析は、なかなか見当たりません。こうした企業では「ウェブ販売=コストが見合わず、儲からない」という表面的な理解をした結果、ビジネスモデル転換を先送りしてしまったと推察されます。(このように「事業領域A=儲かる、事業領域B=儲からない」と属する領域だけで魅力度を判断してしまう誤った思考法を、一橋の沼上教授は「カテゴリー適用法」と名付けて、注意を促しています。(※4)

もう1つの「評価基準を誤る」について。
今日のマネジメントの意思決定行動を見ていると、事業(機会)評価にあたって「1.市場の魅力度(規模や成長性など)」と、「2.自社の経営資源で優位性を築けるか?」の2つの基準を用いるのが、一般的なようです。筆者自身が大学院や企業研修で経営戦略を講義する際にも、強調しているポイントの1つです。ところが、この判断基準が成り立つには、ある前提が必要であることは十分認識されていません。それは自社が平時にあること。言い換えると、現在の利益モデルが安定的に成立している状態です。
事業環境が平時でない場合には、2つの判断基準のウェイトを変える必要が出てきます。例えば経営破綻もしくはそれに近い、いわゆる「有事」の場合、事業を取捨選択する基準は「2.優位性を築けるか?」を優先します。事業の赤字垂れ流しを止血するには、市場成長性が乏しかろうと、まずは自社が優位性を持ててキャッシュが稼げる事業を中心に考える必要があります。

一方、「嵐(有事)の前の平時」とも言うべき時期があります。今は利益モデルが成立しているが、環境変化によって早かれ遅かれモデルが瓦解していく可能性がある、そんな時期です。前回の議論でお分かりの通り、非連続成長に向けて跳ぶタイミングは、まさにこうした「嵐の前の平時」と一致します。そして「嵐の前の平時」の場合、事業選択の基準は「1.市場の魅力度」を優先します。今後10~20年の成長を考えて、まず何よりも魅力的な土俵を選び、「既存の経営資源で優位性を築く」は最大限目指すものの、足りない経営資源はこれから取得すればよいとする考え方です。
1960年代のセコムは、契約先に警備員を派遣する人的警備の会社として急成長していましたが、飯田社長は当時から、今のビジネスモデルでは質の高い警備員確保には限界があるし、人件費高騰によって契約料金も値上がりし、いずれ成長が止まると危惧します。そこで機械警備への転換を検討しますが、エレクトロニクス技術やネットワーク管理の経験が全くない同社には、当然ながら茨の道が予想されました。それでも飯田社長は、外部の電機メーカーや当時の電電公社の協力を取り付けながら、初の機械警備システム「SPアラーム」を見事に普及させていきます(※5)。つまり、実現したいCVPが先、必要な経営資源の調達や優位性構築は後、という思考手順の実践例と言えます。

3.意思決定する

環境変化により、現在の利益モデルが崩れるリスクを認識した。そして、新たに自社がフォーカスすべきCVP候補も見えてきた。あとはリーダーの決断のみ・・・そんな状態まで達したとしても、やはり意思決定には躊躇するものです。そのくらい、新しい土俵に向けてビジネスモデルを変えていくのは、不確実性の高い選択なのです。

経営に決断を迫る場で私はよく、「今と将来とを比較せずに、このままの将来と自らが創る将来とを比較して判断ください」と申し上げます。事業革新の結果として何が起こるかを想像すると、既存事業との共食いだったり、大胆なリストラだったり、あるいは大きな企業買収への挑戦だったりと、デメリットや苦労がいくらでも思い浮かびます。従って、安定した「今」と、事業革新を起こしたときの「将来」を比べると、普通は「今のままの方が良いだろう」と感じてしまうのです。でもこれは、ありがちな誤った比較です。本来「やる/やらない」を決めるうえで比較すべきは、このまま無策の場合に行きつく将来と、事業革新に踏み切った際に訪れる将来。この2つのシナリオを正しく比べれば、事業革新に進むことは、短期的には痛みを伴ったとしても、数年後にはより明るい未来を手にできる、と冷静な判断を下せるケースが多いのです。

加えて認識したいのは、この段階で下す経営判断はあくまで一次的なものである点。目指すCVPに向けて適したビジネスモデルを設計し、試験的に動かしてみなければ、成否の最終判断はつきません。実際、今回引き合いにしたヤマト運輸の宅急便事業も、セコムの機械警備事業も、まずは小さく始めてみて、成功の可能性を確信してから大きく展開する動きに踏み切っています。
最初の段階では、少し肩の力を抜いて「まずは種まきをする」という意思決定でよいと思います。ただし同時に、2つのことも決めておかねばなりません。

1つは、本業との隔離方法です。利益モデルが従来と異なるような新規事業を、通常の事業開発組織に任せれば、新事業成功の芽はほぼ間違いなく摘み取られてしまいます。(どうしてそうなるのかは、いずれ詳しく解説します。)従って、既存事業の価値基準や業務プロセスとは切り離して仕事ができる場所を作って、事業開発していく必要があります。クリステンセン教授も「破壊的技術を商品化する業務を、初期の破壊的事業による売上、利益、わずかな注文を十分業績に活かせる小規模な組織に任せる」のが、ほぼ唯一の対応手段だと指摘しています(※6)。
もう1つは、初期段階では種まき感覚で良いとは言ったものの、「だらしない多角化」にならないよう、継続可否を諮るタイミングと基準は定めておくべきでしょう。特に日本企業には、現場の創発性を重んじるあまり、トップの意思が見えない無秩序な事業集合体に陥る傾向が強いので、注意したいものです。

さて次回はいよいよ、CVPを実現するビジネスモデルの設計について解説します。

以上

※1 “Blue Ocean Strategy” (W. C. Kim 他著、HBS Press)

※2 例えば”Innovation, The Missing Dimension” (R. K. Lester他著、HBS Press)

※3「小倉昌男 経営学」(小倉昌男著、日経BP社)

※4「経営戦略の思考法」(沼上幹著、日本経済新聞社)

※5「世界のどこにもない会社を創る」(飯田亮著、草思社)

※6 “The Innovator’s Dilemma”(C. M. Christensen著、HBS Press)

執筆者プロフィール
山口 英彦 | Yamaguchi Hidehiko
山口 英彦

東京大学経済学部卒業、ロンドン・ビジネススクール経営学修士(MBA、Dean's List表彰)。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て独立し、多数のベンチャー企業のインキュベーションを手がける。その後グロービスに加わり、現在は同マネジング・ディレクター(ファカルティ本部担当)を務める。またグロービス経営大学院や 50社以上の企業幹部研修で教鞭を執りながら、経営戦略分野(新規事業開発、サービス経営、BtoB戦略など)の実務研究に従事。主著に『法人営業 利益の法則』(ダイヤモンド社)、『日本の営業2011』(共著、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)。その他、企業変革や営業力強化などをテーマにした寄稿・講演実績多数。


※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。


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