リーダーはいつ跳ぶべきなのか?

2010.08.26

前回は事業革新(=非連続成長)の全体像を、1.環境変化の察知、2.CVPの再定義、3.新たなビジネスモデル設計、4.変革の実行、という4つの構造で捉えました。今回は最初のステップ、すなわち事業革新の必要性を組織(経営者)が認識する「環境変化の察知」の部分についてお話しようと思います。

最近、政財界のリーダー達が、こんなフレーズで社員の意識変革を促す場面を多く見かけます。「最も強いものや賢いものが生き残るのではない。最も変化に敏感なものが生き残る」と(※1)。自社の経営環境の変化を直視し、企業を変革へと導き、そのために自分自身にも変化を迫る。その必要性については、恐らく誰もが同意することでしょう。

あるいは、筆者はこれから経営の一線に立とうとする方々に、「リーダーたるもの、いつも3つの眼で世界を感じながら生きてください」と申し上げます。3つの眼とは、いわゆる虫の眼、鳥の眼、そして魚の眼と呼ばれるものです。足元で起きているお客様や社員の反応を、注意深く分析する、虫の眼。目の前の現象にとらわれずに、複数の事象を俯瞰して重要度や因果関係を読み取る、鳥の眼。そして一番難しいのが、自社の経営を成り立たせている環境条件の変化、いわば潮の変わり目を見つける、魚の眼。この3つの眼の話をすると、全員が「その通りですね。実践してみます」と大きく頷きます。

ところが現実とは厳しいもの。環境変化に直面しながらも事業革新に踏み切れず、市場のリーダー的地位を奪われた企業事例は、枚挙にいとまがありません(※ 2)。名経営者とされる人物でさえも、自身の回想録などで「あの時は環境変化を正しく読めなかった」と告白しているのをよく目にします。それほど環境変化の察知という営みは、数多い経営の難所の中でも、「言うは易し、行うは難し」の極みの1つなのです。

事業革新という大きな賭けに向かって、リーダーはいったい、いつ跳べばよいのでしょうか?

何を見ておくべきか?: 好調企業を失墜させる環境変化

環境変化の察知力を磨こうと考えた時、当事者であるリーダーが最初にぶつかる壁は、時間との戦いかもしれません。リーダーに対しては誰もが「より広い視野を!」と期待します。しかし、日々の経営判断に追われている忙しいリーダー達に対して、果たして影響があるかどうかもわからないようなマクロ環境要因を「あまねく見る習慣を持つべし」と諭すのは難しいものです。ある経営幹部は「意中の女性にのめり込んでいる最中に、『将来に備えて別の伴侶探しも同時にやれ』と言われた若者のような気持ちだ」と呟きました(笑)。

そこで私がまずリーダー達にお薦めしているのは、既存のビジネスモデルを競争劣位に追い込んできた、典型的な環境変化要因を自分の「頭の引き出し」に入れておくことです。幹部研修などの場で、典型的な要因リストに沿って自社の経営環境の変化を予測してみるだけでも、従来は意識できていなかった「将来の危機」に気づくことが多くあります。

例えば、早稲田大学の山田教授は、リーダー企業に対して競争業者(同業の競合のみならず、他業界からの侵入者も含む)が攻撃を開始する際の典型的なトリガーとして、以下の3つを挙げています(※3)。
(1)非連続的技術革新
(2)ユーザー・ニーズの変化
(3)法律・制度の変化
粗い分類のように思われるかもしれませんが、自社のビジネスモデルが機能している前提を、この3つの観点で疑ってみるだけでも、何らか発見はあります。
さらに米国の教育機関Corporate Executive Boardが、世界の大手企業500社以上を対象にして、企業成長が大きく下方転換していく経緯を詳細に調査しています(※4)。本調査では、下方転換の要因を大きく16のカテゴリー(規制措置などの4つの外部要因、イノベーションマネジメントの失敗などの8つの戦略的要因、人材不足などの4つの組織的要因)に分類しており、より精緻に環境分析をする場合は、こちらを参考にすると良いでしょう。

なお筆者のこれまでの認識では、特に技術革新と顧客ニーズの変化とが同時に起きた場合に、高い確率で非連続成長の失敗(つまり、環境変化に対応した事業革新ができず、企業の成長が下方転換する)が生じています。いわゆる破壊的イノベーション(※5)もこの類の一つですが、競合(他業界からの侵入企業も含む)が技術革新によって低価格帯での提供を始め、それを市場が受け入れる兆候を示した時は、業界上位企業にとって特に危険なタイミングです。えてして既存の上位企業は、品質やブランド面での優位性によって局面を乗り切れると判断してしまい、ローエンドの新興企業への対抗策が手薄になって、結果的に大きくシェアを大きく奪われてしまいます。

実際、先に紹介したCorporate Executive Boardの調査では、企業成長の下方転換のほぼ4分の1が、こうした「プレミアム・ポジションへの囚われが原因」と結論づけました。古くは、自動車市場でトヨタやホンダの躍進を許したGMやフォード、小売業界でKマートに市場を奪われたシアーズなど、皆さん良くご存じの事例も多いことでしょう。近年では、携帯電話にローエンド需要を代替されたデジタルカメラや携帯音楽プレーヤー、手軽なネット販売にシェアを奪われつつある旅行代理店なども該当します。またBOP市場で欧米のグローバル企業や現地の新興企業がボリュームゾーンを攻めて急成長しているのに比べ、ハイエンド以外に入り込めない日本企業群も、同じような構図で捉えられるでしょう。

視界を曇らせないために

以上のように、過去の経営の事例分析を参考にした切り口で、自社の周辺を見渡してみることで、危険な環境要因の多くを浮き彫りにすることができます。ただ浮き彫りにしただけで、それが将来的に自社に与える影響を解釈し、「跳ぶべきタイミングが来た」と事業革新の必要性を認識できなければ、「察知できた」とは言えません。実際、幹部研修の場でも、同じ環境変化を巡って「真剣に対処すべき危機的要因」と捉える人と「それほど重大な要因ではない」と捉える人とに二分されます。後者がもし判断を見誤っているのだとしたら、どうしたら彼らの視界の曇りを晴らすことができるのでしょうか?「視界には入っているのに、見えない」という状態は、何としても打破せねばなりません。

筆者が一番よく見かけるのは、「ゼロベースで考えよ」や「アンラーンせよ」といったアドバイスです。もちろんゼロベース思考自体は間違っていないものの、筆者の指導経験では、大抵の人はゼロベース思考を迫られると、アウトプットの量を極端に減らしてしまいます。「ゼロベース思考せよ」をそのまま受け取ると、「これまでの思考パターンで考えない」ですので、自力で思考枠組みを再構築できる人でない限り、通常はどう考えたらいいかの指針を失った状態で、ただ時間を浪費する結果になりかねません。従い、一定量の思考トレーニングを予め積んでおくことが、本アプローチを機能させる前提になります。

次によくあるのが、環境の誤認をもたらす原因を列挙し、「あなた(の会社)はいずれかの症状に陥っていませんか?」と問いかけるスタイルの指南です。判断を誤ったリーダーや企業の事例に対しては、プライドから来る現実否認、既に築き上げた事業モデルへの固執、近視眼的な競合認識・・・等々の背景分析が先人達によって十分なされています(※6)ので、その1つ1つについて正しく自問自答していけば、相応の効果はありそうに見えます。ただし、こちらも筆者が見る限りでは、「どれも当てはまらない」と過度な楽観に終わるか(自己認識が甘い人に多い)、目先のことから大事な経営判断まで一括りにして「できていない」と自己否定してしまうか(謙虚な日本人にはこちらが多いようです)で、肝心の環境変化の認識になかなか焦点が当たらないように見受けます。従って、こちらのアプローチも、正しい自己振り返りの作法を身につけておくことが、大前提と言えるでしょう。

上記のように入り口のアプローチは色々あるものの、リーダーにとって本当に跳ぶべきタイミングなのか、即ち自社が事業革新に踏み切るべき要因が起きていると言えるのか、この議論に決着をつける基準は実はシンプルです。結論だけ言えば、起きている環境変化と自社の利益モデルとの因果関係を見積もり、中長期的に現利益モデルの瓦解が生じるかどうかで、反応すべきか否かの一次判断を下せます。(添付:「環境変化の察知&利益モデルへの影響解釈」を参照。)ただし、このプロセスをお伝えするには、利益モデルの理解が不可欠ですので、次々回以降に改めて触れたいと思います。

なお、ここまではリーダー個人の視野や解釈力を高めることで、重要な環境変化を察知する話をしてきました。補足するならば、個人の眼で直接見える情報量には限界があるため、やはり集団として環境察知できる組織作りを目指したいものです。自社ビジネスモデルが機能する前提条件の共有、現場情報を組織に還元する経路の確保、赤旗の兆候を正面から議論する習慣の徹底・・・などなど、リーダーが自らの「魚の眼」を補完するためにやれることは結構あります。前回も述べたように、事業革新というのは経営トップ自身にとっても未経験の仕事ですので、(最終意思決定を下すのはトップしかいませんが)環境認識や新たなビジネスモデル構想作りの段階では、現場の力を借りる価値は十分あるはずです。

以上、今回は環境変化の察知に関し、よく質問される2つの難所、「何を優先的に見ておくべきか?」と「見えたものを、どう解釈をすべきか?」について、筆者なりの考えを書いてみました。 経営の立場で考えると、いくら環境変化から自社の将来に危機感を覚えたとしても、それだけでは跳ぶことはできません。もう一つ、「どこに向かって跳ぶのか?」-すなわち、今後自社がどんな土俵で戦うのかとのセットで考えなければ、責任ある経営判断はできないものです。そこで次回は、新しい土俵の設定、つまりCVP (Customer Value Proposition)の再定義について述べてみようと思います。

注:今回は危機的な環境変化が察知されることで、事業革新の必要性を認識するという前提で話をしてきました。非連続成長に踏み出した例には、こうした Reactive、すなわち環境変化への対処からビジネスモデルを転換するケースが多いものの、一方ではよりProactive、すなわち内発的な動機に基づき、能動的に事業革新を仕掛けるケースも散見されます。わかりやすい例でいえば、スティーブ・ジョブズに率いられた昨今のAppleの躍進でしょうか。iTunesをプラットフォームにしたiPhoneやiPadによる市場創造は、既存事業への危機対応というより、貪欲な事業機会追求の結果と見るのが適切でしょう。こうしたProactive型の実例はあるものの、今回は話をシンプルにするために、環境変化対応として動くreactive型にフォーカスを絞って解説しています。

※1 このフレーズは、一般的に「種の起源」(チャールズ・ダーウィン著)からの引用と解されているが、今回筆者が試みた限りでは、出典を確認できなかった。恐らく、01年9月の小泉首相(当時)の発言を、そのまま孫引きで使ってしまっているケースが多いと思われる

※2 企業戦略の失敗を分析した文献は多いが、日本企業の事例集として「戦略暴走」(三品和広著、東洋経済新報社)を薦めたい

※3「逆転の競争戦略」(山田英夫著、生産性出版)

※4 本調査結果は「ストールポイント 企業はこうして失速する」(M. S. Olson他著、阪急コミュニケーションズ) に詳しい

※5「The Innovator’s Dilemma」(C. M. Christensen, HBS Press)

※6 この類の書籍としては「自滅する企業」(J. N. Sheth著、EIJI Press) を薦めたい

執筆者プロフィール
山口 英彦 | Yamaguchi Hidehiko
山口 英彦

東京大学経済学部卒業、ロンドン・ビジネススクール経営学修士(MBA、Dean's List表彰)。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て独立し、多数のベンチャー企業のインキュベーションを手がける。その後グロービスに加わり、現在は同マネジング・ディレクター(ファカルティ本部担当)を務める。またグロービス経営大学院や 50社以上の企業幹部研修で教鞭を執りながら、経営戦略分野(新規事業開発、サービス経営、BtoB戦略など)の実務研究に従事。主著に『法人営業 利益の法則』(ダイヤモンド社)、『日本の営業2011』(共著、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)。その他、企業変革や営業力強化などをテーマにした寄稿・講演実績多数。


※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。


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