「非連続成長」を解き明かす(2/2)

2010.07.27

「ウチの会社は、過去の成功体験に縛られていて、ビジネスモデルを大胆に変える発想に乏しい」・・・皆さんも自分の会社のことを、そんな風に自嘲気味に評していませんか?
筆者は仕事柄、各社の経営陣や企画担当者の方から、幹部人材育成に関する相談をよく受けます。人材開発に携わっている方はご存知の通り、近年の経営人材育成では、幹部候補社員が研修で経営学を学んだ後、実際に彼らが自社戦略を考え、社長をはじめとした経営陣に提案する場を設けるものが主流になっています。(アクションラーニング、もしくは自社課題研修と呼ばれるプログラム。)ところが「我が社の選抜人材なのだから・・」と相応の期待を持って実施してみたものの、先のように「成功体験に囚われ」「既存のビジネスモデルを越えられない」提案しか出てこない、という嘆きの相談が多いのです。

でも、よくよく会話をしてみると、「それなら、良い提案が出てこないのも仕方ないでしょう」という気になります。何故なら、不満を漏らすご本人も含めて、直面する自社の悩みの真相を具体化できていないのですから。換言すれば、

・自分達の成功体験は、自社内のどこに宿っているのか?

・既存のビジネスモデルとは、どんな骨格から成り立っているのか?

といった「現在」を正確に理解できていなければ、そこを踏み越えた「未来」なんて、偶然でも起こらない限り、描けるはずがないのです。

実はこの問題は、一線にいる経営者の方にもあてはまります。というのも、特に国内大手企業の場合、戦後の高度経済成長期に形成されたビジネスモデルを磨き上げ、それを周辺領域に応用することで、これまで成長を続けてきました。つまり現役経営者の多くは、前回コラムで書いた「改善」や「拡張」といったタイプの修羅場を乗り越えた勝者ではあるものの、実は「革新」についてはご自身も未体験なのです。その意味では、経営者も新入社員も、「過去の成功体験を捨ててビジネスモデルを変える」という点に絞ると、見識に大差ないと言えるかもしれません。

さて今回は、冒頭で問題提起をした「ビジネスモデル」について考察した後、ヤマト運輸を例をに非連続成長、すなわち事業革新の全体像を見ていきましょう。

執筆者プロフィール
山口 英彦 | Yamaguchi Hidehiko
山口 英彦

東京大学経済学部卒業、ロンドン・ビジネススクール経営学修士(MBA、Dean's List表彰)。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て独立し、多数のベンチャー企業のインキュベーションを手がける。その後グロービスに加わり、現在は同マネジング・ディレクター(ファカルティ本部担当)を務める。またグロービス経営大学院や 50社以上の企業幹部研修で教鞭を執りながら、経営戦略分野(新規事業開発、サービス経営、BtoB戦略など)の実務研究に従事。主著に『法人営業 利益の法則』(ダイヤモンド社)、『日本の営業2011』(共著、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)。その他、企業変革や営業力強化などをテーマにした寄稿・講演実績多数。


非連続成長の核:ビジネスモデル

前回、「非連続成長はビジネスモデルの変革を伴う」と定義しました。では、ビジネスモデルとは一体何でしょうか?

経営学の世界では長らく、ビジネスモデルとは「顧客価値創造のためのビジネスのデザインに関する基本的な枠組み」、あるいは端的に「儲かる仕組み」という説明がなされてきました(※1)。一方、実務の現場では、コンサルタントや起業家、ベンチャーキャピタリストを中心に、新規ビジネスの全体像、すなわち情報やカネ、商品の流れを図示したものを好んで「ビジネスモデル」と呼ぶ習慣があります。

これに対し、10年ほど前から、ビジネスモデルを要素分解して捉える議論が見られるようになります。代表的なのが、ハーバード大学のクリステンセン教授らが「ビジネスモデルを成功させる要因」として掲げた

●顧客価値の提供(CVP: Customer Value Proposition)

●利益モデル(Profit Formula)

●カギとなるプロセス(Key Process)

●カギとなる経営資源(Key Resources)

という4要素への分解です(※2)。
このようなビジネスモデル観に対しては、「あるべき姿を捉えたスナップショットの議論に過ぎない」という批判があるのも事実です。つまり、ビジネスモデル変革の難しさは、その基本要素(パーツ)を描く点にあるのではなく、新しいビジネスモデルを試行錯誤しながら自己発見的創造するプロセスにある、という主張です(※3)。確かに、多くのビジネスモデル変革の成功事例では、実行段階で数々の修正が加えられ、当初計画とは異なるビジネスモデルで最終的な成功を収めています。しかし、冷静な観察をするならば、ビジネスモデルの構成要素までが否定されるものではありません。革新の当事者たちは、決して行き当たりばったりでビジネスモデルを作っていたのではなく、4要素に当てはまるような内容を頭に描きながら、新たなビジネスモデルの実験と修正とを繰り返しています。つまり、各要素の中身は実行段階で修正されるものの、構成要素の項目自体は、依然として説得力を持っています。
従って本コラムでも、ビジネスモデルに関しては上記4要素を参考にして、事業革新すなわち非連続成長のメカニズム解析を試みます。ただしビジネスモデル4 要素の中でも、特にCVP(顧客への提供価値)はカギとなる部分です。そこで本コラムでは、4要素のうち、利益モデル・プロセス・経営資源の3つを合わせて「ビジネスモデル」と呼び、CVPはそれらとは独立した要素として扱っていきます。

「クロネコヤマトの宅急便」に見る、事業革新の全体像(※4)

各論に入る前に、皆さんよくご存じの「クロネコヤマトの宅急便」を例に、事業革新(つまり非連続成長)の全体像を整理してみましょう。

1919年に創業したヤマト運輸は、早くから定期便による路線トラック事業を手掛けて急成長し、戦後は関東地区の百貨店配送でシェアを伸ばしていました。ところが’50年代に入ると、他社が次々と長距離輸送に参入し鉄道輸送の需要を奪っていく中、ヤマト運輸は市場変化に乗り遅れ、一転して経営危機を囁かれるようになります。そんなタイミング(’71年)で社長に就任した小倉昌男氏は、もともと自社の勝算が低く、その上に魅力度が低下しつつあったトラック事業を見切り、新しい事業機会を模索します。それが、当時郵便局が独占していた宅配便市場への参入でした。しかし、小倉の構想の前には、社内の「小口の宅急便は、百貨店の配送業務以上に手間がかかるので、儲からない」という反対意見が立ちはだかります。そんな逆風下でも、小倉氏は自身の洞察を分かりやすく説明することで関係者を説得し、試行錯誤しながら宅急便のビジネスモデルを構築し、今や年間10億個以上の荷物を扱う一大事業を育て上げていったのです。

こうした一連の小倉氏の偉業は、どのように整理できるでしょうか?
もちろん多種多様な枠組みが適用可能であるものの、事業革新の全体像を捉えるには1.環境変化の察知、2.CVPの再定義、3.新たなビジネスモデル設計、4.変革の実行、という4つのステップが便利です(図:「事業革新の全体像」を参照)。図からお分かり頂けるように、CVPとビジネスモデルの変化に加えて、ビジネスモデル変革がどうやって始動されるのか(1.環境変化の察知)、どうやったらビジネスモデル変革が企業活動として落とし込まれるのか(4.変革の実行)が、事業革新を検証する上で欠かせない論点になります。

さっそく宅急便の事例を、この枠組みに沿ってみていきましょう。

1.環境変化の察知
当時のヤマト運輸の収益悪化の主因が、実は同社が生き残り策として強化していた百貨店の配送業務でした。百貨店配送は中元・歳暮が大きな比重を占めており、中元・歳暮の時季には荷物量が平常月の7~8倍に膨らみます。運送業者は、このピーク時の取扱量に合わせて配送設備や従業員を抱えざるを得ず、固定費が膨らみます。結果、平常月は赤字続き、盆暮れの2ヶ月で稼いで、ギリギリ通年黒字を確保するという、不安定な収益構造に陥っていました。そのような状況で、業界が二度のオイルショックに見舞われて成長スピード鈍化、しかも人件費や原油価格といったコスト増もあり、このままトラック運送業にとどまることは、赤字企業への転落を意味すると、小倉氏は危機感を募らせます。

2.CVPの再定義
小倉氏は、黎明期にあった宅急便ビジネスへの参入を決断します。つまり、法人顧客(百貨店など)向けの商業貨物のトラック輸送から脱し、一般家庭向けの小口宅配市場へと、事業の軸足を移すことを試みます。顧客便益で表現するならば、「大口荷主が安く大量に荷物を送れる」から「個人の誰もが気軽に荷物を送れる」へと、自社の提供価値を再定義しました。

3.新たなビジネスモデル設計
CVPの変更に伴い、ビジネスモデルの各部分を再設計しています。

<利益モデル>
料金体系は「少数の大口顧客別の長距離逓減・重量逓減の料金」から「不特定多数の顧客に対する一律料金」へ。
コストダウンの方法は「配送ルート固定化(もしくは区域固定)と、大規模な物流センターや大口顧客といった規模化」から、「ネットワーク内の荷物集配密度向上」へ。
結果として、同じトラック運送ビジネスでありながらも、「労働集約型」から、「より資本集約型で限界利益率の高い商売」へと、利益モデルを変化させました。

<プロセス>
特に変化が顕著だったプロセスとして、運送ルート設定や顧客開拓の方法があります。
運送ルートは、「地域固定もしくはルート固定の配送網」から「ハブ&スポーク」へ、顧客開拓は、「大口企業への直接営業」から「取次店による個人顧客開拓」へと、それぞれ変化を遂げました。

<経営資源>
宅急便ビジネスでは、従来のトラック運送業では求められなかった(or持っていなかった)経営資源が求められます。主なものとして、

・ハブ&スポークを実現する全国拠点網や取次店、集配車輌

・広域で営業するための路線免許

・サービススキルを持ったドライバー人材

・親しみやすい「クロネコヤマトの宅急便」ブランド

などがあります。

4.変革の実行
上記のようなビジネスモデルを実現するには、小倉氏は当初抵抗ムードだった社内を、全員一丸の組織に変える必要がありました。従業員の意識を変えるために、例えば下記のような施策を打っていきます。

・人員整理を通じた危機感醸成

・わかりやすい行動基準の設定(例「サービスが先、利益が後」)

・行動を変える上での障害除去(終身雇用の約束、現場への権限付与、など)

・早期の成果創出(取り扱い個数の増加)による信頼感醸成

・退路を断つ(大口法人顧客との取引打ち切り、など)

従業員の意識変容の他にも、ビジネスモデルを動かす上で不足している経営資源の獲得や、持続的競争優位性の構築など、ビジネスモデル変革の実行に必要な手立てを、小倉氏は矢継ぎ早に講じています。

以上、ヤマト運輸の事例を4つのステップに沿って整理してみました。けれども、読者の皆さんの印象は、「実務の経営はもっと生々しいはず」ではないでしょうか?その通り、実務では「環境変化の察知」から「変革の実行」まで、必ずしもきれいにステップを踏んでいくものではありません。経営者はいくつもの悩みや迷いに対して決断を下し、試行錯誤を繰り返しながら、ビジネスモデル変革を実現しています。

では、事業革新を進める経営者は、どんな悩みと向き合う宿命にあるのでしょうか?ぱっと思いつくだけでも、例えば、

・どういう環境変化には改善や拡張で対応し、どういう場合に革新に踏み切るべきなのか?

・どういう事業領域ならば、社運をかけて進出してよいのか?

・既存のビジネスモデルのうち、何を残し、何を変えるべきなのか?

・足りない経営資源を、どうやって調達すればよいのか?

・過去の成功体験で染み付いた行動パターンから、どうやって社員を脱却させるか?

などが挙げられます。

1つだけ、「成功体験からの脱却」について簡単に述べるならば、冒頭に問題提起したように、私達は「社内のどこに成功体験が宿るか?」を知っておく必要があります。私は、成功体験は、社員の仕事のプロセス(型)と、判断を下す際の価値基準に反映されていると考えています。そしてプロセスも価値基準も、目指そうとしている利益モデルに依拠していると。だからこそ、正しい利益モデルを設計し、浸透させる営みが、社員を過去の行動パターンから引っ張り出す上で欠かせないのです。次回以降、事業革新の各ステップ別に、こうした経営の迷いや悩みに対する解決の糸口を、より詳しく解説していきます。

※1 「ビジネスモデル革命 競争優位のドメイン転換」(寺本 他著、生産性出版)

※2 「ビジネスモデル・イノベーションの原則」(C. M. Christensen 他著、DHBR April 2009)

※3 「ビジネスモデル・イノベーション」(野中 他著、一橋ビジネスレビュー 2009 Win)

※4 「小倉昌男 経営学」(小倉昌男著、日経BP社)

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。