「非連続成長」を解き明かす(1/2)

2010.06.25

執筆者プロフィール
山口 英彦 | Yamaguchi Hidehiko
山口 英彦

東京大学経済学部卒業、ロンドン・ビジネススクール経営学修士(MBA、Dean's List表彰)。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て独立し、多数のベンチャー企業のインキュベーションを手がける。その後グロービスに加わり、現在は同マネジング・ディレクター(ファカルティ本部担当)を務める。またグロービス経営大学院や 50社以上の企業幹部研修で教鞭を執りながら、経営戦略分野(新規事業開発、サービス経営、BtoB戦略など)の実務研究に従事。主著に『法人営業 利益の法則』(ダイヤモンド社)、『日本の営業2011』(共著、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)。その他、企業変革や営業力強化などをテーマにした寄稿・講演実績多数。


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一流の経営者に求められるもの

クライアントの経営幹部育成の場で話す時、幹部候補やその会社の経営陣の方々に対して、私はよくこんなことを申し上げます。

「情」に流される経営は三流
まず「理」で冷静に判断し、後で「情」に報いる経営ができて、二流
一流の経営者は、それに加えて、独自の視点で「非合理の理」に挑戦する

まず、情に流される意思決定が、経営をどれだけ間違った方向に導くかは、本コラムの読者であれば、論を待たないでしょう。典型的なシーンは、事業撤退の意思決定です。「創業者の肝入りで始まった事業だから」「本事業に携わる従業員を路頭に迷わせてはいけないから」といった温情的な理由で、撤退の意思決定を先送りしてしまう。その場の雰囲気では真っ当に聞こえるでしょうが、冷静に理詰めで考えると、意思決定を先送りすればするほど、累積赤字は膨らみ、事業の買い手候補も少なくなり、結果として自社の従業員や株主に与える被害はさらに大きくなる。それは実際に、いくつもの企業の経営現場で繰り返されてきた失態です。情で動けば、目先の衝突は回避できます。が、多くの場合、近い将来にもっと大きな悲劇をもたらします。だからこそ、自覚ある経営者は、いったん自分の頭から情の部分を消し去って、理に基づいた経営判断をし、悪い芽は早めに摘み取る。その結果、不運な立場になる人(例:仕事を失う取引先や従業員)がいるならば、判断を下した後に、最大限の情を持って対応するのが経営のあるべき姿と思われます。

ただし、ここで話は終わりません。経営者にとって、理は2つのレベルがあります。データによって妥当性が証明でき、頭を使えば誰もが賛同できるような理と、常識に照らすと非合理に見えるが、前提を正しく捉え直すと見えてくる理とが。この点については、神戸大の三品教授が明快な説明されています。

「戦略を司る人間には、少なくとも合理(常理)を部分否定することが求められている・・(中略)・・戦略はどこかで多数との同質競争を回避しなければならない。常理が良しとすることは他社も良しとする可能性がきわめて高いということ自体に、すでに致命的な問題があると知るべきである。戦略は、どこかでもっともらしい嘘の虚を衝くときに、最大の威力を発揮する」(※1)

非合理の理

実際、誰もが納得できるような理が全てならば、戦略策定はさほど難しい仕事ではありません。かつて私が戦略コンサルティングに従事していた頃、ある先輩は「企業再生時の戦略は簡単なものだ。選択と集中を断行さえすればいい」と豪語していました。確かに自社の強みが活きる分野に絞る選択と集中は、誰にもわかりやすいロジックですし、目先の成長を追うだけならば十分でしょう。しかし、10年先・20年先の飯の種はそれだけで確保できるのでしょうか?

前回のコラムで、ゴシャール教授と共に、画期的な商品を連発していた頃のソニーを調査したと書きましたが、当時のソニーの経営陣には、非合理の理に挑戦する姿勢が共通して見られました。例えば大賀会長(当時)は、かつてソニーが家庭用TVゲーム機を手掛けることに対し、役員の殆どが反対に回る中、開発者の久夛良木氏を自分のコントロール下において支援を続け、プレイステーションの大成功を生みだした逸話を披露してくれました。また出井社長(当時)は、ちょうど成長中だったPC市場への参入に際して、「後発参入はソニーらしくない」と社内で大反対があったにも関わらず、VAIO発売を進めた意図について、「10年後はネットでのコンテンツ流通の戦いになる。5年後はネットでのトラフィックを競う戦いになる。そして今、ネットへの入り口を押さえる戦いが始まった。私はそんな逆算で考えている」といった趣旨を語っていました。

あるいは、松下電工の会長を務めた三好氏が、こんな言葉を残しています。「自分達が活動する分野のあるドメインの中で、改良商品を作っていく。それを松下電工では『強み伝い』と言っています・・(中略)・・『強み伝い』をやっていくうちに、大体、斜陽産業になってしまうのです・・(中略)・・自分は『強み伝い』に動いたつもりなのだが、社会の動きに合わせたつもりなのだが、社会の動きの方が企業の動きよりももともと早いということだと思います。だからやはり跳ばないといけないのです」と(※2 原文のまま)。

このような先輩経営者たちの優れた知恵がありながらも、過去に自分が関与したクライアント企業の経営判断を振り返った時、思い出されるのは、誰もが納得できる理を用いてコンセンサスを作ってきた例ばかりです。(私自身、データを提供して経営者に理詰めの意思決定を促してきた立場なので、自戒の意味も込めて。)
何度も言うように、経営判断は理に基づくべきです。一方で、非合理の理への挑戦をも、経営の営みの1つに加えていかねばなりません。しかし現実には、例えば社長クラスの方々を20名ほど集めた場で、「周囲が反対するけれど、自身には明快な理が見えるような案件を、自らのリーダーシップで進めていますか?」と問えば、胸を張ってYesと答えるのは、わずかに4-5名。これが部長クラスの研修になりますと1~2名といったところです。

ところが最近、経営現場が良い方向に変わってきたように感じます。表現は様々ではあるものの、非合理の理への挑戦を促す声が、トップマネジメントから盛んに発せられるようになりました。例えば新商品開発担当者に対して、従来なら「顧客の声を拾え」「市場規模とか、数字の見積もりを精査せよ」「自社の技術優位をよく理解しろ」といった、わかりやすい合理性に経営者がこだわるシーンが多かったのに比べ、最近は「自社の保有技術とか、目の前にいる顧客の声とか、従来の枠組みで発想するな。周囲から反発を受けながらも、前に進める人材を求める」と明言する経営者が多くなりました。製品の同質化が進み、誰もが賛同するような製品開発やプロモーションでは、競合を出し抜けなくなったのも一因でしょう。
そして、非合理の理への挑戦を、企業全体の戦略にあてはめたときによく使われるのが「非連続成長」という表現です。戦略論の不動の定石とも言える「重要顧客のニーズに向き合う」+「既に持っている強みを活かす」では説明しきれない、野心的な成長戦略への期待感です。例えば弊社にも、クライアント企業の経営幹部から、こんな問題意識が寄せられています。

「目の前のズレの修正にとどまらず、非連続の成長に着手できなければ、 我が社はあと何年生きられるかわからない」(大手サービス業 社長)

「社内で上がってくる提案は、従前のビジネスの改善策ばかり。事業のあり方を 根本から捉え直す、非連続発想での戦略提案が欲しい」(大手消費財メーカー 常務)

皆さんの近くにいる経営者も、きっと似たような発言をしているのではないでしょうか。ただ、この非連続成長というフレーズは、経営者の意気込みとして歓迎したいものの、一方では少々困った側面があるように私は感じています。

わかったつもりの非連続成長

非連続成長というフレーズは、どうやら言った本人が、「自分は何か重要なことを言えた」と錯覚してしまいがちな典型的思考停止ワードなのです。経営トップの「非連続成長を目指せ」という指令を受けて、現場の企画担当者も、資料の中で非連続成長という表現を多用するようになりました。ところが打ち合わせ時に、私が相手の意図を明確化しようとして、「非連続成長って、具体的には何でしょう?」と尋ねても、明確な答えは殆ど返ってきません。あるとしても「これまでの延長線上にない成長施策を」、「過去の成功体験を脱却し、新しい枠組みで考えられたもので」と、トートロジーに近い回答になってしまいます。

非連続成長とはいったい何でしょう?連続と非連続との境目には、何があるのでしょう?

何人もの経営者と話した印象では、彼らが非連続成長を叫ぶ際のイメージは、伝統的な言い方をすると、事業の「革新」に限りなく近いようです。
企業の代表的な成長戦略パターンには、大雑把に改善(improvement)・拡張(extension)・革新(leap)の3類型があります(図参照)。改善とは、よく知られる通り、市場も、提供製品・サービスも大きな変更は行わないまま、プロセス効率化や製品の機能追加などで成長を図るものです。拡張には2タイプあり、主に市場の拡大によって図られる成長と、新製品投入によって図られる成長があります。3つめの革新ですが、これはビジネスモデルの変更を伴って達成される成長です。図の説明にもあるように、革新の場合は市場や提供商品の変更を伴う場合もあれば、そうでない場合もあります。例えば P&Gは、世界の一般家庭向けに、生活を向上させる日用品を提供するという点で、市場や提供物自体は不変です。しかし裏にある製品開発においては、従来の自前主義から、社外の技術やノウハウを活用するConnect & Developというモデルに舵を切っており、事業革新の事例としてよく取り上げられます。

以上を踏まえて、非連続成長、すなわち事業革新を定義するならば、「既存事業のビジネスモデル変革を通じて、成長に向かう新たな提供価値を実現すること」といった感じになりましょう。(以後、本コラムでは非連続成長と事業革新とを、注釈のない限りは同義として扱います。ご了承ください。)

なお、今後の議論のために、類似概念との整理をしておきます。 まず混同されやすいのが、「爆発的成長」です。売上や利益といったアウトプット面で飛躍的な伸長を遂げるのが爆発的成長ですが、非連続成長はビジネスモデルを変えるというインプット面で定義されるだけで、アウトプット面(売上や利益)で飛躍的に伸長するか否かについては問いません。記憶に新しい例として、 2009年には抗インフルエンザ商品の国内売上規模が、マスクで前年比6倍、消毒液は受注ベースで30倍になりました(※3)が、自明の通り、これは爆発的成長とは呼べるものの、(ビジネスモデル上の変更を伴っていないゆえ)非連続成長には該当しません。もう1つ、ビジネスモデル・イノベーション(BMI)という言葉を見かけることがあります。

これは、文字通りにビジネスモデルの変革を意味するのですが、必ずしも変革前と変革後とで、事業の担い手が同一の企業とは限りません。古いビジネスモデルで固まった業界に、画期的なビジネスモデルを持つ新規プレーヤーが参入するようなケースも、いわゆるBMIには含まれます。これに対して、本コラムが対象とする非連続成長は、既に何らかの事業を抱えた企業自身が、自らビジネスモデルの変革を起こす状況を想定しており、変革前後の事業の担い手は必ず同一企業です。例えば一橋大学の野中教授らはBMIの例として、シアトル系と称されるコーヒーチェーン市場を創造したスターバックスや、現在のコンビニエンスストアの業態を作り上げたセブンイレブン・ジャパンなどを挙げています(※4)。しかし、いずれもイノベ-ティブなビジネスモデルではあるものの、自社内で従来抱えていたモデルを変革した訳ではないので、今回議論する非連続成長の対象からは外れてきます。

さて、「非連続成長はビジネスモデルの変革を伴う」と定義したものの、既にお気づきの通り、「じゃあ、ビジネスモデルとは何なのか?」という本質的な問いが残ります。次回はまず「ビジネスモデルとは何か?」を解き明かした上で、具体的な事例をベースに事業革新の全体像を見ていこうと思います。

以上

※1 「戦略不全の論理」(三品和弘著、東洋経済新報社)

※2 「経営者インタビュー 経営の現代化は情報公開にあり」(ビジネスインサイト、1994年第6号)

※3 「2009年のヒット商品ベスト30」 日経トレンディ 2009年12月号

※4 「ビジネスモデル・イノベーション」(野中 他著、一橋ビジネスレビュー 2009 Win)

 

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。