Euroguruが遺した問い

2010.05.27

皆さん、はじめまして。グロービスの山口と申します。
本コラムでは、もはや全ての日本企業にとっての共通課題といっても過言ではない、「非連続成長の実現」について、わかりやすく、かつ実践的な解説を試みたいと思っております。「ビジネスモデル革新」「競争ルールの変更」、あるいは「成功体験からの脱却」といったテーマにも関連する本領域には、様々な経営アジェンダの中でも独特の難しさがあり、伝統的な戦略論だけで考えてしまうと、思わぬ失敗を生む危険性も孕んでいます。例えば、いわゆる Entrepreneurship関連の定石を適用しようと考えても、これらの多くはベンチャー企業のように、無から有を自由に生み出せる環境を前提としています。一方、本コラムで扱う「非連続成長」の経営では、既存事業という足枷を抱えながら、その傍らで新しい事業モデルを育てることを前提としており、高い自由度を前提としたEntrepreneurshipのアイデアは、なかなかドンピシャの処方箋にはなりにくいのが実情です。非連続成長を志向しながら、なかなか跳ぶチャンスを現実のものにできない・・・そんな悩みを抱えた経営現場の方々にとって、少しでも示唆あるコラムになれば幸いです。
さて、まずは初回、あまり堅苦しい話題は避けて、筆者と企業における成長との関わりについて、少し自己紹介も兼ねてお話ししましょう。

「非連続成長」、今回こんなテーマでのコラム連載を始めることになり、真っ先に頭に浮かんだのは、ビジネススクール時代の恩師の顔でした。
Sumantra Ghoshal (スマントラ・ゴシャ-ル)。日本人でこの名前を聞いてピンと来る人は少ないかもしれません。マイケル・ポーター、ピーター・センゲ、ジョン・コッターといった世界的に影響力のある経営学者をManagement Guruと呼びますが、ゴシャール教授の功績は間違いなくその一人に名を連ねるに値する人物で、比較的辛口なエコノミスト誌でさえも、早くから”Euroguru”と呼んでいた大物教授であります。

いまだにグローバル経営を学ぶ際の定番教科書となっている”Managing Across Borders: The Transnational Solution”(邦訳「『地球市場時代の企業戦略 』日本経済新聞社刊)や、組織戦略論の金字塔と称される”The Individualized Corporation”(邦訳『個を活かす企業』ダイヤモンド社刊)の著者といえば、ご存知の方も多いかもしれません。1948年にインドで生まれ、 MITやハーバードで博士号を取得した後、INSEADやロンドン・ビジネススクールの教授、インド経営大学院初代学長などを務めた経営学の大家なのです。

・・・と偉そうに語る私自身も、実はゴシャールの存在を知ったのは、ロンドン・ビジネススクール(LBS)に入学してからでありました。入学して最初のクラス(Understanding General Management)を担当していたDonald Sull准教授(当時)が、「君達がロンドンに来た幸運の1つは、ゴシャール教授の教えを受けられるかもしれないこと。自分は、経営学者としてもそれなりのキャリアを積んだ現在でも、スマントラの前に出ると震え上がってまともに話ができない」と告白するのを聞いて、初めて名前を知った次第です。

それでも当初は「そんなスゴイ教授がいるのか」程度にしか思っていませんでしたが、クラスメートが口々に「在学中に一度くらいはゴシャールの授業を受けてみたいよね」と話していましたし、ある日ゴシャール教授の講演を聞いた日本人のクラスメートが「あんなにジーンとくるクラスは、日本の大学ではあり得ない。彼が話し始めた途端、200人以上いる聴衆のボルテージがいっきに上がるのがわかったよ。とにかく面白かった」とあまりに興奮気味に話すので、徐々に私も「いずれゴシャールの教えを請いたい」と思い始めたのでした。

そして、その機会は意外にも早く訪れます。ゴシャール教授が当時担当していた大規模な研究プロジェクトがあり、そのリサーチャーの募集がかかりました。応募者がどの位いたのかわかりませんが、「日本企業の調査を任せられそう」ということで、幸運にもメンバーの一人に選ばれ、MBAプログラムに在籍しながら、ゴシャール教授の下で企業調査・ケース執筆の仕事をする身となりました。(ちなみに本研究プロジェクトの成果の一部は、その後数々のケースや論文と共に、”A Bias for Action”(邦訳「意志力革命」、ランダムハウス講談社刊)という書籍の形にまとめられています。)
プロジェクトへの参画は決まったものの、ゴシャール教授の研究内容を全く理解していなかった私は、慌てて彼の著書を読み漁ります。その中の一冊に、先にも紹介した”The Individualized Corporation”があったのです。そして、この本を読んで、正直ぶったまげました。それまでMBAで勉強してきた戦略論とは明らかに違うな、と。「組織は戦略に従う」、あるいは「人材が競争優位の源泉」と表層的に結論づける、ありがちな組織論とも違います。

個人の能力への信頼をベースにして、自己変革を続ける企業組織を作り上げる、そのためには会社と社員が新しい関係を構築していく必要がある・・・自分が帰国後に携わりたいと考えていた日本企業再生のヒントが、この本には溢れていると感じました。そしてこの本を読んだ時から、「戦略と人材育成との架け橋をするような仕事、そして、その結果としてできるだけ多くの個人を幸せにするような仕事をしたい」と、自分自身のミッションを意識し始めます。ビジネススクール卒業後、私がそれまでのファイナンスのキャリアを離れ、以来一貫して企業の成長戦略の策定・実行をテーマに、コンサルティングや人材育成の仕事をしているのも、まさにこの時の決意の延長線上にあると言っても過言ではありません。

そして”The Individualized Corporation”は、私にとって、もう1つの大きな出会いをもたらします。この本を通じて、組織学習(Organizational Learning)や当事者意識(Sense of Ownership)、継続的な自己変革(Continuous Self-Renewal)といった概念に、初めて触れました。興味を持った私は、日本に一時帰国した際に本書の邦訳がないかと探し、グロービスという会社が「個を活かす企業」というタイトルで翻訳済みだと知ります。

「この本に真っ先に目をつけるとは、いったい何者だろう?」と、グロービスという企業に興味を持ち、その中でも組織学習(Organizational Learning)を組織名に冠すGOL(Globis Organizational Learning)の先見性に感動してしまいます。「よし、帰国したらグロービスにコンタクトしてみよう」と決意したのが、実は自分がグロービスの一員になったきっかけなのです。(雑誌の取材などで「どうやってグロービスとの接点を持ち始めたのですか?」と尋ねられると、「ロンドンで社長の堀さんとお会いしたので」と答えていますが、よくよく記憶を辿ると、「個を活かす企業」に出会った方が先でした。ちなみに「個を活かす企業」は、新装版が刊行されたので、まだ読んでいない方はぜひこの名著に触れていただきたいと思います。)

その後のことを、少しお話しさせてください。

2004年3月3日、スマントラ・ゴシャールは突然この世を去りました。まだ55歳、経営学者として「これから真の世界的権威に上り詰める」というタイミングでした。生前のスマントラに「ヒデ(注:私のことです)、アカデミックの世界に来ないか?好きなことを好きなだけ考えて、刺激的な人物たちに囲まれて生きていける。人を育てる面白さもある。それでちゃんと金を稼げる。理想的な仕事だぞ」と、光栄にも誘われたことがありました。その時は「まだまだ実務の世界で学ぶことがある」と断りましたが、スマントラは「自分は母国のインドでは貧しかったから、少しでも学費を稼ごうと、実務の世界に長く居過ぎた。年を取ってから転身したせいで、いろいろ苦労もしてきた。遅咲きの研究者は辛いから、決断は早い方がいいぞ」とも、アドバイスしてくれました。
そんな自分が、2002年からグロービスに参画して人材教育や経営研究に携わるようになり、数年前からは大学院の教員という立場にもなりました。何だかスマントラの想定通りの人生を歩んでいるような気がして、苦笑してしまいます。

スマントラは、成長を続ける日本企業のことを相当研究していました。特に画期的な商品を連発していた頃のソニーに大変関心があり、当時御殿山にあったソニー本社には、スマントラと共に何度か取材に伺ったことがあります。当時の大賀会長や出井社長らをインタビューする合間には、スマントラはとにかく難しい質問を自分にぶつけてきたものです。「成長を続ける日本企業の仕組みは、欧米の研究者には知れば知るほどカオスに見えてくる。日本企業の強さは、つまるところ何なんだ?」と。「日本的経営の特徴として・・・」といった具合に、一般的な答えではぐらかしていたら、「どうして日本人は自分たちのことを、明快に説明することから逃げる?もっとチャレンジしなさい」と珍しく注意されたのを覚えています。

「日本企業にとっての成長モデルとは?」・・・それはスマントラとの議論以来、ずっと自分が答えを探している問いであります。そして今、自分はスマントラが興味を示していた数々の日本のトップランナー企業と仕事をし、貢献度は僅かではありますが、まさに彼らの成長戦略の策定・実行のお手伝いをしています。これもやはり、スマントラが導いた縁なのかもしれません。

話を留学時代に戻しましょう。私が留学していたビジネススクールのカリキュラムには、2nd Year Projectというのがありまして、実際のクライアント企業相手にコンサルティング的な成果を残さないと卒業できない仕組みになっていました。もちろんスマントラは私のプロジェクトの担当教官にもなってくれていましたが、「ゴシャ-ル教授の採点は厳しい」と噂に聞いていましたので、卒業できるか最後までドキドキしたものです。後日、自宅に成績通知が届きます。封を開けてみると、心配だった2nd Year Projectも、きちんとpass(修了)となっていました。でも、もし今スマントラが生きていたら、笑ってこう言うかもしれません。「あれは暫定の pass だ。ヒデはまだ俺の大事な質問に答えていないぞ」と。

自分自身の言葉で、日本型の成長経営モデルを語る。そしてスマントラが目指した、個々人が活き活きと働き、持続的成長を実現する企業経営の姿を、リアルな現場感をもって語る。それらができるまで、スマントラから本当の意味でのpassはもらえない。今回のコラム執筆を始めるにあたって、亡き恩師からそんなプレッシャーを再びかけられたような気がしています。

次回からは、いよいよ非連続成長の経営について、背景の経営理論や企業事例を交えながら解説していきたいと思います。ご期待ください。

以上

執筆者プロフィール
山口 英彦 | Yamaguchi Hidehiko
山口 英彦

東京大学経済学部卒業、ロンドン・ビジネススクール経営学修士(MBA、Dean's List表彰)。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て独立し、多数のベンチャー企業のインキュベーションを手がける。その後グロービスに加わり、現在は同マネジング・ディレクター(ファカルティ本部担当)を務める。またグロービス経営大学院や 50社以上の企業幹部研修で教鞭を執りながら、経営戦略分野(新規事業開発、サービス経営、BtoB戦略など)の実務研究に従事。主著に『法人営業 利益の法則』(ダイヤモンド社)、『日本の営業2011』(共著、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)。その他、企業変革や営業力強化などをテーマにした寄稿・講演実績多数。


※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。


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