心構えは「手伝い業」

2010.04.27

これまで続けてきた本コラムも、今回でいったんピリオドを打ちたいと思う。本コラムでは、現在のビジネス環境下、次世代リーダーの典型的な成長機会である修羅場が構造的に作りがたくなっていると議論してきた。その結果として、多くの次世代リーダーが「諦め」てしまっていること、それが本コラム冒頭の問題意識だった。この「諦め」は煎じ詰めてしまえば、成長すること、学ぶことへの「諦め」だ。ここが教育の要所、ヘソなのだと思う。今回は、これまでの議論を改めて振り返り、このチャレンジに取り組む者として大事にすることをまとめておきたい。

執筆者プロフィール
河尻 陽一郎 | Kawajiri Yoichiro
河尻 陽一郎

東京大学法学部卒業、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(米国)修了 (Master of Nonprofit Organizations)。外資系戦略コンサルティングファームに入社。経営コンサルタントとして戦略立案及び実行支援を行う。その後、グロービスに入社。現在グロービス経営大学院の研究開発チームの1つ、グローバルなアジェンダにフォーカスしたグローバル・ファカルティ・グループの研究開発リーダーを務める。経営大学院におけるグローバル領域科目や、企業の経営幹部育成研修における講師も務める。共著に「個を活かし企業を変える」(東洋経済新報社)「新版MBAマネジメント・ブック 」(ダイヤモンド社)など。


「非連続成長」、今回こんなテーマでのコラム連載を始めることになり、真っ先に頭に浮かんだのは、ビジネススクール時代の恩師の顔でした。
Sumantra Ghoshal (スマントラ・ゴシャ-ル)。日本人でこの名前を聞いてピンと来る人は少ないかもしれません。マイケル・ポーター、ピーター・センゲ、ジョン・コッターといった世界的に影響力のある経営学者をManagement Guruと呼びますが、ゴシャール教授の功績は間違いなくその一人に名を連ねるに値する人物で、比較的辛口なエコノミスト誌でさえも、早くから”Euroguru”と呼んでいた大物教授であります。

いまだにグローバル経営を学ぶ際の定番教科書となっている”Managing Across Borders: The Transnational Solution”(邦訳「『地球市場時代の企業戦略 』日本経済新聞社刊)や、組織戦略論の金字塔と称される”The Individualized Corporation”(邦訳『個を活かす企業』ダイヤモンド社刊)の著者といえば、ご存知の方も多いかもしれません。1948年にインドで生まれ、 MITやハーバードで博士号を取得した後、INSEADやロンドン・ビジネススクールの教授、インド経営大学院初代学長などを務めた経営学の大家なのです。

・・・と偉そうに語る私自身も、実はゴシャールの存在を知ったのは、ロンドン・ビジネススクール(LBS)に入学してからでありました。入学して最初のクラス(Understanding General Management)を担当していたDonald Sull准教授(当時)が、「君達がロンドンに来た幸運の1つは、ゴシャール教授の教えを受けられるかもしれないこと。自分は、経営学者としてもそれなりのキャリアを積んだ現在でも、スマントラの前に出ると震え上がってまともに話ができない」と告白するのを聞いて、初めて名前を知った次第です。

それでも当初は「そんなスゴイ教授がいるのか」程度にしか思っていませんでしたが、クラスメートが口々に「在学中に一度くらいはゴシャールの授業を受けてみたいよね」と話していましたし、ある日ゴシャール教授の講演を聞いた日本人のクラスメートが「あんなにジーンとくるクラスは、日本の大学ではあり得ない。彼が話し始めた途端、200人以上いる聴衆のボルテージがいっきに上がるのがわかったよ。とにかく面白かった」とあまりに興奮気味に話すので、徐々に私も「いずれゴシャールの教えを請いたい」と思い始めたのでした。

そして、その機会は意外にも早く訪れます。ゴシャール教授が当時担当していた大規模な研究プロジェクトがあり、そのリサーチャーの募集がかかりました。応募者がどの位いたのかわかりませんが、「日本企業の調査を任せられそう」ということで、幸運にもメンバーの一人に選ばれ、MBAプログラムに在籍しながら、ゴシャール教授の下で企業調査・ケース執筆の仕事をする身となりました。(ちなみに本研究プロジェクトの成果の一部は、その後数々のケースや論文と共に、”A Bias for Action”(邦訳「意志力革命」、ランダムハウス講談社刊)という書籍の形にまとめられています。)
プロジェクトへの参画は決まったものの、ゴシャール教授の研究内容を全く理解していなかった私は、慌てて彼の著書を読み漁ります。その中の一冊に、先にも紹介した”The Individualized Corporation”があったのです。そして、この本を読んで、正直ぶったまげました。それまでMBAで勉強してきた戦略論とは明らかに違うな、と。「組織は戦略に従う」、あるいは「人材が競争優位の源泉」と表層的に結論づける、ありがちな組織論とも違います。

個人の能力への信頼をベースにして、自己変革を続ける企業組織を作り上げる、そのためには会社と社員が新しい関係を構築していく必要がある・・・自分が帰国後に携わりたいと考えていた日本企業再生のヒントが、この本には溢れていると感じました。そしてこの本を読んだ時から、「戦略と人材育成との架け橋をするような仕事、そして、その結果としてできるだけ多くの個人を幸せにするような仕事をしたい」と、自分自身のミッションを意識し始めます。ビジネススクール卒業後、私がそれまでのファイナンスのキャリアを離れ、以来一貫して企業の成長戦略の策定・実行をテーマに、コンサルティングや人材育成の仕事をしているのも、まさにこの時の決意の延長線上にあると言っても過言ではありません。

そして”The Individualized Corporation”は、私にとって、もう1つの大きな出会いをもたらします。この本を通じて、組織学習(Organizational Learning)や当事者意識(Sense of Ownership)、継続的な自己変革(Continuous Self-Renewal)といった概念に、初めて触れました。興味を持った私は、日本に一時帰国した際に本書の邦訳がないかと探し、グロービスという会社が「個を活かす企業」というタイトルで翻訳済みだと知ります。

「この本に真っ先に目をつけるとは、いったい何者だろう?」と、グロービスという企業に興味を持ち、その中でも組織学習(Organizational Learning)を組織名に冠すGOL(Globis Organizational Learning)の先見性に感動してしまいます。「よし、帰国したらグロービスにコンタクトしてみよう」と決意したのが、実は自分がグロービスの一員になったきっかけなのです。(雑誌の取材などで「どうやってグロービスとの接点を持ち始めたのですか?」と尋ねられると、「ロンドンで社長の堀さんとお会いしたので」と答えていますが、よくよく記憶を辿ると、「個を活かす企業」に出会った方が先でした。ちなみに「個を活かす企業」は、新装版が刊行されたので、まだ読んでいない方はぜひこの名著に触れていただきたいと思います。)

その後のことを、少しお話しさせてください。

2004年3月3日、スマントラ・ゴシャールは突然この世を去りました。まだ55歳、経営学者として「これから真の世界的権威に上り詰める」というタイミングでした。生前のスマントラに「ヒデ(注:私のことです)、アカデミックの世界に来ないか?好きなことを好きなだけ考えて、刺激的な人物たちに囲まれて生きていける。人を育てる面白さもある。それでちゃんと金を稼げる。理想的な仕事だぞ」と、光栄にも誘われたことがありました。その時は「まだまだ実務の世界で学ぶことがある」と断りましたが、スマントラは「自分は母国のインドでは貧しかったから、少しでも学費を稼ごうと、実務の世界に長く居過ぎた。年を取ってから転身したせいで、いろいろ苦労もしてきた。遅咲きの研究者は辛いから、決断は早い方がいいぞ」とも、アドバイスしてくれました。
そんな自分が、2002年からグロービスに参画して人材教育や経営研究に携わるようになり、数年前からは大学院の教員という立場にもなりました。何だかスマントラの想定通りの人生を歩んでいるような気がして、苦笑してしまいます。

スマントラは、成長を続ける日本企業のことを相当研究していました。特に画期的な商品を連発していた頃のソニーに大変関心があり、当時御殿山にあったソニー本社には、スマントラと共に何度か取材に伺ったことがあります。当時の大賀会長や出井社長らをインタビューする合間には、スマントラはとにかく難しい質問を自分にぶつけてきたものです。「成長を続ける日本企業の仕組みは、欧米の研究者には知れば知るほどカオスに見えてくる。日本企業の強さは、つまるところ何なんだ?」と。「日本的経営の特徴として・・・」といった具合に、一般的な答えではぐらかしていたら、「どうして日本人は自分たちのことを、明快に説明することから逃げる?もっとチャレンジしなさい」と珍しく注意されたのを覚えています。

「日本企業にとっての成長モデルとは?」・・・それはスマントラとの議論以来、ずっと自分が答えを探している問いであります。そして今、自分はスマントラが興味を示していた数々の日本のトップランナー企業と仕事をし、貢献度は僅かではありますが、まさに彼らの成長戦略の策定・実行のお手伝いをしています。これもやはり、スマントラが導いた縁なのかもしれません。

話を留学時代に戻しましょう。私が留学していたビジネススクールのカリキュラムには、2nd Year Projectというのがありまして、実際のクライアント企業相手にコンサルティング的な成果を残さないと卒業できない仕組みになっていました。もちろんスマントラは私のプロジェクトの担当教官にもなってくれていましたが、「ゴシャ-ル教授の採点は厳しい」と噂に聞いていましたので、卒業できるか最後までドキドキしたものです。後日、自宅に成績通知が届きます。封を開けてみると、心配だった2nd Year Projectも、きちんとpass(修了)となっていました。でも、もし今スマントラが生きていたら、笑ってこう言うかもしれません。「あれは暫定の pass だ。ヒデはまだ俺の大事な質問に答えていないぞ」と。

自分自身の言葉で、日本型の成長経営モデルを語る。そしてスマントラが目指した、個々人が活き活きと働き、持続的成長を実現する企業経営の姿を、リアルな現場感をもって語る。それらができるまで、スマントラから本当の意味でのpassはもらえない。今回のコラム執筆を始めるにあたって、亡き恩師からそんなプレッシャーを再びかけられたような気がしています。

次回からは、いよいよ非連続成長の経営について、背景の経営理論や企業事例を交えながら解説していきたいと思います。ご期待ください。

以上

育てるのか、育つのか

「人は育てるものか、それとも育つものか」

教育という領域に携わっているとよく出会う議論である。皆さんはどちらの立場をとるだろうか。まず、ある方のコメントを紹介したい。不可能と言われる無農薬のリンゴ栽培に成功した、腐らない「奇跡のリンゴ」で名を知られる木村秋則氏のコメント (1)(2)である。

「人間はどんなに頑張っても自分ではリンゴの花ひとつも咲かせることは出来ないんだよ。(中略)そんなことは当たり前だって思うかもしれない。そう思う人は、そのことの本当の意味がわかっていないのな。(中略)主人公は人間じゃなくて、リンゴの木なんだってことが、骨身に染みてわかった。それがわからなかったんだよ。自分がリンゴを作ると思い込んでいたの。自分がリンゴの木を管理しているんだとな。私に出来ることは、リンゴの木の手伝いでしかないんだよ。失敗に失敗を積み重ねて、ようやくそのことがわかった。それがわかるまで、ほんとうに長い時間がかかったな。」

木村氏は「リンゴは自ら育つもの」であるとようやくわかったと語っている。私はこの姿勢に強い共感を覚える。“リンゴ”を“人”に置き換えていただきたい。私も木村氏と同じ立場である。「人は育つもの」であり、我々にできることは「人の手伝いでしかない」ということだ。本来人は成長する、学ぶ力を持つはずだと強く信じている。しかし、現代のビジネスにおいては、その力が放っておくと埋もれてしまっているというのが本コラムで提示した問題意識だった。これまでは修羅場が学ぶ力を磨く貴重な機会であった。しかし、その機会が構造的に作りがたくなっているために、修羅場の代替として経営教育の可能性を模索してきた。では、リーダーが育つためには修羅場さえあればよいのだろうか?

仕事は「手伝い業」

「修羅場さえ用意すればよいのですか?」

ある読者から寄せられた質問である。本コラムでは、修羅場の持つ「自分の力量で太刀打ちできない」かつ「逃げられない」という特徴に注目して論じてきた。この特徴だけでは、ただでさえ疲弊している体に追い打ちをかけているように見えかねない。やむを得ないと思う。そこで、ここまで議論し尽くしていない点にも触れておきたい。キーワードは上述の木村氏のコメントにある。木村氏は自身の仕事をこう呼ぶ、「リンゴ手伝い業」。とすれば、我々も同じ「手伝い業」なのである。では、何を「手伝う」のか。ここで強調したいのは、のびのびと学ぶ力を発揮できるよう、2つの阻害要因を取り除くことである。

第一は、失敗を受け入れるということだ。「自分の力量で太刀打ちできない」チャレンジをすれば、すべて成功するわけではない。むしろ必ず失敗すると言ってもいい。しかし、失敗するからこそ痛みを覚え、より深く考え、自分事として取り組む。だからこそ、成長する。そして、再び挑戦する。こうしたサイクルにつきものの失敗が即座に否定されてしまったらどうなるだろう。失敗の恐怖に足がすくんでしまって、チャレンジできない。それでは自分自身が考え、試行錯誤するサイクルが回らずに終わってしまう。だからこそ、失敗を許容するよう「手伝う」のである。疑似的な研修の場でも同様だ。失敗は失敗として指摘する。しかし、我々自身がその本人の失敗を受け止める。加えて、その本人の周囲に失敗を受け止めるような環境をいかに作れるか。失敗を許容する環境を作るためには、前回議論したようにCLOだけでは手が回らない。やはり現場に仲間を作らねばならないのだ。

第二に、足を引っ張る敵から守るということだ。修羅場における幾多の失敗を越えても、成功を目前に足をすくう敵もありうる。修羅場に臨むことそのものを妨げるような敵も存在する。たとえば、卑近な例だが真剣な姿勢への周囲の揶揄もその一つだ。研修という疑似的な場であっても、修羅場同様の真剣勝負の環境を目指す。その場に真摯に取り組もうという本人をからかうような周囲の言動があるとどうなるだろう。本人のチャレンジしようという意欲を削ぐ。こうした外野の誹謗中傷で、せっかくの機会を活かせないことほどもったいないことはない。こうした誹謗中傷をコントロールすることも力量のうちともいえる。だが、とりわけ早い段階ではこうした足を引っ張る敵から守るよう「手伝う」のである。失敗を許容する環境同様、敵から守ることはCLOだけでは手が回らない。阻害要因を取り除くためには現場に仲間を作っていくことが大事なのだ。

紙面の制約で十分に語りきれていないが、こうした「手伝う」ための土壌として押さえるべきポイントとして、ゴシャール(3)の「自己変革のための行動環境」4つの要素が参考になる。4要素とは、「規律」「ストレッチ」「サポート」「信頼」である。比較的これまでの議論では、規律とストレッチに焦点を置いてきた。しかし、上述の阻害要因を取り除くようなサポートや信頼もまた重要な要素である。ここまで十分に触れては来なかったが、さらに技術を研いだ暁には、再びご紹介する機会が用意できればと思う。

「手伝い業」としての「想い」

最後に「手伝い業」として加えておきたいことがある。それは「手伝う」側としての想いだ。王貞治氏が語っている。

「選手を育てるのは選手の気持ちではない。コーチの想いだ」

我々自身も想いを大事にしていきたい。日本にある会社のあちこちで創造と変革の志士が活躍している、我々はそんな状態を本気で目指しているし、できると信じている。そのためのカギとなるのが、多くの次世代リーダーが抱えている「諦め」を払拭することだ。今の状態を放ってはおけないと思う。この「諦め」という曇りを払って、各々が持っている成長する力、「学ぶ力」を解き放つお手伝いができればと願っている。

ちなみに、この課題認識は日本に限った話ではない。欧米における経営教育のトッププレーヤーの認識も同じだ。たとえば、米国のCenter for Creative Leadership やスイスのIMDなどが重視している点もまさにこの「学ぶ力」だ。彼らの英語での表現では ”learn how to learn” となる。この「学ぶ力」はやはり世界共通の、本質的な課題なのである。同時にまだ確固たる解は見つかっていないと考える。つまり、これからヨーイドンで技を磨いていくことのできる領域なのだ。だからこそやりがいがある。

私自身10年近くこの経営教育という領域に携わってきて、年間250社以上のお客様と試行錯誤する中で、最近ある手ごたえを感じつつある。それは、経営教育を通じてこの「学ぶ力」を解き放つお手伝いができそうであるということだ。その一つのヒントがこれまで現場で作られてきた「修羅場」である。その修羅場が担ってきた機能を、研修という場で再現できそうなのである。技を磨いていく方向性は見えつつあるということだ。

僭越ながら、同じように感じている方があちこちにいらっしゃることもわかってきた。とすれば、次の10年、今見えつつある解決の方法を皆で磨いていけば、面白いことができるのではないかと感じている。今書きながらですらわくわくしてくる。このわくわく感も多くの方と共有しながら、次のステップに進んでいきたい。

ここで、9回に渡る拙い連載をいったん終えたいと思う。多くのお客様、関係者の皆さまのおかげでここまで筆を進めることができた。心から感謝申し上げたい。ありがとうございました。いったん連載は終えるが、あくまでもスタートだと思っている。これからも多くの方と手を携えて楽しみながら取り組んでいきたいと思う。どこかでお会いすることを楽しみに。

以上。

出所:

(1)茂木健一郎、住吉美紀ほか『プロフェッショナル 仕事の流儀 農家 木村秋則の仕事 りんごは愛で育てる』(2007年、NHKエンタープライズ)

(2)石川 拓治、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班『奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録』(2008年、幻冬舎)

(3)クリストファー A. バートレット, スマントラ・ゴシャール『個を活かす企業』(2007年、ダイヤモンド社)

参考:
Center for Creative Leadership http://www.ccl.org/leadership/index.aspx
IMD http://www.imd.ch/

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。