仲間を増やす

2010.03.26

本コラムも今回で8回目となった。これまで議論してきた問題意識を一言でまとめれば、「経営を支える次世代リーダー人材の枯渇リスクへの対処」である。これまで人材を生み出してきた現場における修羅場、この貴重な成長機会が現代のビジネス環境下においては作りづらいことが構造的問題となっている。その結果として、次代の現場の屋台骨を支え、経営者候補となる人材が自ずとは生まれづらい状況となっているのだ。しかし、この重要な次世代リーダーの枯渇リスクは、目の前の緊急事態への対処に汲々としていると顕在化されにくい。この経営リスクを明らかにし、その対処を担うのが人事部門の大きな役割であると考える。しかし、いざその役割を担おうとすると直面する壁がある。とりわけ大きな2つの壁について今回は議論してみたい。

執筆者プロフィール
河尻 陽一郎 | Kawajiri Yoichiro
河尻 陽一郎

東京大学法学部卒業、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(米国)修了 (Master of Nonprofit Organizations)。外資系戦略コンサルティングファームに入社。経営コンサルタントとして戦略立案及び実行支援を行う。その後、グロービスに入社。現在グロービス経営大学院の研究開発チームの1つ、グローバルなアジェンダにフォーカスしたグローバル・ファカルティ・グループの研究開発リーダーを務める。経営大学院におけるグローバル領域科目や、企業の経営幹部育成研修における講師も務める。共著に「個を活かし企業を変える」(東洋経済新報社)「新版MBAマネジメント・ブック 」(ダイヤモンド社)など。


「所詮研修」の壁

第一の壁は、研修の可能性を広げようと試みたときに直面する、「所詮研修だから…」という先入観である。想像してみてほしい。現経営陣のうち、いったい何人が「私は研修で育った」と自信を持って言うだろうか。その数はかなり限られるはずだ。したがって、仮に「次世代リーダーの枯渇リスク」を認識したとしても、その打ち手としての「研修」の効果を信頼しない。効果のある「良い研修」を見たこともないだろうから当たり前である。では私達はどうすればよいのか?「良い研修」が実現できることを周囲に説いて、仲間を増やすしかない。

この高い壁を乗り越えて、「良い研修」の意義を説明することは簡単ではないが、まずは少なくとも研修の可能性を認めてもらうことから始めたい。そのために、考え抜いた末に研修の可能性にたどり着くという思考プロセスを一緒に踏んでみる。現代のビジネス環境においては成長機会としての「修羅場」そのものが作りがたい。研修以外の様々な打ち手を検討した結果、「修羅場」同等の成長機会を作り出すことが難しい。このままでは甚大な経営リスクに直面する。もちろん「研修」は「現場における修羅場」と全く一緒ではありえない。ただ、あらゆる手を考え抜いて残った可能性が研修なのである。この構造的な問題をハッキリと認識したい。ここが経営教育の可能性を考えるスタートラインだと思う。まずこのスタートラインに立ちたい。実際のところ、ある製造業のお客様から、研修で取り組もうという組織的な意志決定をしたばかりとのコメントをいただいた。この問題意識を組織で認識することは可能なのである。

その先にある課題は、キチンと効果を生み出す研修を作り上げることだ。我々自身もっとできることがあると感じている。糸口はいくつかある。例えば、これまでグロービスの15年以上の取り組みの中で出会った、研修に参加された多くの方々がそうだ。なかには、日本を代表する企業の経営陣に名前を連ねる方もいらっしゃる。あるいは経営陣でなくても、経営上価値のある取り組みを続けている方も多い。そんな方々に少しずつではあるがコンタクトする営みも始めつつある。

そんな皆さんにとって、研修の意味合い(効果)は何であったのか?そのときの効果を生み出したカギは何であったのか?ということを含め、ヒアリングを行っている。ある受講生の体験を紹介しよう。彼は研修受講後に自社が破産、再生に挑むことになった。しかし彼は「研修で、事業生産や再生の方法論のみならず、その本当の意味を学んでいたので、つらい時期でも自分を見失うことなく乗り切ることができた」と語ってくれた。こうした話を紐解くだけでも、効果を生み出す研修を実現するヒントは多いと感じている。我々自身のこうした取り組みももっと前に進めていきたい。

「自分がやらねば」の壁

第二の壁は、全てを自分で背負ってしまうこと。「自分がやらねば」という人事担当者の強い責任感だ。その責任感は、極論すれば統合・維持型のパラダイムに基づいているのではないか。本社で作ったものに、皆が一律に参加するという統合型の思考。いったん作ったものをきちんと守るという維持型の思考。いずれも過去のビジネス環境においては有効だった。見習うべきモデルがあり、そのモデルを本社スタッフ機能が調達し、本社を中心に全社一丸になって展開する。人事制度の多くはこのパラダイムに基づいて展開されてきた。しかし、現代のビジネス環境が求めているのは分散・変化型のパラダイムである。全社一律では各々の現場には合わない。加えて、刻々と変化する状況では、全社で足並みを揃えていたり、完成度の高いものが出来上がるのを待っていたりしていては、間に合わない。したがって、総合・維持型に基づく「自分がやらねば」という強い責任感はかえって足枷になるのだ。

90年代後半から「戦略型人事」が提唱されてきた。ビジネスも人も両方を熟知し、企業の戦略的意図の達成に貢献するという人事機能のあるべき姿をうたったものである。私もこのあるべき姿には賛成したい。しかし、この10年、事態はなかなか進んでいるように見えない。この進捗の遅れの背後にあるものも、統合・維持型パラダイムに基づく「自分がやらねば」という強い責任感ではないかと私は思う。この分散・変化しつづけるビジネス環境において、現場リーダー以上に人事部がビジネスの最先端の状況を理解することは容易ではない。一つのビジネスだけでも簡単ではないのに、複数の事業を抱える大企業となればなおさらだ。

ではどうするのか?統合・維持型から分散・変化型へ移行するために、「自分だけでできない」と割り切ることだと思う。言い方を変えれば、「仲間を増やす」ということだ。上述した「次世代リーダーの枯渇リスク」という問題意識や、人事の自分たちだけでは太刀打ちできないという構造的問題を抱えた状況を、現場のリーダーに語り、他人事ではなく「自分事」として捉えてもらうことがその第一歩となる。この経営リスクへの対処は我々の「自分事」なんだと共有することが、すなわち仲間となることだと思う。

その先にある課題は、分散・変化型のパラダイムにおいて求められる経営教育機能とは何かを見極めていくことだ。この領域においても、過去にお会いした現場リーダーから得られるものが多いと感じている。本来人が持つ潜在的な力を引き出す組織作りのヒントは何か?そのために求められている支援は何か?それを解く糸口は現場リーダーにある。各社のお話を伺うと、個々の職場でメンバーの力を引き出すことに秀でたリーダーの存在に気付くことが多い。この点においても、各社で活躍されている方々の取り組みを伺うことから始めていきたいと考えている。

マーケターとしてのCLO(Chief Learning Officer)

昨年秋より本コラムのタイトル同様、経営教育の未来を考えることを目的に「CLO講座」を東名阪で延べ5回開催してきた。CLOとは企業における「人材・組織開発責任者」を指す。「CEO」や「COO」のように、「CXO」と呼ぶことで、その経営における責任の重さを示したいと考えている。

※:CLOとは? MBA経営辞書(globis.jp)を参照

「CLO講座」を通じて、日本を代表する各社のCLOに相当する、企業内教育の第一線で活躍されている100名弱の皆さんと議論を重ねてきた。その冒頭で問いかけてきたのが次の問いだ。

「CLO(Chief Learning Officer)*というポジションをお持ちの会社は?」

読者の会社ではCLOというポジションはあるだろうか。日本を代表する100社弱の反応を見るかぎり、現時点においてCLOというポジションを置いている会社はほぼない。その事実の裏には、本コラムでこれまで議論してきたに対する問題意識が、残念ながらまだ多くの企業において経営リスクとして十分に顕在化していないということを表しているように思える。

CLOというポジションが存在しないことの背後にあることと、今回述べてきた2つの壁の克服には共通した課題があると考える。いずれも「仲間を増やす」ことである。経営に、現場リーダーに、いかにCLOと同じ問題意識を持った仲間を増やすことができるか。換言すれば、組織内に「CLO」を増やすこと、その役目を担ったマーケターとしてのCLO、これこそがCLOの真の役割だと思う。

ただし、正直に申し上げる。多くの人事の方とお話をしていると、このパラダイムの転換は簡単ではないと感じる。まず、これまでの統合・維持型の仕事の進め方に強い慣性が働く。さらに、目の前の次々と積まれていく緊急事態の対処がその慣性に拍車をかける。この慣性の中で、その方向性を変えていくのはCLO一人では容易ではない。

だからこそ、同じような問題意識を持った同志が、お互いにつながることに意義があると考えている。「CLO講座」もその一環だ。ぼやくだけでなく(ときにはぼやきつつ^^)、課題とその対処方法を具体的に考えていく機会をこれから作っていきたい。そんな取り組みを進めていくにあたって、経営教育に携わるものとして私自身大事にしたいと考える心構えについて、次回は触れたい。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。