自分に引き寄せる力を駆動する「3つのドライバー」

2010.01.25

「自分には関係ない」
研修講師の立場で参加者から聞きたくない言葉のリストがあるとすれば、私はその最上位にこの言葉を挙げたい。このコメントが発せられる状況を想像してほしい。その参加者は、いすの背もたれに寄りかかり、あくまでも傍観者の姿勢をとる。あるいは、自分自身が追い込まれることへの防衛反応からだろうか、ややこわばった表情になることもある。いずれにしても「自分には関係ない」の一言で「逃げられてしまう」。皆さんが実施している研修に、こんなシーンは見られないだろうか?
前回、優秀な個人の潜在能力を最大限に発揮するため”「未体験」かつ「逃げられない」修羅場経験をいかに生み出すか”について議論した。そのカギが「非日常の問い」であるとご紹介したのだが、実はこれだけでは十分ではない。前回ご紹介したジェットコースターのように、そもそもその乗り場に足を運んで座席に座ってもらわなければ、その一連の擬似的な修羅場体験を体感いただけない。かといって無理やり連れて行っても逆効果だろう。「未体験」かつ「逃げられない」からこそ「自分には関係ない」と言いかねない内容について、「我が事として真摯に向き合おう」というモードを作りあげるにはどうすればいいか?それが今回取り上げたい「自分に引き寄せる3つのドライバー」である。

※なお、前回は「思考を加速させる…」と表記していたが、本来の意味合いを考え、名称を「自分に引き寄せる…」に変更した。また「ドライバー」とは、英語の”drive”にある「原動力、駆動力」という意味から、「物事を促進する力、推進力」として用いている。

自分に引き寄せる3つのドライバー

研修という限られた時間において、「未体験ゾーン」から「逃げられない」場を作り出し、高密度の思考投入を実現するために大事な要素がある。それが、「先行オーガナイザ」、「情と理のバランス」、「グループダイナミクス」の3つのドライバーである。これらの3つのドライバーは互いに影響を与え合う。そのメカニズムを見ていこう。

■先行オーガナイザ

本来は教育学において「これから記憶しようとするものの全体像。学習者がすでにもっている知識と新たに学んだ知識とを統合する知識枠組みとして機能する」ものとされる*。ここではその意味を広く解釈し、「”先”に頭に入ることにより、そのあとの議論を”オーガナイズする(体系づける、方向付ける)”思考の型・準備」として用いる。その効用を2つの観点から見てみよう。

第一に「潤滑油」としての機能だ。たとえば、企業経営についての議論であれば、経営の基本的な知識が”先”に入っているかどうかがその後の議論の質を左右する。全体最適が望ましいという議論を試み、全社機能を説明するのに”バリューチェーン”という言葉を持ち出したとしよう。その際、その場にいるメンバーが”バリューチェーン”について一定の理解がなければ、議論の前に用語の解説から始めなければならない。これでは「リズム」感が台無しだ。あるいは議論の作法として、「議論の目的を押さえた上で質問にハッキリと答える」=「イシューを押さえる」ことが大事という共通見解を”先” に作っておく。すると、議論が錯綜したときに「イシューを押さえている?」と確認しただけで、議論が前に進む。もし理解が不十分だったなら、議論がかみ合わず、なかなか自分に引き寄せる本来の議論に到達できなくなる。先に入って、議論をどんどん進めるための「潤滑油」がまず必要なのだ。

第二に「鏡」としての機能を考えてみよう。人は「未体験領域」の厳しい局面にいきなり自分を追い込むことはなかなか受け入れ難いし、当事者として客観的に自分を見つめることも容易ではない。しかし、同じ局面におかれた第三者の事例であれば分析することは比較的難しくない。そこでまず第三者の事例の問題点と解決の方向性について議論する。その議論した問題構造や自分自身の発した指摘が、自分を投影するための「鏡」となる。そのうえで、「あのときあなたが議論したことを自分に当てはめるとどうですか?」の一言が、自分自身への思考を促す。自分の発したことが自分に返ってくる、ある意味、”天に唾す”の力学を使うわけだ。

ただし、この “天ツバ”の力学だけでは、まだ無理やり感を拭いきれない。気がついたらコースターに乗せられていたが聞いてないぞ、となりかねない。ではどうするか?

■情と理のバランス

「先行オーガナイザ」が「先」に入れば自分に引き寄せる思考が促されると述べたが、入るか否かを左右するのは、問題構造やそこでの学びを理解しているか(Whatの理解)ではない。次代を担うリーダーレベルであれば、この「Whatの理解」に大きな障害ない。むしろハードルとなるのは、「なぜ自分がそれらの考え方を理解しなければならないか」の理解(Whyの理解)だ。この「Whyの理解」のハードルを越えていくために大切なのが、「情」と「理」のバランスである。

「情」とは、単純に「いいな」「やってみたいな」と思うことだ。たとえば、「現実を直視して、二律背反に向き合うこと」、これは通常、誰しもやりたくない。しかし、ある先人が矛盾に向き合って苦しみながら格闘している様や、その結果としてある果実を手にして誇らしげにしている姿を実際に見て、その姿に憧れ、「自分もそうありたい」と思う。この思いは実に力強い。「そうありたい」という思いは、人から強いられたものではなく、自分自身の価値観に根差した内発的動機によるものだからだ。人は内発的に動機づけられた対象に対しては、一見苦しみに思えることでも取り組んでみたい、いや取り組むべきだと「感じる」。このようにある考え方について、論理的ではなく、「やりたい」「やるべき」と「感じる=情」プロセスが大切だと考える。

一方、「情」を「理」で補うことも大事だ。リーダーの多くは「情」のみで判断したとは思いたくない部分がどこかにある。したがって、成功物語のように見える一連のストーリーをよいな、と思うだけでなく、今度は冷静に成功のカギは何であったのかを分析する。その過程によって「情」だけでなく、「理」の観点からも自分の判断が裏付けられる。結果として、たとえば上述した「現実直視と二律背反」という「鏡=先行オーガナイザ」がなぜ必要なのかが腑に落ちる。単なる「鏡」に止まらず、自分のあるべき姿、ありたい姿となるのだ。

もちろん実際のセッションにおいて、この「情」と「理」の順は逆になることもある。いずれにしても大事なのは、「情」と「理」のバランスをとりながら、「鏡=先行オーガナイザ」を納得して「先」に入れることなのだ。結果として、自分に引き寄せた議論や思考の質を高める。

しかし、「情」と「理」で取り上げる事例があまりに参加者の境遇とかけ離れているとどうなるか?「その(事例に出てくる)人や状況は自分とは違う」とまだ逃げてしまうこともありうる。どうするか?

■グループダイナミクス

「先行オーガナイザ」と、「情と理」によって議論を加速させていくときに直面する課題は2つ。まず、いまだに逃げたままの参加者が、積極的に議論する参加者と同じ空間の中に取り残され、彼らが全体の議論の質を低下させかねないリスク対応である。もう一つは、全体の議論の質をもう一段高めたいという課題である。いずれの場合にも有効だと考えるのが、「グループダイナミクス」という力学だ。参加者からかけ離れた事例ではなく、まさに隣に座る身近な仲間である優れた参加メンバーの言動を高く評価し、さらにそのトップランナーのレベルをどんどん引き上げることによって、リスクに対処し全体の議論の質をも高めていくことを狙う。

グループダイナミクスとは、集団において個人の動きが集団に影響を与える場合もあるし、逆に集団からの影響を個人が受けて行動することもあるということだ。この力学は負に働く場合もある。たとえば、グループシンクと言われる、合意に至ろうというプレッシャーから、多様な視点や批判的な視点を排除してしまう傾向が挙げられる。ここで想定しているダイナミクスは、このような負の側面を最小化しつつ、逆に優れたリーダーの持つ考えや言動を評価することによって集団に良い影響を与えようというポジティブなものだ。

集団の中の優れたリーダーであり、参加者の仲間でもあるトップランナーは、「先行オーガナイザ」と、「情と理」、いずれのドライバーとしても機能する。たとえば、ある議論の場で、トップランナーが、二律背反から逃げずに苦渋の決断をしたとしよう。彼/彼女を高く評価すると、この対峙の姿勢と決断の拠り所の求め方そのものが、1つの「先行オーガナイザ」として他のメンバーの頭に入る。このトップランナーの振る舞いが周囲から好感を得られるものであり(情)、その振る舞いがなぜ高く評価されるのかを分析的に考える機会を作り出せば(理)、「情と理のバランス」としても機能する。そして、自分と同じ会社にいる同僚であれば、「自分と違う」という言い訳は許されない。

自分に引き寄せる3つのドライバー(促進する力)がイメージできただろうか。本来どんな人も持っているはずの”自分に引き寄せて自分を省みる力”、これをより効果的に駆動させるものなのである。これらがうまく機能し始めると、そのうち、講師からの「非日常の問い」までもが「先行オーガナイザ」として機能し始める。つまり講師の問いに倣い、参加メンバー同士が互いに「非日常の問い」を駆使して刺激しあうようになる。その議論が心地よく、同時に必要と思えれば、その「やりたい」「やらねば」がメンバー全員に浸透していく。この領域に踏み込めると前回冒頭の事例のように「相互に刺激し啓発し合う…自社をもう一段高い所に持っていける可能性が見えてくる」というコメントが生まれてくるのだ。「非日常の問い」と「3つのドライバー」が「青白い炎」の導火線となる瞬間だ。

これらの一連のプロセスは、予め決まったシナリオどおりに進むものではない。しかし、「非日常の問い」と「3つのドライバー」を入念に設計することで、青白い炎を点けることは可能なのだ。その1つの舞台装置が、MBAにおけるケース・メソッドだ。知識インプットのため装置とのみ理解されているかもしれない、MBAのケース・メソッド。その可能性について次回は触れてみたい。

※出所:中原 淳ほか『企業内人材育成入門』(2006年、ダイヤモンド社)

執筆者プロフィール
河尻 陽一郎 | Kawajiri Yoichiro
河尻 陽一郎

東京大学法学部卒業、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(米国)修了 (Master of Nonprofit Organizations)。外資系戦略コンサルティングファームに入社。経営コンサルタントとして戦略立案及び実行支援を行う。その後、グロービスに入社。現在グロービス経営大学院の研究開発チームの1つ、グローバルなアジェンダにフォーカスしたグローバル・ファカルティ・グループの研究開発リーダーを務める。経営大学院におけるグローバル領域科目や、企業の経営幹部育成研修における講師も務める。共著に「個を活かし企業を変える」(東洋経済新報社)「新版MBAマネジメント・ブック 」(ダイヤモンド社)など。


※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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