「自分もやってみよう!」を引き出す

2009.05.26

今後益々、日本企業のマネジメントは現地で採用した人を育成する能力を身につけねばならない。そして、高い部下育成能力を発揮するには、深い価値観や人間性に根ざした役割認識と人に対する愛情を持つことが重要であると前回お伝えした。
その背景として、近年、日本の多くの企業は他の先進国の企業と同様に、”モノ” から “コト”への流れの中にあって、性能の良いモノを生産すれば売れていた時代から、自社の提供価値を顧客に語ることができなければ売れない時代に突入している。言い換えると “商品価値” から “使用価値(あるいは、実現価値)”へと価値の訴求の仕方が変わってきている。それに伴い海外拠点における人材育成の難易度は格段に上がっている。従って、コマツの成功例に見られるように、グローバルリーダーが自社の価値や自身の思いを語れることは必須条件になっている。

執筆者プロフィール
高橋 亨 | Takahashi Toru
高橋 亨

上智大学経済学部卒業。スタンフォード経営大学院SEP修了。大学卒業後、丸紅株式会社にて、機械メーカーとの海外事業展開に従事。7年間の海外勤務では、イランにてインフラ整備プロジェクトに携わった後、在ベルギーの欧州・中東・アフリカ地域統括会社にて、同地域における事業の立ち上げ、出資先、取引先への経営支援、ファイナンス供与などグローバルビジネスに広く携わる。現在は、グロービスの在シンガポール海外拠点GLOBIS Asia Pacific Pte. Ltd. 並びにGLOBIS THAILAND CO., LTD.の代表を務め、アジア地域での人材育成、組織変革事業を推進する。グロービス経営大学院MBAプログラム(日本語・英語)にて、グローバル・パースペクティブ、グローバル化戦略等の講師、また、企業研修においては、海外展開時における企業理念・戦略の浸透、海外拠点の現地化に伴う戦略策定、課題解決、リーダーシップ等の講師業務に携わる。共著に『MBAマネジメントブック2』(ダイヤモンド社)がある。


モノからコトへの変化の中で

「人に思いを伝える」
言うのはたやすいが行うのは難しい。”伝える”ということは、言葉にするだけでなく、相手の心を動かすまで求められるからだ。グローバルに活躍するリーダーが、世界各地でお客様や従業員に対して自分の思いを語れるようになるにはどうすればいいだろうか?どうすれば聞き手は感銘を受けるのだろうか?

第二回目にも紹介した以下の質問に、皆さんの会社のリーダーは答えられるだろうか?

1.あなたはあなたの会社を5年後にはどんな会社にしたいですか?あなた自身の言葉で語ってください。

2.あなたの会社が持っている強みを具体的に説明してください。できれば小学生が聞いても分かるように。

3.あなたはあなたの会社で仕事をしていて、どんな時にワクワクしますか?あなたの会社に入社して欲しい学生に向かって語ってください。

一見、問はシンプルだが、相手に伝わるように語るには、自分なりの答えや考えを持っていないと、非常に難しい。もし伝えることができなければ、互いの接点を見出すことはできない。接点が見出せなければ共感を得られないので、相手は自主的に動いてはくれない。相手が動いてくれなければ、当然組織として成果を最大限発揮できなくなる。
因みに、上記の問のうち、1.2.に答えるためには、自社のビジョンや戦略理解が必要となる。実際、グローバル環境でビジネスを牽引する優秀なリーダーでも自社の戦略を自分の言葉で分かりやすく語れる者は意外と少ない。この点、強い問題意識を持っているが、加えて、会社の戦略とはあまり関係のない3.についても、聞き手が理解できるように語れる人は非常に少ないのが実情である。そこで、今回は特に、3.について、語れるようになるにはどうすればいいかにフォーカスして事例を紹介したい。なぜなら、この思いの部分が、海外現地で部下を育成する際に大変重要な鍵となるからだ。

価値観が浸透するとは

価値観が浸透する状態とは具体的にどういう状態だろうか。単純に表現するとリーダーの行動を見て、あるいは、リーダーの言葉を聞いて、部下が「自分もやってみよう!」と思える状態を作れるかどうかだと考える。多くの研修現場を見た経験から、実際に部下がそう思える状態になるには、下記の3つの要素を含んだコンテキスト(文脈)をリーダー自身と部下とで共有すると、効果が高いことがいえる。

1. リーダーが明確な思いを持ち、かつ、その思いが具体的な自分の言葉で表現されている

2. 思いを持つに至った背景やプロセスが共有されている

3. プロセスの中で登場する顧客や部下など関係者の共感度合いがリアルに伝わってくる

従い、グローバルリーダーは、自らの体験をもとに、3つの要素を網羅した物語を紡ぎだしていく必要がある。

価値観を取り巻く物語を共有することは、特に海外のように異なるコンテキストを持つ者に対して、リーダーの思いを具体的に理解してもらうには有効な方法だ。しかし、注意しなければならないのは、物語が通り一遍では、面白い話が聞けたというだけで、思いの真髄までは理解されないし、相手の記憶に残らないことが多いことだ。よくよく状況を見てみると、実はリーダーたちが、そもそも自分の価値観や大事にしていることを自覚できていない場合が多く、原体験の意味合いが物語の中で明確に位置づけられない。まして、経営陣からの借り物の言葉ではなく自分の言葉で語るとなると、伝える側の高度な言語化能力がかてて加えて求められる。なんとなく考えているだけでは済まされなくなるのだ。

私たちのクライアントである製造業A社の「次世代幹部育成プログラム(グローバルで活躍するリーダー育成)」中で、自社の理念を他人事ではなく、”自分ごと”として語れるようになるための取り組みを行った。その際の様子を紹介したい。
A社は、企業理念を非常に大事にしている会社ではあったが、海外の現場において、必ずしもリーダーたちが企業の理念を自分ごととして語りきれていない、現地で採用した部下に対して価値観を伝えきれていないという強い問題意識を持っていた。海外経験が長い人にとっても自分の思いを伝えるのは、そう簡単なことではないようだ。
そこで、A社では、まず自社の理念の中で特に大事にすべきことについて、議論を重ねた末に特定した。次に各人が、自分の部下に “語り聞かせる”ことを想定して、入社以来各人が関与した仕事の中で最も感動した体験を物語としてまとめることとした。その感動した体験こそ、彼らの今の仕事の上でのもっとも大事にすべきことは何かを決める原体験と考えられるからである。

マイ・プロジェクトX

このプログラム当初、講師である弊社経営管理部門長の芹沢と一緒に私は頭を痛めていた。この手の取り組みにおいて時折あるように、楽しい話は聞けたが価値観が伝わるものにはならなかった、結局何をしたいのかが分からなかったという結果に終わることを懸念していたのだ。
プログラム参加者は、海外でビジネスに邁進している優秀なビジネスパーソンではあるが、思いや価値観を言葉にするといったことに慣れている人は少ない。そこで、現地の人の共感を呼ぶ物語を自分の言葉で語ってもらえるようになるには、まずは、自分が持っている価値観を自らが客観視して、言語化する必要があると私たちは考えた。

ところが、自分自身を理解するのは決して簡単なことではない。人はなかなか直接自分を客観視することはできない。ここに「自分の物語を伝える」上での難所がある。この難所を乗り越えるためには、自分を相対化するツール(=鏡)が必要となるのだ。では、どんな鏡を準備したらいいだろうか?
芹沢からNHKのヒット番組であった「プロジェクトX」を使ってみてはどうかというアイデアが出された。「プロジェクトX」に出てくるリーダーたちは人に感動を与える。また、そこに出てくるリーダーたちの言動は見ているものをひきつける。「あんなふうになりたい」と思わせる。
このエッセンスを研修プログラムで使ってみようということになった。

そこでA社では、『プロジェクトX・リーダーたちの言葉』『プロジェクトX ・新リーダーたちの言葉』の書籍に出てくる合計34人のリーダーの物語を読んで、もっとも自分が感銘したリーダーを選び、その感銘の理由と自分自身の物語の類似点を考えてもらった。
するとどうだろう。プロジェクトXのリーダーたちを鏡にして、自分を見つめ直すことで、自分の価値観や大事にしたい考え方が、浮き彫りになってきたのだ。

例えば、チェルノブイリに飛び込んで行った医師を鏡に選んだ人は、自己実現するということに自分が突き動かされることに気付いた。瀬戸大橋建設のリーダーを選んだ人は、迷うことが人間を大きくすることを思い出した。また他の人は、同じ話から、会社のことを考えるということを突き詰めると家族のことを考えることにつながることに気付いた。またある人は、醤油の営業マンの話を取り上げて、ゆるぎない自信を獲得するには、徹底的に悩みぬくことの必要性と大事さを思い起こした。開発の設計リーダーを選んだ人は、そのリーダーの”部下がついてくるかどうかはリーダーが苦しんだ量に比例する”という言葉にハッとさせられたと話していた。
このようにプロジェクトXの物語で自分が感動したポイントを分析した上で、今度は自分自身が書いた物語と比較してみると、自分がなぜその体験を取り上げたのか、その理由が見えて来る。その理由を意識して物語を伝えていくことが理念伝承の鍵となるのだ。

『プロジェクトX・リーダーたちの言葉』の著者であり番組のプロデューサーである今井氏が本の中で、「日本という国は決して中央に現れた国家的なスターが率いた国ではなく、全国各地域と中小企業、そしてそこに働き生きた現場リーダーたちがわが身を削り、思いを伝えながら育ててきた国だと信じています。富は築かなくても、地位は得なくとも、自分の人生と使命に誠実に生き、必死に放った魂の言葉に深い感銘を受けたのです。」と書いている。

A社のリーダーたちも、他者の体験を鏡にして自分たちの体験の意味を突き詰めて考えることで、彼らにとっての「必死で放った魂の言葉」をみつけることができたのだ。この言葉こそ、相手が「同じような体験をしてみたい!」と思わせるポイントになる。
自分の物語を持っている人、マイ・プロジェクトXを持っている人、そして、その物語を体現できる人こそを、是非、海外に送ってもらいたいと思う。そういうリーダーこそが、国境を越えて相手の共感を促し、人を動かすことができるのだ。

「自分もやってみよう!」

最後に、A社の参加者の方々のプログラム後の感想を紹介したい。
『私は、これまで部下に対して、なんでこんな考え方をするのだろう?という疑問ばっかり持っていた。しかし、よくよく考えてみると部下のほうも私に対して同じ不満を持っているのではないか。私がこんな態度では、会社が大事にしていること、自分が考えていることは伝わらないだろうと反省した。』
『いい組織を作る、そこで働く人が成長するために、やるべき当たり前のことを当たり前のようにやれるかどうかであることを改めて気づかされた。やっていないことがあまりにも多いと反省した。ついつい避けてしまうことが多かったが、これからはもっと部下と向き合い話をする機会を多く持ちたい。』
『自分自身の言葉でちゃんと物語を語れないと気持ちは伝わらない。自分のアクションが周囲をどう感じさせたのか、そして、それに共感して”自分もやってみよう”と思えるのかどうか?この気持ちにアメリカ人も日本人もない。これが、理念を広めるということだと思った 』

彼らの言葉から、自らの体験と価値観を語り伝えることが、国境を越えて部下を動かす要であることが裏付けられた。中でも、私は三番目の方がおしゃっていた”自分もやってみよう!”と思ってもらう、という言葉がとても印象的で、今も私の胸に刻まれ残っている。とてもシンプルな言葉だが勇気付けられる。きっと今日も組織に”やってみよう”を広げながらご活躍のことと思う。 私自身は、今後、このA社での体験から、自らの言葉を使って、相手に”自分もやってみよう”と思わせられるようなリーダーをお手伝いできる機会を増やしていければ大変嬉しいと思っている。それが私にとっての「マイ・プロジェクトX」なのだ。

さて、次回以降は、これまで述べてきたグローバルリーダー育成の要諦を引き続き押さえながら、この激動期において新たに寄せられている課題にも踏み込んで行きたいと思う。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。