そもそも持つべき心構え、役割認識とは何か(1/2)

2009.04.24

「トオル。君はこれからイランに住んでイランで仕事をするのだから、その国のことを好きになって欲しい。その国の人々を愛して欲しい。そして、君自身がその国の人から愛される人になって欲しい。君ならできるはずだ。」
この言葉は、私の結婚披露パーティの席で、大学時代の恩師であり、式を挙げて頂いたアイルランド人のドナル・ドイル先生から頂いた言葉だ。
私は前職の商社勤務時代、イランに駐在する2週間前に結婚をし、初出張先であり初駐在の地となったイランのテヘランに旅立った。私の新婚生活はイランで始まったのだった。

イランで経験した役割認識

当時のイランは、88年に停戦したイラン・イラク戦争からの復興がまだ十分に進んでいなかったため、停電が断続的に起きるなどインフラはまだまだ整備されていなかった。娯楽の類はほとんどなく、当然アルコール類は一切禁止。TVをつけてもイスラムの宗教的な番組が多く外からの情報流入は厳しく統制されていた。女性は外国人であってもヘジャブと呼ばれる布で頭から体を覆わねばならず、横浜育ちの私の妻には新婚当初から大変苦労をかけた。

今のイランは当時に比べればだいぶ良くなったようには聞いているが、このような環境の国でその国を好きになるのは必ずしも簡単なことではなく、むしろ、半分ノイローゼのようになって帰国してしまう家族の方もいらした。駐在員の中にも物事がうまく進まないことに腹を立ててイライラを隠さない、あるいは、不便な生活に嫌気がさしてイラン人の前でも露骨にイランの悪口を言う者が少なからずいた。そういう姿に対して当時の上司が語っていたことを今でも思い出す。

「ああいう態度はいかん。そもそも我々のような外国人はどういう立場でこの国に来ているのかが分かっていない。我々は、労働許可証を取り、居住許可を取ってこの地にやって来ているのだ。我々からお願いをしてこの国に住まわせてもらい、許可を頂いて仕事をさせてもらっている。だから、人様の国で仕事をさせてもらって、稼がせてもらっていることに感謝しなければならない。こうした認識、そして、感謝の気持ちがあれば、ああいう態度にはならんよなぁ。」

よその人の家にお願いして入れてもらっておいて、その人の家の部屋が狭いねとか、何でこんな絵を壁に掛けているのなんて言っては嫌われる。それと同様に、許可を頂いて仕事をさせてもらっていながら、その国への文句や不平ばっかり言ってはこころよく思ってはもらえない。ビジネスの機会を頂いていることへの感謝の気持ちを決して忘れてはならないのだ。
例えば、現地で人を雇う場合も、雇用を創出してやっている、雇ってやっているではなく、「自社が現地でビジネスを遂行するために貴重な労働力を提供して頂いている」という発想を持たねば、決していい人材を雇うことはできない。皆さんの会社の海外で活躍されている方は、こうしたマインドセットをしっかり持っておられるだろうか。忘れてしまいがちではないだろうか。私自身も今でも初駐在の時に上司が語っていた言葉、結婚パーティでの恩師からの言葉を肝に銘じるようにしている。

第4回目となる本稿では、前回紹介した3つのギャップのうち、3つめの役割の違いのギャップについて取り上げる (3つのギャップについては、下図の再掲を参照)。
役割の違いのギャップとは、海外ではそれまで日本で担っていた役割より高い役割を担うことが多いため、ビジネスを進め組織を束ねる難易度が高くなることを意味しているとお伝えした。今回この話を進めるにあたり、グローバルリーダーが持つべきそもそもの心構えとは、例えどんなに生活やビジネスのハードシップが高くても、その国やその国の人々を愛し、その土地で仕事ができることに感謝することから始まる。そう考えるので、冒頭に私の経験をご紹介した。

海外で担う役割と現実とのギャップ

皆さんの会社、あるいは、組織では、グローバルで活躍するリーダーの役割は定義されているだろうか?定義されていたとしても、個々の社員がそれをしっかり認識しているだろうか?
各企業においてビジネスの状況は違い、また、担う業務も様々なので一概には言えないが、リーダーの役割としては、与えられた業務で結果を出すこと、そのために人材を育成すること、自社が求める人材が育つように自社の組織文化を伝承し、現地において組織文化を創りあげるといったことが挙げられる。しかしながら、限られた海外赴任期間の中で、業務での結果を出しながら、且つ、人材を育成することは容易でなく、組織文化を創るといったことに意識を高く持っている人は必ずしも多くない。先日もグローバルに展開しているある企業の方が問題意識を語ってくださった。

「日本人の駐在員を減らすためには現地採用社員に日本人駐在員がやっていた仕事を移管する必要がある。そのためには、いい人を採用し育成するのが重要な任務であることを海外赴任者には何度も伝えている。しかし、どうすればいい人が採用できるのか? どうすれば現地で採用した人を育成することができるのか?を分かっている人、行動できている人はほとんどいない。やっていたとしてもそれぞれの経験の範囲、自己流で進めている場合が多いので、他者の参考にはなっていない。」

最近は海外に限らず日本においても職場での部下育成がうまく進んでいないと聞く。部下を育成する文化が組織になくなってしまったことも深刻化している。日本においてさえ満足な部下育成の経験がない、あるいは、上司にしっかりと育成してもらった経験に乏しい者が、いきなり海外に行って部下を育成するのは至難の業だ。しかも、日本人が日本人に仕事を引き継いでいるうちは、多くのことが暗黙知のままであってもなんとかなるが、現地社員に仕事のやり方を伝えるには、日本人相手の時よりも相当に難易度があがる。そのため、マネジメントとして海外赴任した多くの人は、自らの能力と期待役割とのギャップに悩むことになる。ましてや、海外赴任者の多くは、日本よりも海外での役職が高くなる場合が多い。海外現地法人で担うべき役割は、輪をかけて大きくなるのだ。

執筆者プロフィール
高橋 亨 | Takahashi Toru
高橋 亨

上智大学経済学部卒業。スタンフォード経営大学院SEP修了。大学卒業後、丸紅株式会社にて、機械メーカーとの海外事業展開に従事。7年間の海外勤務では、イランにてインフラ整備プロジェクトに携わった後、在ベルギーの欧州・中東・アフリカ地域統括会社にて、同地域における事業の立ち上げ、出資先、取引先への経営支援、ファイナンス供与などグローバルビジネスに広く携わる。現在は、グロービスの在シンガポール海外拠点GLOBIS Asia Pacific Pte. Ltd. 並びにGLOBIS THAILAND CO., LTD.の代表を務め、アジア地域での人材育成、組織変革事業を推進する。グロービス経営大学院MBAプログラム(日本語・英語)にて、グローバル・パースペクティブ、グローバル化戦略等の講師、また、企業研修においては、海外展開時における企業理念・戦略の浸透、海外拠点の現地化に伴う戦略策定、課題解決、リーダーシップ等の講師業務に携わる。共著に『MBAマネジメントブック2』(ダイヤモンド社)がある。


※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。