ビジネスの発展段階(事業ステージ)の違いを見る

2009.03.26

今回は、マインドセットを作るための最初のステップである、”心の枷(かせ)を外す”に関して更に掘り下げてみたい。前回の振返りとなるが、グローバルとは「違うもの」と捉えてしまう心の枷(かせ)を外すには、グローバル環境でビジネスを行う際に陥りがちとなる罠を事前に押さえておくことが肝要となる。
陥りがちな罠には、大きく3つのポイントがある。(図参照)

1.ビジネスの発展段階(事業ステージ)の違い

2.ビジネスの対象範囲の違い

3.組織における求められる役割の違い

この3つの違いを認識することが、ビジネス上起こる問題をいたずらに図の右下の文化の違いにその原因を求める思考を正し、純粋にビジネスの課題に向き合う姿勢を作るのである。

執筆者プロフィール
高橋 亨 | Takahashi Toru
高橋 亨

上智大学経済学部卒業。スタンフォード経営大学院SEP修了。大学卒業後、丸紅株式会社にて、機械メーカーとの海外事業展開に従事。7年間の海外勤務では、イランにてインフラ整備プロジェクトに携わった後、在ベルギーの欧州・中東・アフリカ地域統括会社にて、同地域における事業の立ち上げ、出資先、取引先への経営支援、ファイナンス供与などグローバルビジネスに広く携わる。現在は、グロービスの在シンガポール海外拠点GLOBIS Asia Pacific Pte. Ltd. 並びにGLOBIS THAILAND CO., LTD.の代表を務め、アジア地域での人材育成、組織変革事業を推進する。グロービス経営大学院MBAプログラム(日本語・英語)にて、グローバル・パースペクティブ、グローバル化戦略等の講師、また、企業研修においては、海外展開時における企業理念・戦略の浸透、海外拠点の現地化に伴う戦略策定、課題解決、リーダーシップ等の講師業務に携わる。共著に『MBAマネジメントブック2』(ダイヤモンド社)がある。


3つのギャップへの対応状況

クライアント企業の対応状況を上記視点で見た場合の私なりに捉えている傾向を共有したい。
2.の「ビジネス対象範囲の違い」については、その違いが比較的分かりやすいためにクライアント企業のギャップ認識度合いも高い。
従い、事前に必要な知識のインプットを行う、業務上でのフォロー体制を整備するなどの対応策を講じているクライアントも多い。また、自分の知らない分野や専門外のことでも経営的判断をする訓練を行っている企業も増えている。
次に、3.の「組織における求められる役割の違い」については、日本企業の海外展開や現地化の促進に伴い、現場でのトラブルも増えているため、問題の顕在化度合いは大きい。多くのクライアント企業での問題意識はかなり高まっている。

しかし、この分野において十分な対応策が講じられているかと言えば、残念ながら心もとない状況と言わざるを得ない。特に、日本企業において、グローバルで活躍するマネジメントに対しての人・組織に関わるトレーニングは、クロトンビルにおける教育が有名なGEや、サクセッション・プランがシステマティックに進められているIBMなどの外資系企業と比べ量・質ともに見劣りしているのが現状だ。 この問題については、次回以降に取り上げていく。

さて、今回は、3つの違いのうち、特に昨今経営への影響が大きいにも関わらず、クライアント企業においての問題認識が薄く、また、対応策も十分講じられていないと見られる1番目の「ビジネスの発展段階(事業ステージ)の違い」に注目していきたい。まず1番目の違いは何かを復習しておこう。前回のコラムから下記に再掲(一部加筆修正)する。

■着眼点1:ビジネスの発展段階(事業ステージ)の違い

ビジネスを進める上での意見の食い違いや、代理店等の協業先から寄せられる不当な要求をグローバルビジネスのビギナーは国民性や文化的違いによるものと考えがちだ。一旦、それらを国民性や文化の違いによるものと認識してしまうと、そこで思考が停止する。
起きている問題をよくよく聞くと、その問題は市場や事業の発展段階の違いによって引き起こされていることが多い。たとえば、日本では成熟期に差し掛かっている商品やサービスでも、海外の他の市場では導入期や成長期にある場合、同じ商品やサービスでもその市場におけるニーズは異なり、当然とるべきアクションは成熟期の日本とは異なってくる。従って、事業ステージの違いに伴うビジネスの勘所の変化を押さえていないと、問題発見が遅れ、問題解決を誤ってしまう。

ビジネスの発展段階(事業ステージ)の違いにおける難所

とあるエレクトロニクス関連企業の方とこの話をしていた時である。
「最近のうちのミドルクラスには、経済が成長するとか、市場が成長していくといったことを肌感覚として持っている者があまりにも少ない。そのため、凄まじい勢いで伸びているエマージングマーケットで、お客様の話を聞いても、言葉としては聞いてはいるのだが、聞いた話を自分自身のビジネス(商売)を作るうえでの勘所に落としこめていない。結果としてお客様の話を聞いていることになっていないのだ。」と。

そのため、ビジネスの成長期に求められる新しいビジネスを発想する、人を動かす、巻き込むといったことが極めて苦手な者が多いと、高い危機意識を持っておられた。
確かに、今の30歳代前半ぐらいの方々は、思春期の頃から日経平均株価は下落基調が続いているし、社会に出たころは山一ショックや就職超氷河期、また、自分の親や知り合いがリストラされるなど、縮む世の中に浸かってきている。経済の成長を実感する経験が乏しい。

縮む世の中で社会人生活を過ごしているために、業務の中でチャレンジする場が与えられていない。いつまでも先輩や上司が重要な意思決定を行い、自分はそれに従わざるを得ないといった環境が続いている。そうなると自然にマインドはトライ&エラーの発想ではなく、極度に失敗を恐れたり指示待ちとなったりと、目の前のチャンスを見逃す、あるいは、チャンスがあっても効果的な動きが取れないという傾向となる。
こういう人材が、例えばエマージングマーケットに行くと何が起きるのか?現地のパートナーからダイナミックな話が舞い込んで来たりすると、無謀なパートナーの荒唐無稽な話であると尻込みしてしまったり、逆に、相手に圧倒されて言いなりとなってしまい思考が停止する。結果、本来捉えるべき重要なリスクを見落としてしまうといったことも起きるのだ。

同様の話は、とある消費財メーカーの方からも聞こえてきている。
「現在のミドル層は、既存のビジネスの枠組みの中で限定的な役割を担ってきた者ばかり。ビジネスのプロセス全体を俯瞰して捉える、ビジネスのプロセス全体を捉えなおすといった経験は極めて乏しい。」
「ビジネスを進める上で、現地、現物、現実に触れる機会が減っており、顧客の真実の瞬間に立ち会う機会は減っている。まずは顧客に当たってみようといった行動も極めてすくない。」「情報を集めるというと、インターネットで検索することだと思っている者も数多い。」
「ビジネスを立ち上げてきた経験が少ないからか、自らが自社を牽引していくという覚悟を持っている人材が少ない。」
「市場が求めるスピード感を理解しきれていない。走りながら考えることができない。」

若手社員を指導するべきミドル層は、いまバブル入社世代が担っているが、彼らは入社当初でこそ成長期を体験したものの、バブル崩壊により、社会人人生の大半を縮小均衡の中で過ごしてきた。したがって、エマージングマーケットに対する勘所は、若手世代と同様、掴みきれていないことが多い。
特に一流大企業に勤める人材ほど問題の根が深い場合が多い。成熟社会では、大企業であるほど、既存の枠組みが出来上がった中で仕事をする割合が多く、かつ、後発参入の経験も少ないからだ。

ある食品メーカーの方の話では、国内にいる限りは、自社は食品メーカーとしては大手企業で当然ブランドも浸透している。一方、日本では大手でも海外に出たとたんに、今度は、競合はグローバルメジャーとなるため規模の面でも大きく見劣りし、自社は中小から下手すると弱小メーカーという位置づけとなる。
さて、このような国内環境の下(成熟マーケットの大企業)で育った人材が立ち上げ期の市場で仕事をする(成長マーケットの中小企業)とどうなるだろうか?もしくは、急速に市場のニーズが拡大し、グローバル企業による競争が激化している市場で仕事を任されるとどうなるだろうか?中小メーカーという立場で、且つ、後発参入した経験もないため、いざとなると顧客との会話が噛み合わない、あるいは、マーケット参入の方法論もちぐはぐなものになってしまっていることが起きる。

その結果、社員は、ビジネスの本質を見極めることができずに、ビジネス上の問題を文化の違いや国情の違いのせいにし始めるのである。そうなると海外は違うものだという意識が先行して、物事がうまく進まなくなってくるのである。

ある消費財メーカーの経営幹部の嘆きが端的に状況を物語っている。
「ウチの社員は『操業』が得意なものばかり。『創業』のできる経営幹部がもっともっと必要だ。」と。
例えば、ビジネスの現地化を進めるためには、国内の主力ブランドを市場に次々と投入したり、更には、進出先の現地に適したブランドを投入するといった展開もある。こういった業務には、新商品の立ち上げ経験のあるマーケターが必要となるし、同時に、生産や販売面での一貫したマネジメントも必要となってくるのだ。
今の日本市場を見ている限りにおいては、新商品の立ち上げを主導するといった経験は業務のなかでは極めて限られた人材しか持つことができない。更に、昨今のようにローカルブランドの買収を進めるといった話になると益々お手上げの状況だ。国内市場における日本企業の多くは自前でビジネスモデルを構築することが大半だからだ。

一粒で二度美味しい

ビジネスの発展段階(事業ステージ)の差によるビジネスの勘所の違いを押さえることは、グローバルに活躍する人材にとっては極めて重要である。それにも関わらず、これまで述べてきたとおり、その差や違いを体感することは、今の日本企業においては極めて困難な状況にある。
こうした状況に、日本企業の今後の成長を考えると私は危機感を覚える。

では、この経験の欠如を克服し、ビジネスの発展段階ごとの勘所を押さえる術はないのだろうか?ひとつの対策としてユニークな取り組みを紹介しよう。海外の現地採用の幹部候補を育成するプログラムを利用して、発展段階の差によるビジネスの勘所を体感してしまおうという取り組みである。

ある日本の大手消費財メーカーでは、世界各国から参加する現地採用の幹部候補に経営上の様々なテーマについての戦略を議論する場を毎年作っている。各参加者から出される日々の問題意識や課題、あるいは、その課題解決方法について、ビジネスの発展段階(事業ステージ)を切り口に見ていくと、自社のグローバル展開における勘所、ヒントが満載であることに加えて、同じ自社のビジネスでも事業ステージの違いによって押さえるべきことがどう変わるかを現地の生声を伴って理解することができる。そこで、普段は日本での仕事が中心となっている日本人、あるいは、日本本社で海外のフォローアップはしているが現地事情を体感する機会が少ない人をこの場に巻き込むのだ。そうすることによって、なぜ中国のスタッフからこのような依頼が来るのか? なぜ、東南アジアのお客様はこんな要求をしてくるか?といった日々の疑問の背景が見えてくるのだ。

こうした取り組みは、グローバル経験の浅い日本人幹部候補者に、これまで体験したことのない成長段階におけるビジネスの勘所を体感する貴重な場を提供する。現地採用幹部候補者と同時に、日本本社の社員もグローバルリーダーとしての育成機会を得られるという意味で、一挙両得といえるのではないか。現地採用幹部育成を積極的に取り入れる企業が増えつつある中で、こうした機会にもっともっと積極的に人を巻き込んで欲しいと思う。各企業において育成投資のROI は今以上に高められると感じている。

以上、今回は3つのギャップのうちの「ビジネスの発展段階(事業ステージ)の違い」に注目してみた。次回は、「組織における求められる役割の違い」を中心に取り上げてみたい。

最後に。第一回第二回のコラムに対して、多くの方からお声を頂戴した。次回からは、読者の皆様からの声も取り上げようと思うので、是非、皆様からのご意見、ご質問等を寄せて頂ければありがたい。 お待ちしています!

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。