マインドセットをつくる2つのステップ

2009.02.26

第1回目の内容に対して、メルマガを読んでくださった方から励ましのお言葉を頂き、また今現在海外でお仕事をされている方からも関心を寄せて頂いたことは、私自身大変勇気付けられたと同時に身が引き締まる思いである。貴重な時間を割いてフィードバックを下さった方々に深く恩御礼を申し上げたい。昨今の経済環境にあっても、グローバルへの関心の高さを改めて実感した次第だ。
前回は、グローバルに通用するリーダーの育成に関して私の問題意識を中心にお話させて頂いた。グローバル環境でも活躍できる人と、どうしても苦労してしまう人の違いはどこにあるのか? この点に関して、苦労している人に共通に見られる口癖があることをお伝えした。苦労している人は決まってビジネス上の課題を語るときに異文化の話を持ち出し、そこにビジネス上起きている問題や成果が上がらない理由を求める。それに対しては、グローバルビジネスにおいてグローバルとは「違うものだ」という発想から離れるべきであり、いたずらに違いにばかり目を奪われることの弊害をお話した。
私が考えるグローバルリーダーが持つべきマインドセットは、むしろ、
“違い”にばかり目を向けるのではなく、”共通する”点を見出すこと。
“違いの解消に労力を使う”よりも、”共感できる接点を見出す”こと。
である。
皆さんも耳にしたことがあると思うが、グローバルビジネスに携わってきた方は、総じて、「日本であろうが、海外であろうが、ビジネスやリーダーシップの発揮に関しては何も変わらない。何か特別なことをしているわけではなく、当たり前のことを当たり前にやるだけだ。」とか、「そもそもグローバルリーダーというネーミング自体がナンセンスだ!」とかおっしゃる。私も同様の意見を持つが、一方、いきなり同じであると言われても、なかなか言葉通りに受け止められないのも実情だろう。やはり、そう思えるようになるには、実際の海外で働く経験が必要となるのも事実だ。ただ、少しでもその心境に至る時間を短縮できればという思いから、チャレンジをしていきたいと考えている。
そこで今回からは、私が主張するマインドセットをどう作って行くかという話に入って行きたい。このマインドセットを作るには、大きく2つのプロセスを踏む。まず、最初のステップではグローバルを「違うもの」と捉える心の枷(かせ)を外す。そして、次のステップで、相手と共通する点、あるいは共感できる接点を作る準備をする。
それでは、この2つのステップがなぜ必要で、それぞれどんなポイントが鍵になるのかを探っていこう。

執筆者プロフィール
高橋 亨 | Takahashi Toru
高橋 亨

上智大学経済学部卒業。スタンフォード経営大学院SEP修了。大学卒業後、丸紅株式会社にて、機械メーカーとの海外事業展開に従事。7年間の海外勤務では、イランにてインフラ整備プロジェクトに携わった後、在ベルギーの欧州・中東・アフリカ地域統括会社にて、同地域における事業の立ち上げ、出資先、取引先への経営支援、ファイナンス供与などグローバルビジネスに広く携わる。現在は、グロービスの在シンガポール海外拠点GLOBIS Asia Pacific Pte. Ltd. 並びにGLOBIS THAILAND CO., LTD.の代表を務め、アジア地域での人材育成、組織変革事業を推進する。グロービス経営大学院MBAプログラム(日本語・英語)にて、グローバル・パースペクティブ、グローバル化戦略等の講師、また、企業研修においては、海外展開時における企業理念・戦略の浸透、海外拠点の現地化に伴う戦略策定、課題解決、リーダーシップ等の講師業務に携わる。共著に『MBAマネジメントブック2』(ダイヤモンド社)がある。


ステップ1:心の枷(かせ)を外す

まずは、心の枷を認識して、それを取り払うことの重要性を考えたい。 最初に、外国は日本と違うものであるという思い込みを自分が持っていることに気づく必要がある。そして、何が思い込みの罠になっているのか(難所となっているのか)を把握し、その難所を乗り越えるための方法論を理解する必要がある。では、出だしとして、海外で苦労している人に見られる典型的な発言に対する下記の問いにどう答えるか考えてみたい。

1.Aさん 「こっち(海外)の人間は自己主張が強く、自分勝手なことばかり言うので振り回される。本来我々のパートナーであるべき現地の販売代理店も身勝手な要求ばかりしてくる。少しはこちらの事情を理解してくれてもいいのに・・・」、こういった不当と思える要求は国の違いから来ているのだろうか?
2.Bさん 「海外のビジネスでは、日本では考えられないような問題が次々と起こるので大変。気苦労が絶えないし休まる暇もない・・・」、本当に“海外だから”予想もつかない大変なことが起こるのだろうか?
3.Cさん 「こっち(海外)の人間は、苦労して採用してもすぐに辞めてしまうので困る。育成のしがいもない。」海外現地法人でよく聞く話だ。「転職があたりまえの文化だから」「金が全てという価値観だから高い給与の会社にすぐなびく」といったことがまことしやかに語られている。本当にこれは国民性の違いから来るのだろうか?

さて、上記のそれぞれの問いに対して、以下のような着眼点からの考え方ができないか?

着眼点1:ビジネスの発展段階の違い

意見の食い違い、不当と思える要求も、よくよく話を聞くと、そのギャップは市場の発展段階の違いによって起きていることが結構多い。たとえば、日本では成熟期に差し掛かっている商品やサービスでも、海外ではまだまだ導入期や成長期にあるため現地市場におけるニーズやとるべきアクションが成熟期の日本と異なっていることが多い。こうした分析を行わず、現地からの無理な要求は全て国民性や文化的違いによるものと考えてはいないだろうか?

着眼点2:ビジネス範囲の違い

日本では販売だけを担当していた人が、海外ではマーケティングや製造といった他の機能をみたりすることはよくある。また、対応せねばならない商品ラインアップやサービスも多くなる傾向にある。現地に行ったとたんに業務範囲が広がり、これまでの経験にないことまでしなくてはならない。その結果、経験に基づいた予想が効かなくなり、先読みができなくなっているのではないか?つまり、予想がつかないのは海外だからではなく、経験や知識のないことを行っているからであることが多い。

着眼点3:求められる役割の違い

日本から海外駐在する多くの場合、任せられる役職が日本にいる時よりも上位となることが多い。慣れない環境に加え、これまで経験したことがない大きな責任を負うわけで、その分、期待役割に応えるのは難しくなる。しかも、現地法人の管理部門は、経理出身者が一手に引き受けるといったことも多く、人事分野に対する知識や関心が少ないこともある。たとえ、人事担当が出向していても組織の仕組み作りや文化醸成に関する知見が十分でない場合が多い。これでは、グローバル環境ではもとより、日本においてさえ組織マネジメントが難航するのも当然だ。

この3つの着眼点を整理したのが以下の図である。今回示した3つの着眼点は、とりもなおさず、典型的に陥りがちな罠でもある。そこをあらかじめ理解しておくことが、本質的な課題の在り処を常に意識するようなマインドセットを持つ鍵となる。また、このマインドセットを持つことが、図の右下の「文化のギャップ」ばかりに、いたずらに意識が向くことの防止となる。さらに、このマインドセットがグローバルでリーダーシップを発揮できるかどうかの分水嶺になると考えている。

ステップ2:相手と共感できる接点をつくる

皆さんはこの問いに対してちゃんと答えることができるだろうか?
1.あなたはあなたの会社を5年後にはどんな会社にしたいですか?あなた自身の言葉で語ってください。
2.あなたの会社が持っている強みを具体的に説明してください。できれば小学生が聞いても分かるように。
3.あなたはあなたの会社で仕事をしていて、どんな時にワクワクしますか?あなたの会社に入社して欲しい学生に向かって語ってください。

私どもが行っているグローバルリーダー育成のセッションにおいてもこういった質問を投げかける。しかし、グローバルで活躍しているリーダークラスの方々でも、この3つ問いに対してちゃんと答えられる人、語ることができる人は、極めて少ないのが現状だ。さて、この問いは我々に何を促しているのだろうか?

相手の違いを言う前に、自分のことを語っていますか?
現地で人を採用する時にどれだけ自社のことを語っていますか?
取引先に自社の強みや大事にしていることをどれだけ自分の言葉で語っていますか?
普段部下にどれだけ自分自身の想いを語っていますか?
これらのことをちゃんと語るだけの中身を持っていますか???

自分の言葉で語り聞かせずして、どうして現地で採用した人の中からわが社のリーダーが生まれるだろうか?現地で採用した人がちゃんと働いてくれない、すぐにやめてしまうと嘆く資格があるだろうか?逆の立場で考えると良くわかる。例えば、外資系の企業に勤めてみたいと我々はどういう時に思うだろうか?逆に、どういう外資系企業には行きたくないだろうか?あるいは、外資系の企業と取引したいと思う時はどういう時だろうか?卓越したサービスがある、素敵なデザインの商品がある、とても素敵な考え方を持った会社といったことがあるからではないか?

逆に、どうすれば、わざわざ日本の会社を選んで勤めてくれるのだろうか?どうすれば、わざわざ日本の会社から商品やサービスを購入してくれるだろうか?更には、合弁会社を作ったり、深い関係を築いたりするだろうか?

かつては上記の3つの問いにちゃんと答えられなくても何とかなった。日本の製品は、質が高くて、安くて、壊れない。それで十分買ってくれた。しかし、今はそうは行かない。「モノ」から「コト」へという流れの中で、我々の製品やサービスを購入するとどんなことが実現できるのかを伝えなければならない。また、今や、日本企業だからといって入社してくれる人は減少している。

21世紀のグローバルリーダーとして活躍するには、この問いに対して自分なりの解を持つこと。あるいは自分なりの解を考え続けられることが極めて重要だと考える。異文化コミュニケーションのノウハウを学ぶ前にするべきことがたくさんあると言っているのはこの理由からだ。私は、この3つの問いに答えられない人を海外に送るべきではないとクライアントには申し上げている。

いまやかつてのように商品のスペックを語ればビジネスが成り立った時代は終わり、我々の商品やサービスを利用すると何が実現できるのか、をお客様に実感してもらうことが必須となっている。また、我々の会社に入るとどんなビジネスパーソンとしての生活を送ることができるのか、が社員からは問われている。そして、このことは、相手とどれだけ共感できるポイントを作ることができるか?が問われていることに他ならない。しかし、残念ながら、そのための備えができている企業、あるいは、リーダーは極めて少ないと言わざるを得ないのだ。

今回は、グローバルマインドセットを作るためには、心の枷をとることと、共感できる接点を作るという2つのステップがあること、そして、それぞれのステップがなぜ重要なのかをお話した。

次回は、上記のマインドセットを作る上で、どんな難所があるのか?具体的な事例を交えながら更に詳しく見て行きたい。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。