グローバルリーダーの心構えと日本的価値観の再発見
- グローバル人材育成
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高橋 亨
グロービス講師
それは 「デジャ・ビュ」から始まった
1990年8月2日。私にとっては忘れられない日のひとつだ。
前職時代、商社マンとして社会人生活をスタートした私が初出張に出発した日。イランのテヘランに向けてイランエアーの直行便で成田空港から飛び立った日である。いよいよだ!という胸の高鳴りを今でも思い出す。暑い夏の日だった。同時にこの日、フセイン政権のイラクがクウェートに侵攻を開始した。米国を中心とした多国籍軍との湾岸戦争にまで発展する湾岸危機が始まったのだった。
イラクのクウェートへの侵攻は、私が搭乗した飛行機が成田を離陸した直後に開始された。従い、私がイラクのクウェート侵攻を知ったのは翌日の早朝にテヘランの空港に到着してからだった。現地の駐在員から苦笑された。お前知らずに来たのか?と。
このめぐり合わせには当時運命的なものを感じた。私が商社マンとして深く海外でのビジネスに関わり始めたのはこの頃からである。
世界中の多くの人々から学ぶ
あれから既に20年近い月日が経った。その間、92年からテヘランに2年間、94年からベルギーのブラッセルに5年間の計7年間の駐在を経験した。99年の帰国後も、韓国での販売代理店の設定、アジア通貨危機等によって生じた不良債権の回収など、引き続き海外と関わる様々な業務に携わってきた。本稿を執筆するにあたって、私のこれまでの人生を改めて振り返ると、世界中の様々な人種、宗教、習慣を持つ数え切れない人々との出会いから本当に多くのことを学ばせてもらったと実感する。
現在、私はグロービス・オーガニゼーション・ラーニングの責任者の一人として、東名阪のクライアント約250社に対して、人材育成、組織変革に関わる個別の課題解決を図る仕事をしている。特に、ここ数年はグローバル人材育成に関する相談も数多く受けるようになった。話を聞くとどのクライアントも、なかなか満足のいく対応ができていないのが実情だ。
「何から手をつけていいか分からない。」「語学や異文化コミュニケーションなどのプログラムを準備しているが、それだけでいいのだろうか。」「結局、現地に送り込む以外に方法はなさそうだ。」といった声が多くのクライアントから聞こえてきている。
このような声の背景には、書籍や専門誌などにグローバル企業として具備すべき要件、あるいは、グローバルリーダーに求められる資質などが紹介されているが、どうもその理想の姿と自社の現状を見た時のギャップがあまりにも大きすぎるために、結局、何から始めて、何をどこまでやるべきなのかがなかなか特定しづらいようである。
今、こうした現状をみるにつけ、グローバルリーダーの育成ほど過去から多くの企業で強い課題意識を持ちながら、納得の行く打ち手が十分に打てていない課題もないと感じている。グローバルリーダー育成。捉えどころが難しいテーマではあるが、日本企業が今後も継続的に事業を発展させていくためには、手をこまねいている訳には行かない。そこで、本シリーズでは、事例や私自身の体験談も交えながら、かかる状況下各企業においてどのような考え方でグローバルリーダー育成に向き合うべきかを示してみたい。
かく言う私は23歳まで海外に出たことがなく、ドメスティックな人生を送っていた。社会人になってからは、逆に、一気にグローバルな環境の中に入ることとなった。そんな私が困難にぶつかりながら、必死になって仕事をしてきた中で感じていた問題意識、そして、グロービスの人材育成・組織変革事業での顧客接点を通して見えてきたことをベースに、グローバルリーダーを考える視点とは?どうすればグローバルリーダー育成の課題を乗り越えることができるのか?そして、何をすべきか?というところまでシリーズを通して言及してみたい。
一番大きな問題意識
多くの企業で、実際にどのような取り組みをしているかのアンケート結果によると、教育に導入しているものとして、やはり語学が一番多く、異文化理解、異文化コミュニケーションスキルの習得といった領域が次に続く。直接、お客様と話をしていても異文化コミュニケーションの重要性についてはよく出てくる話だ。しかし、私は、この異文化理解の取り組みがかえってグローバルリーダーの育成、あるいは、グローバルでの日本企業、日本人の活躍を阻害する要因になってしまっている場合が多いと考えている。もちろん私自身も異文化の勉強をした。グロービスでも異文化を学ぶプログラムも提供している。しかし、私は、敢えてお客様に中途半端な異文化は止めたほうがいいと言っている。異文化を意識することが、グローバルで活躍しようとする人に心理的な壁を作っている、あるいは、思い込みを助長しているというのが私の問題意識だ。
なぜ、私がこのような問題意識を持つに至ったかをお話しよう。グロービスが提供しているリーダー育成のセッションで実際に起きている様子を紹介したい。そのクライアントでは、グローバルでの理念経営推進をテーマにセッションを行っていた。テーマに基づいて課題を特定し、アクションプランを策定するといったグロービスが通常取り入れているワークショップ型研修での一幕だ。このクライアントは、世間一般ではグローバル化がかなり進んでいると目されている企業だが、私にとっては気にかかる発言がたくさん出てきた。 いわゆる気になる枕詞というやつだ。
講師:「皆さんの事業上の課題はどんなところにありますか?」
参加者A:「中国現地法人の営業を統括しているが、中国市場というのは本当に特殊で、なかなか思うように販売戦略を進めることができない…」
講師:「組織運営上、どんなところに苦労がありますか?」
参加者B:「アメリカ人を説得するのは至難の業で、会社の方針に従って業務を遂行するのが非常に困難である。」
参加者C:「現地では日本のように物事が進まないということが、本部の事業部には理解してもらえず、孤軍奮闘している…」
議論の端々に、“日本とは違う” という枕詞が噴出するのだ。確かに違いはある。しかし問題はそこで思考停止していること。そして、様々なビジネス上の課題を殊更異文化にその原因を求める姿勢が見えることだ。
セッションを見ていて、昔、こういう言葉よく聞いたなぁと駐在時代のことを思い出していた。「デジャ・ビュ」だ。92年にイランに初駐在で行った時に周囲から言われたこと。「イランは大変だ!」「イラン人を信用してはいけない。」「イランで複雑な契約を行うことは無理だ。」といったホラーストリーを嫌と言うほど聞かされた。
最初は、そんなものなのだろうと常に緊張感を持ちながら仕事をしていたが、だんだん、本当にそうなのか?周囲が言うほど大変なのだろうか?という疑問を持つようになった。そして、その後の経験の中で、グローバルで成果があがっていない組織、成果をあげるのに苦労している人ほど、ビジネスの会話の中に異文化の話が出てくることに気づいたのだ。グローバルで成果があがらない人に共通する口癖だ。
違いばかりに目を奪われているときりがない。ここも違う、あそこも違う。探せばいくらでも出てくる。そうやって自分で見つけた違いに縛られている人をたくさん見てきた。
まずは、この「違うんだ」という心の壁を取り払うことが重要だと考える。私が中途半端な異文化教育はやめたほうがいいと言っているのもそのためだ。繰り返しとなるが、中途半端に異文化をやると、益々この違いの方に気持が向いてしまうのだ。そうすると相手を違うものと捉えて、それに合わせることばかりに意識がいき、次第に自分自身を見失う。さらには、成果があがらないと、そもそも違う環境にあるのだから、違う人と仕事をしているのだから…と、あきらめモード、逃げの姿勢をつくり、受身の状態に閉じて行く現象が起こるのだ。
このシリーズで、私が一番お伝えしたいメッセージは、むしろ;
“違い”ばかりに目をむけるのではなく、”共通する”点を見出すこと。
“違いの解消に労力を使う”よりも、”共感できる接点を見出す”こと。
このマインドセットを持てるかどうか? これが、グローバルに通用するリーダーとして成長し続けられるかどうかの分水嶺となっている。グローバルに真にリーダーシップを発揮する企業、あるいは、リーダーシップを発揮する個人がまずは持つべき共通のマインドセットだと考える。
マインドセットをつくる2つのステップ
ステップ1:心の枷(かせ)を外す
まずは、心の枷を認識して、それを取り払うことの重要性を考えたい。
最初に、外国は日本と違うものであるという思い込みを自分が持っていることに気づく必要がある。そして、何が思い込みの罠になっているのか(難所となっているのか)を把握し、その難所を乗り越えるための方法論を理解する必要がある。では、出だしとして、海外で苦労している人に見られる典型的な発言に対する下記の問いにどう答えるか考えてみたい。
- Aさん 「こっち(海外)の人間は自己主張が強く、自分勝手なことばかり言うので振り回される。本来我々のパートナーであるべき現地の販売代理店も身勝手な要求ばかりしてくる。少しはこちらの事情を理解してくれてもいいのに・・・」、こういった不当と思える要求は国の違いから来ているのだろうか?
- Bさん 「海外のビジネスでは、日本では考えられないような問題が次々と起こるので大変。気苦労が絶えないし休まる暇もない・・・」、本当に“海外だから”予想もつかない大変なことが起こるのだろうか?
- Cさん 「こっち(海外)の人間は、苦労して採用してもすぐに辞めてしまうので困る。育成のしがいもない。」海外現地法人でよく聞く話だ。「転職があたりまえの文化だから」「金が全てという価値観だから高い給与の会社にすぐなびく」といったことがまことしやかに語られている。本当にこれは国民性の違いから来るのだろうか?
さて、上記のそれぞれの問いに対して、以下のような着眼点からの考え方ができないか?
着眼点1:ビジネスの発展段階の違い
意見の食い違い、不当と思える要求も、よくよく話を聞くと、そのギャップは市場の発展段階の違いによって起きていることが結構多い。たとえば、日本では成熟期に差し掛かっている商品やサービスでも、海外ではまだまだ導入期や成長期にあるため現地市場におけるニーズやとるべきアクションが成熟期の日本と異なっていることが多い。こうした分析を行わず、現地からの無理な要求は全て国民性や文化的違いによるものと考えてはいないだろうか?
着眼点2:ビジネス範囲の違い
日本では販売だけを担当していた人が、海外ではマーケティングや製造といった他の機能をみたりすることはよくある。また、対応せねばならない商品ラインアップやサービスも多くなる傾向にある。現地に行ったとたんに業務範囲が広がり、これまでの経験にないことまでしなくてはならない。その結果、経験に基づいた予想が効かなくなり、先読みができなくなっているのではないか?つまり、予想がつかないのは海外だからではなく、経験や知識のないことを行っているからであることが多い。
着眼点3:求められる役割の違い
日本から海外駐在する多くの場合、任せられる役職が日本にいる時よりも上位となることが多い。慣れない環境に加え、これまで経験したことがない大きな責任を負うわけで、その分、期待役割に応えるのは難しくなる。しかも、現地法人の管理部門は、経理出身者が一手に引き受けるといったことも多く、人事分野に対する知識や関心が少ないこともある。たとえ、人事担当が出向していても組織の仕組み作りや文化醸成に関する知見が十分でない場合が多い。これでは、グローバル環境ではもとより、日本においてさえ組織マネジメントが難航するのも当然だ。
この3つの着眼点を整理したのが以下の図である。今回示した3つの着眼点は、とりもなおさず、典型的に陥りがちな罠でもある。そこをあらかじめ理解しておくことが、本質的な課題の在り処を常に意識するようなマインドセットを持つ鍵となる。また、このマインドセットを持つことが、図の右下の「文化のギャップ」ばかりに、いたずらに意識が向くことの防止となる。さらに、このマインドセットがグローバルでリーダーシップを発揮できるかどうかの分水嶺になると考えている。
ステップ2:相手と共感できる接点をつくる
皆さんはこの問いに対してちゃんと答えることができるだろうか?
1.あなたはあなたの会社を5年後にはどんな会社にしたいですか?あなた自身の言葉で語ってください。
2.あなたの会社が持っている強みを具体的に説明してください。できれば小学生が聞いても分かるように。
3.あなたはあなたの会社で仕事をしていて、どんな時にワクワクしますか?あなたの会社に入社して欲しい学生に向かって語ってください。
私どもが行っているグローバルリーダー育成のセッションにおいてもこういった質問を投げかける。しかし、グローバルで活躍しているリーダークラスの方々でも、この3つ問いに対してちゃんと答えられる人、語ることができる人は、極めて少ないのが現状だ。さて、この問いは我々に何を促しているのだろうか?
相手の違いを言う前に、自分のことを語っていますか?
現地で人を採用する時にどれだけ自社のことを語っていますか?
取引先に自社の強みや大事にしていることをどれだけ自分の言葉で語っていますか?
普段部下にどれだけ自分自身の想いを語っていますか?
これらのことをちゃんと語るだけの中身を持っていますか???
自分の言葉で語り聞かせずして、どうして現地で採用した人の中からわが社のリーダーが生まれるだろうか?現地で採用した人がちゃんと働いてくれない、すぐにやめてしまうと嘆く資格があるだろうか?逆の立場で考えると良くわかる。例えば、外資系の企業に勤めてみたいと我々はどういう時に思うだろうか?逆に、どういう外資系企業には行きたくないだろうか?あるいは、外資系の企業と取引したいと思う時はどういう時だろうか?卓越したサービスがある、素敵なデザインの商品がある、とても素敵な考え方を持った会社といったことがあるからではないか?
逆に、どうすれば、わざわざ日本の会社を選んで勤めてくれるのだろうか?どうすれば、わざわざ日本の会社から商品やサービスを購入してくれるだろうか?更には、合弁会社を作ったり、深い関係を築いたりするだろうか?
かつては上記の3つの問いにちゃんと答えられなくても何とかなった。日本の製品は、質が高くて、安くて、壊れない。それで十分買ってくれた。しかし、今はそうは行かない。「モノ」から「コト」へという流れの中で、我々の製品やサービスを購入するとどんなことが実現できるのかを伝えなければならない。また、今や、日本企業だからといって入社してくれる人は減少している。
21世紀のグローバルリーダーとして活躍するには、この問いに対して自分なりの解を持つこと。あるいは自分なりの解を考え続けられることが極めて重要だと考える。異文化コミュニケーションのノウハウを学ぶ前にするべきことがたくさんあると言っているのはこの理由からだ。私は、この3つの問いに答えられない人を海外に送るべきではないとクライアントには申し上げている。
いまやかつてのように商品のスペックを語ればビジネスが成り立った時代は終わり、我々の商品やサービスを利用すると何が実現できるのか、をお客様に実感してもらうことが必須となっている。また、我々の会社に入るとどんなビジネスパーソンとしての生活を送ることができるのか、が社員からは問われている。そして、このことは、相手とどれだけ共感できるポイントを作ることができるか?が問われていることに他ならない。しかし、残念ながら、そのための備えができている企業、あるいは、リーダーは極めて少ないと言わざるを得ないのだ。
ビジネスの発展段階(事業ステージ)の違いを見る
今回は、マインドセットを作るための最初のステップである、”心の枷(かせ)を外す”に関して更に掘り下げてみたい。前回の振返りとなるが、グローバルとは「違うもの」と捉えてしまう心の枷(かせ)を外すには、グローバル環境でビジネスを行う際に陥りがちとなる罠を事前に押さえておくことが肝要となる。
陥りがちな罠には、大きく3つのポイントがある。(図参照)
1.ビジネスの発展段階(事業ステージ)の違い
2.ビジネスの対象範囲の違い
3.組織における求められる役割の違い
この3つの違いを認識することが、ビジネス上起こる問題をいたずらに図の右下の文化の違いにその原因を求める思考を正し、純粋にビジネスの課題に向き合う姿勢を作るのである。
3つのギャップへの対応状況
クライアント企業の対応状況を上記視点で見た場合の私なりに捉えている傾向を共有したい。
2.の「ビジネス対象範囲の違い」については、その違いが比較的分かりやすいためにクライアント企業のギャップ認識度合いも高い。
従い、事前に必要な知識のインプットを行う、業務上でのフォロー体制を整備するなどの対応策を講じているクライアントも多い。また、自分の知らない分野や専門外のことでも経営的判断をする訓練を行っている企業も増えている。
次に、3.の「組織における求められる役割の違い」については、日本企業の海外展開や現地化の促進に伴い、現場でのトラブルも増えているため、問題の顕在化度合いは大きい。多くのクライアント企業での問題意識はかなり高まっている。
しかし、この分野において十分な対応策が講じられているかと言えば、残念ながら心もとない状況と言わざるを得ない。特に、日本企業において、グローバルで活躍するマネジメントに対しての人・組織に関わるトレーニングは、クロトンビルにおける教育が有名なGEや、サクセッション・プランがシステマティックに進められているIBMなどの外資系企業と比べ量・質ともに見劣りしているのが現状だ。 この問題については、次回以降に取り上げていく。
さて、今回は、3つの違いのうち、特に昨今経営への影響が大きいにも関わらず、クライアント企業においての問題認識が薄く、また、対応策も十分講じられていないと見られる1番目の「ビジネスの発展段階(事業ステージ)の違い」に注目していきたい。まず1番目の違いは何かを復習しておこう。前回のコラムから下記に再掲(一部加筆修正)する。
■着眼点1:ビジネスの発展段階(事業ステージ)の違い
ビジネスを進める上での意見の食い違いや、代理店等の協業先から寄せられる不当な要求をグローバルビジネスのビギナーは国民性や文化的違いによるものと考えがちだ。一旦、それらを国民性や文化の違いによるものと認識してしまうと、そこで思考が停止する。
起きている問題をよくよく聞くと、その問題は市場や事業の発展段階の違いによって引き起こされていることが多い。たとえば、日本では成熟期に差し掛かっている商品やサービスでも、海外の他の市場では導入期や成長期にある場合、同じ商品やサービスでもその市場におけるニーズは異なり、当然とるべきアクションは成熟期の日本とは異なってくる。従って、事業ステージの違いに伴うビジネスの勘所の変化を押さえていないと、問題発見が遅れ、問題解決を誤ってしまう。
ビジネスの発展段階(事業ステージ)の違いにおける難所
とあるエレクトロニクス関連企業の方とこの話をしていた時である。
「最近のうちのミドルクラスには、経済が成長するとか、市場が成長していくといったことを肌感覚として持っている者があまりにも少ない。そのため、凄まじい勢いで伸びているエマージングマーケットで、お客様の話を聞いても、言葉としては聞いてはいるのだが、聞いた話を自分自身のビジネス(商売)を作るうえでの勘所に落としこめていない。結果としてお客様の話を聞いていることになっていないのだ。」と。
そのため、ビジネスの成長期に求められる新しいビジネスを発想する、人を動かす、巻き込むといったことが極めて苦手な者が多いと、高い危機意識を持っておられた。
確かに、今の30歳代前半ぐらいの方々は、思春期の頃から日経平均株価は下落基調が続いているし、社会に出たころは山一ショックや就職超氷河期、また、自分の親や知り合いがリストラされるなど、縮む世の中に浸かってきている。経済の成長を実感する経験が乏しい。
縮む世の中で社会人生活を過ごしているために、業務の中でチャレンジする場が与えられていない。いつまでも先輩や上司が重要な意思決定を行い、自分はそれに従わざるを得ないといった環境が続いている。そうなると自然にマインドはトライ&エラーの発想ではなく、極度に失敗を恐れたり指示待ちとなったりと、目の前のチャンスを見逃す、あるいは、チャンスがあっても効果的な動きが取れないという傾向となる。
こういう人材が、例えばエマージングマーケットに行くと何が起きるのか?現地のパートナーからダイナミックな話が舞い込んで来たりすると、無謀なパートナーの荒唐無稽な話であると尻込みしてしまったり、逆に、相手に圧倒されて言いなりとなってしまい思考が停止する。結果、本来捉えるべき重要なリスクを見落としてしまうといったことも起きるのだ。
同様の話は、とある消費財メーカーの方からも聞こえてきている。
「現在のミドル層は、既存のビジネスの枠組みの中で限定的な役割を担ってきた者ばかり。ビジネスのプロセス全体を俯瞰して捉える、ビジネスのプロセス全体を捉えなおすといった経験は極めて乏しい。」
「ビジネスを進める上で、現地、現物、現実に触れる機会が減っており、顧客の真実の瞬間に立ち会う機会は減っている。まずは顧客に当たってみようといった行動も極めてすくない。」「情報を集めるというと、インターネットで検索することだと思っている者も数多い。」
「ビジネスを立ち上げてきた経験が少ないからか、自らが自社を牽引していくという覚悟を持っている人材が少ない。」
「市場が求めるスピード感を理解しきれていない。走りながら考えることができない。」
若手社員を指導するべきミドル層は、いまバブル入社世代が担っているが、彼らは入社当初でこそ成長期を体験したものの、バブル崩壊により、社会人人生の大半を縮小均衡の中で過ごしてきた。したがって、エマージングマーケットに対する勘所は、若手世代と同様、掴みきれていないことが多い。
特に一流大企業に勤める人材ほど問題の根が深い場合が多い。成熟社会では、大企業であるほど、既存の枠組みが出来上がった中で仕事をする割合が多く、かつ、後発参入の経験も少ないからだ。
ある食品メーカーの方の話では、国内にいる限りは、自社は食品メーカーとしては大手企業で当然ブランドも浸透している。一方、日本では大手でも海外に出たとたんに、今度は、競合はグローバルメジャーとなるため規模の面でも大きく見劣りし、自社は中小から下手すると弱小メーカーという位置づけとなる。
さて、このような国内環境の下(成熟マーケットの大企業)で育った人材が立ち上げ期の市場で仕事をする(成長マーケットの中小企業)とどうなるだろうか?もしくは、急速に市場のニーズが拡大し、グローバル企業による競争が激化している市場で仕事を任されるとどうなるだろうか?中小メーカーという立場で、且つ、後発参入した経験もないため、いざとなると顧客との会話が噛み合わない、あるいは、マーケット参入の方法論もちぐはぐなものになってしまっていることが起きる。
その結果、社員は、ビジネスの本質を見極めることができずに、ビジネス上の問題を文化の違いや国情の違いのせいにし始めるのである。そうなると海外は違うものだという意識が先行して、物事がうまく進まなくなってくるのである。
ある消費財メーカーの経営幹部の嘆きが端的に状況を物語っている。
「ウチの社員は『操業』が得意なものばかり。『創業』のできる経営幹部がもっともっと必要だ。」と。
例えば、ビジネスの現地化を進めるためには、国内の主力ブランドを市場に次々と投入したり、更には、進出先の現地に適したブランドを投入するといった展開もある。こういった業務には、新商品の立ち上げ経験のあるマーケターが必要となるし、同時に、生産や販売面での一貫したマネジメントも必要となってくるのだ。
今の日本市場を見ている限りにおいては、新商品の立ち上げを主導するといった経験は業務のなかでは極めて限られた人材しか持つことができない。更に、昨今のようにローカルブランドの買収を進めるといった話になると益々お手上げの状況だ。国内市場における日本企業の多くは自前でビジネスモデルを構築することが大半だからだ。
一粒で二度美味しい
ビジネスの発展段階(事業ステージ)の差によるビジネスの勘所の違いを押さえることは、グローバルに活躍する人材にとっては極めて重要である。それにも関わらず、これまで述べてきたとおり、その差や違いを体感することは、今の日本企業においては極めて困難な状況にある。
こうした状況に、日本企業の今後の成長を考えると私は危機感を覚える。
では、この経験の欠如を克服し、ビジネスの発展段階ごとの勘所を押さえる術はないのだろうか?ひとつの対策としてユニークな取り組みを紹介しよう。海外の現地採用の幹部候補を育成するプログラムを利用して、発展段階の差によるビジネスの勘所を体感してしまおうという取り組みである。
ある日本の大手消費財メーカーでは、世界各国から参加する現地採用の幹部候補に経営上の様々なテーマについての戦略を議論する場を毎年作っている。各参加者から出される日々の問題意識や課題、あるいは、その課題解決方法について、ビジネスの発展段階(事業ステージ)を切り口に見ていくと、自社のグローバル展開における勘所、ヒントが満載であることに加えて、同じ自社のビジネスでも事業ステージの違いによって押さえるべきことがどう変わるかを現地の生声を伴って理解することができる。そこで、普段は日本での仕事が中心となっている日本人、あるいは、日本本社で海外のフォローアップはしているが現地事情を体感する機会が少ない人をこの場に巻き込むのだ。そうすることによって、なぜ中国のスタッフからこのような依頼が来るのか? なぜ、東南アジアのお客様はこんな要求をしてくるか?といった日々の疑問の背景が見えてくるのだ。
こうした取り組みは、グローバル経験の浅い日本人幹部候補者に、これまで体験したことのない成長段階におけるビジネスの勘所を体感する貴重な場を提供する。現地採用幹部候補者と同時に、日本本社の社員もグローバルリーダーとしての育成機会を得られるという意味で、一挙両得といえるのではないか。現地採用幹部育成を積極的に取り入れる企業が増えつつある中で、こうした機会にもっともっと積極的に人を巻き込んで欲しいと思う。各企業において育成投資のROI は今以上に高められると感じている。
そもそも持つべき心構え、役割認識とは何か
「トオル。君はこれからイランに住んでイランで仕事をするのだから、その国のことを好きになって欲しい。その国の人々を愛して欲しい。そして、君自身がその国の人から愛される人になって欲しい。君ならできるはずだ。」
この言葉は、私の結婚披露パーティの席で、大学時代の恩師であり、式を挙げて頂いたアイルランド人のドナル・ドイル先生から頂いた言葉だ。
私は前職の商社勤務時代、イランに駐在する2週間前に結婚をし、初出張先であり初駐在の地となったイランのテヘランに旅立った。私の新婚生活はイランで始まったのだった。
イランで経験した役割認識
当時のイランは、88年に停戦したイラン・イラク戦争からの復興がまだ十分に進んでいなかったため、停電が断続的に起きるなどインフラはまだまだ整備されていなかった。娯楽の類はほとんどなく、当然アルコール類は一切禁止。TVをつけてもイスラムの宗教的な番組が多く外からの情報流入は厳しく統制されていた。女性は外国人であってもヘジャブと呼ばれる布で頭から体を覆わねばならず、横浜育ちの私の妻には新婚当初から大変苦労をかけた。
今のイランは当時に比べればだいぶ良くなったようには聞いているが、このような環境の国でその国を好きになるのは必ずしも簡単なことではなく、むしろ、半分ノイローゼのようになって帰国してしまう家族の方もいらした。駐在員の中にも物事がうまく進まないことに腹を立ててイライラを隠さない、あるいは、不便な生活に嫌気がさしてイラン人の前でも露骨にイランの悪口を言う者が少なからずいた。そういう姿に対して当時の上司が語っていたことを今でも思い出す。
「ああいう態度はいかん。そもそも我々のような外国人はどういう立場でこの国に来ているのかが分かっていない。我々は、労働許可証を取り、居住許可を取ってこの地にやって来ているのだ。我々からお願いをしてこの国に住まわせてもらい、許可を頂いて仕事をさせてもらっている。だから、人様の国で仕事をさせてもらって、稼がせてもらっていることに感謝しなければならない。こうした認識、そして、感謝の気持ちがあれば、ああいう態度にはならんよなぁ。」
よその人の家にお願いして入れてもらっておいて、その人の家の部屋が狭いねとか、何でこんな絵を壁に掛けているのなんて言っては嫌われる。それと同様に、許可を頂いて仕事をさせてもらっていながら、その国への文句や不平ばっかり言ってはこころよく思ってはもらえない。ビジネスの機会を頂いていることへの感謝の気持ちを決して忘れてはならないのだ。
例えば、現地で人を雇う場合も、雇用を創出してやっている、雇ってやっているではなく、「自社が現地でビジネスを遂行するために貴重な労働力を提供して頂いている」という発想を持たねば、決していい人材を雇うことはできない。皆さんの会社の海外で活躍されている方は、こうしたマインドセットをしっかり持っておられるだろうか。忘れてしまいがちではないだろうか。私自身も今でも初駐在の時に上司が語っていた言葉、結婚パーティでの恩師からの言葉を肝に銘じるようにしている。
第4回目となる本稿では、前回紹介した3つのギャップのうち、3つめの役割の違いのギャップについて取り上げる (3つのギャップについては、下図の再掲を参照)。
役割の違いのギャップとは、海外ではそれまで日本で担っていた役割より高い役割を担うことが多いため、ビジネスを進め組織を束ねる難易度が高くなることを意味しているとお伝えした。今回この話を進めるにあたり、グローバルリーダーが持つべきそもそもの心構えとは、例えどんなに生活やビジネスのハードシップが高くても、その国やその国の人々を愛し、その土地で仕事ができることに感謝することから始まる。そう考えるので、冒頭に私の経験をご紹介した。
海外で担う役割と現実とのギャップ
皆さんの会社、あるいは、組織では、グローバルで活躍するリーダーの役割は定義されているだろうか?定義されていたとしても、個々の社員がそれをしっかり認識しているだろうか?
各企業においてビジネスの状況は違い、また、担う業務も様々なので一概には言えないが、リーダーの役割としては、与えられた業務で結果を出すこと、そのために人材を育成すること、自社が求める人材が育つように自社の組織文化を伝承し、現地において組織文化を創りあげるといったことが挙げられる。しかしながら、限られた海外赴任期間の中で、業務での結果を出しながら、且つ、人材を育成することは容易でなく、組織文化を創るといったことに意識を高く持っている人は必ずしも多くない。先日もグローバルに展開しているある企業の方が問題意識を語ってくださった。
「日本人の駐在員を減らすためには現地採用社員に日本人駐在員がやっていた仕事を移管する必要がある。そのためには、いい人を採用し育成するのが重要な任務であることを海外赴任者には何度も伝えている。しかし、どうすればいい人が採用できるのか? どうすれば現地で採用した人を育成することができるのか?を分かっている人、行動できている人はほとんどいない。やっていたとしてもそれぞれの経験の範囲、自己流で進めている場合が多いので、他者の参考にはなっていない。」
最近は海外に限らず日本においても職場での部下育成がうまく進んでいないと聞く。部下を育成する文化が組織になくなってしまったことも深刻化している。日本においてさえ満足な部下育成の経験がない、あるいは、上司にしっかりと育成してもらった経験に乏しい者が、いきなり海外に行って部下を育成するのは至難の業だ。しかも、日本人が日本人に仕事を引き継いでいるうちは、多くのことが暗黙知のままであってもなんとかなるが、現地社員に仕事のやり方を伝えるには、日本人相手の時よりも相当に難易度があがる。そのため、マネジメントとして海外赴任した多くの人は、自らの能力と期待役割とのギャップに悩むことになる。ましてや、海外赴任者の多くは、日本よりも海外での役職が高くなる場合が多い。海外現地法人で担うべき役割は、輪をかけて大きくなるのだ。
グローバル企業コマツの取り組み
これに関連して、グローバルに成功している企業で私が商社時代にお付き合いのあったコマツ(建設機械、鉱山機械、産業機械の製造販売がメインのグローバル企業)の例を取り上げてみたい。
コマツの成功は、グローバルでのロジスティクスや生産管理、管理会計など大変優れた戦略を展開していることにフォーカスされがちだ。こうしたハード面での優れた戦略もさることながら、私はむしろ、ヒトを中心としたソフトの面において一日の長があると思っている。製造業の中でも建設機械、鉱山機械という製品が持つ特性が、コマツの人における能力アップに大きく寄与したと捉えている。
建設機械という製品が持つ特性は何か?特に他の日本の製品と比べて圧倒的に違うのは、分かりやすい言い方をすれば、どんなに良い製品でも壊れるということだ。建設機械は建設現場や鉱山などの過酷な環境下で使用される。そうするとどんな優れた機械でも磨耗するし、破損も起きる。”品質が良くて、安くて、壊れない” と三拍子揃って表現された自動車や電気製品に代表される日本製品の特性のうち、”壊れない” という要素が、その特性上、建設機械という製品には欠けており、この点が他の日本の製品が誇る優位性を持たないということで、決定的に異なるのだ。この点が実はグローバル化という観点でコマツに幸いしたと思っている。なぜだろうか?
建設機械のお客様である建設現場や鉱山開発の現場は、厳格なタイムラインに則って工事や開発が進められている。そこで使用されている機械にトラブルが発生した場合、当然ながらいつまでも機械をストップさせておく訳には行かない。止まっている間の時間のロスは、そのままコストに反映されてしまう。したがって、機械の不具合状況をもとに、対応方針を的確に判断して迅速に実行に移すことが、建設機械のビジネス上の重要な鍵となる。そのため、部品供給体制を作り、優秀なエンジニアやサービスマンを確保し体制を整える必要がある。この体制をグローバルに構築するのにコマツは大変なご苦労をされてきた。
お客様の不満や要望などをきめ細かく理解するためには、その国の人同士が密にコミュニケーションすることがもっとも効果的、効率的だ。しかし、コマツの製品やサービスの背景にある考え方を、海外の現地採用の社員が必ずしも十分に理解しているとは限らない。かといって、日本人社員が世界中の建設現場に赴くのは非現実的である。そこで、コマツは、自社の機械の面倒を見る人を世界中で育成し、そのための組織文化を創ることに真剣に取り組んだ。あるいは、製品特性から来る宿命により取り組まざるを得なかったとも言える。
まず、現地で採用した人に対して徹底的にコマツの企業ポリシーを伝える必要がある。コマツの機械はどういう特性があり、どんなフィロソフィーで設計され作られているのか。また、どんなトラブルが起きやすく、修理にあたって無償/有償はどう判断するのか、そしてお客様とどう対応するのかといった考え方も合わせなければならない。更には、現場で起きたトラブルの再発を防止するために、トラブルの問題点や原因、解決策を明らかにし、見える化を通じて関係者に共有する必要もある。まさに暗黙知の形式知化と組織の知恵の蓄積を外国人社員にも行ってもらわなくてはならないのだ。
こうした活動を世界中できちんと行うには、ビジョン・ミッションの周知徹底や一人一人が持つべき心構えを現場でしっかり伝え、相手が腹落ちするまで教育する必要がある。こうした愚直な努力の継続が、コマツのグローバル企業としての揺ぎ無い競争優位を作っていると私は考えている。
コマツといえば、坂根前社長時代の経営改革が有名だが、その取組の柱は「トップの現場密着」、「方針展開」、「パートナー間の連携」、「グローバルリーダー育成」であった。トップ自らが現場に赴いて、方針を徹底するとともに、現場ミドルを核として継続的にその方針を展開していく。それは社内の部門間はもちろん、協力企業やパートナーに及ぶ。その推進役として、海外経験を重視し、特にモノ作りを担う生産技術者の管理職の海外駐在を強化し、その技術の海外への移植を推進した。この取組の背景にあったのが、コマツの強さ、行動スタイルやノウハウといったものを明文化した”コマツウェイ”である。海外の社員と方針を共有するには、それまで明文化されていなかったものを言語化する必要があったのだ。
この点において、コマツが長年世界各地で取り組んできた人材育成や組織文化作りは参考とすべきことが多いと思う。
今、日本の多くの企業は、海外市場においても他の先進国の企業と同様に、”商品価値” から “使用価値(あるいは、実現価値)”へと価値の訴求の仕方を変えていく宿命にある。 この”モノ” から “コト”への流れは、単に性能の良いモノを生産していれば売れていた時代は終わり、自社が提供する顧客にとっての価値をしっかり語れる社員を増やさないと、今後のビジネスの伸張が困難になることを意味する。では、現実にこのような人材は果たしてどのくらいいるだろうか。同様の現地採用社員はどのぐらい育成できているだろうか。
今後、日本企業のマネジメントは、現地で採用した人を育成する能力がますます求められるようになる。こうした高い部下育成能力がリーダーの必須条件であるならば、リーダーには、能力面はもちろんのこと、 相手に対する深い愛情があるか、冒頭に紹介したような国や習慣に関わらず赴任した国を愛し感謝する気持ちを持てるかといった点が、極めて重要になるであろう。
では、どうしたらそうした役割認識やベースとなる愛情を持つことができるのか?という問が立つ。そもそも持っている価値観や人間性に根ざすところも大きいと思わるであろう。
「自分もやってみよう!」を引き出す
モノからコトへの変化の中で
「人に思いを伝える」
言うのはたやすいが行うのは難しい。”伝える”ということは、言葉にするだけでなく、相手の心を動かすまで求められるからだ。グローバルに活躍するリーダーが、世界各地でお客様や従業員に対して自分の思いを語れるようになるにはどうすればいいだろうか?どうすれば聞き手は感銘を受けるのだろうか?
第二回目にも紹介した以下の質問に、皆さんの会社のリーダーは答えられるだろうか?
1.あなたはあなたの会社を5年後にはどんな会社にしたいですか?あなた自身の言葉で語ってください。
2.あなたの会社が持っている強みを具体的に説明してください。できれば小学生が聞いても分かるように。
3.あなたはあなたの会社で仕事をしていて、どんな時にワクワクしますか?あなたの会社に入社して欲しい学生に向かって語ってください。
一見、問はシンプルだが、相手に伝わるように語るには、自分なりの答えや考えを持っていないと、非常に難しい。もし伝えることができなければ、互いの接点を見出すことはできない。接点が見出せなければ共感を得られないので、相手は自主的に動いてはくれない。相手が動いてくれなければ、当然組織として成果を最大限発揮できなくなる。
因みに、上記の問のうち、1.2.に答えるためには、自社のビジョンや戦略理解が必要となる。実際、グローバル環境でビジネスを牽引する優秀なリーダーでも自社の戦略を自分の言葉で分かりやすく語れる者は意外と少ない。この点、強い問題意識を持っているが、加えて、会社の戦略とはあまり関係のない3.についても、聞き手が理解できるように語れる人は非常に少ないのが実情である。そこで、今回は特に、3.について、語れるようになるにはどうすればいいかにフォーカスして事例を紹介したい。なぜなら、この思いの部分が、海外現地で部下を育成する際に大変重要な鍵となるからだ。
価値観が浸透するとは
価値観が浸透する状態とは具体的にどういう状態だろうか。単純に表現するとリーダーの行動を見て、あるいは、リーダーの言葉を聞いて、部下が「自分もやってみよう!」と思える状態を作れるかどうかだと考える。多くの研修現場を見た経験から、実際に部下がそう思える状態になるには、下記の3つの要素を含んだコンテキスト(文脈)をリーダー自身と部下とで共有すると、効果が高いことがいえる。
1. リーダーが明確な思いを持ち、かつ、その思いが具体的な自分の言葉で表現されている
2. 思いを持つに至った背景やプロセスが共有されている
3. プロセスの中で登場する顧客や部下など関係者の共感度合いがリアルに伝わってくる
従い、グローバルリーダーは、自らの体験をもとに、3つの要素を網羅した物語を紡ぎだしていく必要がある。
価値観を取り巻く物語を共有することは、特に海外のように異なるコンテキストを持つ者に対して、リーダーの思いを具体的に理解してもらうには有効な方法だ。しかし、注意しなければならないのは、物語が通り一遍では、面白い話が聞けたというだけで、思いの真髄までは理解されないし、相手の記憶に残らないことが多いことだ。よくよく状況を見てみると、実はリーダーたちが、そもそも自分の価値観や大事にしていることを自覚できていない場合が多く、原体験の意味合いが物語の中で明確に位置づけられない。まして、経営陣からの借り物の言葉ではなく自分の言葉で語るとなると、伝える側の高度な言語化能力がかてて加えて求められる。なんとなく考えているだけでは済まされなくなるのだ。
私たちのクライアントである製造業A社の「次世代幹部育成プログラム(グローバルで活躍するリーダー育成)」中で、自社の理念を他人事ではなく、”自分ごと”として語れるようになるための取り組みを行った。その際の様子を紹介したい。
A社は、企業理念を非常に大事にしている会社ではあったが、海外の現場において、必ずしもリーダーたちが企業の理念を自分ごととして語りきれていない、現地で採用した部下に対して価値観を伝えきれていないという強い問題意識を持っていた。海外経験が長い人にとっても自分の思いを伝えるのは、そう簡単なことではないようだ。
そこで、A社では、まず自社の理念の中で特に大事にすべきことについて、議論を重ねた末に特定した。次に各人が、自分の部下に “語り聞かせる”ことを想定して、入社以来各人が関与した仕事の中で最も感動した体験を物語としてまとめることとした。その感動した体験こそ、彼らの今の仕事の上でのもっとも大事にすべきことは何かを決める原体験と考えられるからである。
マイ・プロジェクトX
このプログラム当初、講師である弊社経営管理部門長の芹沢と一緒に私は頭を痛めていた。この手の取り組みにおいて時折あるように、楽しい話は聞けたが価値観が伝わるものにはならなかった、結局何をしたいのかが分からなかったという結果に終わることを懸念していたのだ。
プログラム参加者は、海外でビジネスに邁進している優秀なビジネスパーソンではあるが、思いや価値観を言葉にするといったことに慣れている人は少ない。そこで、現地の人の共感を呼ぶ物語を自分の言葉で語ってもらえるようになるには、まずは、自分が持っている価値観を自らが客観視して、言語化する必要があると私たちは考えた。
ところが、自分自身を理解するのは決して簡単なことではない。人はなかなか直接自分を客観視することはできない。ここに「自分の物語を伝える」上での難所がある。この難所を乗り越えるためには、自分を相対化するツール(=鏡)が必要となるのだ。では、どんな鏡を準備したらいいだろうか?
芹沢からNHKのヒット番組であった「プロジェクトX」を使ってみてはどうかというアイデアが出された。「プロジェクトX」に出てくるリーダーたちは人に感動を与える。また、そこに出てくるリーダーたちの言動は見ているものをひきつける。「あんなふうになりたい」と思わせる。
このエッセンスを研修プログラムで使ってみようということになった。
そこでA社では、『プロジェクトX・リーダーたちの言葉』『プロジェクトX ・新リーダーたちの言葉』の書籍に出てくる合計34人のリーダーの物語を読んで、もっとも自分が感銘したリーダーを選び、その感銘の理由と自分自身の物語の類似点を考えてもらった。
するとどうだろう。プロジェクトXのリーダーたちを鏡にして、自分を見つめ直すことで、自分の価値観や大事にしたい考え方が、浮き彫りになってきたのだ。
例えば、チェルノブイリに飛び込んで行った医師を鏡に選んだ人は、自己実現するということに自分が突き動かされることに気付いた。瀬戸大橋建設のリーダーを選んだ人は、迷うことが人間を大きくすることを思い出した。また他の人は、同じ話から、会社のことを考えるということを突き詰めると家族のことを考えることにつながることに気付いた。またある人は、醤油の営業マンの話を取り上げて、ゆるぎない自信を獲得するには、徹底的に悩みぬくことの必要性と大事さを思い起こした。開発の設計リーダーを選んだ人は、そのリーダーの”部下がついてくるかどうかはリーダーが苦しんだ量に比例する”という言葉にハッとさせられたと話していた。
このようにプロジェクトXの物語で自分が感動したポイントを分析した上で、今度は自分自身が書いた物語と比較してみると、自分がなぜその体験を取り上げたのか、その理由が見えて来る。その理由を意識して物語を伝えていくことが理念伝承の鍵となるのだ。
『プロジェクトX・リーダーたちの言葉』の著者であり番組のプロデューサーである今井氏が本の中で、「日本という国は決して中央に現れた国家的なスターが率いた国ではなく、全国各地域と中小企業、そしてそこに働き生きた現場リーダーたちがわが身を削り、思いを伝えながら育ててきた国だと信じています。富は築かなくても、地位は得なくとも、自分の人生と使命に誠実に生き、必死に放った魂の言葉に深い感銘を受けたのです。」と書いている。
A社のリーダーたちも、他者の体験を鏡にして自分たちの体験の意味を突き詰めて考えることで、彼らにとっての「必死で放った魂の言葉」をみつけることができたのだ。この言葉こそ、相手が「同じような体験をしてみたい!」と思わせるポイントになる。
自分の物語を持っている人、マイ・プロジェクトXを持っている人、そして、その物語を体現できる人こそを、是非、海外に送ってもらいたいと思う。そういうリーダーこそが、国境を越えて相手の共感を促し、人を動かすことができるのだ。
「自分もやってみよう!」
最後に、A社の参加者の方々のプログラム後の感想を紹介したい。
『私は、これまで部下に対して、なんでこんな考え方をするのだろう?という疑問ばっかり持っていた。しかし、よくよく考えてみると部下のほうも私に対して同じ不満を持っているのではないか。私がこんな態度では、会社が大事にしていること、自分が考えていることは伝わらないだろうと反省した。』
『いい組織を作る、そこで働く人が成長するために、やるべき当たり前のことを当たり前のようにやれるかどうかであることを改めて気づかされた。やっていないことがあまりにも多いと反省した。ついつい避けてしまうことが多かったが、これからはもっと部下と向き合い話をする機会を多く持ちたい。』
『自分自身の言葉でちゃんと物語を語れないと気持ちは伝わらない。自分のアクションが周囲をどう感じさせたのか、そして、それに共感して”自分もやってみよう”と思えるのかどうか?この気持ちにアメリカ人も日本人もない。これが、理念を広めるということだと思った 』
彼らの言葉から、自らの体験と価値観を語り伝えることが、国境を越えて部下を動かす要であることが裏付けられた。中でも、私は三番目の方がおしゃっていた”自分もやってみよう!”と思ってもらう、という言葉がとても印象的で、今も私の胸に刻まれ残っている。とてもシンプルな言葉だが勇気付けられる。きっと今日も組織に”やってみよう”を広げながらご活躍のことと思う。
私自身は、今後、このA社での体験から、自らの言葉を使って、相手に”自分もやってみよう”と思わせられるようなリーダーをお手伝いできる機会を増やしていければ大変嬉しいと思っている。それが私にとっての「マイ・プロジェクトX」なのだ。
Teachable Point of View
本来、私たちは一人一人に語るに足るものを持っている。それを語らないのはもったいない。ぜひ、自分自身について語れる状態を普段から作っておきたいというのが、私が訴えたいところだ。米国のリーダーシップ論に「Teachable Point of View」を持つという言い方がある。”Teachable”というのは、人に伝えることができる、教えることができるという意味だ。すなわち、リーダーは、自分自身の考えやものの見方について、人に伝えられるようにしておくことが必要ということなのだ。これはグローバルリーダーにおいては、なおさら必要な要素となる。
では、日本人が「やりたい」と感じることを外国人も同じように感じてもらえるものなのだろうか?
日本人とは価値観が異なる外国人にも、本当に私たちと同じことに共感を覚えてもらえるのだろうか?
日本のお家芸のはずが・・・
この問いに対して、私は自信をもって「Yes」と答えたい。これまでの海外経験の中で非常に印象的だったのは、日本人以上に日本らしさを実践している人々との出会いがあったからだ。
最近では、ちょうど一年前に私がシリコンバレーのスタンフォード大学経営大学院のエグゼクティブプログラムに参加した際に経験したことが印象的だった。世界各国からエグゼクティブクラスのリーダーが集まって、約1ヵ月半に渡って実施される経営者養成プログラムでの出来事だ。プログラムでは、様々な経営課題についての侃々諤々の議論や、とあるテーマについてのグループ研究を通じて、スキル・マインドを高め合う。
各国から集まったエグゼクティブとの戦略議論の中で、私の耳に何度も入ってきて、且つ、印象に残った言葉が、”Long-term Relation”という言葉だ。例えば、ケーススタディにおいて戦略オプションを出して、どのオプションが適切か?という議論をしていると、Long- term Relation(長期的な関係構築)の観点から検証しよう、という発言が意外や欧米人の口からしつこいぐらいに出てくるのだ。さらには、”Longevity”という単語も聞かれた。Longevityの直訳は長寿という意味だが、長くお付き合いすることによって得られるメリットを大事にするというニュアンスで使われるようであった。こうした常に長期的観点を意識する、長期的な視点での判断というのは、従来、日本的経営の特徴として語られることが多かったが、私が目にしたのは、むしろ、日本からの参加者のほうが近視眼的な発言が多いくらいだ。
また、ある晩のことである。プログラムの参加者は、夜遅くまで勉強をした後に、最後に寮のラウンジで酒を飲んで語り合い一日を終えるのが日課のようになっていた。夜もだいぶ更けて、三々五々自室に戻り始める頃だ。ふと見ると参加者の一人であるオーストラリアのプロフットボールチームのCEOが黙々とラウンジに散乱している空き瓶やコップを片付け、ワインのシミなどを拭いていたのだった。多くの参加者はさっさと部屋に戻ってしまうなかで、見ていると彼は毎晩誰に何を言うでもなく、黙々と後片付けをやっているのである。
「不言実行、率先垂範」。日本的な美徳として語られてきたこと、日本人の美徳として伝えて行きたいことを、普段は颯爽としたいかにもプロチームのトップという雰囲気のオーストラリア人が実践していたのだった。因みに、その後、(その寮では、翌朝メイドさんが来てちゃんときれいに掃除をしてくれるのだが)全員で後片付けをして帰ることとした。CEOの行動に触発されて、みんな嬉々として後片付けごっこ(?)を始めたのだった。
スタンフォードでのこうした情景に触れるにつけ、我々日本のリーダーの振舞い方について考えさせられた。我々日本のリーダーがグローバルな環境で意識すべきことは何かということだ。我々はいたずらに外国の文化に迎合して振る舞いを変えたり、あるいは成果を出そうとあせって近視眼に陥ったりする。しかし、我々は自信をもって、先達から伝えられた日本人としての「リーダーとしてのあるべき振舞い」を追求してよいのではないだろうか。
また、日本らしさというものを考えるとき、かつてベルギーに仕事で赴任した時の経験を思い出す。1994年にベルギーのブリュッセルに赴任した時、私の家族は妻と私の二人だけであった。当時、住んでいたアパートメントには10世帯ぐらいが入居していたが、アジア系は我々家族だけで、後は皆ベルギー人だった。
入居してからしばらくたっても、なんとなく周囲は私たち夫婦によそよそしく、受け入れられている感はあまり伝わってこなかった。欧州独特の階級意識や人種に対する差別意識のようなものをうっすらと感じていたものだった。
ところが、数年後、私の妻が妊娠をして、お腹が大きくなってきてから事情が変わり始めた。ある日、同じアパートの人から妻が聞かれた。日本に帰って出産するのか?と。いいえ、ベルギーで出産して、ベルギーで育てます!と答えた。それは素晴らしいとその方は嬉しそうにしていたそうだ。その時からである。それからというもの、これまでよそよそしかった隣のおばさんやアパートの他の住人が我々に会うたびに、向こうから声をかけてくれるようになったのだ。マダムは大丈夫か?何かあったら遠慮せずに言ってくれ!もうすぐ出産だね!などなど。また、妻がアパートのドアから出入りするときには、ドアの開け閉めをしてくたりととても親切に接してくれるようになった。そして、無事息子が生まれたときは、みんなが我がことのように喜んでくれたのだった。
この経験は我が家では一生忘れられない思い出になっている。我々若い夫婦が異国で懸命に生きる姿に対して、周囲が仲間として受け入れてくれたのだと思っている。それからというものは、CNNなどで日本の災害のニュースなどが流れると、お国は大丈夫かとか?日本にいるご家族は問題ないか?など、いろいろと気にかけてくれるようになった。当初、異国の冷たさを感じた私たちは、最後には日本以上に故郷にいるような周囲の暖かさを感じたものだ。
欧米は結果重視、成果主義であるということを言われるが、必ずしもそうではない。むしろ、頑張っている人には日本以上に褒めてくれるし、賞賛があるように感じる。ベルギーの隣人も我々夫婦がベルギーという土地にコミットしようとする姿勢や、二人で頑張る姿勢に愛情を示してくれた。
また、昨年のスタンフォードでの仲間とのやり取りでも、”結果は残念だったが、お前のこういうところはとても良かった。” “考え方についてはとても参考になる。是非、詳しく教えてくれ!”といったようなフィードバックを非常に丁寧にしてくれた。
ご紹介した一連のエピソードから伝えたいことは、我々日本人が大事にしていることの多くは、海外でも大事なこととして捉えられることが結構あるということだ。そして、我々が日本のお家芸と思っていることの多くは、実は、海外でも非常に多くの場面で見受けられる。日本らしいと我々が思い込んでいることが、必ずしも”日本だけ”らしさではないことは多いのだ。義理人情の世界だって、いくらでもある。決して決め付けて世界を見てはならない。安易にグローバルスタンダードであるとか、その国の事情であると思い込んでいることに振り回されずに、自分が信じることをしっかりと伝える、体現するということが極めて大事だとつくづく思う。
日本でも大人気となったアメリカの「24(Twenty-four)」というTVドラマを視た方も多いと思う。ドラマの主人公であるテロ対策ユニットの有能な捜査官ジャック・バウアーも義理人情に訴えることの連続だ。”頼む!俺を信じてくれ。今はこのやり方しかないんだ!” “そんなことをやっている時間はない。今回だけはこのやり方でやらせてくれ!”と周囲に訴えながら、自分の目的を達成させているではないか。
合理と情理
随分とマインド面や情の側面にフォーカスして話を続けてきた。ここで、人が動くための重要な三要素について触れておきたい。
人がよりよく動くためには、合理の世界における納得感=必要性の論理的な認識が不可欠である。そして論理性に基づいた納得感に加えて、共感を伴ったやる気といった感情面での醸成、すなわち情理が鍵となる。さらに、より良い合理とより良い情理を生み出すためには、互いの置かれた立場や前提の共有が不可欠である。この3つ(合理x情理x前提の共有)の掛け算があってこそ、組織はより強く機能する。
「24」のジャック・バウアーの情理が周囲に受け入れられるのも、常日頃からテロ対策を実施する上での極めて合理的な判断がなされ、その判断に基づき有能なメンバーが作戦を実行していく状態があるからこそなのである。そして、テロ対策ユニットが、米国に対するテロを未然に防ぎ、国家や国民に奉仕したいという強いミッションを組織として持っていることと、ミッション遂行において何が善で何が優先されるべきことかが明確に共有されている。これらの環境があって、初めて情理の部分が機能していることが伺える。
私がこれまで本コラムでグローバルリーダーに求めることとして述べてきたのは、この3つの要素の整理をもとに、リーダーシップを発揮すべきということだ。情理に訴えることが大切であるとともに、そのために自分が持っている情理は何かを合理的に説明できなくてはならない。
そして忘れてはならないのは、合理の世界で判断すべきことを情理の世界に持ち込むなということである。合理と情理と前提の共有という3つの要素をごっちゃにしてはならない。特にグローバル環境においては、合理の世界と情理の世界が混同されがちで、ビジネスの難所の多くは、それに起因しているというのが私の問題意識だった。第2回目以降でお話してきた3つのギャップ認識の話である。
この難所を乗り越え、日本人が持つ情理の世界をグローバルに理解してもらうためには、一方で、合理の世界をしっかりと築いておくことが極めて重要になってくるのである。
さて、自分自身をふり返ってみよう。我々は、合理の世界で、物事を論理的に捉え構造化する力があるだろうか? その力をしっかりと発揮した上で、我々日本人が大事にしている価値観や自分たちの組織が大事にしている価値観を捉えているだろうか。合理があっての情理。我々の持つ情理をよりよく伝え、残して行くためには、同時に合理を扱う力が問われる。ビジネス、特にグローバルにおいては、こうした枠組で、自分の組織はどこが弱いのかをしっかり見ておくことが大事なのである。
一番会いたくない人に、一番会いたくない時に、会いに行け
「月に集合して、月から宇宙に浮かぶ地球を見ながら会議をすれば、発想も変わってくるんじゃないか?」最近お会いした人のとても印象に残る言葉だ。どうしたら真にグローバルな発想で仕事ができるでしょうか?という質問をした際の返事であった。漆黒の大宇宙の闇に浮かぶ青く輝く星=地球を目の当たりにしながら、地球の明日を考える。こんな会議を開催することができたら、いったいどんな意見が出てくるのだろうか。
天動説から地動説へ
数日前、宇宙ステーションで活動中の若田さんを迎えに行ったスペースシャトルが無事ステーションにドッキングしたというニュースを見た。宇宙ステーションでは、米国、ロシア、欧州、そして日本のグローバルチームで仕事をしているそうだ。彼らは地球を見ながらどんな会話をしているのだろうか?と興味が沸いてきた。機会があったら、是非、若田さんにインタビューをしてみたい。
さて、今回が最終回となるこのグローバルリーダー育成シリーズでは、グローバルでリーダーとして認められ、活躍するにあたって、我々日本人が陥りがちな罠はなにか?どのような備えをすべきなのか?そのために持つべきマインドセットは何か?ということを中心に、私が経験したこと、考えていること、そして、今、グロービスでチャレンジしていることを6回に渡って述べてきた。
しかし、真のグローバルリーダーとは何か?という問は常に私の中に残っている。問われているのは、インターナショナルではなくグローバルである。我々はグローバルと言いながら、本当に地球を見据えた話をしているのだろうか?我々の発想は、まだ天動説の世界(=インターナショナルの次元)にいるのではないか?そんな気がしてならない。
ラジカル・トランザクティブネス
人間は、なかなか自分中心の発想からは逃れられないものだ。どうしても夜空の星や太陽は自分の周りを回っていると捉えてしまう。頭では地球が太陽の周りを回っていると知りながらも、普段景色を見ていていると、やはり太陽の方が昇って沈んで行くという感覚は、そう簡単にはぬぐいさることはできない。同様に、グローバルと言いながらも、我々の大半は、日本起点の発想や、せいぜい日本が世界でどう戦って行くのか、どう生きて行くのかといったレベルからは抜け出ていない。では、どうすれば思考の枠を壊して、視野を広げることができるのだろうか?
これを打ち破るための一つの方法として、持続可能な開発と環境保護に関するグローバルビジネス戦略研究の世界的権威スチュアート・L・ハート氏は、その著書「未来を作る資本主義」の中で、ラジカル・トランザクティブネスの重要性を説いている。
ラジカル・トランザクティブネスとは、ラジカル(=これまで企業にとって急進的、あるいは、瑣末と捉えてきたステークホルダーにアクセスすること)、そして、トランザクティブネス(=企業とステークホルダーが相互に影響し合う双方向の対話)を意味するそうだ。
現時点では自社にとって重要とは思わない、あるいは、先に進み過ぎていてとても付いていけないような人、つまり通常は接点がない人たちと意図的に接点を持つことによって、企業は将来的に自社の競争力を左右するかもしれない複雑な課題を理解できるようになるのだそうだ。言い換えると、1.企業の視野を四方八方に広げる能力、2.企業の常識を覆す多様な知識を内部に取り込む能力を身に着けることになると述べている。
私は、このくだりを読んでいて、ある自動車メーカーで長年、開発に携わった方と話をした時のことを思い出していた。彼は現在、どんな自動車にも標準となった技術を開発した優秀な開発者の一人である。私はその方に、いきなり「バカヤロー!」と、どやされた。世の中を見る、次の時代を見るには、今、変化が起きているところに行け!そして、その変化点でじっと観察して人は何を求め始めているのか?を嗅ぎ取れと。氏は、以下のように続けた。
・おばあちゃんの原宿=巣鴨に行ってみたか? 巣鴨も見ないで高齢化社会を語れるの?
・秋葉原のメイド喫茶に行ったか? そこに来る若者(あるいはおじさん?)は何を求めているのか良く見ろ!
・うなずき人形で遊んでみたか? どんな人がこんな人形を買って帰るのか?どんな人が開発したのか?
考えてみろ!
お前、そんなこともしてないで、どうやって未来を語るのさ? 変化が起きている場所に行ってじっと見て本質を探れ。そして、次の世界を予測しろ。ヘンリー・フォードだって、エジソンだって次の時代をみていたぞ!つまらない話をするぐらいなら、外に行ってちゃんと見てこい!
せめて自分の身近なところからでも外を見る。何も大それたことをしなくても、やっていないことはたくさんある。こうしたベタな動きこそが、実はグローバルリーダーを作る第一歩なのではないかと感じた。
前出のスチュワート・L・ハート氏は、今後求められるリーダーの姿として、”想像力、曖昧さに対する寛容、精力、情熱、共感、自己反省、勇気は、知性、分析能力、知識と同じぐらい重要かもしれない。”と述べている。
私は特にこの中では、曖昧さに対する寛容はとても大事だと考えている。未来は分からないことだらけだ。その曖昧さを許容し、新しいものを生み出そうとする情熱と勇気を持つことは、必ずしも誰にでもできることではない。
我々は日頃とかく曖昧さや抜け漏れを追及することに熱心で、将来の芽や真理をつぶしていないだろうか?かつて、コペルニクスやガリレオが地動説を唱えている傍らで、後生大事に宗教書だけにひたすらしがみついていた人たちがたくさんいたのだ。
果たして、今の我々はどうであろうか?ガリレオを裁判にかけた人たちを何と愚かなと言えるだろうか。我々も同じように、未知なるものへの違和感を拒絶していないか?あるいは、新しい可能性を否定していないか?鋭く自問すべきだ。
想像力を働かせ、曖昧さを許容しながらも物事を進めることができる。この胆力こそがグローバルに活躍するリーダーとして重要な資質と言えるのだ。
「一番会いたくない人に、一番会いたくない時に、会いに行け」
この言葉は、私が前職時代、初駐在でイランに出発する際に、上司から授かった言葉だ。会いたくない人に会いに行けというのは、言葉としてネガティブな響きがあるが、私はこの言葉をとてもポジティブなものとして捉えている。そして、この言葉こそがグローバルリーダーが持つべき重要なマインドセットだと思っている。以来、私はこの言葉を座右の銘としている。
もともとは、「厳しいイランでのビジネスに逃げずに立ち向かえ。物事を先送りしていても何もいいことはない。むしろ、一番会いたくない人に、一番会いたくない時に会うことによって、多くの局面は打開できるのだ」といったことを端的に伝えてくれたものだ。イランではひとつ間違えると取引停止のブラックリストに載せられてしまうことがあるので、駐在初心者は問題を先送りにしてしまいがちだ。それを戒める言葉である。
更に、この言葉は、ラジカル・トランザクティブネスを実現する上でも自分の背中を押すものでもあると、私は考えている。全く違う世界の人や先端を行っている人に会いに行くのは時として勇気がいるものだ。また、忙しい時は面倒に思うこともある。またこうした活動は、今すぐにやらなくても、すぐに致命的な問題にはならないので、先送りになりがちだ。
私は、前職時代の14年間一貫して海外との取引に従事してきたが、やるべきことをやらずに、会うべき人に会わずに、お茶を濁している日本人ビジネスパーソンをたくさん見てきた。中には、ほぼ毎日、日本人同士だけで話をして、毎晩、日本語がしゃべれるウエイトレスのいる日本食レストランに通い、そして、日本人会の会合だけに参加する。これでは、まともな情報は取れないし、現地の人との信頼関係を築くことはできるわけもない。ましてや広い視野を獲得することなど、とても望めない。自分の世界を広げるチャンスをみすみす逃しているのである。
この座右の銘の下、私は、様々な人種、国籍、宗教、習慣の人々との出会いを積極的に求めてきた。思いもよらぬ出来事や、全く異なる人々の発想や考えとの出会いに面食らいながら、世の中に絶対ということはないことを学んだ。
同時に、こうした環境の中で、リーダーとしてどう振舞うべきかに関して、私がたどり着いた結論は、
“違い”ばかりに目をむけるのではなく、”共通する”点を見出すこと。
“違いの解消に労力を使う”よりも、”共感できる接点を見出す”こと。
・・・である。
異なる環境の中で違いにばかり目を向け、その違いを嘆いていても始まらない。同じ人間同士こちらが心を開けば必ず接点は見つかるものだ。接点さえ見つかれば次への展開が見えてくる。
そして、共感できる接点を見出すためにやるべきことは、自分はどうやって社会に貢献したいのか、自分はどういう人間なのかを語ることである。私がこの一連のシリーズを通してお伝えしてたかったのはこの点だ。
青い美しい地球を見ながら、世界中の人々がマイ・ストーリーを作り、語り合う。そんな世界を実現するのが私の夢である。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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