それは 「デジャ・ビュ」から始まった

公開日
テーマ
  • グローバル人材育成
執筆者
  • 高橋 亨のプロフィール

    高橋 亨

    グロービス講師

1990年8月2日。私にとっては忘れられない日のひとつだ。
前職時代、商社マンとして社会人生活をスタートした私が初出張に出発した日。イランのテヘランに向けてイランエアーの直行便で成田空港から飛び立った日である。いよいよだ!という胸の高鳴りを今でも思い出す。暑い夏の日だった。同時にこの日、フセイン政権のイラクがクウェートに侵攻を開始した。米国を中心とした多国籍軍との湾岸戦争にまで発展する湾岸危機が始まったのだった。
イラクのクウェートへの侵攻は、私が搭乗した飛行機が成田を離陸した直後に開始された。従い、私がイラクのクウェート侵攻を知ったのは翌日の早朝にテヘランの空港に到着してからだった。現地の駐在員から苦笑された。お前知らずに来たのか?と。
このめぐり合わせには当時運命的なものを感じた。私が商社マンとして深く海外でのビジネスに関わり始めたのはこの頃からである。

世界中の多くの人々から学ぶ

あれから既に20年近い月日が経った。その間、92年からテヘランに2年間、94年からベルギーのブラッセルに5年間の計7年間の駐在を経験した。99年の帰国後も、韓国での販売代理店の設定、アジア通貨危機等によって生じた不良債権の回収など、引き続き海外と関わる様々な業務に携わってきた。本稿を執筆するにあたって、私のこれまでの人生を改めて振り返ると、世界中の様々な人種、宗教、習慣を持つ数え切れない人々との出会いから本当に多くのことを学ばせてもらったと実感する。

現在、私はグロービス・オーガニゼーション・ラーニングの責任者の一人として、東名阪のクライアント約250社に対して、人材育成、組織変革に関わる個別の課題解決を図る仕事をしている。特に、ここ数年はグローバル人材育成に関する相談も数多く受けるようになった。話を聞くとどのクライアントも、なかなか満足のいく対応ができていないのが実情だ。

「何から手をつけていいか分からない。」「語学や異文化コミュニケーションなどのプログラムを準備しているが、それだけでいいのだろうか。」「結局、現地に送り込む以外に方法はなさそうだ。」といった声が多くのクライアントから聞こえてきている。
このような声の背景には、書籍や専門誌などにグローバル企業として具備すべき要件、あるいは、グローバルリーダーに求められる資質などが紹介されているが、どうもその理想の姿と自社の現状を見た時のギャップがあまりにも大きすぎるために、結局、何から始めて、何をどこまでやるべきなのかがなかなか特定しづらいようである。

今、こうした現状をみるにつけ、グローバルリーダーの育成ほど過去から多くの企業で強い課題意識を持ちながら、納得の行く打ち手が十分に打てていない課題もないと感じている。グローバルリーダー育成。捉えどころが難しいテーマではあるが、日本企業が今後も継続的に事業を発展させていくためには、手をこまねいている訳には行かない。そこで、本シリーズでは、事例や私自身の体験談も交えながら、かかる状況下各企業においてどのような考え方でグローバルリーダー育成に向き合うべきかを示してみたい。

かく言う私は23歳まで海外に出たことがなく、ドメスティックな人生を送っていた。社会人になってからは、逆に、一気にグローバルな環境の中に入ることとなった。そんな私が困難にぶつかりながら、必死になって仕事をしてきた中で感じていた問題意識、そして、グロービスの人材育成・組織変革事業での顧客接点を通して見えてきたことをベースに、グローバルリーダーを考える視点とは?どうすればグローバルリーダー育成の課題を乗り越えることができるのか?そして、何をすべきか?というところまでシリーズを通して言及してみたい。

一番大きな問題意識

多くの企業で、実際にどのような取り組みをしているかのアンケート結果によると、教育に導入しているものとして、やはり語学が一番多く、異文化理解、異文化コミュニケーションスキルの習得といった領域が次に続く。直接、お客様と話をしていても異文化コミュニケーションの重要性についてはよく出てくる話だ。しかし、私は、この異文化理解の取り組みがかえってグローバルリーダーの育成、あるいは、グローバルでの日本企業、日本人の活躍を阻害する要因になってしまっている場合が多いと考えている。もちろん私自身も異文化の勉強をした。グロービスでも異文化を学ぶプログラムも提供している。しかし、私は、敢えてお客様に中途半端な異文化は止めたほうがいいと言っている。異文化を意識することが、グローバルで活躍しようとする人に心理的な壁を作っている、あるいは、思い込みを助長しているというのが私の問題意識だ。

なぜ、私がこのような問題意識を持つに至ったかをお話しよう。グロービスが提供しているリーダー育成のセッションで実際に起きている様子を紹介したい。そのクライアントでは、グローバルでの理念経営推進をテーマにセッションを行っていた。テーマに基づいて課題を特定し、アクションプランを策定するといったグロービスが通常取り入れているワークショップ型研修での一幕だ。このクライアントは、世間一般ではグローバル化がかなり進んでいると目されている企業だが、私にとっては気にかかる発言がたくさん出てきた。 いわゆる気になる枕詞というやつだ。

講師:「皆さんの事業上の課題はどんなところにありますか?」

参加者A:「中国現地法人の営業を統括しているが、中国市場というのは本当に特殊で、なかなか思うように販売戦略を進めることができない…」

講師:「組織運営上、どんなところに苦労がありますか?」

参加者B:「アメリカ人を説得するのは至難の業で、会社の方針に従って業務を遂行するのが非常に困難である。」

参加者C:「現地では日本のように物事が進まないということが、本部の事業部には理解してもらえず、孤軍奮闘している…」

議論の端々に、“日本とは違う” という枕詞が噴出するのだ。確かに違いはある。しかし問題はそこで思考停止していること。そして、様々なビジネス上の課題を殊更異文化にその原因を求める姿勢が見えることだ。
セッションを見ていて、昔、こういう言葉よく聞いたなぁと駐在時代のことを思い出していた。「デジャ・ビュ」だ。92年にイランに初駐在で行った時に周囲から言われたこと。「イランは大変だ!」「イラン人を信用してはいけない。」「イランで複雑な契約を行うことは無理だ。」といったホラーストリーを嫌と言うほど聞かされた。

最初は、そんなものなのだろうと常に緊張感を持ちながら仕事をしていたが、だんだん、本当にそうなのか?周囲が言うほど大変なのだろうか?という疑問を持つようになった。そして、その後の経験の中で、グローバルで成果があがっていない組織、成果をあげるのに苦労している人ほど、ビジネスの会話の中に異文化の話が出てくることに気づいたのだ。グローバルで成果があがらない人に共通する口癖だ。
違いばかりに目を奪われているときりがない。ここも違う、あそこも違う。探せばいくらでも出てくる。そうやって自分で見つけた違いに縛られている人をたくさん見てきた。

まずは、この「違うんだ」という心の壁を取り払うことが重要だと考える。私が中途半端な異文化教育はやめたほうがいいと言っているのもそのためだ。繰り返しとなるが、中途半端に異文化をやると、益々この違いの方に気持が向いてしまうのだ。そうすると相手を違うものと捉えて、それに合わせることばかりに意識がいき、次第に自分自身を見失う。さらには、成果があがらないと、そもそも違う環境にあるのだから、違う人と仕事をしているのだから…と、あきらめモード、逃げの姿勢をつくり、受身の状態に閉じて行く現象が起こるのだ。

このシリーズで、私が一番お伝えしたいメッセージは、むしろ;

“違い”ばかりに目をむけるのではなく、”共通する”点を見出すこと。
“違いの解消に労力を使う”よりも、”共感できる接点を見出す”こと。

このマインドセットを持てるかどうか? これが、グローバルに通用するリーダーとして成長し続けられるかどうかの分水嶺となっている。グローバルに真にリーダーシップを発揮する企業、あるいは、リーダーシップを発揮する個人がまずは持つべき共通のマインドセットだと考える。

次回以降、ではどうすればこういった意識を持つことができるのか? そして、”共感できる接点を見出す”には何が大事なのかについて順に話をしていきたい。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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