Wayを策定する7~難所を越えるための取り組み(2/2)
- 経営人材育成
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湊 岳
グロービス講師
みなさんと一緒にWayマネジメントについて考えてきたこの連載も、いよいよ今回が最終回となりました。今回は、Wayを策定する段階での難所に対する三つ目の取り組みをご紹介すると共に、連載を通じて考えてきたことの全体を振り返って総括してみたいと思います。
第三の難所「言語化の壁」
Way策定フェーズでの第三の難所は、Way策定という「考え方や行動規範を言語化するプロジェクト」でありながら、実際に考えていることや問題の本質を言葉にしようとするとなかなかうまく進まない。参加しているメンバー間で言葉の使い方や意味の受け取り方に大きな乖離がある、またその乖離があることがうっすらと感じられていながらそれを明確にそろえることをしていないという状況が起きていたのです。これは、突き詰めると「曖昧なビジネス用語に依存する習慣」と「納得の基準が低い組織」という二つの要因から引き起こされている現象です。
しかもこの二つの要因は、このプロジェクトの中だけの話ではなく、むしろY社におけるこれまでのビジネス生活の中で自然に身についてしまっているものなので、メンバー達も自覚や意識が無い習慣的になってしまっている無意識の行動である点が厄介でした。この状況を打開するためには、ファシリテーターが丁寧に意見や議論の内容を明確化するのみならず、そうした思考習慣をメンバーのみなさんに持ってもらい、自律的に効果的な思考・議論をしてもらえるようになることこそが重要だと考えました。
思考の習慣を作っていくためには、どんなことが有効だとみなさんは考えますか?
習慣というのは、同じことを繰り返していつしかそれが自然体になった状態を指す言葉です。意味としては同じ指摘であっても、毎回毎回違う言葉でフィードバックをしていてはその意味するところを理解するのに時間がかかってしまいます。そこでY社のプロジェクトにおいて私たちはいくつかのシンプルなキーワードを決め、議論の中で曖昧な言葉遣いによる停滞が起きたときには、意図していつも同じキーワードを繰り返し投げかけていきました。
本連載の第9回でご紹介した「コミュニケーションに問題がある」という意見が出た場面でなされたやり取りを再現してみましょう。
Aさん「納期問題や品質問題など、ウチに起きてる問題の大半はコミュニケーションのまずさが原因だと思う」
ファシリテーター「Aさん、そこで言うコミュニケーションをもっと『具体的に言う』と?」
Aさん「依頼側と依頼を受ける側の間で、お互いにそれぞれの立場や事情を分かっていない、ということかな、、、」
ファシリテーター「なるほど。お互いの事情って、『例えば、の例を挙げる』と、どんなこと?」
Aさん「営業からすると、お客さんとの間では納期は契約書でしっかり取り決めてあるんだけど、事実上有名無実化していてお客さん側の遅れをウチの製造側で取り返さなきゃいけない、みたいな無理な要望も呑まざるを得ない。なぜかというと、他社もそういう納期の無理を聞いているから。一方、製造側からすると、工場内に臨時対応するためのスペースと設備はあるけど、コスト削減のために人員は絞り込んで余剰はないので急に言われてもシフトが組めない。決して顧客要求に応えたくないわけじゃないんだけど、やりたくても物理的に人がいなくてできない。」
ファシリテーター「確かに、お互いがそれぞれのミッションに対してベストを尽くそうとしているんだけど、それぞれの事情が噛み合わない、ってことはよくありますね。この状況を『分解する』と、どういう、より小さなレベルの問題になるのでしょうか?」
Bさん「製造部門の私の立場から言わせてもらえば、営業には、お客さんが言ってるんだから製造は言うことを聞いて当然だ、という姿勢を強く感じる」
ファシリテーター「なるほど。その問題点に『名前をつける』と?」
Cさん「うーん、<社内での製造部門の位置づけ>とか?」
ファシリテーター「じゃ、今の論点はそういう呼び名で全員で共有しましょう。他に『分解』したときに、どんな問題が考えられる?」
Dさん「製造部門が、急な需要調整に対応できないほど人員を絞り込んでいるってこと、今はじめて知りました。これって、当事者同士のコミュニケーションの問題というよりも、社内で大事な経営情報が共有されていないってことかも知れない」
Eさん「私は人事部門で社内広報も担当してるけれど、毎月の社報で経営情報のアップデートはしてるつもりですよ。だから『共有されていない』っていう言い方には納得できないんだけど、、、」
ファシリテーター「細かい違いだけど、社報などでの共有がされているんだとしたら『共有されていない』という表現は、問題の本質を捉えていないですね。『事実に基いて正確に言う』と、どうなりますか? Dさん」
Dさん「経営情報の共有がされていない、じゃなくて、共有が不十分である、かな、、、?」
Eさん「それだと納得。確かに十分とはいえないなって思ってる」
ファシリテーター「Dさん、言いだしっぺとして責任持って、今の論点に『名前をつける』と?」
Dさん「うーん、うまい名前が出てこない、、、」
Fさん「<経営情報の共有が不十分で業務遂行を阻害している>問題!」
ファシリテーター「ちょっと長いけど、イメージはわきやすいかな。後でもうちょっといいネーミングが見つかったら誰か教えてくださいね」
話題としてはよくありがちな話題ですが、一見してお分かりのように、最初に提起された問題の抽象度合いが高く、また問題の影響範囲の広がりも大きいため、議論に参加しているメンバーの立場や目線の違いによって、「同じものを見る」ことがなかなか難しい状況です。
そこで、ファシリテーターは、いくつかのシンプルな言葉を繰り返して投げかけることによって、参加メンバーの思考を後押ししているのがお分かりいただけたでしょうか。上記文中の『 』でくくられた部分がそのキーワードです。『具体的に言う』『例えば、の例を挙げる』『小さく分解する』『今の話に名前をつける』『事実に基いて正確に言う』の5つです。
この5つのキーワード、最初は上記のように参加メンバーから出される曖昧な意見を明確化していくために、ファシリテーターから投げかけをしていったのですが、シンプルな限られたキーワードに絞込み、その代わりしつこく何度も繰り返していくことで、いつしか参加メンバーがお互いに投げかけあうようにまでなってきました。こうなると、合言葉のようなものです。メンバー全員に深く浸透するまでには至りませんが、全メンバーの2-3割がこうした投げかけをしてくれるようになるだけで、議論の解像度はぐんと上がり、議論がスムーズに進行するようになりました。
そして、もう一点重要なことは、実は、この5つのキーワードがメンバー全員に浸透した状態こそが、「人の話を納得する基準が上がった状態」なのです。このキーワードが合言葉になっていれば、曖昧で抽象度合いの高い漠然とした話を誰かがした瞬間に、他のメンバーから「それ、もっと具体的に言うと?」や「例えば、どういうこと?」のような問いかけがなされます。前向きに理解を深めるために、安易で表面的な納得ではなく、事実に基く具体的で明確な議論を求めるようになることが、この合言葉のもたらす効果なのです。
こうして、合言葉化するまでに時間はかかるものの、言語化の壁に対しては、プロジェクトの参加メンバー内に思考の合言葉を浸透させることが有効な取り組みなのではないかと考えています。
終わりに
Wayマネジメントについての本連載がスタートしたのは昨年の11月でした。マネジメントの世界で、Wayを基軸にしたマネジメントのあり方に注目が集まり、俄かに各種カンファレンスや講演等が増え、その勢いや熱気は今も失われていないように感じます。
一方であらゆる業種が未曾有のスピードでの環境激変に襲われる中、足元の業績や問題解決に追われるあまり、企業の重要課題としてのWayマネジメントに関する、経営者・リーダーの関心や関与度合いが低下する恐れがないか、懸念される向きもあると思います。
私は個人的にはその点は楽観的に捉えています。Wayマネジメントとは、過去にもあった「○○マネジメント」というような一過性のブームではなく、企業経営の本質そのものであると信じているからです。企業経営の根幹が、その企業が世の中にどのような価値提供をしていくことを理念としているのか、その価値提供をしていくためのあるべき考え方や行動の仕方とはどのようなものなのか?ということは、一時的なものではなくその企業にとっての永久に続く命題であると考えます。それをおろそかにした経営というのはあり得ない、そう考えるからです。
緊急避難的対応として、一時的に予算が削減されてとか、人事部や経営企画部でもWayマネジメントの促進よりも雇用の確保等の課題が最重点項目になって、、、といった状況は当然起こりうるでしょうし、それは合理的な経営判断の範疇だと言えるでしょう。この連載をお読みいただいていた多くの方は、企業の中で人の育成や組織の開発をミッションとされている方だと思います。そうしたみなさんには、経営環境の如何に関わらず、目下取り組んでいる重要業務の如何に関わらず、Wayマネジメントの重要性とその実践について、粘り強く取り組んでいただけることを願っております。
長い間、拙文にお付き合いいただきまして大変ありがとうございました。
みなさんから頂戴する叱咤激励のコメントに励まされながら連載を続けてくることができました。
この場を借りてお礼申し上げます。
私自身も、Wayマネジメントについて、みなさんから教えをいただきながら引き続き実践を深め、考えを深めて行きたいと思います。今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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