Wayを策定する6~難所を越えるための取り組み(1/2)
- 経営人材育成
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湊 岳
グロービス講師
みなさんと一緒にWayマネジメントについて考えてきたこの連載も、今回を入れてあと2回となりました。Wayマネジメントが重要度を増している背景の理解から、実際にWayを策定するメンバー選定の考え方、策定フェーズにおける深刻な3つの問題点についてポイントを整理してきました。今回は、実際にWayを策定する段階においての、難所を踏まえた取り組みについてご紹介していきたいと思います。
しかし、電子デバイスメーカーY社では、Way策定プロジェクトのスタートにあたってオリエンテーションは行ったものの、プロジェクト参加者にそうした負のマインドセットが少なからず存在していることに最初から気づいていたわけではありませんでした。どちらかといえば、社長の声がけで始まった全社プロジェクトであるだけに、Y社の事務局と我々は参加者も意気に感じてモチベーションが高まっているはずだ、と考えていたのでした。ところが実際にプロジェクトがスタートしてみると、表面上はスケジュール通りに進捗し、ここのカリキュラムやディスカッションはこなされているのですが、議論や発表の端々にどこか他人事のような口調が出たり、多忙な日常業務と平行してプロジェクトが行われることへの不満が顔をのぞかせたりし始めたのでした。
欠けた当事者意識
Y社事務局と我々は協議を行い、参加メンバーに当事者意識が欠けていることがすぐに共通認識として共有されました。当事者意識の欠如は使命感の希薄さから来ていると考えた我々は、これまで以上にこのプロジェクトの全社的な位置づけや彼らが選ばれた意味合いを丁寧にコミュニケーションしていくことを確認しました。具体的には、プロジェクトの毎回の冒頭に全体像の中での当日の位置づけを我々から丁寧に説明したり、Y社事務局は社長の期待の声を伝えたりといったコミュニケーションを重ねました。これらの工夫によって、元から比較的協力的だったメンバーは一層前向きに取り組んでくれるようになりましたが、プロジェクト自体に懐疑的な何人かのメンバーや、自分が選ばれた理由が分からずに場違い感を感じ、大人しい振る舞いに終始していたメンバーの姿勢にはあまり変化がありませんでした。
我々もどうしたものかと考えあぐねていた時、プロジェクトの中では、後にWayとなるたたき台がどうにかこうにか出来上がり、言葉から受け取るイメージを確かめるためにプロジェクトメンバーがたたき台を自分の職場に持ち帰り、それを読んでどう思うか?をヒアリングすることになりました。約2週間のヒアリング期間に、Y社のあらゆる機能別組織それぞれにおいて、Wayのたたき台を読んだ従業員からのフィードバックが約300件集まりました。
ヒアリング期間を経て、全メンバーがプロジェクトのディスカッションに集まった際、意外なことが起きました。それまでは指名されない限り発言していなかった若手メンバーのKさんが、討議をしている最中にそれまでの議論の流れに反対するような意見を自発的に発言したのです。Kさんだけでなく、その日のディスカッションでは、これまで主に発言をして議論をリードしていたメンバー以外のメンバーがこれまで以上に積極的に議論にコミットし、結果として議論そのもののレベルも高まることとなりました。
一日の議論を終え、慌しく職場に戻る支度をするKさんに「今日は積極的に参加されてましたね」と話しかけると、Kさんは「職場のメンバーにヒアリングをしたら、みんながこのプロジェクトに心の底から期待してくれていることが本当によく分かった。自分は選ばれたこと自体が場違いだ、と思って遠慮しがちだったが、職場のみんなは選ばれてプロジェクトに参加している自分にすごく大きな期待をしてくれていた。プロジェクトでちゃんとやらないと期待してくれているみんなに申し訳ないと思った」と、少し照れくさそうに語ってくれました。
また、この日Kさんと同じように積極的に議論を引っ張ってくれたWさんは、「職場のメンバーにWayのたたき台を見せたら、書いてあることはとてもいいと言われた。しかし、今の実態が本当にこんな理想的な状態になるのかという点で若い人ほど懐疑的だった。自分の部下にあたるメンバーがそんなにつらい状況にいたなんて、、、恥ずかしながら気づいていなかった。これまで、このプロジェクトは社長のために自分の労力を提供するものだと思っていたが、自分の下で働く部下たちのためのプロジェクトなんじゃないか?という気になってきた」と心境の変化を語ってくれました。
結果的に、使命感への強い自覚が当事者意識を引き出したことになりますが、その使命感は当初我々が考えていたように「会社」や「上」という存在から強く促されたわけではなくて、「仲間」や「部下」といった、プロジェクトメンバーが自分で責任を負っていると自覚している人達からの期待感によるものが非常に強かったわけです。
このY社での出来事からは、プロジェクトメンバーの使命感を高め、当事者意識を強く感じてもらうために、会社やトップからのオリエンテーションやメッセージはよく使われますが、それだけでは十分とは言えず、同僚や部下からの期待感や応援の声が必要だという示唆を得ることができるのではないでしょうか。
第二の難所「共通言語の欠如」
Way策定上の二つ目の難所は「現状認識のギャップ」と「経営知識の欠如」から来る「共通言語の欠如」でした。それぞれが自分の立場から見える風景だけを語る、さらに事実だけを見ていてその意味合いを俯瞰的な視点から考えるベースとしての経営知識がない、だから議論は表面的なレベルでの言い合いに終始しがちで何が本質的な問題なのか、ということが見えてこない。Way策定プロジェクトの中では、何度もそういう場面がありました。
ただし、こちらの難所は「負のマインドセット」と違ってあらかじめ想定されていたことでした。Wayの策定というテーマに関わらず部門横断的にメンバーが集まり自社の現状を踏まえた議論をしようとする際に必ずといっていいほどこのような「共通言語の欠如」といった状況は発生するからです。共通言語がないのであれば、共通言語をインストールすることが打ち手になります。ただし、議論の焦点がどこにあるか?ということによって、議論に参加するメンバーが備えておくべきリテラシーの種類やレベルは変わってきます。限られたプロジェクトの日程の中でWayを策定する議論そのものにも十分な時間を割く必要があるため、全員で共通言語化するべき内容の検討はおろそかにできません。また、内容だけでなく、学ぶべき概念の位置づけ方など、プロジェクト参加メンバーから見て理解しやすくするためのプロセス設計、ファシリテーション上の工夫も欠かせません。
Y社のプロジェクトでは、経営戦略やマーケティングなどの定性面、財務会計やファイナンスなどの定量面のオーソドックスな経営を俯瞰的に見るフレームワークに加えて、事業特性と組織文化や組織行動との関連性や、企業変革を進めていく上でのプロセス設計についてなど、非定型でとらえにくい「組織」や「人」が動く原理・原則を全員の共通認識として概念共有したことが特徴的だったと言えるでしょう。
また、いわゆる研修プログラムのようにテキストや教材、ケースだけを用いるのではなく、選びに選んだ良書を題材にした読書会など、単なる知識習得に終わらない、「基本的な考え方の認識あわせ」にかなりのエネルギーを注ぎました。
結果として、プロジェクトのさまざまな局面で「納得形成」「説明責任」「現実直視」などといった、普通は説明と視界共有に時間のかかるような概念が、共通のワーディングが一種の記号のように作用し、一気に意思疎通が進むという場面が何度もありました。説明に時間をかけなくとも済む部分は一気にジャンプし、同じ認識をベースにしたその先のところで議論を深めるということが可能になったのは、一見遠回りに見える「共通言語形成フェーズ」がプロジェクトの前半に埋め込まれていたからということが言えます。
最終回となる次回は、第三の難所「言語化の壁」に関する打ち手をご紹介するとともに、Wayマネジメントについての本連載全体を総括してみたいと思います。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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