企業理念策定の難所と克服への道筋

公開日
テーマ
  • 経営人材育成
執筆者
  • 湊 岳のプロフィール

    湊 岳

    グロービス講師

見えにくい危機 ~ “Not” Clear and Present Danger ~

いきなり古い話で恐縮ですが、1990年代半ばにインディ・ジョーンズで有名なハリソン・フォードが主演した「Clear and Present Danger(邦題:今そこにある危機)」という映画がありました。南米の麻薬組織を舞台に、アメリカ合衆国に迫る「今そこに明白に存在する危機」に対して超法規的措置が取られる…というスリリングなストーリーで人気を博したので記憶にある方も多いのではないでしょうか。

企業経営の、しかもWayや理念といったソフトイシューの話がテーマであるのに、一体なぜ古い映画の話を?と訝られる方も多いでしょう。ここで少し、今日の企業経営の特徴を理解するために、読者の皆さんの会社が直面する経営課題について考えてみてください。その課題は、誰もが理解できるようなはっきりと明確な形で存在しているでしょうか? 「明確だ」と考える方もいらっしゃるでしょう。ただ、もう一度注意深く考えていただきたいのは、みなさんに明確に見えているものは「問題として起こっている事象」であって、みなさんの会社が直面している「解決すべき課題」ではないのではないかという点です。

実際に、「問題として起こっている事象」や「解決すべき課題」としてどんなことが起きているのかを、ある企業の事例を通じてご紹介していきましょう。この企業は、実在する弊社のお客様ですが、ここでは仮に電子部品メーカーのA社として話を進めさせていただきます。A社は幅広い電子部品の製造・販売を行っており、その顧客は家電・パソコン関連メーカーが中心です。昨今の家電やパソコンマーケットの動向を考えればお分かりの通り、最終製品である家電やパソコンの商品更新サイクルは非常に早く、かつ当たり外れのブレも大きいので需要量・生産量の予測もつきにくい。そんな中、A社は品質に対する絶対的なこだわりを社是としており、業界内でも「品質のA」という特徴で語られる、自他共に認める典型的な技術重視企業でした。

高い品質のものづくりのために、古くはQC活動に始まり、改善の小集団活動自体が業務遂行のベースに根付いており、改善提案→実行→成果の水平展開 という日本の製造業の強みを代表するような「揺ぎ無い土台」がA社にはありました。しかし、そんなA社で昨今、かつては考えられなかったようなことが起き始めたのです。それは、A社幹部の言葉を借りれば「我が社ではあり得ない話」でした…

起きていたこと ~「『ナゼ』を繰り返すのはなぜですか?」

A社で起きていたこととはどんなことだったのでしょうか?

異変の端緒は顧客に納入した、ある製品の品質不良でした。品質に絶対的な自信を持つA社ですが、現実的に納入製品の不良率がゼロになっているわけではありません。従って品質不良が発生したということ自体が「異変」というわけではありませんでした。納入品の不良を起点として、発生原因の根本を突き止めて、再発防止のための恒久的措置をとっていくという問題解決の基本プロセスがA社には存在していました。前述の通り、A社には日本の製造業のお家芸とも言える問題解決のサイクルが組織に行き渡っていたわけです。

今回の件でも、従来のように製造ラインのメンバーが集まって発生原因の根本を特定するためのミーティングが開催されました。

班長「今回のQ社向け部品の不良は、樹脂成型工程でのバリの発生が要因となっていることが分かった。これから皆でなぜバリが発生したのか、なぜ発生したまま後工程に送られていったのか、『ナゼ』を5回繰り返して根本的な要因を考えていこう」

作業員「班長、どうして『ナゼ』を5回も繰り返さなくてはいけないんですか?」

班長「??? どうしてって、お前、、、 そんなの当たり前じゃないか!?」

この一件は現場から工場長へ報告が行き、そのまま役員会での議題となりました。A社に波紋を呼び起こしたこの一件をきっかけに、社内で起きている同様の「常識が通用しない」事例を調べてみると、今回の一件が決して稀なケースではないこと、また製造部門に限らずに営業などの事務系の部署でも起きていることが分かりました。一般には、こうした状況に対して、「今の若いヤツらは…」と世代間の議論に収斂させてしまうことがよく見受けられます。しかし、A社では、これだけ頻発していることを考えると、世代間のギャップに原因を求めることは問題を矮小化させるだけではないかと考えました。

問題を捉える切り口として、事業部の立てた戦略と製造部の組織構造がマッチしていないのではないか?とか、やりたいことと組織メンバーの能力にギャップがあるのではないか?とか、経営をハード(戦略、組織構造など)ソフト(人材、組織能力など)の両面から見る切り口を持って仮説を立てて見たが納得のいく答えは見つかりませんでした。そして、こうした様々な議論を重ねた挙句に到達したのが、「今起きていることの原因は、ウチの会社を支えている根本のところ『=仕事をする上での基本的な姿勢や考え方』のバラつきにあるのではないか?」という認識でした。こう書くと淡々と論理的に議論がなされたように感じられるかも知れませんが、疑う余地なく自信を持っていた部分であるだけにA社幹部のショックは相当なものであったと聞きました…

経営課題を層別に認識する ~ 「氷山モデル」

前述の工程作業員の一言は、悪意のない素朴な疑問でした。それは即ち「疑う余地など存在しなかった、A社で仕事をする上での基本的な姿勢や考え方」レベルの共通認識が無いメンバーが、実際に組織の一員として業務に従事しているという事実を意味していたのです。A社の品質に対する絶対的な自信とは、言い方を換えれば、品質を向上させ続けていく組織能力に対する揺ぎ無い自信です。さらに掘り下げれば、そうした組織能力を支えているのは「問題が発生した際に取り組む姿勢や基本的な考え方」が従業員の間の共通理解になっていること、であると言えるでしょう。これらのことを、海に浮かぶ氷山に喩えると、今起きている事象は水面上に見えている部分に過ぎず、その一番奥深くに横たわる「真に解決すべき課題」とは、これまで疑うことの無かった「基本的な姿勢や考え方」のバラつきであると言えます。

A社の例は一つの典型例ですが、筆者がお客様と社内で起きている問題について議論をする場面で、起きていることの大元を掘り下げていくと、今日の企業経営で起きている問題の根本的な部分が「氷山の底」に行き着くことが多いというのが実感です。「氷山の底」すなわち、その企業にとっての仕事の基本である「考え方や判断・行動の基本」が欠如していたり、ばらついていたり、不安定であったりということです。特にこうした認識は、人事や経営企画の方だけでなく、営業・開発・製造などの現場の方を交えた現状理解と意見交換からもたらされることが多いのも実感です。それだけ、今の企業に起きていることの大元は本社ビルの上層階にあることの多い人事や企画の視点だけでは「クリアに見えにくい」レベルのものであると言うことが言えるでしょう。Clear and Present ではないわけですね。

戦争を知らない子供たち

「『最近の若い者は…』 で済む話か?」

B社が提供しているのは、単なるCADのソフトウェアやコンピューター機器単体ではなく、あくまでも顧客の設計環境に合わせてカスタマイズしたトータルのシステムです。従って、B社の営業には、単に機器やソフトの商品説明をするだけでなく、顧客の要望を細大漏らさず聞き取り、そこからみえてくる顕在化されたニーズ、潜在的に考えられるニーズを整理して、顧客側の制約条件を踏まえてベストな設計環境を提案することが不可欠な活動でした。

B社では、電機・自動車関連企業が集積している地域に営業所を設けており、神奈川県の新横浜営業所はその一つでした。新横浜営業所のテリトリーには横浜、川崎、厚木といった産業集積地が含まれており、B社の重点営業地域でもありました。顧客数も数多く、最終製品メーカーからそのコンポーネントメーカー、さらにその部品メーカーといった形で、従業員数が数万人規模の巨大企業から数百人規模の中規模企業まで幅広い顧客基盤がありましたが、効率よく営業活動を行うことを考えて、大企業チームと中小企業チームに分けて組織を編成していました。

そんな中、中小企業チームに大企業チームから入社4年目のS君が異動してきました。S君は4年前に、やはり同じCAD業界の企業から中途採用で入社してきた営業マンで、通算するとCAD業界での経験は8年になる中堅メンバーです。この業界では営業職にも技術的な専門知識がある程度要求されるので、新卒採用に加えて中途採用で即戦力を獲得することが行われているのです。中小企業チームのチームリーダーは早速彼に担当してもらう企業とのこれまでの取引履歴をレクチャーし、それぞれの企業への挨拶回りに同行しました。

それから数週間経ったある日の朝、チームリーダー(TL)宛てに長年の顧客である部品加工メーカーW社の社長から一本の電話がかかってきました。

顧客「もしもし、ウチの担当なんですが、Sさんではなく、以前のPさんに戻してもらえませんでしょうかね…」
TL 「え? どういうことですか? Sが何かしでかしたんでしょうか?!」
顧客「特に何かしたってわけではないんですがねぇ… ただ、なんと言うか目線が上からというか、ウチのような小さい会社の状況を分かろうとする気がないような…」
TL 「早速Sと話してみます! この件は一先ず私に預けてください。よろしくお願いします!」

午後になって、営業所に戻ってきたS君に対してチームリーダーは早速話を聞いてみることにしました。

TL 「S君、部品加工のWさんだけどさ、社長とはうまく話できてる?」
S君「W社って、、、ええと、、、 あ、思い出した。いやぁー、あそこの社長はちょっと意識低いですねぇ。ウチが取引する相手としてはプライオリティ下げたいなって、チームリーダーに報告しようと思ってたんですよ。」
TL 「意識が低いって、、、 何を根拠にそんなこと言ってるんだ??」
S君「いや、だって、生産効率を上げるためには 我々の提供するCADソリューションだけでは、開発から製造までのトータルのリードタイム短縮にはつながらないのは分かりきっているんで、生産ラインの自動化の提案をしたんですよ。でも、そんな資金がないとか、自動化で雇用が減るのは困るとか、そんな話ばっかりなんですよ。ウチの売りはトータルソリューションですから、それが求められてないところには何度足を運んでも無駄なような気がするんですよね。。。」
TL 「トータルソリューションは大切だけど、それじゃこっちのポリシーの押し売りじゃないか。お客様によって事情はことなるわけで、その事情に合わせた最適解を一緒に考えるのが我々の姿勢だろう!」
S君「でも、W社一社ぐらいの取引高なら落ちても影響ないんじゃないですか? 会社が潰れるわけでもないし。。。」
TL 「お前、潰れるわけないって。。。 ついこの前までウチも生きるか死ぬかの瀬戸際だったこと知らないのか??」

チームリーダーは、自分も若い頃に当時の課長や部長から「最近の若いものは…」とか「新人類」と何度も言われたことを思い出しました。しかし、今回のやりとりはただ単に若い世代との考え方の違いではないのではないかと考えました。。。

歴史認識の違いは価値観の違い

実はB社では、CADソフトの単体販売からソリューション化への移行の波に出遅れたことに、バブル崩壊後の製造業の不況が重なって、企業の存続すら危うくなる深刻な経営危機に陥りました。1990年代の後半は、日本の会社ならどこでもくぐり抜けたであろう「構造改革」を一通り実行して血を流して来たのです。元々大手企業中心だったそれまでの営業方針が裏目に出て、顧客一社が設備投資を絞るとその影響は大きく、その反省として、苦しい時期からの再建過程では意図的に中小企業との取引を増やし特定顧客の影響を受けにくい体質を目指してきた経緯があるのでした。したがって、B社にとって部品加工メーカーW社は、今の取引高は小さく今後の拡大見込も少ないながらも、苦しいときを支えてくれた、決して軽視などできない大切なお客様でした。

ここ15年ほどの間に多くの日本企業がバブル崩壊後の不況とそれに続くいわゆる「構造改革」を経験し、血を流した末に競争力回復を手に入れました。一方で、B社のチームリーダーが感じているように、焼け跡から復興成った現在の経営環境が最初からの与件となっている人にとっては、価値観に大きなギャップがあると言えます。

それは、「企業が大切にしていることを本当にその企業のこれまでの歴史を踏まえた文脈の中で理解できているか?」という点です。

「企業が大切にしていること」の裏には、必ずその企業が過去に犯した致命的な失敗やそこからの反省や学びが隠されています。同時代を生きて、そうした「失敗や危機の歴史」を共有している人間同士の間では、前提が共有されているために「顧客重視」と言えばそれがどういうことを指すのか、それを蔑ろにするとどういうことになるのか、ということについて同じイメージが持てるのです。しかし、「失敗や危機の歴史」を共有していない人間同士では、「顧客重視」という言葉だけでは、想起するイメージにバラつきが出てしまいその企業にとっての独自のこだわりや重要性が共有されないことになってしまうのです。

企業にとっての歴史や経験は、先輩が後輩にただ単に語り継ぐだけでは「年寄りの自慢話」とも受け取られかねません。しかし、そうした経験を積み重ねる中から自然に紡ぎ出されてきた「その会社にとっての独自のこだわり」を含めて伝わるとなれば、昔話の語り継ぎは単なる自慢話ではなく「大切な価値観の伝承」という非常に重要な意味を持ちます。戦争を知らない子供たちには、戦争があったことを伝えるだけでなく、それを通じてしみじみと平和の大切さを伝えていく必要があるということですね。

多くの職場で好況と業務量の増大、メール等業務スタイルの変化によって、絶対的な対人コミュニケーション量が減少しつつある今日にあって、こうした「経験や歴史と、その中から紡ぎ出されてきた自社のこだわりや価値観」は自然には伝わりにくい。従って、意図的な伝承を行う必要があると言えるでしょう。

Wayの伝承を阻む二つの変化

一つ目の変化「内なるグローバル化」

多くの業界、職場で主に90年代以降、同じ職場で働くメンバーの多様性が高まりました。雇用形態の観点からは、かつてはほぼ全員が正社員で、総合職と一般職の職掌区分がある程度でした。そこへ契約社員、派遣社員という雇用形態と働き方が常態化し、さらに失われた10年の構造改革で減った人員を穴埋めするために協力会社からの人員受け入れなど、「常駐する他社の人」が増加してきています。
実際に、筆者のお客様のAVメーカーの設計部門では、ある製品のプロダクトマネージャーの下で設計業務に従事するメンバーが30名いますが、そのうち比較的長期の派遣技術者が8名、プロジェクトベースの短期派遣技術者が12名、協力部品メーカーからの応援者が4名と、実に社外メンバーが8割を占め、正社員は残りの2割に過ぎません。

その2割、6名の正社員のうち半分の3名はキャリア採用の転職でこの会社に入ってきた人材です。採用という観点からも、同じ新入社員教育と工場や販売店への教育配属といったプロセスを共有していないメンバーが相当増えているわけです。

このプロジェクトマネージャー氏曰く、「技術に関する専門的な用語はもちろん異なるが、それは丁寧につき合わせて違いを確認して統一すれば済む話なのでたいした問題ではない。それよりも困るのは、設計を進める上でこだわって欲しい価値観や言わずもがなの方向性についてのズレがあること。こうした部分は具体的に目で見える違いではなく、こちらが『感じる』違いであるだけに、当人に気づいてもらうことも、その違いをすり合わせていくことにもものすごく時間がかかる。実際には、設計のタイムリミットすなわち製品の発売時期は待ってくれないので、価値観や考え方のすりあわせは後回しになっている」

ここに挙げた例でもわかるとおり、職場に集まる人材の多様性が、これまで経験したことのないレベルで高まっているのは確かでしょう。日本企業にとってのグローバル化というフレーズは、多くの場合事業の海外展開や世界が単一市場化する中での競争環境の変化といった意味合いで使われますが、実は組織の内部に目を転じると「これまでのように自然体のままでは対処し切れない多様性の高まり」が存在しているわけで、これは「内なるグローバル化」と解釈できるのではないでしょうか。

いずれにしても職場の多様化が、価値観や基本的な考え方の共有度合いを自然と押し下げているということが言えそうです。

二つ目の変化「コミュニケーションの希薄化」

次に挙げられるのが、職場のコミュニケーションの希薄化です。先のAVメーカーの例で言えば、同じカテゴリーの製品の開発・設計に必要な人員はかつては7名ぐらいでした。技術や顧客ニーズの変化に対応してきた結果、技術の高度化、細分化、裾野の拡大が進み、今では先に述べたように30名を越す大所帯での設計が必要になっています。前出のプロジェクトマネージャー氏によれば、「これだけ人数が多いと全員とコミュニケーションをとることはムリ。意識していないと、2週間ぐらい口をきいていないメンバーがいることに気づいたりする」とのことです。

職場の戦線が広がっていく一方で、仕事のスピード感はどう変わってきたのでしょうか?これもプロジェクトマネージャー氏のコメントから考えてみましょう。「自分が若いころは設計開発メンバーとして7名ぐらいの所帯の一員だった。当然製品の全体像についてのお互いのイメージは共有しやすく、各メンバー間の調整も頻繁でそこで議論になることも多かった。結果的に『自分がこれを作ったんだ』という、最終製品に対する思い入れも非常に強く、製品が発売された後の売れ行きが気になり、売れたときのチームとしての達成感もひとしおだった。残念ながら、今の部下たちは仕事が細分化されすぎていて、ただでさえ最終製品への思い入れを持ちにくくなっているのに加えて、昔と違って、一つの製品のライフサイクルは短くなっているから、一つの開発プロジェクトが済むとすぐ次の開発スケジュールが既に敷かれており、チームとして終わったことを振り返ったり、喜びを共有するような余裕もない」

さらに、コミュニケーションの希薄化につながる構造として、ISOやコンプライアンス、J-SOXなどの「『ねばならない』書類・報告業務」の増大が挙げられるでしょう。これらはいずれも社会やビジネス環境の変化が後押ししているもので、もちろんそれ自体が悪いわけではありませんが、職場単位でみると書類を作ったり報告をしたりしなくてはならない必須の業務が相当増えているのは事実です。こうした業務への対応に、コミュニケーション機会が圧迫されていることが大きな問題となっています。これは別の会社での話ですが、目標管理制度の運用の前提として上司と部下の面談を四半期毎に行っていたのですが、毎四半期末にコンプライアンスに関する監査が入ることになり、それに対応するための書類整備に時間を取られ、面談が有名無実化しつつあるという笑えない事態も起きています。

また、コミュニケーションの希薄化には、仕事のインフラとしてのEメールの影響も非常に大きいことはここで改めて詳しく説明するまでもないでしょう。プロジェクトマネージャー氏も「時間がないので、きちんと叱って考え方を正さなきゃいけないときも、ついメールで投げてしまったりすることがままある」とのことでした。業務伝達の効率化には非常に大きなメリットがあるEメールも、価値観や基本的な考え方、ものごとの認識の仕方をすり合わせるような「問いかけて考えさせる」目的には、相当工夫が必要だと考えたほうがいいでしょう。職場のコミュニケーションのかなりの部分をEメールが担っているのが現状だとすると、コミュニケーションの方法としてEメールに過度に依存してしまっていることが、「対話」を通じて磨かれることを阻害していると言えるのではないでしょうか。

Wayマネジメントは「守り」の施策?

ここ数年でWayマネジメントへの注目が高まっている背景としてここまでお話したことを、思い切ってシンプルにまとめてしまうと以下の2点に整理できると思います。

・職場の多様性がかつてないほど高まり、その中で組織としての価値観や基本的な考え方の共有度合いが下がっている

・価値観や基本的な考え方の共有度合いを高めるための、「対面での」コミュニケーションの絶対量を確保することが難しくなってきている

この2点に加えて、昨今の企業経営を取り巻く環境変化の中からWayマネジメントを後押ししている要素を一つ付け加えるとすれば、こうした価値観や基本的な考え方の不徹底が引き起こす不祥事のもたらすインパクトがかつてとは異なり企業の存続を揺るがすようなレベルになっていることが挙げられます。2007年を象徴する漢字が「偽」であること、そうした不祥事を引き起こした企業では、経営者の交代で済めばいいほうで、会社更生法の申請といった事態に進展しているケースが決して少なくないことが、Wayマネジメントへの認識を高めていると言えます。

では、Wayマネジメントとは、企業経営の「守り」のための取り組みなのでしょうか?
逆に、企業経営の「攻め」、すなわち事業展開を積極的に加速する側面からの意味合いは考えられないのでしょうか?

Wayの効用

存在意義が揺らぐとき...

何年か前に記憶喪失になったCIAエージェントを主人公にしたボーン・アイデンティティという映画がヒットしました。人間にとって、それまでの自分の在り方、価値観が否定されたり、変更せざるを得なくなり、心理的に不安定になることをアイデンティティ・クライシス(identity crisis)と呼びます。そんなとき人間は自分を取り戻そうと、さまざまなことをするわけです。

組織にとっても、存在意義の揺らぎとそれを取り戻すための試みという同じ構図が当てはまりそうです。ある外資系のデバイスメーカーY社の話です。Y社は、もともとはヨーロッパに本社のある電子デバイスメーカーで、欧州全域、アメリカ、日本、アジアをはじめとして世界全域で事業展開するいわゆるグローバルカンパニーです。Y社日本法人はデバイスの小型・高精細化技術と大量生産を支える生産技術の面で全世界のY社の中でも高い技術力を誇り、顧客である家電メーカーが日本に多いこともあって欧州本社も一目置くような存在感を誇っていました。

そんな中、Y社のグローバル展開は新たなステージに入り、これまでは各国毎に現地法人を置き、営業から開発・製造までの一連の機能を備えていましたが、世界単位で激化する競争に対応するために、営業は欧州本社の本部が各国の拠点を統括し、開発と製造は顧客業界別に世界で最も競争力のある拠点で集中して行う、いわゆるcenter of excellenceの考え方が採り入れられることになりました。「グローバルな組織再編」という波が現実に押し寄せてきたのです。

新しいグローバルな組織再編によって具体的に何が変わるかというと、これまで名実共に一つ屋根の下にいた各機能組織が、新しい組織体制の下ではそれぞれ別々の指示命令系統の下に置かれ、縦割りになるということです。Y社日本法人の経営陣は予想される事態に対して喧々諤々の議論を重ね、出した結論が「組織体制という器に左右されることのない、Y社日本法人の従業員全員が一つになれる拠りどころを固めよう」という経営判断でした。ここで注目していただきたいのは、こうした判断がただ単に「ばらばらになるのが嫌だ」という感情論から出たわけではなく、電子デバイス製造という事業の特性が組織や従業員に求める組織運営や意思決定のスタイルを考え抜いた中から出た結論だという点です。

電子デバイスは、直接の顧客である最終製品(家電やコンピューターなど)メーカーとの間で、性能や仕様、大きさや概観、組み立て作業性など数多くの製品特性について「すり合わせ」ながら設計・製造していく製品です。そうした顧客との「すり合わせ」を可能にしているのは、社内の営業、マーケティング、設計、製造、物流など各部門の緊密な連携=すり合わせであることは言うまでもありません。すなわち、グローバルな組織再編によって指揮命令系統が縦割りになり、緊密な連携が必要な各部署が各々の利害関係と優先順位で動くようなことがあっては、顧客の期待に応えることはできないのです。世界レベル(マクロ)で見たときに最強の拠点に開発・製造を集中する組織再編は理に適っていると言えるでしょうが、ミクロで見たときに各拠点の競争力の維持拡大に支障を来たす可能性があるわけです。組織構造を考えるときのこうした二面性については、皆さんも何らかの経験がおありではないかと思います。

Y社日本法人の経営陣は、世界単位で進む新しい組織体制が内包する不完全性を補完して、世界レベルでの競争力を維持・強化するために、日本法人という「一体であるべき範囲」の全従業員が仕事に臨む際の基本的な価値観、基本的な考え方をそろえて、同じ方向に向かっていくという取り組みを始めることを決意したのでした。これは、組織体制というハードの持つ不完全性をWayというソフトで補完している、という見方もできます。また、時代や環境に応じて変わりうるもの(可変)と、その土台となって時々の変化に左右されない不動の基軸(不変)の部分とに企業経営のインフラを峻別する考え方、と捉えることもできます。

Wayマネジメントの効用 「求心力の高まり」

このY社日本法人の例から、我々はどんな示唆を引き出すことができるのでしょうか?

Y社の例を、外資系企業の日本法人が巻き込まれた世界レベルでの組織再編と表面的にとらえると、大半のみなさんにとって遠い話にしかならないでしょう。しかし、起きた事の本質を一般化して、組織の存在意義があいまいになったり一体感が薄らいできたりして、事業運営が滞る、という状態を想像していただければ、みなさんそれぞれが直面している状況との共通点があるはずではないかと思います。

多くの企業が成長機会を新市場、新事業に求めている時代です。また脈々と続く伝統的な本流事業の中でも変革が必要とされている時代でもあります。こうした「新しいこと」「今までと違うこと」に組織が直面して、組織自体の持つ存在意義・自己定義が揺らぐ局面…
揺らいだままでは「新しいこと」「今までと違うこと」に立ち向かうための組織の力が結集できないことは明白です。

このY社日本法人の取り組みからは、Wayのもたらす経営への効用として、組織(コミュニティ)の存在意義、自己定義が明らかになり、組織への求心力、凝集性が高まる、ということが言えるのではないでしょうか。

昔野球で今サッカー???

サッカーの好きな方なら、ワールドカップ予選の行方が気になっていることでしょう。オシム監督を引き継いだ岡田監督がフランスワールドカップ以来、どんな采配を振るうのかに関心がある方も少なくないのではないでしょうか?

1993年のJリーグ発足前は、経営やマネジメントをスポーツになぞらえる際に引き合いに出されたのは必ずといっていいほど野球であったと思います。全てを見渡している監督が局面局面で実行者たる選手に指示を出し、選手はその指示に基づいて忠実にボールを投げ、ボールを打ち、、、といったように、上位の監督者-現場の執行者の役割分担が明確で、他の球技に比べてプレー毎に状況確認と指示伝達のための時間的余裕があるのが野球という球技の特徴と言えるでしょう。この辺りが、かつての企業経営やマネジメントと相似形であったということが出来るかもしれません。

一方で、企業を取り巻く様々な状況が変わり、企業経営に求められる複雑性、判断のために許される時間、結果的に求められるスピードといった要素の変化を反映して、「サッカー型組織」なる喩え方も一般的になってきました。サッカー型組織という場合には、1.一旦キックオフしたら監督の指示は間接的なものにならざるを得ない 2.局面が常に流動的で瞬時の判断が求められる 3.勢い選手にはプレーを遂行する能力に加えて自律的な判断力が求められる 4.11人の意思疎通のためのコミュニケーションが必要 といった要素について、現代の企業経営と相似形を見出しているのではないでしょうか。確かに、複数のメンバーが同時進行的に流動的な事態に直面して、コミュニケーションを通じて自律的に問題解決していく、という観点からはサッカーという競技を通して経営のエッセンスを考えるというアプローチは分かりやすいのかも知れません。

では、こうした「サッカー的な」経営が必要とされる時代にあって、そのスムーズな実行を妨げる障害となるものは一体どんなものでしょうか?
今回もある会社の実例を基に考えて行きたいと思います。

スピード経営の本当のカギとは?

T社は携帯電話などの電気製品の試作用金型を製作する専業メーカーです。こうしたモデルサイクルの短い製品では当然のことながら試作回数も多く、またそのリードタイムも短いことから短納期で精度の高い製品を納入することが至上命題となっているのはお分かりいただけると思います。T社は電気製品向け金型では後発参入だったので量産向けには参入余地がなく、多品種超少量ながら収益性の高い試作金型に特化して成長を続けていました。試作金型は、顧客である電機メーカーサイドからすると開発段階で必要とするもので、修正・変更を前提としたものですから、図面を提供してからいかにすばやく金型を納入できるか、修正・変更指示に対していかにすばやく対策品を納入できるか、という点でなんと言ってもあらゆる対応のスピードが、試作用金型メーカーに求める最も重要な要素でした。

そんなT社では順調な業容拡大に伴って従業員数を増やしていましたが、毎春の新卒採用だけでは業務量の拡大ペースに追いつかずに、2年ほど前から営業・開発要員の中途採用を開始しました。一般には知名度が低いことから人材を確保できるか不安もありましたが、蓋を開けてみるとニッチな高収益メーカーという業界ポジションの訴求力は思った以上に高く、大手有名メーカーからの転職組を含め予定以上の人材を確保することに成功しました。

それから程なく、社内の各部署の管理職から「最近、仕事に時間がかかるようになった」という漠然とした声が上がりはじめました。人事部が実態のヒアリングに乗り出したところ、事業成長による多忙さとは別に「以前だったらすいすいスピーディに進んだことが、いちいち説明をしなくてはならず時間内にアウトプットを出すことが難しくなってきている」ということが分かりました。そして説明に時間を要している対象は業務用語の類に留まらず、社内の意思疎通のやり方や対象範囲、局面局面での判断のスタンスや優先順位といった、現場の管理職がにわかには言葉で説明し切れないような抽象的なものも多く、現場での日常的なコミュニケーションに非常に多くの時間がかかっている実態が判明したのです。

この状況に対してT社では当初3つの軸と15の要素からなる「T社行動規範」を策定し、全員に冊子を配布することで職場での基本行動の統一を図ろうとしましたが、抽象的な指針を示されただけでは現場は行動に反映できず、あまり効果があがりませんでした。そこでT社は「言葉から覚えるのではなく、経験を共有することで結果的に言葉として残る」というように発想を180度転換し、まずマネージャーがサブマネージャーを、次にサブマネージャーが一般社員を、という構造で、仕事上のある場面の中で上位者が示した判断や行動を題材に、その根拠についてなぜそうしたか、何を考えてそうしたかを言語化する「行動の振り返りミーティング」を徹底したのです。これによって、徐々にではありますが、行動と判断の基本原則がそろいつつありました。そこへ改めて行動規範の共有を全社レベルで行いました。以前の冊子配布との違いは、「既に体感していることを言語レベルで統一した」点にあります。

T社の取り組みは今も続いていますが、判断・行動に混乱がありスピーディな企業活動に支障を来たした時期と比べて、試作用金型製造のキーサクセスファクター(事業成功のカギ)であるスピード経営が実践されていると言えます。

Wayマネジメントの効用 「コミュニケーションコストの極小化」

このT社の例から、我々は何を学ぶことができるのでしょうか?

T社に限らず、その成功のカギとして「スピード」が上がらない業界やビジネスはほとんどないと言って良いでしょう。それほど、今日の経営環境では精度や的確さ以上に「スピーディに機敏に動くこと」の重要性が高まっています。従って、企業経営のあらゆる局面で「認知-判断-行動」を複数のメンバー間でいかに素早く行うことができるかが最重要課題になっています。

これに対応するために判断や行動のスピードを高めるための能力開発の取り組みが各企業で進められていることは、弊社に経営分析や判断、戦略立案をテーマにした能力開発のお問合せを多くいただくことからも肌感覚として実感しています。一方で、こうした個人単位でのスピードを磨くことだけで経営のスピードは高まっていくものなのでしょうか?
T社の当初の例のように、一人一人は高いスキルや知識を持った個人が集まるだけでは不十分で、それらのメンバー間のコミュニケーションがスムーズに進んで初めて、組織としてのスピードが実現されると言えます。ここで注目すべきは「コミュニケーションコスト」という概念です。読んで字の如くコミュニケーションに要する労力と解釈して良いでしょう。組織内のコミュニケーションコストが高ければ、一つ一つのコミュニケーションに時間がかかることとなり、その累積としての企業の経営スピードは遅くなってしまいます。一方でコミュニケーションコストが低ければ、一つ一つの判断・行動がスムーズに淀みなく進み、スピード経営が実践できるというわけです。

今回のT社の事例からは、Wayのもたらす経営への効用として、「組織内のコミュニケーションコストを引き下げ、スピード経営を実現する」ということが示唆として引き出せるのではないでしょうか。

従って、前回考えたことと合わせて、Wayマネジメントの効用として以下の2点を大きくあげることができると言えます。

  1. 組織(コミュニティ)の存在意義、自己定義が明らかになり、組織への求心力、凝集性が高まる
  2. 組織内のコミュニケーションコストを引き下げ、スピード経営を実現する

いずれも組織メンバーのやる気を引き出し、自律性を高めることにつながっているのがおわかりいただけるかと思います。

Wayマネジメントを、不祥事防止や起きるであろう問題の予防といった防御的側面から捉えるケースも一般には多く見られますが、こうして考えてくると、現代の経営環境で必要とされる経営スタイル(スピード、自律性、内発動機)といった要素に直接関わってくる、より積極的な意味合いを持つものであることがわかってきました。

Wayを策定する

Way策定にまつわる疑問

Wayマネジメントに取り組む際には、当たり前のことですがWayが存在しなくては何も始めることができません。そこで、Wayマネジメントに取り組むことを考えた際に最初に直面するのが「一体、Wayの中身は『どうやって』作るのだろうか?」という疑問ではないでしょうか。

では、具体的に考えてみましょう。みなさんの会社でWayマネジメントに取り組むとしたらどうするべきか、以下の問いについて、少し考えてみてください。

「共有すべきWayはウチの会社に存在しているのだろうか?」
「もし定まっていないとしたら、誰がそれを作るべきだろうか?」
「それはどうやって作るべきだろうか?」

いかがですか?それぞれの問いについて、様々な方法論が考えられますよね。

Wayの策定を考えるパートでは、連載第4回に登場していただいた外資系の電子デバイスメーカーY社のケースを元にみなさんと考えていきます。
(※参考:連載第4回「Wayの効用~アイデンティティ・クライシス」)
ただし、読者のみなさんにとって単なる他社事例のインプットで終わらず、できる限りWay策定に関する本質を押さえるために、上述の問いを通じてみなさん自身の頭の中に浮かんだ「ウチだったら・・・」というイメージと比較しながら、Y社のケースを考えてください。

Wayは「どうやって」作るのか?

Wayを「どうやって」作るかを考えるには、そもそもWayとは何であるか、どういう性格のものであったかを押さえなくては、単なる表面的な方法論の議論に陥ってしまいます。これまでの連載で整理してきた表現を用いるとするならば、Wayとは「仕事をする上での考え方や判断・行動の基本」に他なりません。

そうすると、Wayを策定する際に考えるべきアプローチは、

(1)これまで大切に培ってきた「考え方や判断・行動の基本」を言葉に落とす
(2)こうありたい、というあるべき姿としての「考え方や判断・行動の基本」を定める

という2つに大別されることになります。分かりやすく言い換えると、(1)は既にあるものを言葉にする、(2)はまだないものを言葉にする、ということです。

(1)の代表例が、トヨタ自動車のトヨタウェイです。その説明として「創業以来、様々な経験をもとに形作られ、『暗黙知』として受け継がれてきた経営上の信念や価値観を、誰にでもわかるように整理、集約した」ということが謳われています。

また、同じ自動車業界の日産自動車では、有名な日産リバイバルプラン(NRP)以降の変革の中で実践されてきたことが日産ウェイとして「マインドセット(心構え)」と「アクション(行動)」の2つの軸で言語化されています。これも(1)の代表例と言えましょう。

両社の例に共通していることは、「いつからの話か」という点に長短の違いはあるものの、「これまでやってきたことの中から、今後も大切にしていきたいことを抽出、言語化」している点です。

みなさんの会社ではいかがでしょうか?「これまでの業務運営の中でやってきたこと」は、全て「今後も大切にしていきたいこと」ばかりでしょうか??
もし、「これまでやってきたこと」が「今後も大切にしていきたいこと」ばかりではない場合にはどうしたらいいのでしょうか?

Y社のアプローチ「『これまで』だけで足りるのか?」

連載第4回でお話したとおり、外資系の電子デバイスメーカーY社では、グローバルな組織再編の渦中にあって、自己定義を明確にし、求心力を高めていくために、Wayマネジメントに取り組む決断をしました。Wayマネジメントの企画・実行のパートナーとして弊社に声をかけていただき、弊社もその実行に最大限の支援をすることとなりました。

実際にWayマネジメントの目的やゴールをすり合わせた後で最初にセットしたミーティングの目的は、「どうやってWayを作っていくか?」がテーマでした。このミーティングのために弊社では、「トヨタWay」、「花王Way」、ジョンソン&ジョンソンの「Our Credo(我が信条)」など数社のWayの内容や来歴を参考資料として用意し、Y社でのWay策定のアプローチを検討するブレストが始まりました。

弊社(以下GOL)「他社事例を見る限りでは、これまでの業務運営や経営判断の中で大切にされてきたことを丹念に掘り出して言語化するアプローチをとっていくのが常道のようですね。」
Y社「うーん、でもなぁ・・・ウチの場合、必ずしもこれまでやっていることがそのままで良いとは思ってなくてね」
GOL「え? どういうことですか? 前社長の発揮されていた強いリーダーシップとか決断力などは、今後も継承していきたいものじゃないんですか?」
Y社「というよりも、その影響として残っている『上意下達の意識』や『ミスの指摘はするけど、チャレンジを尊ばない姿勢』なんかはそのままで良いとは思えないんだよね・・・」
GOL「ということは、アプローチとして『これまで実践してきたことの言語化』だけでは不十分で、むしろ『これから必要だが、まだできていないことの言語化』のほうが重要ということになるんでしょうか?」
Y社「『むしろ』のほうが大切かも知れないね。従業員を指示や命令で萎縮させるのではなく、もっと自由闊達にのびのびとやってもらいたいからね」
GOL「なるほど・・・。 そちらのアプローチを方法論に落としていく必要がありますね。でも、ちょっと待ってください。これまでの御社のビジネスの中で、やっぱりこれにこだわってきたから今がある、という『何か』があるんじゃないですか?」
Y社「えーっと、そうですね・・・。 あ、やっぱり、品質に対するこだわりとか、先進的な技術に対するこだわりとかは強いですよ。そんな言わずもがなのこともWayに含める必要があるのかな?」
GOL「言わずもがなとか当たり前が通用しなくなってきていることも、Wayマネジメントを進める大きな理由の一つじゃないですか。言葉にしたら当たり前のことでも、言葉にしておかないと劣化してしまうのも現実です。『これまで持ってきたこだわり』アプローチもしっかりおさえていきましょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんなやり取りを経て、Y社では著名企業のWayマネジメントで取られているであろうアプローチの「(1)これまで大切に培ってきた『考え方や判断・行動の基本』を言葉に落とす」のみならず、「(2)こうありたい、というあるべき姿としての『考え方や判断・行動の基本』を定める」アプローチも加えていくことが決まりつつありました。

ミーティングでの結論をそんな風にまとめているときに、Y社プロジェクトチームのメンバーの一人がこんなことをぼそっとつぶやいたのでした。

「(2)のアプローチって、会社を変えていこうということなんですね・・・」

その場にいたY社、我々GOLのメンバー全員がはっとした瞬間でした。
(1)のアプローチは、一言で言い換えると「継承」そのものです。一方で(2)のアプローチを一言で言い換えるならば「変革」そのものでしょう。この一言のつぶやきをきっかけとして、Y社においてのWayマネジメントの取り組みの本質が「継承と変革のマネジメント」であることがプロジェクトメンバー全員に認識されたのでした。

みなさんが頭に浮かべていた「ウチの会社だったら・・・」ということと比べていかがですか?継承のみならず、少なからず変革の要素が必要だと考えられていた方も多いのではないのでしょうか?事業環境の変化の中で変革が必要とされている企業が多いことと考え合わせると、Wayマネジメントを進めるにあたり、変革の要素が何らかの格好で入っているケースは少なくないと言えるでしょう。

誰がWayを作るのか?

その次に我々が直面したことが、「Wayは誰が作るべきなのか?」というテーマです。
今回もみなさん自身が、「ウチの会社でWayを作るとしたら、それは誰がやるべきだろうか?」という点で少し考えてイメージを膨らませてみてください。いかがですか?みなさんが真っ先に思い浮かべたのはどういう立場の人ですか?その人(達)にWayは作れそうですか?その人(達)がWayを作っていくとしたらどんな困難に直面しそうでしょうか?

「Wayは誰が作るべきなのか?」というテーマについての我々の議論を少し再現してみましょう。

弊社(以下GOL)「Wayを作っていくアプローチが大きく二つあるということが決まったとして、ではWay策定を一体誰が主体になってやっていくか、という点について考えませんか?」

Y社「そうですねぇ、こういうのは『トップのコミットメントが大事』ということも言われているぐらいなんで、やはり社長を中心に考えていくことになるんでしょうかねぇ、、、」

GOL「そのやり方も無いわけじゃありませんが、それだとあまりにも『上の偉い人が決めたこと』と受け止められてしまい、一般社員が受身になってしまいませんかね?」

Y社「確かに。では、タスクフォース的にメンバーを集めて、最終的に社長に承認を取る形、かな?」

GOL「オーソドックスなやり方ではありますね。問題は誰を集めるか、ですね。」

Y社「思い切って若手社員に自由に絵を描いてもらうとか、、、」

GOL「ちょっと待ってください。確かに自由にあるべき姿を描く側面も必要ですが、これまで大切にこだわってきたことを言葉にする部分もあるんですよね?そうすると若手社員だとそれだけのこだわりの経験が不十分なんじゃないでしょうか?」

Y社「これまでのこだわりを一番持っているのはベテランの幹部クラスかなぁ、、、でもなぁ、彼らにあるべき姿を描けというのも無理があるような気がするなぁ、、、第一、それができるなら現実の組織運営の中でそうしているはずだよ。それができるポジションにいるわけだし、、、」

GOL「『誰が作るか』っていうのは難しいテーマですよね。でも、今の議論でいくつか見えてきたことがあるんじゃないですか?ちょっと整理してみるとこんな風に言えますかね。1)作るのが誰か?ということが受け手に与える影響を考える 2)作るアプローチに応じてそれができる人選が必要」

Y社「確かに整理するとそういう感じだね。」

GOL「考えるべき視点はこれで十分でしょうか? 他に人選を考えるにあたって考慮しておくべき点を幅広く考えてみるといかがでしょうか?」

Y社「うーん、、、作るのはいいとして、作ったら終わりってわけじゃないんで、Wayを策定したメンバーには、その展開や浸透の先頭に立ってやってもらいたいなぁ」

GOL「だとすると、全社運動の先頭に立つべき影響力を持った人を選ぶ必要がありますよね。そうすると、もう一点、3)作った後の展開を考慮した人選 ということを入れてもいいですね。その観点から行くと、具体的にY社の場合だとどのレベルの人たちになりますか?」

Y社「部長クラスかなぁ、、、うーん、、、」

GOL「我々から見ても部長クラスのみなさん、というのはピンと来るのですが、何かまだ懸念がありますか?」

Y社「いやぁ、部長クラスというのはカリスマ性の強かった前社長から直接の薫陶を受けてきた世代なんだよね。だから、アプローチの二つ目の『今は実現できていないけど、こうありたい姿』というのを考えられるかという点が引っかかっていてね、、、」

GOL「そうだとすると、部長クラスの人だけにこだわらずに、少しその下の課長クラスやチームリーダークラスの人とミックスしてはいかがですか?」

Y社「そうか!そうすれば、階層間の交流も期待できるかも知れないし、お互いの意見が刺激になることもありそうだね!」

こんな議論の末に、Y社のWayは各部門の部長クラスを中心に、課長・チームリーダークラスも混じった混成チームで策定を進めていくことが決まったのでした。

Way策定のメンバー選定の視点

Y社での議論を振り返ると、Way策定のメンバーを選ぶに際しては、重要な検討の視点がいくつかあることが分かります。少し一般化して整理してみると、以下のようになります。

1)「誰が作ったか」という事実が受け手に与える影響を考慮する

経営幹部や上位者が作ってしまえば策定プロセスそのものはスムーズでスピーディに進むでしょう。ただし、多くの一般社員は「上から押し付けられた感」や「突然降ってきた感」を強く感じてしまい、仮に作るまでは良かったとしても、その実践や浸透といった段階でスムーズに進まなくなることが予想されます。近年Wayマネジメントに取り組む多くの会社で、社員が参加するタスクフォースやPJTチーム方式が採られているのは、出来上がったWayに受け手がどれだけの距離感を感じるかという点を考慮しているためだと考えられるでしょう。

2)策定のアプローチに即した「力量」を持った人選を考える

Way策定では多くの場合、これまでに行われてきた企業活動や個々人の行動や判断の中からエッセンスを抽出するアプローチが含まれます。これを可能にするためには、どんな事実があるかということを知ることに加えて、その中に含まれているエッセンスを解釈することが必要となります。そこには、当事者の視点からの分析と客観的な第三者の視点からの分析の両方が欠かせません。当事者だけの分析では、固定観念の枠の中に議論が予定調和的に収束してしまうケースが少なくないし、逆に第三者だけの分析では、新鮮ではあるものの、机上の空論的なリアリティのないレッスンしか引き出せないことが多いからです。そう考えると、どんなアプローチでWayを策定していくかというプロセスの中で、必要とされるスキル・マインド・経験・知識といったものを洗い出し、それをどういう立場の人が集まるとより良くできるか?という観点で考えていく必要があるでしょう。

3)作った後の展開を想定した人選を考える

Wayは作って終わり、ではありません。そこで謳われていることが、実際の行動として組織のありとあらゆる場面で実践されているようになることがゴールと言えます。その意味で、作ること以上に作った後に如何に徹底的に実践をしていくかがWayマネジメント成功のカギである、と言っても過言ではありません。即ち、Way策定フェーズの次にはWay浸透フェーズが来るのだとしたら、Way浸透フェーズでリーダーシップを発揮すべき立場の人を、Way策定フェーズから巻き込むことによって、彼らの当事者意識を高めておくことができます。こう考えると、Way策定のメンバー選定は、Way策定そのものを効果的に進めるという観点のみならず、その先に待ち構えているWay浸透を効果的に進める、という観点からも考えておくべきでしょう。

みなさん自身の会社でWay策定に取り組むとしたら、上記三点を踏まえたメンバー構成はどのようなものになるでしょうか?Y社と同じ部長クラスというケースもあるでしょうし、もう一段下の層というケースもあるでしょう。ここは企業毎の事情によって異なるところなので、一概にこれが正解!ということは言えないと思います。ただし忘れてはならないのは、一概に絶対的に正しい人選はあり得ないにしても、少なくとも上記の三点のような重要な視点を十分にふまえ、「人選の意図」を十分に議論して整理しておく必要があります。

なぜか?
それは、事務局としての大きな難関、「メンバーに選ばれた人に『なぜあなた達が選ばれたか?』を説明する説明責任」が待ち受けているからです。

今回再現したY社での議論は、我々事務局がどうしようか?と議論しただけの話で、実際にWay策定メンバーに選ばれた人たちがその気になってぐいぐいとプロジェクトを前に進めていくかどうか、というのはまた別の話です。

「なぜ、自分が?・・・ 渦巻く疑念」

前回お伝えしたように、Y社では各部門の部長クラスを中心に、課長・チームリーダークラスも混じった混成チームでWayの策定を進めていくことを決めました。では、Way策定プロジェクトのメンバーに選ばれた当人たちの受け止め方はどうだったのでしょうか?

Way策定プロジェクトメンバーは、メンバーに指名されたことを上長から聞き、事務局主催のキックオフミーティングに召集されることから実際の活動をスタートしました。キックオフミーティングでは、Way策定に取り組む必要性やなぜここに集まっている人たちがメンバーに選ばれたかの理由、今後のプロジェクトの進行予定等について説明を受け、簡単な質疑応答の後で解散となりました。普段は業務上の会議等で顔をあわせることはあっても、あまり組織横断的に集まる機会のないメンバーたちは、キックオフミーティング終了後も会場内でいくつかのグループに集まって近況報告など会話を続けていたのでした・・・

(A部長)「よう、最近どう? 久しぶりだよなぁ。あの新製品の出荷トラブルのとき以来じゃない?ところで、このプロジェクトの話っていつ聞いた?」

(B部長)「え? ついこの間、客先からの帰りのタクシーの中で本部長から『なんか始めるんで人出せって言うからお前行って来てくれ』って言われてさ。さっきの説明聞いてると、毎月集まって合宿やるとか、集合日程以外にもグループ作業があるとか、この忙しいのにたまったもんじゃないよなぁ・・・」

(C部長)「そうだよな。そもそもこの手の会社の理念みたいなものは、経営者が自ら作ってトップダウンでやってくものじゃないの?カルロス・ゴーンみたいな感じでさ。Bのとこの本部長も何やるかちゃんと分かってないんじゃないのかね」

(A部長)「さっきの話だと、組織の中核メンバーだから俺たちが選ばれたってことらしいけど、俺たちって中核か??(苦笑)」

(B部長)「俺さ、この会社には転職してきたから前の会社のことも思い出すんだけど、前の会社でも経営理念とかスローガンとかの推進運動ってやっていたんだよね。でも、ポスター貼ったりバッジ作ったり、会議室に額縁に入れて飾ったりしていたけど、社長が変わったら誰も見向きもしなくなったしね。この手の運動って、自然消滅するのが関の山なんじゃないのかねぇ・・・」

(C部長)「俺たちも暇なわけじゃないし、会社も本気でやる気あるのかなぁ・・・???」

また、部長クラスに混じってプロジェクトに参加することになった、課長・チームリーダー(TL)たちも会場を出たところで言葉を交わしていました。

(D TL)「自分は、何でこの席に呼ばれたんだろう?さっきキックオフミーティングの会場にいた他のメンバーを見ると、社内の有名人ばかりだし、自分なんて力不足じゃないのかなぁ?」

(E課長)「Wayなんていっても、ここに呼ばれていること自体が一方的だし、さっきのミーティングも一方的な説明で、ほんとになんか変わるようには思えないけど・・・」

(F課長)「とはいえ、まるっきり参加しないのもまずいからな。まぁ、部長達の議論に従っていくことにして、様子見で行こうか・・・」

(D TL)「大体、上がちゃんとやらないのに自分達だけまじめにやっても割り食っちゃうからね。少し見極めモードで行きますか。ね?」

かくして、キックオフミーティングそのものは予定通り、その場では特に問題もなく終了しました。ただし、そもそもの目的に関しては、プロジェクトのゴールとプロセスを周知することはできたものの、メンバーの当事者意識とモチベーションを高めることについては十分な結果を生むことはできなかったのでした。

第一の難所「負のマインドセット」

Y社のプロジェクトに参加することになったメンバーが口にしていた感想や不満は以下のように整理することができます。

■この種の取組への懐疑心

新入社員ならいざ知らず、少しでもビジネス経験があれば、何らかの全社的もしくは組織的な運動の中に身を置いた経験を持つ人は少なくないでしょう。また、そうした経験の大半は、最後までやりきった達成感や成功体験ではなく、華々しく始まったものの尻すぼみに終わった経験であったり、誰からとはなく段々と熱が冷めていき中途半端に終わった経験であったりするケースが多いのではないでしょうか。本コラム読者のみなさんは人事・経営企画等の部署の方が多いと思いますが、皆さんの身の回りにも一つや二つはそういった例が思い当たりませんか。こうしてみると、メンバー自身がネガティブなタイプでなくとも、こうした取組につきものの「どうせうまく行きっこない」「中途半端で終わるに決まっている」などのような「結果に対する懐疑心」を抱いてしまうことは避けて通れないことといえそうです。

■他責姿勢と当事者意識欠如

全社レベルの取組というのは、影響範囲が大きな話なので「こういう話は上からやらなきゃ・・・」「上がやらないから自分達もやらない」などのように、他人(上位層、経営者)に責任を転嫁したり、自分が本件の当事者であることを認めようとしなかったりという姿勢も一般に多く見られます。前項で述べた「うまくいきそうに見えない」という不安も、当事者としてのコミットメントを回避する姿勢につながっているとも言えそうです。
こうした認識の背景として、過去の同様の取組で上位層や経営者のサポートを得られずに孤立、頓挫した例を体験している/知っていることがあるのかも知れません。また、こうした姿勢を生み出す環境として、上意下達の風土が影響を与えている場合も多いでしょう。いずれにしても、この種の取組に参加するメンバー自身に「これは、自分が取り組むべき仕事だ」と思ってもらうことは並大抵のことではないと言えます。

我々は、Y社のプロジェクトメンバーの率直なつぶやきから、一体どのような示唆を得ることができるのでしょうか?それは、Wayマネジメントのような全社的かつ短期的には成果の見えにくそうな取組を行う際に、そこに参加する人の中には、1.この種の取組への懐疑心 と 2.他責姿勢と当事者意識の欠如 に代表されるような「負のマインドセット」が生じる可能性が高いということです。さらには、それを見越した上でプロジェクトを進めていく必要がある、という点です。

こうした「難所」は、それに対する1対1の具体的な施策があるという類のものではありません。実際にY社でも直接の手立てを講じたこともあれば、結果的として解消されていったということもありました。したがって、本稿では「難所」を共有するまでに留めて、「打ち手」については今後のWay策定プロセスの進捗の中でまたご紹介していきたいと思います。

住む世界と見えてる風景

筆者の私事で恐縮ですが、住んでいるマンションの管理組合の理事を2年間務めたことがありました。居住者のうち未就任者が持ち回りで担当するもので、読者の皆さんの中にも経験された方は多いことと思います。初めて管理組合の会合に出て少しずつ感じた違和感がありました。それは、この会合はモノを決める集まりなのか、何かを共有する集まりなのか、共有するにしてもどんなレベルのことまで含めるのか、といったことが漠然としたまま会が進んでいくのです。

筆者の住んでいるマンションは東西南北の4棟から成っているのですが、あるときそのうちの1棟の理事から最近頻発しているイタズラ対策に防犯カメラを設置する議案が提出されました。他の理事からは「こちらの棟ではイタズラはない」「そもそもそんなイタズラがあったことすら知らない」など、疑義と異論が相次ぎ、結局このときは防犯カメラの設置には至りませんでした。このときに感じたのは、普段住んでいるところが違うと見えているものは違う、メンバー間に共通の認識が無いままに事を前に進めようとしても議論百出するばかりで難しい、ということでした。また、何かを判断したり認識する際の「判断基準」自体も共有していないと大事なことが決められないことも痛感しました。

同じ会社にいても知らないこと

前回お伝えしたように、Y社では各部門の部長クラスを中心に、課長・チームリーダークラスも混じった混成チームでWayの策定を進めていくことを決めました。このメンバーは、Y社の機能別に編成された組織体制の各部署から満遍なく人選されており、全員が一同に会したことはなくとも、社内の様々な会議体等でよく顔をあわせている同士であり、担当部門の状況はもちろんのこと、関連他部署の様子についても一定の理解はあるはずのメンバーでした。

Y社のWay策定プロジェクトがスタートし、まず最初にY社を取り巻く経営環境やY社の経営課題についてのいわゆる「環境分析」のディスカッションが始まりました。ここで現在と今後の経営環境への認識を深めた上で、そこで必要とされるWayとはどのようなものかを議論しているわけです。いわば、Wayを策定する大前提の認識あわせという位置づけです。ところが、Y社の「環境分析ディスカッション」が始まってみると、どうも噛み合わない会話があちこちの小グループで繰り返されるようになりました。

■市場分析のグループで

いわゆる3C分析の「市場・顧客」の分析に取り掛かっていたあるグループでは、こんな会話がなされていました。

(製造 A氏)「市場・顧客の分析ってことだけど、ウチは家電最大手のQ社のNo.1サプライヤーでしょ?それ以上に何か議論することってあるの?Q社の業績は好調だって先日も新聞に出てたし、、、」

(営業 B氏)「Q社向け取引は堅調と言って良いと思うな。Q社のヒット商品のデジカメXシリーズは、代々ウチの製品が獲ってるからね。顧客に関しては『今後も安泰』って書いておけばいいんじゃないの?」

(技術 C氏)「え、ちょっと待ってよ。営業がそんな楽観的なこと言ってていいの?技術サイドには、Q社からウチの全製造プロセスでの環境対策に関する詳細なレポートを出せ、ってすごいプレッシャーがかかってるんだぜ。ウチは海外から調達しているパーツもあって、海外拠点には環境意識と対策が遅れているところもあるから、なかなか提出する資料もそろわないんだ。Q社の環境対策室からは、Q社の定める基準を達成できなければ、これまでにどんなに取引実績があっても継続発注できない、とまで言われてるんだぜ」

(製造 A氏)「そういえば、うちの工場にもこの間Q社の人が監査に来てたなぁ、、、 あれは、そういう流れでの訪問だったの?」

(技術 C氏)(Aも、Bも、この事実を知らないこと自体がまずいんじゃない? というか、うちの会社自体がまずいんじゃないか?、、、)

■競合分析のグループで

また別のグループでは、「競合他社」の分析を行っていましたが、話は最も手ごわい競合のZ社に及んでいました。

(総務 D氏)「競合の分析という観点では、一つ最近仕入れた情報があるんだ。この間の業界会合で、競合のZ社から聞いたんだけど、Z社では今度大々的に機構改組を行って、うちと同じ機能別組織を止めてカンパニー制に変更するらしいぞ」

(営業 E氏)「確かZ社は、機能別組織の強さを創業以来売り物にしていたはずだよな?」

(購買 F氏)「ところで、カンパニー制ってよく聞くけど、どういうもんだっけ?(笑)」

(総務 D氏)「あのねぇ、カンパニー制ってのはね、、、」

(マーケ G氏)「カンパニー制なんて90年代後半に一時ブームになったけど、今更そんなの流行らないよ。別に気にすることないと思うよ。それより、Z社が出すと噂の次世代型製品の話をしないか?」

(総務 D氏)(流行り廃りのことじゃなくて、なぜ今組織変更を行うのかという理由を議論したいのだが、、、)

結局この日は丸一日を環境分析に費やしたのですが、このような状況があちこちに生まれ、経営環境とその中で取り組むべき課題について同じ認識を持つまでには至りませんでした。

第二の難所「共通言語の欠如」

Y社の環境分析ディスカッションで起きた「あ、それ知らなかった」という各メンバーの素朴なつぶやきは、大きく二種類の異なる「欠如」に整理することができます。

(1)事実認識の欠如

上の例で言えば、市場分析のグループで起きたことがこれに当たります。企業活動の様々なところで起きている重要な変化が「事実として共有されていない」ということです。顧客のサプライヤー選定方針の中で、環境対策という項目がその比重を増していることは、Y社の技術部門だけでなく営業、工場、総務といったあらゆる企業活動に大きな影響を与える重要事項です。そしてより大きな問題は、こうした重要事項の事実認識について、社内各部署がまちまちであるということです。Wayの内容はY社がこれから大切にしていくべき行動や思考の指針なわけですから、「事実認識のギャップ」が存在したままではWay策定の大きな障害となることは自明です。

(2)経営知識の欠如

上の例で言えば、競合分析グループでの出来事がこれに当たります。競合Z社がカンパニー制を導入するという事実そのものにも認識のギャップはあったのですが、それ以上にこの場で起きていることは、たとえ事実を共有されたとしてもその事実の持つ意味合いが分からない、ということです。即ち、カンパニー制を導入するという事実を知らされた人に、「カンパニー制とは何か?」という知識が無ければ、その事実の持つ意味合いを理解できないわけです。要するに、事実を知るだけで意味があることもありますが、多くはその事実を解釈して意味合いを理解することに価値があり、その解釈のためには必要最低限の経営知識が無ければ議論自体が成り立たないのです。

Y社の環境分析ディスカッションでの混乱から、我々は何を学ぶことができるのでしょうか?それは、Wayの策定に取り組む際には、参加メンバーがそれぞれの立場や目線からの独自の意見を持つことは大切ですが、議論の前提となる「事実認識」と「経営知識」が欠如したままでは、議論が何も前に進まないということです。ここでいう経営知識とは、事実を元に仮説を組み立てたり、判断を下したりするために参考にする「定石」のような意味合いです。裏を返せば、プロジェクトメンバーを集めてただ単に議論させるのではなく、プロジェクトの初期段階では「事実認識を揃える」「定石としての経営知識を共有する」ことが不可欠だということになります。

Y社のプロジェクトでは、「事実認識」と「経営知識」の二つを合わせて『共通言語』というキーワードを当てていました。実際、プロジェクトの中で共通言語の共有が広がるに従って、参加メンバーの視界共有が進み、「同じ認識に基づいた建設的な議論」が驚くほど進んでいったのでした。

言葉の持つ力

「人間は言葉で考える」とはよく言われることです。筆者が最近読んだ「『わかる』とはどういうことか―認識の脳科学」 (山鳥重著/ちくま新書)という本の中でも、人間が言葉を発明したことによって、ある事象について別々の人が共通の心象を想起することが出来、スムーズなコミュニケーションをとることが可能になったという趣旨のことが書いてあります。研修の講師をしている立場としては、ある一つの言葉を示したときに受け手がそれを聞いてどんな事柄をイメージするか、という点では大変苦労した経験があります。例えば「この状況での『課題』について討議してください」と指示した際に、「課題」という言葉を「つぶすべき問題点」と捉えたグループもあり、一方で「問題点に対する打ち手」と捉えたグループもありました。言葉一つで、聞き手が頭の中に何を思い浮かべるかが大きく変わるのだとしたら、やはり言葉の持つ力とは非常に大きいのだということが改めて認識されます。

守備範囲の広すぎるキーワード

Y社のWay策定プロジェクトにおいては、様々なテーマの議論を繰り返してきましたが、その全てで問題になったのは言葉による表現の問題です。我々はこれを「言語化の壁」と名づけました。どんなに有意義な議論をしていても、最後にそこからのレッスンを言葉に落とし込み、Y社のWayへと昇華させなくては意味がなく、そのためには考えたことを言葉できちんと表現することができなければ、Way策定プロジェクトは前に進まないからです。まさに、考えたことを言語化することが、プロジェクトの進捗の壁となって立ちはだかったのでした。

例えば、こんな場面がありました。社内で起きている問題について議論を行い、それをグループ単位で発表している時のことでした。

Aさん「では、これから発表を行います。我々は、わが社で起こっている問題は大きく分けて二つあると考えました。一つはコミュニケーションの問題。二つ目は価値観の問題です。コミュニケーションの問題が原因で、新製品の開発プロセスが滞り、競合に比べて時間がかかっているようです。また、コミュニケーションの問題だけでなく、価値観もばらばらであるがために、関連する各部門の連携が取れず、それもリードタイムが伸びている原因だと考えられます。」

ファシリテーター「ありがとうございました。 他のグループの皆さんからの質問は?」

ファシリテーターからの投げかけには特に反応がありません。

ファシリテーター「コミュニケーションと価値観に問題がありそうだ、ということは分かるのですが、例えば価値観一つ取ってみても、その問題ということで含まれる範囲は相当広そうじゃありませんか?皆さんが考えている価値観の問題というのは具体的にどんなことですか?」

Aさん「我々が言いたかったのは、営業は納期や価格のことばかり気にしているのに対して、開発メンバーは技術的なことばかり気にしている、ということですけど」

ファシリテーター「それは、価値観というよりも、機能別に分かれている組織それぞれの職務分担そのものではありませんか? では、他のグループの方が考えた価値観の問題とはどのようなことですか?」

Bさん「私は製造部門ですけれど、営業や開発のメンバーは自分達の協議に時間がかかったつけを、最終的に納期を守る立場の製造部門に押し付けているように感じます。製造軽視、というのが価値観の問題として私が考えたことです。」

ファシリテーター「なるほど、それは確かに営業や開発のメンバーが持っている価値観の問題かも知れませんね。他の方の意見は?」

Cさん「私は経理担当なんですが、各部門が意識している経営指標があまりにも違いすぎると感じています。営業は売上しか見ていないし、逆に製造部門は納期しか見ていない。最終的に大切な利益を見ているのはウチだけだと思います。」

ファシリテーター「うーん、それも確かに価値観と言えるかも知れませんが、分業組織毎の評価指標やKPIの問題ですね。確かにそうした仕組みが従業員の行動や考え方を規定してくるので、価値観に影響しているということは言えそうですが。こうして少し具体的な中身を出してみるだけで、価値観の問題と一くくりにしてきた内容には、実は価値観のばらつき 職務分担の問題 部門毎の評価指標の問題 の少なくとも三種類の問題があることが見えて来ましたね。これらは、それぞれ相互に関連があるものですが、全部を一緒くたにして議論していても何が本質的に大切なことかが分かりません。またこの議論の末に見えてきたことをWayに落とし込む場合にも、何を指しているのか、何を言いたいのかを正確に表現しなくてはいけませんね。」

Aさん「『コミュニケーションと価値観』って言えば、社内では問題を語るキーワードとして通用してたんですけどね、、、 これでは話が通じない、ってことですか、、、」

第三の難所「言語化の壁」

この例で見てきたように、その場ではそれなりの議論ができたとしても、言葉によって考え方を共有していくというWayの本質に立ち返ると、何を語っているかを言語化できなければ何の価値もありません。Y社での取り組みを通じて分かったことですが、「言語化の壁」には大きく二つの要因があると考えられます。

1.「曖昧な」ビジネス用語への慣れ

一般に、会社という組織の中では様々なことが分析され、決定され、伝達され、行動に移されています。これらの分析、決定、伝達の全てが言葉を使って行われています。ここで使われる言葉にはしばしば定型的な表現が用いられます。定型的な表現が用いられるのには、コミュニケーションの効率を高める目的、内容に権威を持たせる目的、などいくつかの理由があります。しかしながら、こうした定型的でステロタイプな表現は意思の伝達者と受け手のそれぞれの思考停止を招きやすいという側面も持っています。ある定型的な文章、ある定型的なワーディングを用いていれば、それだけで「何となくそれらしい」ビジネスコミュニケーションが成立してしまうからです。

典型的なものとして、「戦略的な、、、」「有機的に結合し、、、」「○○を再構築し、、、」「総合的に判断し、、、」などの、ビジネス文書の中でよく見られるフレーズには、その文章を「それらしく」見せる効果と書き手、読み手の思考停止を招く効果が備わっています。普段からこうした「抽象度合いが高く、具体的に何を指すのかが曖昧な」ビジネス用語を使うことに染まり切っていると、無形物や非定型な状況について表現しコミュニケーションする能力が極端に衰えてしまうということが言えるでしょう。また、こうした物事をはっきりと語らないビジネス用語を多用しているうちに、自然と物事をハッキリさせようとしないマインドセットが形成されてくる、ことにもつながっているのではないでしょうか?

2.「納得の基準」の低さ

物事をハッキリさせようとしないマインドセットは、当然のことながら議論や会議の場での行動に表れてきます。こうした企業の会議の場では、他部門のことには口を差し挟まない、逆襲を食らうことがないように深く突っ込まない、物分りのいい態度が支配的になります。Y社でのWay策定プロジェクトの議論でも当初は、あるグループの発表に対して何の質疑も出ない、ということが何度かありました。自然とコミュニケーションは表面的にはスムーズになるので、お互いが相手の言っていることを理解し納得しているか、という点についてはその基準が甘くなります。要するに、本当に分かった、心底から理解して納得した、とは言えないのに、OKサインを出してしまっているのです。こうした「納得の基準が低い組織」の中でのコミュニケーションに慣れきっていると、相手の理解や共感、納得を得るための言語選択に対する感度が低くなり、限られた範囲(同じ社内の内輪の相手)との表面的なコミュニケーションにしか通用しなくなってしまうのです。こうなってくると、ビジネスリーダーに不可欠な能力の一つである「正しく伝えるための『言語選択能力』」が大きく退化してしまうことになります。

。。。

Y社の経験から、我々は何を示唆として引き出すことができるのでしょうか? Way策定という「考え方や行動規範を言語化するプロジェクト」の中では、言語化という作業が非常に重要であることは言うまでもありません。思考を言語化することができなければ、このプロジェクトは前に進めないのですから。しかし、言語化は、Way策定のようなやや特殊なプロジェクトの中だけの問題なのでしょうか?言語化の壁の原因として挙げた二つの要素、「曖昧なビジネス用語に依存する習慣」と「納得の基準が低い組織」は、プロジェクトに限った話ではなく、寧ろ組織の日常そのものの問題であり、それが故により根深い問題であると言えます。

そうであるならば、Way策定プロジェクト進捗の阻害要因という見方は矮小化され過ぎていて、実際にはWay策定プロジェクトを通じて看過できない組織文化面の問題が炙り出された、と捉えるべきでしょう。Y社のWay策定プロジェクトの中では、言語化の壁対策として、ファシリテーターが相当にサポートを行いました。が、より大きな問題であるY社自体の組織文化の問題は、別に考えていかなくてはなりません。

Way策定の難所を越えるための取り組み

第一の難所「負のマインドセット」を超えるための取り組み

Y社事務局と我々は協議を行い、参加メンバーに当事者意識が欠けていることがすぐに共通認識として共有されました。当事者意識の欠如は使命感の希薄さから来ていると考えた我々は、これまで以上にこのプロジェクトの全社的な位置づけや彼らが選ばれた意味合いを丁寧にコミュニケーションしていくことを確認しました。具体的には、プロジェクトの毎回の冒頭に全体像の中での当日の位置づけを我々から丁寧に説明したり、Y社事務局は社長の期待の声を伝えたりといったコミュニケーションを重ねました。これらの工夫によって、元から比較的協力的だったメンバーは一層前向きに取り組んでくれるようになりましたが、プロジェクト自体に懐疑的な何人かのメンバーや、自分が選ばれた理由が分からずに場違い感を感じ、大人しい振る舞いに終始していたメンバーの姿勢にはあまり変化がありませんでした。

我々もどうしたものかと考えあぐねていた時、プロジェクトの中では、後にWayとなるたたき台がどうにかこうにか出来上がり、言葉から受け取るイメージを確かめるためにプロジェクトメンバーがたたき台を自分の職場に持ち帰り、それを読んでどう思うか?をヒアリングすることになりました。約2週間のヒアリング期間に、Y社のあらゆる機能別組織それぞれにおいて、Wayのたたき台を読んだ従業員からのフィードバックが約300件集まりました。

ヒアリング期間を経て、全メンバーがプロジェクトのディスカッションに集まった際、意外なことが起きました。それまでは指名されない限り発言していなかった若手メンバーのKさんが、討議をしている最中にそれまでの議論の流れに反対するような意見を自発的に発言したのです。Kさんだけでなく、その日のディスカッションでは、これまで主に発言をして議論をリードしていたメンバー以外のメンバーがこれまで以上に積極的に議論にコミットし、結果として議論そのもののレベルも高まることとなりました。

一日の議論を終え、慌しく職場に戻る支度をするKさんに「今日は積極的に参加されてましたね」と話しかけると、Kさんは「職場のメンバーにヒアリングをしたら、みんながこのプロジェクトに心の底から期待してくれていることが本当によく分かった。自分は選ばれたこと自体が場違いだ、と思って遠慮しがちだったが、職場のみんなは選ばれてプロジェクトに参加している自分にすごく大きな期待をしてくれていた。プロジェクトでちゃんとやらないと期待してくれているみんなに申し訳ないと思った」と、少し照れくさそうに語ってくれました。

また、この日Kさんと同じように積極的に議論を引っ張ってくれたWさんは、「職場のメンバーにWayのたたき台を見せたら、書いてあることはとてもいいと言われた。しかし、今の実態が本当にこんな理想的な状態になるのかという点で若い人ほど懐疑的だった。自分の部下にあたるメンバーがそんなにつらい状況にいたなんて、、、恥ずかしながら気づいていなかった。これまで、このプロジェクトは社長のために自分の労力を提供するものだと思っていたが、自分の下で働く部下たちのためのプロジェクトなんじゃないか?という気になってきた」と心境の変化を語ってくれました。

結果的に、使命感への強い自覚が当事者意識を引き出したことになりますが、その使命感は当初我々が考えていたように「会社」や「上」という存在から強く促されたわけではなくて、「仲間」や「部下」といった、プロジェクトメンバーが自分で責任を負っていると自覚している人達からの期待感によるものが非常に強かったわけです。

このY社での出来事からは、プロジェクトメンバーの使命感を高め、当事者意識を強く感じてもらうために、会社やトップからのオリエンテーションやメッセージはよく使われますが、それだけでは十分とは言えず、同僚や部下からの期待感や応援の声が必要だという示唆を得ることができるのではないでしょうか。

第二の難所「共通言語の欠如」を超える取り組み

Way策定上の二つ目の難所は「現状認識のギャップ」と「経営知識の欠如」から来る「共通言語の欠如」でした。それぞれが自分の立場から見える風景だけを語る、さらに事実だけを見ていてその意味合いを俯瞰的な視点から考えるベースとしての経営知識がない、だから議論は表面的なレベルでの言い合いに終始しがちで何が本質的な問題なのか、ということが見えてこない。Way策定プロジェクトの中では、何度もそういう場面がありました。

ただし、こちらの難所は「負のマインドセット」と違ってあらかじめ想定されていたことでした。Wayの策定というテーマに関わらず部門横断的にメンバーが集まり自社の現状を踏まえた議論をしようとする際に必ずといっていいほどこのような「共通言語の欠如」といった状況は発生するからです。共通言語がないのであれば、共通言語をインストールすることが打ち手になります。ただし、議論の焦点がどこにあるか?ということによって、議論に参加するメンバーが備えておくべきリテラシーの種類やレベルは変わってきます。限られたプロジェクトの日程の中でWayを策定する議論そのものにも十分な時間を割く必要があるため、全員で共通言語化するべき内容の検討はおろそかにできません。また、内容だけでなく、学ぶべき概念の位置づけ方など、プロジェクト参加メンバーから見て理解しやすくするためのプロセス設計、ファシリテーション上の工夫も欠かせません。

Y社のプロジェクトでは、経営戦略やマーケティングなどの定性面、財務会計やファイナンスなどの定量面のオーソドックスな経営を俯瞰的に見るフレームワークに加えて、事業特性と組織文化や組織行動との関連性や、企業変革を進めていく上でのプロセス設計についてなど、非定型でとらえにくい「組織」や「人」が動く原理・原則を全員の共通認識として概念共有したことが特徴的だったと言えるでしょう。

また、いわゆる研修プログラムのようにテキストや教材、ケースだけを用いるのではなく、選びに選んだ良書を題材にした読書会など、単なる知識習得に終わらない、「基本的な考え方の認識あわせ」にかなりのエネルギーを注ぎました。

結果として、プロジェクトのさまざまな局面で「納得形成」「説明責任」「現実直視」などといった、普通は説明と視界共有に時間のかかるような概念が、共通のワーディングが一種の記号のように作用し、一気に意思疎通が進むという場面が何度もありました。説明に時間をかけなくとも済む部分は一気にジャンプし、同じ認識をベースにしたその先のところで議論を深めるということが可能になったのは、一見遠回りに見える「共通言語形成フェーズ」がプロジェクトの前半に埋め込まれていたからということが言えます。

第三の難所「言語化の壁」を超える取り組み

Way策定フェーズでの第三の難所は、Way策定という「考え方や行動規範を言語化するプロジェクト」でありながら、実際に考えていることや問題の本質を言葉にしようとするとなかなかうまく進まない。参加しているメンバー間で言葉の使い方や意味の受け取り方に大きな乖離がある、またその乖離があることがうっすらと感じられていながらそれを明確にそろえることをしていないという状況が起きていたのです。これは、突き詰めると「曖昧なビジネス用語に依存する習慣」と「納得の基準が低い組織」という二つの要因から引き起こされている現象です。

しかもこの二つの要因は、このプロジェクトの中だけの話ではなく、むしろY社におけるこれまでのビジネス生活の中で自然に身についてしまっているものなので、メンバー達も自覚や意識が無い習慣的になってしまっている無意識の行動である点が厄介でした。この状況を打開するためには、ファシリテーターが丁寧に意見や議論の内容を明確化するのみならず、そうした思考習慣をメンバーのみなさんに持ってもらい、自律的に効果的な思考・議論をしてもらえるようになることこそが重要だと考えました。

思考の習慣を作っていくためには、どんなことが有効だとみなさんは考えますか?
習慣というのは、同じことを繰り返していつしかそれが自然体になった状態を指す言葉です。意味としては同じ指摘であっても、毎回毎回違う言葉でフィードバックをしていてはその意味するところを理解するのに時間がかかってしまいます。そこでY社のプロジェクトにおいて私たちはいくつかのシンプルなキーワードを決め、議論の中で曖昧な言葉遣いによる停滞が起きたときには、意図していつも同じキーワードを繰り返し投げかけていきました。

本連載の第9回でご紹介した「コミュニケーションに問題がある」という意見が出た場面でなされたやり取りを再現してみましょう。

Aさん「納期問題や品質問題など、ウチに起きてる問題の大半はコミュニケーションのまずさが原因だと思う」

ファシリテーター「Aさん、そこで言うコミュニケーションをもっと『具体的に言う』と?」

Aさん「依頼側と依頼を受ける側の間で、お互いにそれぞれの立場や事情を分かっていない、ということかな、、、」

ファシリテーター「なるほど。お互いの事情って、『例えば、の例を挙げる』と、どんなこと?」

Aさん「営業からすると、お客さんとの間では納期は契約書でしっかり取り決めてあるんだけど、事実上有名無実化していてお客さん側の遅れをウチの製造側で取り返さなきゃいけない、みたいな無理な要望も呑まざるを得ない。なぜかというと、他社もそういう納期の無理を聞いているから。一方、製造側からすると、工場内に臨時対応するためのスペースと設備はあるけど、コスト削減のために人員は絞り込んで余剰はないので急に言われてもシフトが組めない。決して顧客要求に応えたくないわけじゃないんだけど、やりたくても物理的に人がいなくてできない。」

ファシリテーター「確かに、お互いがそれぞれのミッションに対してベストを尽くそうとしているんだけど、それぞれの事情が噛み合わない、ってことはよくありますね。この状況を『分解する』と、どういう、より小さなレベルの問題になるのでしょうか?」

Bさん「製造部門の私の立場から言わせてもらえば、営業には、お客さんが言ってるんだから製造は言うことを聞いて当然だ、という姿勢を強く感じる」

ファシリテーター「なるほど。その問題点に『名前をつける』と?」

Cさん「うーん、<社内での製造部門の位置づけ>とか?」

ファシリテーター「じゃ、今の論点はそういう呼び名で全員で共有しましょう。他に『分解』したときに、どんな問題が考えられる?」

Dさん「製造部門が、急な需要調整に対応できないほど人員を絞り込んでいるってこと、今はじめて知りました。これって、当事者同士のコミュニケーションの問題というよりも、社内で大事な経営情報が共有されていないってことかも知れない」

Eさん「私は人事部門で社内広報も担当してるけれど、毎月の社報で経営情報のアップデートはしてるつもりですよ。だから『共有されていない』っていう言い方には納得できないんだけど、、、」

ファシリテーター「細かい違いだけど、社報などでの共有がされているんだとしたら『共有されていない』という表現は、問題の本質を捉えていないですね。『事実に基いて正確に言う』と、どうなりますか? Dさん」

Dさん「経営情報の共有がされていない、じゃなくて、共有が不十分である、かな、、、?」

Eさん「それだと納得。確かに十分とはいえないなって思ってる」

ファシリテーター「Dさん、言いだしっぺとして責任持って、今の論点に『名前をつける』と?」

Dさん「うーん、うまい名前が出てこない、、、」

Fさん「<経営情報の共有が不十分で業務遂行を阻害している>問題!」

ファシリテーター「ちょっと長いけど、イメージはわきやすいかな。後でもうちょっといいネーミングが見つかったら誰か教えてくださいね」

話題としてはよくありがちな話題ですが、一見してお分かりのように、最初に提起された問題の抽象度合いが高く、また問題の影響範囲の広がりも大きいため、議論に参加しているメンバーの立場や目線の違いによって、「同じものを見る」ことがなかなか難しい状況です。

そこで、ファシリテーターは、いくつかのシンプルな言葉を繰り返して投げかけることによって、参加メンバーの思考を後押ししているのがお分かりいただけたでしょうか。上記文中の『 』でくくられた部分がそのキーワードです。『具体的に言う』『例えば、の例を挙げる』『小さく分解する』『今の話に名前をつける』『事実に基いて正確に言う』の5つです。

この5つのキーワード、最初は上記のように参加メンバーから出される曖昧な意見を明確化していくために、ファシリテーターから投げかけをしていったのですが、シンプルな限られたキーワードに絞込み、その代わりしつこく何度も繰り返していくことで、いつしか参加メンバーがお互いに投げかけあうようにまでなってきました。こうなると、合言葉のようなものです。メンバー全員に深く浸透するまでには至りませんが、全メンバーの2-3割がこうした投げかけをしてくれるようになるだけで、議論の解像度はぐんと上がり、議論がスムーズに進行するようになりました。

そして、もう一点重要なことは、実は、この5つのキーワードがメンバー全員に浸透した状態こそが、「人の話を納得する基準が上がった状態」なのです。このキーワードが合言葉になっていれば、曖昧で抽象度合いの高い漠然とした話を誰かがした瞬間に、他のメンバーから「それ、もっと具体的に言うと?」や「例えば、どういうこと?」のような問いかけがなされます。前向きに理解を深めるために、安易で表面的な納得ではなく、事実に基く具体的で明確な議論を求めるようになることが、この合言葉のもたらす効果なのです。

こうして、合言葉化するまでに時間はかかるものの、言語化の壁に対しては、プロジェクトの参加メンバー内に思考の合言葉を浸透させることが有効な取り組みなのではないかと考えています。

終わりに

Wayマネジメントについての本連載がスタートしたのは昨年の11月でした。マネジメントの世界で、Wayを基軸にしたマネジメントのあり方に注目が集まり、俄かに各種カンファレンスや講演等が増え、その勢いや熱気は今も失われていないように感じます。

一方であらゆる業種が未曾有のスピードでの環境激変に襲われる中、足元の業績や問題解決に追われるあまり、企業の重要課題としてのWayマネジメントに関する、経営者・リーダーの関心や関与度合いが低下する恐れがないか、懸念される向きもあると思います。

私は個人的にはその点は楽観的に捉えています。Wayマネジメントとは、過去にもあった「○○マネジメント」というような一過性のブームではなく、企業経営の本質そのものであると信じているからです。企業経営の根幹が、その企業が世の中にどのような価値提供をしていくことを理念としているのか、その価値提供をしていくためのあるべき考え方や行動の仕方とはどのようなものなのか?ということは、一時的なものではなくその企業にとっての永久に続く命題であると考えます。それをおろそかにした経営というのはあり得ない、そう考えるからです。

緊急避難的対応として、一時的に予算が削減されてとか、人事部や経営企画部でもWayマネジメントの促進よりも雇用の確保等の課題が最重点項目になって、、、といった状況は当然起こりうるでしょうし、それは合理的な経営判断の範疇だと言えるでしょう。この連載をお読みいただいていた多くの方は、企業の中で人の育成や組織の開発をミッションとされている方だと思います。そうしたみなさんには、経営環境の如何に関わらず、目下取り組んでいる重要業務の如何に関わらず、Wayマネジメントの重要性とその実践について、粘り強く取り組んでいただけることを願っております。

長い間、拙文にお付き合いいただきまして大変ありがとうございました。
みなさんから頂戴する叱咤激励のコメントに励まされながら連載を続けてくることができました。
この場を借りてお礼申し上げます。
私自身も、Wayマネジメントについて、みなさんから教えをいただきながら引き続き実践を深め、考えを深めて行きたいと思います。今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

こちらの記事もおすすめ

この記事をシェア

3,300社以上の実績をもとに
実践性を追求した研修

経験豊富なコンサルタント

企業の戦略を実現できる人材の育成を、
短期~中長期まで段階的に設計してサポートします。

まずは相談してみる

グロービスが
まるごとわかる3点セット

グロービスがまるごとわかる3点セットサンプル

サービス詳細、事例集、会社案内の資料を
一括でダウンロードいただけます。

今すぐ資料を申し込む

メルマガ登録

人材育成・企業研修に役立つメソッドをはじめ、
セミナー開催情報や最新のコラム情報などを週に一度お届けします。

メルマガを登録する

事例紹介

日経225の88%の企業へ研修サービスを提供

企業内研修有益度

4.6 5段階
評価
2024年3月「テーラーメイド型プログラム」を除く平均値

導入企業数

3,300

社/年

受講者数

43.8

万名/年
スカイマークらしい人財育成体系をゼロから構築! 航空業界におけるチャレンジャー企業として成長を続ける

スカイマーク株式会社

スカイマークらしい人財育成体系をゼロから構築! 航空業界におけるチャレンジャー企業として成長を続ける

部長層 課長層 一般社員層
日本語
企業内研修 スクール型研修 eラーニング アセスメント・テスト
「自ら学び、社会から学び、学び続ける」風土改革への取り組み

日本生命保険相互会社

「自ら学び、社会から学び、学び続ける」風土改革への取り組み

課長層 一般社員層
日本語
スクール型研修 eラーニング アセスメント・テスト
受講者から役員を輩出。ジョブアサイン連動型タレントマネジメントで「未来を起動する」次世代リーダーを早期育成

三菱重工業株式会社

受講者から役員を輩出。ジョブアサイン連動型タレントマネジメントで「未来を起動する」次世代リーダーを早期育成

課長層 一般社員層
日本語
企業内研修
世界各国で活躍する社員の自律的なキャリア形成をするために必要となる、経営スキルを磨く場を提供

伊藤忠商事株式会社

世界各国で活躍する社員の自律的なキャリア形成をするために必要となる、経営スキルを磨く場を提供

一般社員層
日本語
スクール型研修
トップダウンから脱却し、自律自考のできる次世代リーダー集団の育成

株式会社大創産業

トップダウンから脱却し、自律自考のできる次世代リーダー集団の育成

部長層 課長層
日本語
企業内研修
非連続の時代を生き抜くために管理職がビジネススキルを磨き、経営視点をもつリーダーになる

株式会社コロワイド

非連続の時代を生き抜くために管理職がビジネススキルを磨き、経営視点をもつリーダーになる

役員 部長層
日本語
スクール型研修 eラーニング
カスタマーサクセスを追求するマネージャーの育成を通じて、日本企業のグローバル化を支援する

SAPジャパン株式会社

カスタマーサクセスを追求するマネージャーの育成を通じて、日本企業のグローバル化を支援する

部長層 課長層
英語
企業内研修
360度サーベイで75%の受講者がスコアアップを実現!自らの課題を意識した学びで、受講後の行動が変化

レバレジーズ株式会社

360度サーベイで75%の受講者がスコアアップを実現!自らの課題を意識した学びで、受講後の行動が変化

課長層
日本語
スクール型研修
DXカンパニーへの転換を加速させた、役員合宿の取り組みと効用

富士通株式会社

DXカンパニーへの転換を加速させた、役員合宿の取り組みと効用

役員
日本語
企業内研修