Wayを策定する5~言語化の壁

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テーマ
  • 経営人材育成
執筆者
  • 湊 岳のプロフィール

    湊 岳

    グロービス講師

ここまで、電子デバイスメーカーY社での取り組みを基に、Way策定段階で直面する難所について考えてきました。「負のマインドセット」「共通言語の欠如」に続いて、今回は「言語化の壁」について皆さんと考えて行きたいと思います。

言葉の持つ力

「人間は言葉で考える」とはよく言われることです。筆者が最近読んだ「『わかる』とはどういうことか―認識の脳科学」 (山鳥重著/ちくま新書)という本の中でも、人間が言葉を発明したことによって、ある事象について別々の人が共通の心象を想起することが出来、スムーズなコミュニケーションをとることが可能になったという趣旨のことが書いてあります。研修の講師をしている立場としては、ある一つの言葉を示したときに受け手がそれを聞いてどんな事柄をイメージするか、という点では大変苦労した経験があります。例えば「この状況での『課題』について討議してください」と指示した際に、「課題」という言葉を「つぶすべき問題点」と捉えたグループもあり、一方で「問題点に対する打ち手」と捉えたグループもありました。言葉一つで、聞き手が頭の中に何を思い浮かべるかが大きく変わるのだとしたら、やはり言葉の持つ力とは非常に大きいのだということが改めて認識されます。

守備範囲の広すぎるキーワード

Y社のWay策定プロジェクトにおいては、様々なテーマの議論を繰り返してきましたが、その全てで問題になったのは言葉による表現の問題です。我々はこれを「言語化の壁」と名づけました。どんなに有意義な議論をしていても、最後にそこからのレッスンを言葉に落とし込み、Y社のWayへと昇華させなくては意味がなく、そのためには考えたことを言葉できちんと表現することができなければ、Way策定プロジェクトは前に進まないからです。まさに、考えたことを言語化することが、プロジェクトの進捗の壁となって立ちはだかったのでした。

例えば、こんな場面がありました。社内で起きている問題について議論を行い、それをグループ単位で発表している時のことでした。

Aさん「では、これから発表を行います。我々は、わが社で起こっている問題は大きく分けて二つあると考えました。一つはコミュニケーションの問題。二つ目は価値観の問題です。コミュニケーションの問題が原因で、新製品の開発プロセスが滞り、競合に比べて時間がかかっているようです。また、コミュニケーションの問題だけでなく、価値観もばらばらであるがために、関連する各部門の連携が取れず、それもリードタイムが伸びている原因だと考えられます。」

ファシリテーター「ありがとうございました。 他のグループの皆さんからの質問は?」

ファシリテーターからの投げかけには特に反応がありません。

ファシリテーター「コミュニケーションと価値観に問題がありそうだ、ということは分かるのですが、例えば価値観一つ取ってみても、その問題ということで含まれる範囲は相当広そうじゃありませんか?皆さんが考えている価値観の問題というのは具体的にどんなことですか?」

Aさん「我々が言いたかったのは、営業は納期や価格のことばかり気にしているのに対して、開発メンバーは技術的なことばかり気にしている、ということですけど」

ファシリテーター「それは、価値観というよりも、機能別に分かれている組織それぞれの職務分担そのものではありませんか? では、他のグループの方が考えた価値観の問題とはどのようなことですか?」

Bさん「私は製造部門ですけれど、営業や開発のメンバーは自分達の協議に時間がかかったつけを、最終的に納期を守る立場の製造部門に押し付けているように感じます。製造軽視、というのが価値観の問題として私が考えたことです。」

ファシリテーター「なるほど、それは確かに営業や開発のメンバーが持っている価値観の問題かも知れませんね。他の方の意見は?」

Cさん「私は経理担当なんですが、各部門が意識している経営指標があまりにも違いすぎると感じています。営業は売上しか見ていないし、逆に製造部門は納期しか見ていない。最終的に大切な利益を見ているのはウチだけだと思います。」

ファシリテーター「うーん、それも確かに価値観と言えるかも知れませんが、分業組織毎の評価指標やKPIの問題ですね。確かにそうした仕組みが従業員の行動や考え方を規定してくるので、価値観に影響しているということは言えそうですが。こうして少し具体的な中身を出してみるだけで、価値観の問題と一くくりにしてきた内容には、実は価値観のばらつき 職務分担の問題 部門毎の評価指標の問題 の少なくとも三種類の問題があることが見えて来ましたね。これらは、それぞれ相互に関連があるものですが、全部を一緒くたにして議論していても何が本質的に大切なことかが分かりません。またこの議論の末に見えてきたことをWayに落とし込む場合にも、何を指しているのか、何を言いたいのかを正確に表現しなくてはいけませんね。」

Aさん「『コミュニケーションと価値観』って言えば、社内では問題を語るキーワードとして通用してたんですけどね、、、 これでは話が通じない、ってことですか、、、」

第三の難所「言語化の壁」

この例で見てきたように、その場ではそれなりの議論ができたとしても、言葉によって考え方を共有していくというWayの本質に立ち返ると、何を語っているかを言語化できなければ何の価値もありません。Y社での取り組みを通じて分かったことですが、「言語化の壁」には大きく二つの要因があると考えられます。

1.「曖昧な」ビジネス用語への慣れ

一般に、会社という組織の中では様々なことが分析され、決定され、伝達され、行動に移されています。これらの分析、決定、伝達の全てが言葉を使って行われています。ここで使われる言葉にはしばしば定型的な表現が用いられます。定型的な表現が用いられるのには、コミュニケーションの効率を高める目的、内容に権威を持たせる目的、などいくつかの理由があります。しかしながら、こうした定型的でステロタイプな表現は意思の伝達者と受け手のそれぞれの思考停止を招きやすいという側面も持っています。ある定型的な文章、ある定型的なワーディングを用いていれば、それだけで「何となくそれらしい」ビジネスコミュニケーションが成立してしまうからです。

典型的なものとして、「戦略的な、、、」「有機的に結合し、、、」「○○を再構築し、、、」「総合的に判断し、、、」などの、ビジネス文書の中でよく見られるフレーズには、その文章を「それらしく」見せる効果と書き手、読み手の思考停止を招く効果が備わっています。普段からこうした「抽象度合いが高く、具体的に何を指すのかが曖昧な」ビジネス用語を使うことに染まり切っていると、無形物や非定型な状況について表現しコミュニケーションする能力が極端に衰えてしまうということが言えるでしょう。また、こうした物事をはっきりと語らないビジネス用語を多用しているうちに、自然と物事をハッキリさせようとしないマインドセットが形成されてくる、ことにもつながっているのではないでしょうか?

2.「納得の基準」の低さ

物事をハッキリさせようとしないマインドセットは、当然のことながら議論や会議の場での行動に表れてきます。こうした企業の会議の場では、他部門のことには口を差し挟まない、逆襲を食らうことがないように深く突っ込まない、物分りのいい態度が支配的になります。Y社でのWay策定プロジェクトの議論でも当初は、あるグループの発表に対して何の質疑も出ない、ということが何度かありました。自然とコミュニケーションは表面的にはスムーズになるので、お互いが相手の言っていることを理解し納得しているか、という点についてはその基準が甘くなります。要するに、本当に分かった、心底から理解して納得した、とは言えないのに、OKサインを出してしまっているのです。こうした「納得の基準が低い組織」の中でのコミュニケーションに慣れきっていると、相手の理解や共感、納得を得るための言語選択に対する感度が低くなり、限られた範囲(同じ社内の内輪の相手)との表面的なコミュニケーションにしか通用しなくなってしまうのです。こうなってくると、ビジネスリーダーに不可欠な能力の一つである「正しく伝えるための『言語選択能力』」が大きく退化してしまうことになります。

。。。

Y社の経験から、我々は何を示唆として引き出すことができるのでしょうか? Way策定という「考え方や行動規範を言語化するプロジェクト」の中では、言語化という作業が非常に重要であることは言うまでもありません。思考を言語化することができなければ、このプロジェクトは前に進めないのですから。しかし、言語化は、Way策定のようなやや特殊なプロジェクトの中だけの問題なのでしょうか?言語化の壁の原因として挙げた二つの要素、「曖昧なビジネス用語に依存する習慣」と「納得の基準が低い組織」は、プロジェクトに限った話ではなく、寧ろ組織の日常そのものの問題であり、それが故により根深い問題であると言えます。

そうであるならば、Way策定プロジェクト進捗の阻害要因という見方は矮小化され過ぎていて、実際にはWay策定プロジェクトを通じて看過できない組織文化面の問題が炙り出された、と捉えるべきでしょう。Y社のWay策定プロジェクトの中では、言語化の壁対策として、ファシリテーターが相当にサポートを行いました。が、より大きな問題であるY社自体の組織文化の問題は、別に考えていかなくてはなりません。

今回まで三回に亘ってWay策定上の難所についてお伝えしてきました。次回はこうした「難所」を踏まえた実際の「打ち手」について考えていきたいと思います。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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