Wayを策定する3~負のマインドセット

2008.06.27

Wayマネジメントについて考えてきたこの連載では、前々回からWayの策定そのものにスポットを当てた議論をしてきました。

1.Way策定のアプローチとして「これまで大事にしてきたもの」と「これからこうありたい姿」の両方が考えられること

2.Way策定に携わるメンバー人選の視点 の二点についてみなさんと考えてきたわけです。

今回からは、電子デバイスメーカーY社が実際にWayを策定したプロセスの中で直面した問題をもとに、Way策定プロセスで考えるべき大切なポイントを皆さんと考えて行きたいと思います。

この大切なポイントは、それを乗り越えないと先へは進めないが、乗り越えるのは中々容易ではない、という意味合いで「難所」というキーワードを使わせていただきます。

では、Way策定の難所とは何か?
それは、大きく以下の三つに絞り込むことができると考えています。
第一の難所:負のマインドセット
第二の難所:共通言語の欠如
第三の難所:言語化のハードル
今回はまず、「第一の難所: 負のマインドセット」について考えて行きましょう。

執筆者プロフィール
湊 岳 | Takeshi Minato
湊 岳

グロービス講師。一橋大学経済学部卒業。上海交通大学漢語科修了。
株式会社スポーツクロス 代表取締役。
大学卒業後、三井物産株式会社に入社し自動車部門にて日系自動車メーカーの中国、ロシア、東南アジアへのグローバル化プロジェクトに従事。 中国駐在時には、日中合弁企業の経営再建や自動車部品製造工場の新規立ち上げを担当。
1999年から経営教育の世界に転じ、グロービスの企業研修部門のマネジング・ディレクターとしてコンサルティングチームを統括。講師としては、リーダーシップ、新規事業、企業理念、企業変革等の分野を中心に、年間約700名の次世代リーダーの成長をサポート。
2011年、株式会社スポーツクロスを設立し、スポーツを通じて人が人生を豊かにする機会を広げていくための活動に従事。関東学生アメリカンフットボール連盟理事。
著書に『ウェイマネジメント -永続する企業になるための企業理念の作り方』(東洋経済新報社)。
共訳書に『MITスローン・スクール 戦略論』(東洋経済新報社)がある。


「なぜ、自分が?・・・ 渦巻く疑念」

前回お伝えしたように、Y社では各部門の部長クラスを中心に、課長・チームリーダークラスも混じった混成チームでWayの策定を進めていくことを決めました。では、Way策定プロジェクトのメンバーに選ばれた当人たちの受け止め方はどうだったのでしょうか?

Way策定プロジェクトメンバーは、メンバーに指名されたことを上長から聞き、事務局主催のキックオフミーティングに召集されることから実際の活動をスタートしました。キックオフミーティングでは、Way策定に取り組む必要性やなぜここに集まっている人たちがメンバーに選ばれたかの理由、今後のプロジェクトの進行予定等について説明を受け、簡単な質疑応答の後で解散となりました。普段は業務上の会議等で顔をあわせることはあっても、あまり組織横断的に集まる機会のないメンバーたちは、キックオフミーティング終了後も会場内でいくつかのグループに集まって近況報告など会話を続けていたのでした・・・

(A部長)「よう、最近どう? 久しぶりだよなぁ。あの新製品の出荷トラブルのとき以来じゃない?ところで、このプロジェクトの話っていつ聞いた?」

(B部長)「え? ついこの間、客先からの帰りのタクシーの中で本部長から『なんか始めるんで人出せって言うからお前行って来てくれ』って言われてさ。さっきの説明聞いてると、毎月集まって合宿やるとか、集合日程以外にもグループ作業があるとか、この忙しいのにたまったもんじゃないよなぁ・・・」

(C部長)「そうだよな。そもそもこの手の会社の理念みたいなものは、経営者が自ら作ってトップダウンでやってくものじゃないの?カルロス・ゴーンみたいな感じでさ。Bのとこの本部長も何やるかちゃんと分かってないんじゃないのかね」

(A部長)「さっきの話だと、組織の中核メンバーだから俺たちが選ばれたってことらしいけど、俺たちって中核か??(苦笑)」

(B部長)「俺さ、この会社には転職してきたから前の会社のことも思い出すんだけど、前の会社でも経営理念とかスローガンとかの推進運動ってやっていたんだよね。でも、ポスター貼ったりバッジ作ったり、会議室に額縁に入れて飾ったりしていたけど、社長が変わったら誰も見向きもしなくなったしね。この手の運動って、自然消滅するのが関の山なんじゃないのかねぇ・・・」

(C部長)「俺たちも暇なわけじゃないし、会社も本気でやる気あるのかなぁ・・・???」

また、部長クラスに混じってプロジェクトに参加することになった、課長・チームリーダー(TL)たちも会場を出たところで言葉を交わしていました。

(D TL)「自分は、何でこの席に呼ばれたんだろう?さっきキックオフミーティングの会場にいた他のメンバーを見ると、社内の有名人ばかりだし、自分なんて力不足じゃないのかなぁ?」

(E課長)「Wayなんていっても、ここに呼ばれていること自体が一方的だし、さっきのミーティングも一方的な説明で、ほんとになんか変わるようには思えないけど・・・」

(F課長)「とはいえ、まるっきり参加しないのもまずいからな。まぁ、部長達の議論に従っていくことにして、様子見で行こうか・・・」

(D TL)「大体、上がちゃんとやらないのに自分達だけまじめにやっても割り食っちゃうからね。少し見極めモードで行きますか。ね?」
かくして、キックオフミーティングそのものは予定通り、その場では特に問題もなく終了しました。ただし、そもそもの目的に関しては、プロジェクトのゴールとプロセスを周知することはできたものの、メンバーの当事者意識とモチベーションを高めることについては十分な結果を生むことはできなかったのでした。

第一の難所「負のマインドセット」

Y社のプロジェクトに参加することになったメンバーが口にしていた感想や不満は以下のように整理することができます。

■この種の取組への懐疑心

新入社員ならいざ知らず、少しでもビジネス経験があれば、何らかの全社的もしくは組織的な運動の中に身を置いた経験を持つ人は少なくないでしょう。また、そうした経験の大半は、最後までやりきった達成感や成功体験ではなく、華々しく始まったものの尻すぼみに終わった経験であったり、誰からとはなく段々と熱が冷めていき中途半端に終わった経験であったりするケースが多いのではないでしょうか。本コラム読者のみなさんは人事・経営企画等の部署の方が多いと思いますが、皆さんの身の回りにも一つや二つはそういった例が思い当たりませんか。こうしてみると、メンバー自身がネガティブなタイプでなくとも、こうした取組につきものの「どうせうまく行きっこない」「中途半端で終わるに決まっている」などのような「結果に対する懐疑心」を抱いてしまうことは避けて通れないことといえそうです。

■他責姿勢と当事者意識欠如

全社レベルの取組というのは、影響範囲が大きな話なので「こういう話は上からやらなきゃ・・・」「上がやらないから自分達もやらない」などのように、他人(上位層、経営者)に責任を転嫁したり、自分が本件の当事者であることを認めようとしなかったりという姿勢も一般に多く見られます。前項で述べた「うまくいきそうに見えない」という不安も、当事者としてのコミットメントを回避する姿勢につながっているとも言えそうです。
こうした認識の背景として、過去の同様の取組で上位層や経営者のサポートを得られずに孤立、頓挫した例を体験している/知っていることがあるのかも知れません。また、こうした姿勢を生み出す環境として、上意下達の風土が影響を与えている場合も多いでしょう。いずれにしても、この種の取組に参加するメンバー自身に「これは、自分が取り組むべき仕事だ」と思ってもらうことは並大抵のことではないと言えます。

我々は、Y社のプロジェクトメンバーの率直なつぶやきから、一体どのような示唆を得ることができるのでしょうか?それは、Wayマネジメントのような全社的かつ短期的には成果の見えにくそうな取組を行う際に、そこに参加する人の中には、1.この種の取組への懐疑心 と 2.他責姿勢と当事者意識の欠如 に代表されるような「負のマインドセット」が生じる可能性が高いということです。さらには、それを見越した上でプロジェクトを進めていく必要がある、という点です。

こうした「難所」は、それに対する1対1の具体的な施策があるという類のものではありません。実際にY社でも直接の手立てを講じたこともあれば、結果的として解消されていったということもありました。したがって、本稿では「難所」を共有するまでに留めて、「打ち手」については今後のWay策定プロセスの進捗の中でまたご紹介していきたいと思います。

次回も引き続いて、Way策定の第二の難所「共通言語の欠如」についてみなさんと考えて行きたいと思います。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。