Wayの効用2~サッカー型組織

2008.03.26

今回は、Wayマネジメントの効用を違った面から考えて行きたいと思います。

前回は、過去3回にわたって考えてきた「Wayマネジメントへの注目が高まる背景」を前提として、「Wayマネジメントの効用」について、組織(コミュニティ)の存在意義、自己定義が明らかになり、組織への求心力、凝集性が高まる、という点に目を向けてきました。

執筆者プロフィール
湊 岳 | Takeshi Minato
湊 岳

グロービス講師。一橋大学経済学部卒業。上海交通大学漢語科修了。
株式会社スポーツクロス 代表取締役。
大学卒業後、三井物産株式会社に入社し自動車部門にて日系自動車メーカーの中国、ロシア、東南アジアへのグローバル化プロジェクトに従事。 中国駐在時には、日中合弁企業の経営再建や自動車部品製造工場の新規立ち上げを担当。
1999年から経営教育の世界に転じ、グロービスの企業研修部門のマネジング・ディレクターとしてコンサルティングチームを統括。講師としては、リーダーシップ、新規事業、企業理念、企業変革等の分野を中心に、年間約700名の次世代リーダーの成長をサポート。
2011年、株式会社スポーツクロスを設立し、スポーツを通じて人が人生を豊かにする機会を広げていくための活動に従事。関東学生アメリカンフットボール連盟理事。
著書に『ウェイマネジメント -永続する企業になるための企業理念の作り方』(東洋経済新報社)。
共訳書に『MITスローン・スクール 戦略論』(東洋経済新報社)がある。


昔野球で今サッカー???

サッカーの好きな方なら、ワールドカップ予選の行方が気になっていることでしょう。オシム監督を引き継いだ岡田監督がフランスワールドカップ以来、どんな采配を振るうのかに関心がある方も少なくないのではないでしょうか?

1993年のJリーグ発足前は、経営やマネジメントをスポーツになぞらえる際に引き合いに出されたのは必ずといっていいほど野球であったと思います。全てを見渡している監督が局面局面で実行者たる選手に指示を出し、選手はその指示に基づいて忠実にボールを投げ、ボールを打ち、、、といったように、上位の監督者-現場の執行者の役割分担が明確で、他の球技に比べてプレー毎に状況確認と指示伝達のための時間的余裕があるのが野球という球技の特徴と言えるでしょう。この辺りが、かつての企業経営やマネジメントと相似形であったということが出来るかもしれません。

一方で、企業を取り巻く様々な状況が変わり、企業経営に求められる複雑性、判断のために許される時間、結果的に求められるスピードといった要素の変化を反映して、「サッカー型組織」なる喩え方も一般的になってきました。サッカー型組織という場合には、1.一旦キックオフしたら監督の指示は間接的なものにならざるを得ない 2.局面が常に流動的で瞬時の判断が求められる 3.勢い選手にはプレーを遂行する能力に加えて自律的な判断力が求められる 4.11人の意思疎通のためのコミュニケーションが必要 といった要素について、現代の企業経営と相似形を見出しているのではないでしょうか。確かに、複数のメンバーが同時進行的に流動的な事態に直面して、コミュニケーションを通じて自律的に問題解決していく、という観点からはサッカーという競技を通して経営のエッセンスを考えるというアプローチは分かりやすいのかも知れません。

では、こうした「サッカー的な」経営が必要とされる時代にあって、そのスムーズな実行を妨げる障害となるものは一体どんなものでしょうか? 今回もある会社の実例を基に考えて行きたいと思います。

スピード経営の本当のカギとは?

T社は携帯電話などの電気製品の試作用金型を製作する専業メーカーです。こうしたモデルサイクルの短い製品では当然のことながら試作回数も多く、またそのリードタイムも短いことから短納期で精度の高い製品を納入することが至上命題となっているのはお分かりいただけると思います。T社は電気製品向け金型では後発参入だったので量産向けには参入余地がなく、多品種超少量ながら収益性の高い試作金型に特化して成長を続けていました。試作金型は、顧客である電機メーカーサイドからすると開発段階で必要とするもので、修正・変更を前提としたものですから、図面を提供してからいかにすばやく金型を納入できるか、修正・変更指示に対していかにすばやく対策品を納入できるか、という点でなんと言ってもあらゆる対応のスピードが、試作用金型メーカーに求める最も重要な要素でした。

そんなT社では順調な業容拡大に伴って従業員数を増やしていましたが、毎春の新卒採用だけでは業務量の拡大ペースに追いつかずに、2年ほど前から営業・開発要員の中途採用を開始しました。一般には知名度が低いことから人材を確保できるか不安もありましたが、蓋を開けてみるとニッチな高収益メーカーという業界ポジションの訴求力は思った以上に高く、大手有名メーカーからの転職組を含め予定以上の人材を確保することに成功しました。

それから程なく、社内の各部署の管理職から「最近、仕事に時間がかかるようになった」という漠然とした声が上がりはじめました。人事部が実態のヒアリングに乗り出したところ、事業成長による多忙さとは別に「以前だったらすいすいスピーディに進んだことが、いちいち説明をしなくてはならず時間内にアウトプットを出すことが難しくなってきている」ということが分かりました。そして説明に時間を要している対象は業務用語の類に留まらず、社内の意思疎通のやり方や対象範囲、局面局面での判断のスタンスや優先順位といった、現場の管理職がにわかには言葉で説明し切れないような抽象的なものも多く、現場での日常的なコミュニケーションに非常に多くの時間がかかっている実態が判明したのです。

この状況に対してT社では当初3つの軸と15の要素からなる「T社行動規範」を策定し、全員に冊子を配布することで職場での基本行動の統一を図ろうとしましたが、抽象的な指針を示されただけでは現場は行動に反映できず、あまり効果があがりませんでした。そこでT社は「言葉から覚えるのではなく、経験を共有することで結果的に言葉として残る」というように発想を180度転換し、まずマネージャーがサブマネージャーを、次にサブマネージャーが一般社員を、という構造で、仕事上のある場面の中で上位者が示した判断や行動を題材に、その根拠についてなぜそうしたか、何を考えてそうしたかを言語化する「行動の振り返りミーティング」を徹底したのです。これによって、徐々にではありますが、行動と判断の基本原則がそろいつつありました。そこへ改めて行動規範の共有を全社レベルで行いました。以前の冊子配布との違いは、「既に体感していることを言語レベルで統一した」点にあります。

T社の取り組みは今も続いていますが、判断・行動に混乱がありスピーディな企業活動に支障を来たした時期と比べて、試作用金型製造のキーサクセスファクター(事業成功のカギ)であるスピード経営が実践されていると言えます。

Wayマネジメントの効用 「コミュニケーションコストの極小化」

このT社の例から、我々は何を学ぶことができるのでしょうか?

T社に限らず、その成功のカギとして「スピード」が上がらない業界やビジネスはほとんどないと言って良いでしょう。それほど、今日の経営環境では精度や的確さ以上に「スピーディに機敏に動くこと」の重要性が高まっています。従って、企業経営のあらゆる局面で「認知-判断-行動」を複数のメンバー間でいかに素早く行うことができるかが最重要課題になっています。

これに対応するために判断や行動のスピードを高めるための能力開発の取り組みが各企業で進められていることは、弊社に経営分析や判断、戦略立案をテーマにした能力開発のお問合せを多くいただくことからも肌感覚として実感しています。一方で、こうした個人単位でのスピードを磨くことだけで経営のスピードは高まっていくものなのでしょうか?
T社の当初の例のように、一人一人は高いスキルや知識を持った個人が集まるだけでは不十分で、それらのメンバー間のコミュニケーションがスムーズに進んで初めて、組織としてのスピードが実現されると言えます。ここで注目すべきは「コミュニケーションコスト」という概念です。読んで字の如くコミュニケーションに要する労力と解釈して良いでしょう。組織内のコミュニケーションコストが高ければ、一つ一つのコミュニケーションに時間がかかることとなり、その累積としての企業の経営スピードは遅くなってしまいます。一方でコミュニケーションコストが低ければ、一つ一つの判断・行動がスムーズに淀みなく進み、スピード経営が実践できるというわけです。

今回のT社の事例からは、Wayのもたらす経営への効用として、「組織内のコミュニケーションコストを引き下げ、スピード経営を実現する」ということが示唆として引き出せるのではないでしょうか。

従って、前回考えたことと合わせて、Wayマネジメントの効用として以下の2点を大きくあげることができると言えます。

1. 組織(コミュニティ)の存在意義、自己定義が明らかになり、組織への求心力、凝集性が高まる

2. 組織内のコミュニケーションコストを引き下げ、スピード経営を実現する

いずれも組織メンバーのやる気を引き出し、自律性を高めることにつながっているのがおわかりいただけるかと思います。

Wayマネジメントを、不祥事防止や起きるであろう問題の予防といった防御的側面から捉えるケースも一般には多く見られますが、こうして考えてくると、現代の経営環境で必要とされる経営スタイル(スピード、自律性、内発動機)といった要素に直接関わってくる、より積極的な意味合いを持つものであることがわかってきました。

次回は、Wayの策定・言語化をテーマにしてみなさんと考えて行きたいと思います。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。