Wayの効用~アイデンティティ・クライシス
- 経営人材育成
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湊 岳
グロービス講師
3回にわたって、ここ数年間で「Wayマネジメントへの注目が高まっている背景」は以下の2点に集約されることをお伝えしてきました。
・「Wayマネジメントへの注目が高まる背景」
職場の多様性がかつてないほど高まり、その中で組織としての価値観や基本的な考え方の共有度合いが下がっている。また、そうした状況が引き起こす事態が深刻化している。
・価値観や基本的な考え方の共有度合いを高めるための、「対面での」コミュニケーションの絶対量を確保することが難しくなってきている。従来、組織メンバー間での価値観や基本的な考え方の共有度合いを高めるために機能していた「自然体の仕組み(OJT)」が機能しにくい環境になっている。
この2点だけを見る限り、企業がWayマネジメントに取り組む理由は、不祥事を起こさないための予防策的なニュアンスを強く感じる方も多いのではないでしょうか?では、Wayマネジメントとは、企業経営の「守り」のための取り組みなのでしょうか?逆に、事業展開を加速する積極的な側面からの意味合いは考えられないのでしょうか?
今回は、これまでに議論してきた「Wayマネジメントへの注目が高まる背景」を前提として、「Wayマネジメントの効用」は一体何なのか?を考えていきたいと思います。
存在意義が揺らぐとき...
何年か前に記憶喪失になったCIAエージェントを主人公にしたボーン・アイデンティティという映画がヒットしました。人間にとって、それまでの自分の在り方、価値観が否定されたり、変更せざるを得なくなり、心理的に不安定になることをアイデンティティ・クライシス(identity crisis)と呼びます。そんなとき人間は自分を取り戻そうと、さまざまなことをするわけです。
組織にとっても、存在意義の揺らぎとそれを取り戻すための試みという同じ構図が当てはまりそうです。ある外資系のデバイスメーカーY社の話です。Y社は、もともとはヨーロッパに本社のある電子デバイスメーカーで、欧州全域、アメリカ、日本、アジアをはじめとして世界全域で事業展開するいわゆるグローバルカンパニーです。Y社日本法人はデバイスの小型・高精細化技術と大量生産を支える生産技術の面で全世界のY社の中でも高い技術力を誇り、顧客である家電メーカーが日本に多いこともあって欧州本社も一目置くような存在感を誇っていました。
そんな中、Y社のグローバル展開は新たなステージに入り、これまでは各国毎に現地法人を置き、営業から開発・製造までの一連の機能を備えていましたが、世界単位で激化する競争に対応するために、営業は欧州本社の本部が各国の拠点を統括し、開発と製造は顧客業界別に世界で最も競争力のある拠点で集中して行う、いわゆるcenter of excellenceの考え方が採り入れられることになりました。「グローバルな組織再編」という波が現実に押し寄せてきたのです。
新しいグローバルな組織再編によって具体的に何が変わるかというと、これまで名実共に一つ屋根の下にいた各機能組織が、新しい組織体制の下ではそれぞれ別々の指示命令系統の下に置かれ、縦割りになるということです。Y社日本法人の経営陣は予想される事態に対して喧々諤々の議論を重ね、出した結論が「組織体制という器に左右されることのない、Y社日本法人の従業員全員が一つになれる拠りどころを固めよう」という経営判断でした。ここで注目していただきたいのは、こうした判断がただ単に「ばらばらになるのが嫌だ」という感情論から出たわけではなく、電子デバイス製造という事業の特性が組織や従業員に求める組織運営や意思決定のスタイルを考え抜いた中から出た結論だという点です。
電子デバイスは、直接の顧客である最終製品(家電やコンピューターなど)メーカーとの間で、性能や仕様、大きさや概観、組み立て作業性など数多くの製品特性について「すり合わせ」ながら設計・製造していく製品です。そうした顧客との「すり合わせ」を可能にしているのは、社内の営業、マーケティング、設計、製造、物流など各部門の緊密な連携=すり合わせであることは言うまでもありません。すなわち、グローバルな組織再編によって指揮命令系統が縦割りになり、緊密な連携が必要な各部署が各々の利害関係と優先順位で動くようなことがあっては、顧客の期待に応えることはできないのです。世界レベル(マクロ)で見たときに最強の拠点に開発・製造を集中する組織再編は理に適っていると言えるでしょうが、ミクロで見たときに各拠点の競争力の維持拡大に支障を来たす可能性があるわけです。組織構造を考えるときのこうした二面性については、皆さんも何らかの経験がおありではないかと思います。
Y社日本法人の経営陣は、世界単位で進む新しい組織体制が内包する不完全性を補完して、世界レベルでの競争力を維持・強化するために、日本法人という「一体であるべき範囲」の全従業員が仕事に臨む際の基本的な価値観、基本的な考え方をそろえて、同じ方向に向かっていくという取り組みを始めることを決意したのでした。これは、組織体制というハードの持つ不完全性をWayというソフトで補完している、という見方もできます。また、時代や環境に応じて変わりうるもの(可変)と、その土台となって時々の変化に左右されない不動の基軸(不変)の部分とに企業経営のインフラを峻別する考え方、と捉えることもできます。
Wayマネジメントの効用 「求心力の高まり」
このY社日本法人の例から、我々はどんな示唆を引き出すことができるのでしょうか?
Y社の例を、外資系企業の日本法人が巻き込まれた世界レベルでの組織再編と表面的にとらえると、大半のみなさんにとって遠い話にしかならないでしょう。しかし、起きた事の本質を一般化して、組織の存在意義があいまいになったり一体感が薄らいできたりして、事業運営が滞る、という状態を想像していただければ、みなさんそれぞれが直面している状況との共通点があるはずではないかと思います。
多くの企業が成長機会を新市場、新事業に求めている時代です。また脈々と続く伝統的な本流事業の中でも変革が必要とされている時代でもあります。こうした「新しいこと」「今までと違うこと」に組織が直面して、組織自体の持つ存在意義・自己定義が揺らぐ局面…
揺らいだままでは「新しいこと」「今までと違うこと」に立ち向かうための組織の力が結集できないことは明白です。
このY社日本法人の取り組みからは、Wayのもたらす経営への効用として、組織(コミュニティ)の存在意義、自己定義が明らかになり、組織への求心力、凝集性が高まる、ということが言えるのではないでしょうか。
次回は、Wayマネジメントの効用を違った側面から考えて行きたいと思います。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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