Wayの伝承を阻む二つの変化

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テーマ
  • 経営人材育成
執筆者
  • 湊 岳のプロフィール

    湊 岳

    グロービス講師

これまでの2回で、電子部品メーカーA社とCADソリューションB社の事例を通じて、Wayマネジメントに力を入れる企業が増えている背景について大きく以下の三点をお話させていただきました。

・今日の企業経営で発生している問題の根本を掘り下げていくと、これまで当たり前であった「仕事をする上での基本的な姿勢や考え方」の不在・不徹底に行き着くことが多い

・企業理念や行動規範などが有形無形に存在していても、それが紡ぎ出された歴史や経験を知らない世代には、その企業にとっての本当の意味や独自のこだわりが伝わらない

・「仕事をする上での基本的な姿勢や考え方」や「歴史を踏まえた企業理念や行動規範」は、職場の日常業務を通じて無意識的に伝承されてきたが、現在の職場環境の中ではそれが十分に行われることが難しい

今回は、こうした状況が生まれている構造について、「Wayの伝承を阻む二つの変化」という視点で整理をしてみたいと思います。

一つ目の変化「内なるグローバル化」

多くの業界、職場で主に90年代以降、同じ職場で働くメンバーの多様性が高まりました。雇用形態の観点からは、かつてはほぼ全員が正社員で、総合職と一般職の職掌区分がある程度でした。そこへ契約社員、派遣社員という雇用形態と働き方が常態化し、さらに失われた10年の構造改革で減った人員を穴埋めするために協力会社からの人員受け入れなど、「常駐する他社の人」が増加してきています。
実際に、筆者のお客様のAVメーカーの設計部門では、ある製品のプロダクトマネージャーの下で設計業務に従事するメンバーが30名いますが、そのうち比較的長期の派遣技術者が8名、プロジェクトベースの短期派遣技術者が12名、協力部品メーカーからの応援者が4名と、実に社外メンバーが8割を占め、正社員は残りの2割に過ぎません。

その2割、6名の正社員のうち半分の3名はキャリア採用の転職でこの会社に入ってきた人材です。採用という観点からも、同じ新入社員教育と工場や販売店への教育配属といったプロセスを共有していないメンバーが相当増えているわけです。

このプロジェクトマネージャー氏曰く、「技術に関する専門的な用語はもちろん異なるが、それは丁寧につき合わせて違いを確認して統一すれば済む話なのでたいした問題ではない。それよりも困るのは、設計を進める上でこだわって欲しい価値観や言わずもがなの方向性についてのズレがあること。こうした部分は具体的に目で見える違いではなく、こちらが『感じる』違いであるだけに、当人に気づいてもらうことも、その違いをすり合わせていくことにもものすごく時間がかかる。実際には、設計のタイムリミットすなわち製品の発売時期は待ってくれないので、価値観や考え方のすりあわせは後回しになっている」

ここに挙げた例でもわかるとおり、職場に集まる人材の多様性が、これまで経験したことのないレベルで高まっているのは確かでしょう。日本企業にとってのグローバル化というフレーズは、多くの場合事業の海外展開や世界が単一市場化する中での競争環境の変化といった意味合いで使われますが、実は組織の内部に目を転じると「これまでのように自然体のままでは対処し切れない多様性の高まり」が存在しているわけで、これは「内なるグローバル化」と解釈できるのではないでしょうか。

いずれにしても職場の多様化が、価値観や基本的な考え方の共有度合いを自然と押し下げているということが言えそうです。

二つ目の変化「コミュニケーションの希薄化」

次に挙げられるのが、職場のコミュニケーションの希薄化です。先のAVメーカーの例で言えば、同じカテゴリーの製品の開発・設計に必要な人員はかつては7名ぐらいでした。技術や顧客ニーズの変化に対応してきた結果、技術の高度化、細分化、裾野の拡大が進み、今では先に述べたように30名を越す大所帯での設計が必要になっています。前出のプロジェクトマネージャー氏によれば、「これだけ人数が多いと全員とコミュニケーションをとることはムリ。意識していないと、2週間ぐらい口をきいていないメンバーがいることに気づいたりする」とのことです。

職場の戦線が広がっていく一方で、仕事のスピード感はどう変わってきたのでしょうか?これもプロジェクトマネージャー氏のコメントから考えてみましょう。「自分が若いころは設計開発メンバーとして7名ぐらいの所帯の一員だった。当然製品の全体像についてのお互いのイメージは共有しやすく、各メンバー間の調整も頻繁でそこで議論になることも多かった。結果的に『自分がこれを作ったんだ』という、最終製品に対する思い入れも非常に強く、製品が発売された後の売れ行きが気になり、売れたときのチームとしての達成感もひとしおだった。残念ながら、今の部下たちは仕事が細分化されすぎていて、ただでさえ最終製品への思い入れを持ちにくくなっているのに加えて、昔と違って、一つの製品のライフサイクルは短くなっているから、一つの開発プロジェクトが済むとすぐ次の開発スケジュールが既に敷かれており、チームとして終わったことを振り返ったり、喜びを共有するような余裕もない」

さらに、コミュニケーションの希薄化につながる構造として、ISOやコンプライアンス、J-SOXなどの「『ねばならない』書類・報告業務」の増大が挙げられるでしょう。これらはいずれも社会やビジネス環境の変化が後押ししているもので、もちろんそれ自体が悪いわけではありませんが、職場単位でみると書類を作ったり報告をしたりしなくてはならない必須の業務が相当増えているのは事実です。こうした業務への対応に、コミュニケーション機会が圧迫されていることが大きな問題となっています。これは別の会社での話ですが、目標管理制度の運用の前提として上司と部下の面談を四半期毎に行っていたのですが、毎四半期末にコンプライアンスに関する監査が入ることになり、それに対応するための書類整備に時間を取られ、面談が有名無実化しつつあるという笑えない事態も起きています。

また、コミュニケーションの希薄化には、仕事のインフラとしてのEメールの影響も非常に大きいことはここで改めて詳しく説明するまでもないでしょう。プロジェクトマネージャー氏も「時間がないので、きちんと叱って考え方を正さなきゃいけないときも、ついメールで投げてしまったりすることがままある」とのことでした。業務伝達の効率化には非常に大きなメリットがあるEメールも、価値観や基本的な考え方、ものごとの認識の仕方をすり合わせるような「問いかけて考えさせる」目的には、相当工夫が必要だと考えたほうがいいでしょう。職場のコミュニケーションのかなりの部分をEメールが担っているのが現状だとすると、コミュニケーションの方法としてEメールに過度に依存してしまっていることが、「対話」を通じて磨かれることを阻害していると言えるのではないでしょうか。

Wayマネジメントは「守り」の施策?

ここ数年でWayマネジメントへの注目が高まっている背景としてここまでお話したことを、思い切ってシンプルにまとめてしまうと以下の2点に整理できると思います。

・職場の多様性がかつてないほど高まり、その中で組織としての価値観や基本的な考え方の共有度合いが下がっている

・価値観や基本的な考え方の共有度合いを高めるための、「対面での」コミュニケーションの絶対量を確保することが難しくなってきている

この2点に加えて、昨今の企業経営を取り巻く環境変化の中からWayマネジメントを後押ししている要素を一つ付け加えるとすれば、こうした価値観や基本的な考え方の不徹底が引き起こす不祥事のもたらすインパクトがかつてとは異なり企業の存続を揺るがすようなレベルになっていることが挙げられます。2007年を象徴する漢字が「偽」であること、そうした不祥事を引き起こした企業では、経営者の交代で済めばいいほうで、会社更生法の申請といった事態に進展しているケースが決して少なくないことが、Wayマネジメントへの認識を高めていると言えます。

では、Wayマネジメントとは、企業経営の「守り」のための取り組みなのでしょうか?
逆に、企業経営の「攻め」、すなわち事業展開を積極的に加速する側面からの意味合いは考えられないのでしょうか?
この点は、次回のコラムで考えたいと思います。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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