戦争を知らない子供たち

2007.12.21

前回から始まった「Wayマネジメントを考える」の第一回は、企業経営の中で起きている問題について、その根本的原因は深く掘り下げたところにある「当たり前が当たり前として通用しない」ことにあるというお話をしました。メルマガ配信直後から多くの皆さんにコメントをいただき、このテーマへの皆さんの関心の高さを改めて認識しました。コメントいただいた皆さんにはお礼申し上げます。今回は企業がWayマネジメントに取り組むもう一つの大きな潮流として「戦争を知らない子供たち」についてお話をさせていただきます。

前回も古い映画の話から始めたのですが、「戦争を知らない子供たち」という歌が発売になったのは1971年だそうです。その時点で第二次大戦の終戦から既に26年経っていますから戦後生まれの方が社会へデビューしてから数年経った頃、という時代背景があったのではないでしょうか。

前回は、電子部品メーカーA社の例をご紹介しましたが、今回の話は製造業向けCADソリューションを提供しているB社の事例を通じてご紹介します。B社は主にエレクトロニクスや自動車などの組立産業向けにCAD(コンピューターによる設計支援システム)を提供している会社で、一般的な知名度よりも業界内での知名度が遥かに高い、知る人ぞ知る優良企業と言われています。CADの技術革新は日進月歩で、エレクトロニクスや自動車など顧客業界での開発の時間とコストの圧縮の流れを受けて安定的に成長している分野です。

では、こうした一見順調な業容を誇るB社で一体どんなことが起きていたのでしょうか?

執筆者プロフィール
湊 岳 | Takeshi Minato
湊 岳

グロービス講師。一橋大学経済学部卒業。上海交通大学漢語科修了。
株式会社スポーツクロス 代表取締役。
大学卒業後、三井物産株式会社に入社し自動車部門にて日系自動車メーカーの中国、ロシア、東南アジアへのグローバル化プロジェクトに従事。 中国駐在時には、日中合弁企業の経営再建や自動車部品製造工場の新規立ち上げを担当。
1999年から経営教育の世界に転じ、グロービスの企業研修部門のマネジング・ディレクターとしてコンサルティングチームを統括。講師としては、リーダーシップ、新規事業、企業理念、企業変革等の分野を中心に、年間約700名の次世代リーダーの成長をサポート。
2011年、株式会社スポーツクロスを設立し、スポーツを通じて人が人生を豊かにする機会を広げていくための活動に従事。関東学生アメリカンフットボール連盟理事。
著書に『ウェイマネジメント -永続する企業になるための企業理念の作り方』(東洋経済新報社)。
共訳書に『MITスローン・スクール 戦略論』(東洋経済新報社)がある。


「『最近の若い者は…』 で済む話か?」

B社が提供しているのは、単なるCADのソフトウェアやコンピューター機器単体ではなく、あくまでも顧客の設計環境に合わせてカスタマイズしたトータルのシステムです。従って、B社の営業には、単に機器やソフトの商品説明をするだけでなく、顧客の要望を細大漏らさず聞き取り、そこからみえてくる顕在化されたニーズ、潜在的に考えられるニーズを整理して、顧客側の制約条件を踏まえてベストな設計環境を提案することが不可欠な活動でした。

B社では、電機・自動車関連企業が集積している地域に営業所を設けており、神奈川県の新横浜営業所はその一つでした。新横浜営業所のテリトリーには横浜、川崎、厚木といった産業集積地が含まれており、B社の重点営業地域でもありました。顧客数も数多く、最終製品メーカーからそのコンポーネントメーカー、さらにその部品メーカーといった形で、従業員数が数万人規模の巨大企業から数百人規模の中規模企業まで幅広い顧客基盤がありましたが、効率よく営業活動を行うことを考えて、大企業チームと中小企業チームに分けて組織を編成していました。

そんな中、中小企業チームに大企業チームから入社4年目のS君が異動してきました。S君は4年前に、やはり同じCAD業界の企業から中途採用で入社してきた営業マンで、通算するとCAD業界での経験は8年になる中堅メンバーです。この業界では営業職にも技術的な専門知識がある程度要求されるので、新卒採用に加えて中途採用で即戦力を獲得することが行われているのです。中小企業チームのチームリーダーは早速彼に担当してもらう企業とのこれまでの取引履歴をレクチャーし、それぞれの企業への挨拶回りに同行しました。

それから数週間経ったある日の朝、チームリーダー(TL)宛てに長年の顧客である部品加工メーカーW社の社長から一本の電話がかかってきました。

顧客「もしもし、ウチの担当なんですが、Sさんではなく、以前のPさんに戻してもらえませんでしょうかね…」
TL 「え? どういうことですか? Sが何かしでかしたんでしょうか?!」
顧客「特に何かしたってわけではないんですがねぇ… ただ、なんと言うか目線が上からというか、ウチのような小さい会社の状況を分かろうとする気がないような…」
TL 「早速Sと話してみます! この件は一先ず私に預けてください。よろしくお願いします!」

午後になって、営業所に戻ってきたS君に対してチームリーダーは早速話を聞いてみることにしました。

TL 「S君、部品加工のWさんだけどさ、社長とはうまく話できてる?」
S君「W社って、、、ええと、、、 あ、思い出した。いやぁー、あそこの社長はちょっと意識低いですねぇ。ウチが取引する相手としてはプライオリティ下げたいなって、チームリーダーに報告しようと思ってたんですよ。」
TL 「意識が低いって、、、 何を根拠にそんなこと言ってるんだ??」
S君「いや、だって、生産効率を上げるためには 我々の提供するCADソリューションだけでは、開発から製造までのトータルのリードタイム短縮にはつながらないのは分かりきっているんで、生産ラインの自動化の提案をしたんですよ。でも、そんな資金がないとか、自動化で雇用が減るのは困るとか、そんな話ばっかりなんですよ。ウチの売りはトータルソリューションですから、それが求められてないところには何度足を運んでも無駄なような気がするんですよね。。。」
TL 「トータルソリューションは大切だけど、それじゃこっちのポリシーの押し売りじゃないか。お客様によって事情はことなるわけで、その事情に合わせた最適解を一緒に考えるのが我々の姿勢だろう!」
S君「でも、W社一社ぐらいの取引高なら落ちても影響ないんじゃないですか? 会社が潰れるわけでもないし。。。」
TL 「お前、潰れるわけないって。。。 ついこの前までウチも生きるか死ぬかの瀬戸際だったこと知らないのか??」

チームリーダーは、自分も若い頃に当時の課長や部長から「最近の若いものは…」とか「新人類」と何度も言われたことを思い出しました。しかし、今回のやりとりはただ単に若い世代との考え方の違いではないのではないかと考えました。。。

歴史認識の違いは価値観の違い

実はB社では、CADソフトの単体販売からソリューション化への移行の波に出遅れたことに、バブル崩壊後の製造業の不況が重なって、企業の存続すら危うくなる深刻な経営危機に陥りました。1990年代の後半は、日本の会社ならどこでもくぐり抜けたであろう「構造改革」を一通り実行して血を流して来たのです。元々大手企業中心だったそれまでの営業方針が裏目に出て、顧客一社が設備投資を絞るとその影響は大きく、その反省として、苦しい時期からの再建過程では意図的に中小企業との取引を増やし特定顧客の影響を受けにくい体質を目指してきた経緯があるのでした。したがって、B社にとって部品加工メーカーW社は、今の取引高は小さく今後の拡大見込も少ないながらも、苦しいときを支えてくれた、決して軽視などできない大切なお客様でした。

ここ15年ほどの間に多くの日本企業がバブル崩壊後の不況とそれに続くいわゆる「構造改革」を経験し、血を流した末に競争力回復を手に入れました。一方で、B社のチームリーダーが感じているように、焼け跡から復興成った現在の経営環境が最初からの与件となっている人にとっては、価値観に大きなギャップがあると言えます。

それは、「企業が大切にしていることを本当にその企業のこれまでの歴史を踏まえた文脈の中で理解できているか?」という点です。

「企業が大切にしていること」の裏には、必ずその企業が過去に犯した致命的な失敗やそこからの反省や学びが隠されています。同時代を生きて、そうした「失敗や危機の歴史」を共有している人間同士の間では、前提が共有されているために「顧客重視」と言えばそれがどういうことを指すのか、それを蔑ろにするとどういうことになるのか、ということについて同じイメージが持てるのです。しかし、「失敗や危機の歴史」を共有していない人間同士では、「顧客重視」という言葉だけでは、想起するイメージにバラつきが出てしまいその企業にとっての独自のこだわりや重要性が共有されないことになってしまうのです。

企業にとっての歴史や経験は、先輩が後輩にただ単に語り継ぐだけでは「年寄りの自慢話」とも受け取られかねません。しかし、そうした経験を積み重ねる中から自然に紡ぎ出されてきた「その会社にとっての独自のこだわり」を含めて伝わるとなれば、昔話の語り継ぎは単なる自慢話ではなく「大切な価値観の伝承」という非常に重要な意味を持ちます。戦争を知らない子供たちには、戦争があったことを伝えるだけでなく、それを通じてしみじみと平和の大切さを伝えていく必要があるということですね。

多くの職場で好況と業務量の増大、メール等業務スタイルの変化によって、絶対的な対人コミュニケーション量が減少しつつある今日にあって、こうした「経験や歴史と、その中から紡ぎ出されてきた自社のこだわりや価値観」は自然には伝わりにくい。従って、意図的な伝承を行う必要があると言えるでしょう。

連載第二回の今回は、Wayマネジメントに取り組む企業が増えている背景として、以下のことをお伝えさせていただきました。

・企業理念や行動規範などが有形無形に存在していても、それが紡ぎ出された歴史や経験を知らない世代には、その企業にとっての本当の意味や独自のこだわりが伝わらない

・経験とセットになった価値観の伝承は、職場の日常業務を通じて行われてきたが、コミュニケーション量の低下する職場環境の中では十分とは言えず、意図的な伝承の取組が必要とされている

次回は、Wayマネジメントに注目が集まる背景とその構造を少し広い視点で整理してみたいと思います。この連載についての、みなさんのご意見・ご感想をお待ちしています。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。