見えにくい危機 ~ “Not” Clear and Present Danger ~
- 経営人材育成
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湊 岳
グロービス講師
今回から「Wayマネジメントを考える」と題して、経営におけるWay・理念の存在や浸透について、その背景や今日の経営の中での必要性、策定や浸透にあたっての具体的な難所といったトピックについてみなさんと考えを共有させていただこうと思います。筆者は、グロービスの企業研修部門のディレクターとして、主に鉄鋼・非鉄・化学品・電機・電子部品・自動車部品といった生産財メーカーの担当をしています。Wayや理念といったテーマはどうしても抽象度の高い話になりがちですが、できるだけ実際の企業の実例を下敷きにして具体的な情景が浮かぶように展開していこうと思います。
さて、いきなり古い話で恐縮ですが、1990年代半ばにインディ・ジョーンズで有名なハリソン・フォードが主演した「Clear and Present Danger(邦題:今そこにある危機)」という映画がありました。南米の麻薬組織を舞台に、アメリカ合衆国に迫る「今そこに明白に存在する危機」に対して超法規的措置が取られる…というスリリングなストーリーで人気を博したので記憶にある方も多いのではないでしょうか。
企業経営の、しかもWayや理念といったソフトイシューの話がテーマであるのに、一体なぜ古い映画の話を?と訝られる方も多いでしょう。ここで少し、今日の企業経営の特徴を理解するために、読者の皆さんの会社が直面する経営課題について考えてみてください。その課題は、誰もが理解できるようなはっきりと明確な形で存在しているでしょうか? 「明確だ」と考える方もいらっしゃるでしょう。ただ、もう一度注意深く考えていただきたいのは、みなさんに明確に見えているものは「問題として起こっている事象」であって、みなさんの会社が直面している「解決すべき課題」ではないのではないかという点です。
実際に、「問題として起こっている事象」や「解決すべき課題」としてどんなことが起きているのかを、ある企業の事例を通じてご紹介していきましょう。この企業は、実在する弊社のお客様ですが、ここでは仮に電子部品メーカーのA社として話を進めさせていただきます。A社は幅広い電子部品の製造・販売を行っており、その顧客は家電・パソコン関連メーカーが中心です。昨今の家電やパソコンマーケットの動向を考えればお分かりの通り、最終製品である家電やパソコンの商品更新サイクルは非常に早く、かつ当たり外れのブレも大きいので需要量・生産量の予測もつきにくい。そんな中、A社は品質に対する絶対的なこだわりを社是としており、業界内でも「品質のA」という特徴で語られる、自他共に認める典型的な技術重視企業でした。
高い品質のものづくりのために、古くはQC活動に始まり、改善の小集団活動自体が業務遂行のベースに根付いており、改善提案→実行→成果の水平展開 という日本の製造業の強みを代表するような「揺ぎ無い土台」がA社にはありました。しかし、そんなA社で昨今、かつては考えられなかったようなことが起き始めたのです。それは、A社幹部の言葉を借りれば「我が社ではあり得ない話」でした…
起きていたこと ~「『ナゼ』を繰り返すのはなぜですか?」
A社で起きていたこととはどんなことだったのでしょうか?
異変の端緒は顧客に納入した、ある製品の品質不良でした。品質に絶対的な自信を持つA社ですが、現実的に納入製品の不良率がゼロになっているわけではありません。従って品質不良が発生したということ自体が「異変」というわけではありませんでした。納入品の不良を起点として、発生原因の根本を突き止めて、再発防止のための恒久的措置をとっていくという問題解決の基本プロセスがA社には存在していました。前述の通り、A社には日本の製造業のお家芸とも言える問題解決のサイクルが組織に行き渡っていたわけです。
今回の件でも、従来のように製造ラインのメンバーが集まって発生原因の根本を特定するためのミーティングが開催されました。
班長「今回のQ社向け部品の不良は、樹脂成型工程でのバリの発生が要因となっていることが分かった。これから皆でなぜバリが発生したのか、なぜ発生したまま後工程に送られていったのか、『ナゼ』を5回繰り返して根本的な要因を考えていこう」
作業員「班長、どうして『ナゼ』を5回も繰り返さなくてはいけないんですか?」
班長「??? どうしてって、お前、、、 そんなの当たり前じゃないか!?」
この一件は現場から工場長へ報告が行き、そのまま役員会での議題となりました。A社に波紋を呼び起こしたこの一件をきっかけに、社内で起きている同様の「常識が通用しない」事例を調べてみると、今回の一件が決して稀なケースではないこと、また製造部門に限らずに営業などの事務系の部署でも起きていることが分かりました。一般には、こうした状況に対して、「今の若いヤツらは…」と世代間の議論に収斂させてしまうことがよく見受けられます。しかし、A社では、これだけ頻発していることを考えると、世代間のギャップに原因を求めることは問題を矮小化させるだけではないかと考えました。
問題を捉える切り口として、事業部の立てた戦略と製造部の組織構造がマッチしていないのではないか?とか、やりたいことと組織メンバーの能力にギャップがあるのではないか?とか、経営をハード(戦略、組織構造など)ソフト(人材、組織能力など)の両面から見る切り口を持って仮説を立てて見たが納得のいく答えは見つかりませんでした。そして、こうした様々な議論を重ねた挙句に到達したのが、「今起きていることの原因は、ウチの会社を支えている根本のところ『=仕事をする上での基本的な姿勢や考え方』のバラつきにあるのではないか?」という認識でした。こう書くと淡々と論理的に議論がなされたように感じられるかも知れませんが、疑う余地なく自信を持っていた部分であるだけにA社幹部のショックは相当なものであったと聞きました…
経営課題を層別に認識する ~ 「氷山モデル」
前述の工程作業員の一言は、悪意のない素朴な疑問でした。それは即ち「疑う余地など存在しなかった、A社で仕事をする上での基本的な姿勢や考え方」レベルの共通認識が無いメンバーが、実際に組織の一員として業務に従事しているという事実を意味していたのです。A社の品質に対する絶対的な自信とは、言い方を換えれば、品質を向上させ続けていく組織能力に対する揺ぎ無い自信です。さらに掘り下げれば、そうした組織能力を支えているのは「問題が発生した際に取り組む姿勢や基本的な考え方」が従業員の間の共通理解になっていること、であると言えるでしょう。これらのことを、海に浮かぶ氷山に喩えると、今起きている事象は水面上に見えている部分に過ぎず、その一番奥深くに横たわる「真に解決すべき課題」とは、これまで疑うことの無かった「基本的な姿勢や考え方」のバラつきであると言えます。
A社の例は一つの典型例ですが、筆者がお客様と社内で起きている問題について議論をする場面で、起きていることの大元を掘り下げていくと、今日の企業経営で起きている問題の根本的な部分が「氷山の底」に行き着くことが多いというのが実感です。「氷山の底」すなわち、その企業にとっての仕事の基本である「考え方や判断・行動の基本」が欠如していたり、ばらついていたり、不安定であったりということです。特にこうした認識は、人事や経営企画の方だけでなく、営業・開発・製造などの現場の方を交えた現状理解と意見交換からもたらされることが多いのも実感です。それだけ、今の企業に起きていることの大元は本社ビルの上層階にあることの多い人事や企画の視点だけでは「クリアに見えにくい」レベルのものであると言うことが言えるでしょう。Clear and Present ではないわけですね。
連載第一回の今回は、Wayマネジメントに取り組む企業が増えている背景として、以下のことをお伝えさせていただきました。
・今日の企業経営で発生している問題の根本を掘り下げていくと、これまで当たり前であった「仕事をする上での基本的な姿勢や考え方」の不在・不徹底に行き着くことが多い
・起きている事象(不良発生等)と根本原因(基本的な考え方の揺らぎ)とは、あたかも氷山の見えている部分と水面下の部分のような関係にあり、取り組むべき課題(根本原因)がクリアに見えにくく気づきにくい。ただし、この見えにくく捉えにくいものに手を打たずに表層的な解決策を講じても経営課題の解決にはつながらない
次回は、Wayマネジメントが必要とされる、また違った背景として「戦争を知らない子供たち」についてお伝えさせていただきたいと思います。この連載についての、みなさんのご意見・ご感想をお待ちしています。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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