相互信頼と相互学習が成功のカギ。オンライン研修における“場づくり”
- オンライン研修
学びの総量を決定づけるのは場づくりである――相互理解と相互学習を促すことの重要性
ーー研修の「場づくり」というのは、重要性がなかなかイメージしづらい。これはなぜ重要なのだろうか。
尾花:
我々が関われる研修は良くて10日程度で、伝えられることは限られています。特にA社の選抜育成では『グローバル組織全体を牽引するリーダーとしての視座・覚悟・経営スキルの獲得』という高い目標を掲げていましたが、その目標を達成するには講師に教えてもらうだけでは学びの総量が足りません。
ここで作りたいのは、研修に来た時だけ学ぶのではなく常に学ぶ姿勢で、それを担保するのは受講者同士の繋がりです。受講者同士が高め合う、そこに講師がフォーカスしてフィードバックを行う、受講者がそのフィードバックを咀嚼してまた高め合う、そうやって選抜研修の受講者が育成の目的に到達するのです。
グロービスではよく再現性という言葉を使っています。研修が終わった後も学び続けなければ経営に資する人材になれないと考えているからこそ、研修の場は単に盛り上げればいいというだけではなく、今後も議論し続け、高め合い続ける関係性を作ることが重要。場づくりではゲームを入れ込むとしても、単にゲームするのではなく、自己開示をしたり、他者に対してきちんと指摘できる関係を作れているかが大切なので、極論、盛り上がらなくても良いと考えています。
お互いがお互いを成長させることにコミットする、そのモードを作る一つが場づくりであり、その素地があってこそアクションラーニングや読書会、グロービス経営大学院の学生との交流など様々な施策が仕掛けられるのです。
胸襟を開いて議論するための信頼関係構築とグランドルール策定への妥協なき姿勢
ーーその後、研修当日の受講者同士の関係性作りには半日をかけたのだが、そこで行った仕掛けは徹底したものだった。
尾花:
全員に事前に自己紹介の資料を作ってきてもらい、2分ほどかけてそれぞれが自己紹介のプレゼンテーションをしました。これにはいくつかの工夫をしました。全員に口を開いてもらうこと、必ず質問を考えてもらうこと、それをチャットで書きだしてもらうことなどです。
まず強制的に口を開いてもらうことで発言に対する慣れを作り、共感や感想だけでなくあえて全員に質問を投げ掛けてもらうことで会話を生み出します。質問はチャットを使うことで、誰が書いていないかが可視化されるので、皆が何か書こうとアウトプットをひねり出す力が働きます。そして自己紹介をした方が自ら、チャットに書いてある質問を確認し、答える質問を選びます。自分で選ぶことによって回答のへのハードルも下げることを意図しています。
この繰り返しによって、受講者同士にある意味強制的に会話を生み出し、距離を縮めてもらいます。
たかが自己紹介と思われるかもしれませんが、ここでしっかりと関係が出来ているかどうかで、後々の研修の出来に大きな差が生まれます。この時間で、オンライン上でのコミュニケーションの価値を感じてもらえたと思います」
ーー関係性づくりのパートを2時間弱行った上で、グランドルール策定を行ったという。ここでは、『このクラスでどういう成長を我々はしていきたいか?』『そのために皆が必ず守るルールを決めていこう』という意識づけの議論をした。
尾花:
グランドルール策定にあたって、受講者にはグループに分かれてオンライン上のホワイトボードを使いながら議論してもらい、その後、全体で議論しました。リアルの研修では、このタイミングで最終的なグランドルールを確定させますが、オンライン環境では全員の表情や温度感を捉えることが難しく、細かい文言レベルでグランドルールの合意形成を取るには時間がかかります。
時間が長引くことで疲弊し、集中力がきれるタイミングもリアルに比べてオンラインの方が早いと感じていた為、全員が意見を出し切ったタイミングで、グループごとに1名の代表者を決め、次のセッションまでにグランドルール案を考えてきてもらうというアプローチにしました。
考えてきてもらった案をもとに、次回合意形成、という進め方です。場作りにおいて受講者の状態には非常に気を使う必要があります。オンライン環境においても、主体的かつ本音で議論できる最大の時間がどのくらいかを見極める必要があります」
想定以上に難しかった場づくり。そんな中で気づいたオンライン研修だからこその重要性
ーーそうして念入りに行った場づくりだったが、想定より難しかったこともあるという。
尾花:
思った以上にその人の特性を認識することが難しかったです。自己紹介くらいだとなかなか分からないんですよ。想定では自己紹介によって受講者の特性を見て、それを踏まえてグランドルール作りの進め方やグループ編成を変えようと思っていたのですが、自己紹介から彼らの特性はなかなか見えなかった。
ーーでは、いつ頃から受講者の特性が見えたのか。
尾花:
グランドルール作りの議論の後半くらいでしょうか。グランドルール策定の過程で、受講者同士が何度もお互いの意見をぶつけ合う姿を観察することでようやく、どういう前提を抱えて発言しているのかが見え始め、受講者一人ひとりの特性も見えてきました。
ーーグロービスではプロセスオブザベーションというアセスメントを行っているが、この手法に近いことが窺える。リアルの場だと発言する受講者の雰囲気から感じ取れる情報も多いが、オンラインだと周辺情報が少ないため、受講者の発言の傾向やチャット等の文字情報から受講者の特性を掴もうと考えることが増えたという。
尾花:
研修の場においては、前向きな人はどんどん前向きになってくるし、置いていかれる人はどんどん置いていかれます。そのため、リアルの場では遅れがちな受講者を休憩時間にフォローしているのですが、オンラインでは同様のフォローは難しい。だからこそセッションの中で受講者の状態を把握しておくことが、長いプログラムの中では大事になってきます。
一方で、講師は問いを投げ、受講者の発言を拾ってどう議論を深めるかに集中するので、受講者の細やかな反応が見えないときもあります。それらをコンサルタント(※)が適切に拾うことで、研修のロケットスタートが可能になるのではないかと思います。
(※)グロービスの担当コンサルタントは、プロジェクト目的からずれずに全体の一貫性をマネージし、経営陣や事務局様と連携しながら研修ゴールに近づくための様々な軌道修正や調整を行っている。
講師とコンサルタントが一緒に創る研修への進化
ーーオンラインというと、どうしても関係作りが難しいような印象を持つ。しかし尾花は、オンラインならではの良さを見出していた。
尾花:
リアルな研修の場では、コンサルタントは会場の後ろから受講者の後姿を見ることが多いのですが、オンラインでは各受講者の顔が常時よく見えています。そのため講師の問いかけにどの受講者がどう反応したかは、講師よりむしろコンサルタントが把握できます。どの受講者が反応が良いか、誰が集中力が切れているか分かり、講師とリアルタイムに個別チャットで連携できるので、より的確に講師をサポートできるという大きなメリットもありますよ。
ーーまた、受講者からも疑問点や操作上のトラブルについてコンサルタントに問い合わせてもらうようにしている。講師、コンサルタントが、無駄のない効果的な役割配分を行っている。
尾花:
グロービスでは、コンサルタントが研修の設計を行います。コンサルタントは受講者の状態を理解する為のスキルを持っているので、講師と複層的に研修をフォローでき、このことでオンラインでの研修の価値を一層高められるのだと思います。
ーーオンライン研修というとリアル研修に劣後するという印象も持たれがちだが、オンラインの良さを活用してリアルでの研修以上の成果を追求していくことは可能だ。コンサルタントがより研修に深くかかわることで、オンライン環境においても、その時々の状況に応じた研修設計を実現することができる。オンライン研修はますます進化の可能性を秘めており、グロービスではその可能性を貪欲に開拓し続けている。
研修における「場づくり」という、一見副次的にも見える内容をここまで作りこむのかと驚きがありました。しかし高い水準のあるべき人材像を掲げ、そこに向けて人材育成をする上で、「講師に教えてもらうだけでは学びの総量が足りない」ため「研修に来た時だけ学ぶのではなく常に学ぶ姿勢」を作りたいのだという部分には非常に共感しました。「リアルの研修をオンライン化した時に質が担保できるのか?」はどの企業においても気になることだと思いますが、オンラインの良さを生かして最大の成果をどのように上げるのか。弊社でも試行錯誤を続けています。(編集担当:筒井秀美)
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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