人々に伝える力、浸透させる力(1/3)

2006.09.28

当事者意識を引き出す為には、「相手に考えさせる刺激を徹底して与え続ける」リーダーの存在が有効だし、外部に視線を向けさせる為には「知らないことは危機、知ることの必要性を実感させ」「仕事の意義・目的を志として語り、社員の視座を高めさせる」数多くのリーダー達が必要なのだ。社員をあるべき姿に引き上げようとするリーダーの積極的関与が今日待望されているのである。こうした問題意識を基調に、今回は3つ目の「伝える力、浸透させる力」について考えていきたい。

「伝える」ことの経営的意味

ビジネスの世界で結果を出しているリーダーの発言には、経験に基づく重みがある。同時に非常に示唆に富んでおり、彼等の持論に学ぶことが多い。そうした名経営者として常に名前の挙がるキヤノンの御手洗会長のコメントが、少し前の日本経済新聞に載っていた。短い記事であったが、その中で書かれていたポイントはこうだ。

「経営のスピードとクォリティは、経営者の意思が如何に深く、広く、正確に伝わるかで決まる」

企業経営において「伝える」ことがどれだけ重要かを端的に表した名言だと思う。


この言葉と出合って以来、私は事業部門の運営に際して、この一節をいつも意識するように心がけている。勿論、至らないことの方が多く、まだまだ未熟だが。具体的に意識しているのは、組織を「集団」という括り(或いは塊り)で捉えるのではなく、できるだけ集団の構成要素である「個」に照準をあてて認識するという点である。その上で、ひとりひとりの個人が納得感を高めるように、彼らの心に「深く」刻み込むように伝えること、一方で多くのメンバーそれぞれが、自分の問題として捉えることが出来るように「広く」沢山の人々に染み渡るように伝えること、更には表面的な理解に留まらず、考え方の背景や意図を含め、誤解無く「正確に」伝えること、を目標にしている。

あるべき論として表現すると特別なことを言っている訳ではないのだが、実践は難しい。
そして奥が深い。どれだけ横着をせず、どれだけ知恵を絞って工夫をし、徹底を図るかが肝なのだと日々つくづく感じている。


では、どうすれば「伝える力」が高まるのか?


読者の皆さんは、どんな観点を思い浮かべただろう?


高めるべきコミュニケーション能力として、以下の様な技術も大切だろう。

    ・自らの体験や伝えたいことを明快に表現する言語化能力
    ・聞き手の理解・定着を高められる論理構築能力
    ・主張や展望が、聞き手の感情にも訴求できる物語表現能力

これらは「伝えたい内容を適切に表現する為の要素技術」と言え、今日リーダーにとって不可欠な力であるのは間違いない。従い、最優先で鍛えるべき能力だが、今回の議論はスキル寄りの切り口から敢えて離れ、「伝える」側であるリーダーが、情報の受け手との関係性を考慮した場合に、どんな着眼点や意識をもって役割を果たしていくと良いのかという点を考えていきたい。なぜなら、現実社会にはスキル以前に意識や視座の問題も横たわっている様に思うからである。


以下をご覧頂きたい。こうした例が、自社のリーダー(自戒を込め我々も含む)には当てはまらない、と果たして言い切れるだろうか?

    ・自分の言いたいことだけ言って、「あとはヨロシク」と役割を果たしたつもりになっている勘違い
    ・1度か2度言っただけなのに、「何度言っても分かってくれない」と嘆く横着者
    ・いや~最近バタバタしちゃって、 といつも言い訳ばかりの口先人間
    ・若い連中には結局どう言っても伝わらないものよ と勝手に決め付ける知ったかぶり
    ・知りたきゃ、聞きに来るのが筋でしょうがー という筋違いの開き直りと役割放棄

些か強調した物言いで書いてみたが、実際こうしたことを無自覚にやってしまうのは案外と多いものだ。同時に、環境の変化に伴って、リーダー達の意識上の落とし穴や盲点も増えてきているのである。


経営に求められるスピード感は日増しに高速化し、一方で情報の受け手となる組織の構成員の多様性は非常に高まっている。そんな状況下でも、競争優位の源泉としての人の可能性を最大限引き出す為に、リーダーは「組織で共有したい価値観や基本的な考え方、組織のビジョン、実行すべき戦略」など経営上必要な考え方を「伝える」上でどんなことを留意すべきなのか?「深く」、「広く」、「正確に」という観点から、「伝える」「浸透させる」ことの実践的な勘所やポイントを浮き彫りにしていきたい。

深く伝える

経営に必要な考え方を伝える「深さ」は、何に影響を与えるのか?


「深さ」とは、結局は受け手一人一人の納得とコミット、つまり腹落ちの度合いだ。一人一人が組織ビジョンの実現に拘りを持ち、戦略実行の徹底を強烈に意識しているか、など詰まるところは「成果創出」の確率を大きく左右することになる。


では、受け手の意識に深く刻み込みたいと考えるリーダーは、何をすれば良いのか?


リーダーの実践行動として、先ず「フェイス・トゥ・フェイスの説明」と「繰返し伝える」ということが頭に浮かんだ読者も多いのではないだろうか。リーダーにとって、時間という貴重なリソースを惜しげもなく投入し、我が方の意図を兎に角伝え切る為に、情報伝達の直接性と伝える頻度を高めることは効果的だ。それだけでも立派な取組と言える。更に、気の効いたリーダーであれば、説明の質的充実度合いにも抜かりがないだろう。方針に関する背景情報や、複数の選択肢からその方針を選んだ理由、今後に対する展望やリスク要因など、意思決定のプロセスや先の見通しなど、受け手と視界共有を図ろうと努力するだろう。


見える化を意識した説明責任の果たし方など、ここまでやれば上出来である。勿論、コミュニケーションのプロセスにおいて、相手に意見を述べさせるなど、具体的な思考と発言を促す問いを立てつつ伝えていくことは、受け手の納得形成の重要なプロセスである。是非、励行していきたい。


でも、それで本当の意味で受け手の深く持続力のあるやる気を引き出し、実行への強い執着心を喚起させられるだろうか?もう一段の「深さ」を追求するにはどうすれば良いかも考えておきたい。


冒頭に書いた「個々人のコミット」に着眼するとどうだろう。自分自身のことを考えるとわかりやすいが、人間がコミットするのは、納得感のあるフェアなプロセスが提供されたことによる安心も大事だが、もっとベースにあることも忘れてはいけない。極めて単純だが、「やりたい」「自分にとって関心が持てる」「利益実感が湧く」、或いは、「やらないと大変なことになる」という意識を持てるかどうかが大きいのだ。それが、パーソナルな事情と結びつけばつくほど、本人のコミットは高まるものだ。


となると、リーダーは何をすべきか?多様な個々人の労働観、モチベーションの源泉、どう成長していきたいと願っているか等、相手自身を普段からしっかり理解しておくことである。


そして組織ビジョンや全体方針の中にある重要な点を要素分解・切り出して、受け手の関心と結びつける。相手にとっての仕事の意義付けを明確に導くことである。なかなか骨の折れる作業に感じられるであろうが、「個々の能力を最大限引き出す」経営とは、手間のかかる営みなのである。


次回も引き続き「3.人々に伝える力、浸透する力」を考えます)

執筆者プロフィール
鎌田 英治 | Eiji Kamada
鎌田 英治

株式会社グロービス
マネジング・ディレクター  
Chief Leadership Officer(CLO)

北海道大学経済学部卒業。コロンビア大学CSEP(Columbia Senior Executive Program)修了。日本長期信用銀行から1999年グロービスに転ずる。長銀では法人営業(成長支援および構造改革支援)、システム企画部(全社業務プロセスの再構築)、人事部などを経て、長銀信託銀行の営業部長としてマネジメント全般を担う。グロービスでは、人事責任者(マネジング・ディレクター)、名古屋オフィス代表、企業研修部門カンパニー・プレジデント 、グループ経営管理本部長を経て、現在はChief Leadership Officer(CLO) 兼コーポレート・エデュケーション部門マネジング・ディレクター 。講師としては、グロービス経営大学院および顧客企業向け研修にてリーダーシップのクラスを担当する。著書に『自問力のリーダーシップ』(ダイヤモンド社)がある。経済同友会会員。


※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。


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