グローバル時代の理念経営~理念経営を支えるリーダーは育っていますか?
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竹内 秀太郎
グロービス講師
経営の現地化に求められる人材
「生産系従業員の離職率に比べればホワイトカラー従業員は比較的定着しています。それでも経営幹部の現地化はまだまだこれから。アメリカでは統括会社のトップまで米国人ですが、中国では部長クラスに抜擢されている中国人が数名いる程度なのが現状です。」
グロービスは2012年春に中国オフィスを開設し、国内のみならず海外でのリーダー育成支援を進めている。筆者も開設準備の一環で上海の日系企業を訪問、各社の人材育成の現状と課題をヒアリングしてまわった。上述の声は、そこで聞かれた典型的なものだ。話をしてくれたのは、日本企業の中でもかなり古くからグローバル化を進めてきており海外での経営ノウハウもかなりの蓄積がある会社の人事責任者だ。その中で最も注力しているのが理念教育。人材のリテンションには苦労が多い中で、給与だけで繋ぎとめるのは限界があるので、活躍の機会を与え(配置)、成長を促し(育成)、公正に報いる(評価)と人事施策の連動をはかる一方で、信頼関係のベースとして考え方を合わせること(理念教育)に継続的に取り組んでいる。現法トップと車座になって対話する理念研修に、中国人も喜んで参加しているという。
「よく現地の日本人の間では“中国人は信用できない”等々のいわれ方がされるが、それは大括りすぎる乱暴な話で、実際には個々人によって違います。ウチの経営は“信じて任せる”が基本。そのためには任せられるように育てる必要があります。幹部に登用するのは“最優秀よりも最適な人”であるべきだと考えています。」
本連載の冒頭に紹介した留学先のクラスメートの「日系企業はマチュアーな人にフィットしている」というフレーズにも、この上海での話は符合する。長期間に渡って持続的に高い成長を実現した企業を研究したJ・コリンズ著『ビジョナリー・カンパニー2(原題:Good to Great)』にも、そうした偉大な持続成長企業の特徴の1つに“誰をバスに乗せるか”を厳格に見極め、適切な人を選んでいるという話がある。自社の理念を具現化できる人材を獲得、定着をはかり、リーダーとして育成し、経営の現地化をどれだけ進められるかがグローバル展開を加速していく上での喫緊の課題だという企業は少なくない。
理念を活かすポイントとそれを担うリーダーに求められるもの
本連載では、理念を十分に活用できていない企業はどんな罠にはまりがちなのか、逆に、理念を経営に活かす上でどんなポイントをおさえたらよいかを見てきた。あらためて確認すると、
・理念を誰にとってもわかりやすくすることばかりに意識が向くと「形式主義の罠」に陥りがち。浸透の名の下に一方的に言葉を与え現場に唱和を強いることに終始しているとしたら従業員に対しお題目を無自覚に押し付けていると言わざるを得ない。重視すべきは、理念の言葉を表面的盲目的に鵜呑みにするのではなく、含意にある本質的な問いと向き合い、安易に妥協することなくリーダーとメンバーが自分たちの頭で共に考えようとする“共振性”の有無。
・万人受けする耳障りのよい普遍的な表現にこだわるがゆえに陥りがちなのは、その企業独自の強みを反映した「らしさ」を見失う「普遍化の罠」。本来おさえるべきは、その企業ならではの勝ち方につながる“戦略性”の有無。
・CSRを意識するがあまり本業とは無関係で持続性の乏しい営みに手を拡げてしまう「総花的CSR発想の罠」に陥ると、本来フォーカスすべき本業を通じた社会への提供価値への意識が希薄になる。着目すべきは、社会の中でなぜ自社は存在しているのかという意味合いを感じられる“有意味性”の有無。
つまり理念が経営に活かされている状態とは、理念から“共振性”“戦略性”“有意味性”が引き出せている状態ということだ。理念が、経営陣にとって、自社のあり方の基準を易きに流れることをなく常に引き上げていく規律として、従業員にとって、個の力を最大限に発揮するためのモチベーション・ドライバーとして働いている状態といってもいいだろう。
上述のような罠にはまることなく理念の効能を最大限に活かすためのカギを握るのが、理念の伝承役となるリーダーの存在だ。理念はそのままで答えを教えてくれるものではない。理念を時代背景や環境変化に合わせて再解釈し、社会の中での自社の存在意義を意味づけできるか。自社の本質的な強みを見据えビジネスとして勝てる戦い方をデザインできるか。その勝ち方を実現していく上で自分たちが自信を持って極めるべき行動を徹底し組織能力として強化できるか(図表参照)。
そのためにはリーダーに次のような力が求められる。まず時代的あるいは地域的にも異なる社会ニーズへの感度とそれに合わせて理念を読みかえる解釈力。それぞれの局面、状況における勝ち方を描く戦略構想力。そして一方的な押し付けではなく組織のメンバーたちと意味合いを共有し望ましい動き方を徹底することができる対話力。こうした力量を備えたリーダーが、組織の至る所に多数存在しているようにすることが理念経営を実現していくためには必要だ。
理念経営を推進するリーダー育成プログラム
前回紹介した経済同友会の報告書『社会益共創企業への進化』では、「後継者育成に心血を注ぎ理念を次の世代に伝承することが経営者の最大の責務だ」とし、各リーダー・ポジションの後継者候補を公正に選任し育成に相応しい機会を計画的に与えていこうという、いわゆるサクセッション・プランの考え方を提唱している。リーダー育成には経営の実戦経験を踏むことが重要なのはいうまでもない。一方で、そうした実戦を通じたOJTを補完すべくOff-JTを効果的に組み合わせることが肝要だ。リーダー輩出企業として名高い米国のGEをはじめ、スイスのネスレ、韓国のサムソン、インドのインフォシス等のグローバル企業がリーダー育成のOff-JTに熱心なことは、本連載の読者ならよくご存知だろう。
ではそうしたOff-JTのプログラムおいて、理念経営の推進という観点から盛り込んでおきたい設計上のポイントは何か。“共振性”を引き出す「対話力」、“戦略性”を引き出す「戦略構想力」、“有意味性”を引き出す「解釈力」に符合する格好で、大きく3点あると筆者は考えている。
1つは、自分の頭で考え、発信し、議論する対話の流儀を身につけることだ。“共振”するためには、上から下りてくる方針や考え方に対して、一方的に鵜呑みにするのではなく双方向で擦り合わせをするプロセスの質を高められるかが問われる。連載第2回で紹介したユニ・チャームのように、絶対的な正解のない問いに向き合い、考えを深め、自分なりの見解を持つことを組織の習慣にできると強い。会議で上司だけが一方的にしゃべっているのがあたりまえという会社にとっては相当なストレッチだが、オープンでフラットな議論から次のアクションを導きだすのがグローバルな合意形成のやり方だ。
2つめは、自社の戦略的な強みを深く理解すること。連載第4回で紹介したコマツの坂根会長のいうように、グローバルで戦うには、どんな勝負なら世界一になれるのか、自社の出自、創業来培ってきた強みを自覚的におさえ、戦略として具現化させられることが肝要だ。戦略的な洞察力を強化には、特定機能に偏りがちなOJTを補完する意味で、経営全般に関する理解が必須なのはいうまでもない。キッコーマンの茂木会長は自身の経験から、ビジネススクールで学んだ2年間は10年間実務経験に匹敵するという(http://www.globis.jp/article/2866でグロービスでの講演内容を動画でご覧頂けます)。茂木氏のいう通り、Off-JTによる集中的体系的インプットによるレバレッジが期待できる分野だ。
3つめは、社会ニーズに対しての感度を高めること。グローバルに事業展開していく上では、自分の生まれ育った時代や地域とは全く異なる環境での社会ニーズを想像できるかが問われる。いわば時間的空間的カベを超えて自社の社会的価値を定義できるか、というチャレンジといってもいいだろう。こうした感度、想像力といったものは、左脳的なロジックというよりも、五感を駆使して感じとる体験によって磨かれるという側面がある。経済の発展段階も人々の生活習慣も異なる環境に実際に身を置いてみて、はじめて感じとれることがあるものだ。年単位での現地駐在という機会を数多く用意することに限界がある中では、短期間でも良質な体験ができれば、感じ取るセンサーの起動は可能だ。
手前味噌で恐縮だが、グロービスがそうしたねらいでデザインしているのが「グローバル・イマージョン」というコンセプトのプログラムだ。この9月にクライアント企業のリーダー育成プログラムの一部をインドで実施したのも、その一例だ。提携先であるアジアトップクラスのビジネススクール(Indian School of Business)のセッションやインフォシスやタタ等の現地企業幹部の講演の他、各所得層の家庭視察、革新的な運営をしている病院の見学、孤児院の訪問といったフィールド・ビジットを通じエマージング・マーケットといわれる社会の実態を体感する内容だ。今年上海およびシンガポールに開設したグロービスの海外オフィスで構築した現地ネットワークも活用することによって、ゲストスピーカーや体験のバリエーションも拡大しつつある。
これら3つの中でも、特に1つめの「対話の流儀」を身につけることが極めて重要だ。対話にも他者との対話だけでなく、自己との対話という側面がある。もう1人の自分との自問自答、東芝の西田会長の言葉を借りれば、「自己内対話」という言い方になるだろう。(http://globis.jp/article/2897でグロービスでの講演内容を動画でご覧頂けます)。
西田氏は、判断力を鍛える上で広く深く学ぶことの大切さを提唱している。「リベラルアーツ」と「自己内対話」を学べというのは、大学院で西洋政治思想史を研究していた西田氏ならではであろう。表層的な知識としてリベラルアーツを学ぶのではなく、その思想が生まれた時代背景や提唱者の問題意識を深く想像し、その含意を現代に生きる自分自身にあてはめ、内面化していく学び方ができてこそ、自ら広く深く考える力として自分の血肉とすることができるのだ。
組織が本質的な問いに向き合い続けられるかどうかも同じだろう。理念を血肉として経営に活かしていく営みとは、リーダーたちが、おかれた状況に応じて理念からの示唆を紡ぎだす自己内対話と、再解釈した理念からの含意をメンバーたちとの対話を通じて学び共有し、勝ち方を具現化する習慣行動として徹底、進化させていくことに他ならない。
今回のポイント
✓経営の現地化の担い手として“最適な”リーダー人材の確保が喫緊の課題となっている
✓理念を活用できている企業では、ありがちな罠(形式主義の罠、普遍化の罠、総花的CSRの罠)にはまることなく、理念から有意味性、戦略性、共振性を引き出せている
✓組織の要となるリーダーたちが、それぞれのおかれた状況に応じ理念を解釈し、3つの観点(社会的価値、事業戦略、組織能力)との繋がりを見出すことにより、その効能が具現化する
✓そうしたリーダーを世界規模で質量の両面から確保するためには、OJTだけではなくOff-JTによる補完が必要。育成プログラムには、社会ニーズの体感、自社の戦略的強みの理解、他者および自己との対話を盛り込むことが望ましい
終わりに
6回シリーズの本連載も本稿が最後となります。
グローバルな事業展開を加速していく上で組織の拠り所となる理念を活用した経営の必要性が従来以上に高まっている中、本連載で提起した視点が、読者の企業での理念経営推進の一助になれば幸いに思います。グロービスでお手伝いしている数多くの企業のリーダー育成の取り組みの中で、さらに実践的な事例を蓄積し、今後続編としてご紹介できればと考えております。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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