グローバル時代の理念経営
あなたの会社の理念は、戦略性に繋がっていますか

2012.08.24

執筆者プロフィール
竹内 秀太郎 | Takeuchi Shutaro
竹内 秀太郎

一橋大学社会学部卒業。London Business School ADP修了。外資系石油会社にて、人事部、財務部、経営企画部等で、経営管理業務を幅広く経験。社団法人日本経済研究センターにて、アジアの成長展望にフォーカスした世界経済長期予測プロジェクトに参画。
グロービスでは、法人向け人材開発・組織変革プログラムの企画、コーディネーション、部門経営管理全般および対外発信業務に従事した後、現在グロービス経営大学院ファカルティ本部主席研究員。リーダーシップ領域の講師として、Globis  Executive Schoolおよび企業研修を中心に年間約1,000名のビジネスリーダーとのセッションに関与している。Center for Creative Leadership認定360 Feedback Facilitator。共著書に『MBA人材マネジメント』(ダイヤモンド社)がある。


海外エグゼクティブ・プログラムでの問い

 

「みなさんは普通でよしと考えますか」

シアターと呼ばれるすり鉢型の階段教室の席一杯に座る50数名の参加者たちを前に、ファカルティからこんな問いが投げかけられた。筆者が昨年、世界の経営教育の実情視察と自分自身のブラッシュアップの目的で参加した英国のビジネススクールの短期集中プログラムでの一場面だ。

 

普遍化の罠

一般に経営理念とは、その企業が拠って立つ信念や哲学、経営姿勢であり、企業を取り巻く環境が変わる中で、取り組む事業に変化があろうと、また異なる場所で事業活動を展開することになろうと、時代を超え、地域を超えて通用する考え方を提示している場合が多い。多角化企業で多岐に渡る事業に共通する考え方を示そうとすれば、自ずと表現の抽象度は高くなる。より多くのステークホルダーにとって受け入れられるためには社会通念に沿った普遍的なものになる。

抽象度の高い普遍的な理念になればなるほど誰にとっても違和感のないものになる反面で、その企業“らしさ”が見えなくなる。たとえば「人類のよりよい未来のために求められる価値を提供し続けます」といった文言は、どこの会社でも受け入れられる表現だろうが、“らしさ”のない万人受けする理念は毒にも薬にもならない形式的なお題目になりやすい。自社の理念がピンとこないという人に理由を尋ねると、こうした“普遍化の罠”が邪魔をしていることは少なくない。一方、理念が機能している企業では、必ずしも明確に表現されていなくとも、そこで掲げている考え方には、その会社らしい戦い方と整合した戦略性が垣間見られるものだ。

“普通でない”働き方を極めた強さ

冒頭紹介したエグゼクティブ・プログラムで盛んに引き合いに出されていたのがサウスウエスト航空の事例だ。直行便主体の路線網と整備時間の圧縮で機体の稼働率を高め、機内食等の過剰サービスを徹底的に排除しコストを抑える反面、従業員のフレンドリーでヒューマンタッチなサービスで高い顧客満足を実現している「世界最強のLCC(ローコストキャリア)」とも評される航空会社だ。同社のWEBページの「Mission」という項目には、以下のような理念が掲げられている。「最高の顧客サービス」と「従業員の尊重」という二点だけがシンプルに掲げられているのが同社らしい。

“サウスウエスト航空の理念”
サウスウエスト航空の理念は、温かい心、親しみやすさ、個々人の矜持、そしてカンパニースピリットを重んじ、最高の顧客サービスを提供することである

“従業員へ”
私たちは従業員に、学習と成長の機会を平等に保証し、安定した労働環境を提供することを約束する。サウスウエスト航空の企業価値を向上するために、創造性と革新性を奨励する。そして何よりも、私たちは、従業員を、敬い、尊敬し、慈しむとともに、従業員にはこれと同じ態度を持ってすべての顧客に接することを期待する
(英原文および理念に関する考察はhttp://globis.jp/article/844に参考情報があります)

従業員を満足させることによって従業員が自ら顧客に最高の満足を提供するのだという経営哲学に従い、「ざっくばらんに」「ありのままの自分で」「仕事を楽しもう」といったキーワードに象徴されるユニークな人事ポリシーをとっている。

たとえば離陸前の安全ガイダンスを客室乗務員が自己裁量でラップ調にしてしまうようなパフォーマンスも、顧客を楽しませるためならOK。「創造性と革新性」を生む常識はずれのノリの良さが奨励されているのだ。「『おたくの従業員は、はしゃぎすぎで冗談が過ぎる』と言う苦情の手紙が本社に届いたときも『うちの飛行機に乗ってもらわなくて結構なので次回からは他社をご利用下さい』という手紙を送ることも頻繁にある」という逸話は、「社員第一、顧客第二主義」という同社の個性的な考え方を象徴するものだ。

実はプログラムの参加者から「目新しい話ではないのになぜそんなに取り上げるのか」という疑問が提起された。日本でも1998年に『社員第一、顧客第二主義~サウスウエスト航空の奇跡』(伊集院憲弘著、毎日新聞社)という書籍が出版されているので確かに最新事例ではない。するとファカルティは、「新しさが大事なのではなく経営的重要性から考えて欲しい。不振にあえぐ世界の航空業界の中でサウスウエストほど高い利益率を維持できている航空会社はほとんどない」と答えた。理念に沿って“普通でない”働き方を徹底することが競争優位に直結し、ビジネス的にも成果を上げ続けている典型例なのだ。

“普通でない”判断の拠り所

個性的な理念の裏側に自社らしい戦い方が繋がっているサウスウエスト航空の例から連想される日本企業といえば、星野リゾートがあげられる。

歴史と伝統を誇る軽井沢の老舗旅館の経営を引き継いだ現社長の星野佳路氏は、1990年代ジリ貧傾向にあった温泉旅館経営の変革に注力、世界的に通用する日本のホスピタリティを提供するリゾートとして復活させた。そこで掲げたビジョンが「リゾート運営の達人」。顧客満足度を目標変数として設定、顧客満足を重視しながらも十分な利益を確保する仕組みを確立した。そこで培ったノウハウを活かし2001年からリゾート再生事業にも取り組みはじめ、現在では全国27ものリゾートや温泉旅館の運営受託を手掛けるに至っている。

そうした再生で共通して行われているのが各案件独自のコンセプトづくりだ。それぞれの施設が本来持っている強みが生きるターゲット顧客を絞り込み、戦略的なコンセプトを明確化する。各リゾートが目指すべき理念と戦略を再構築しているといってもよいだろう。それが、稼働率維持のため万人受けを狙いたくなりがちなところを、あえて顧客を絞り込む判断の拠り所となるわけだ。

ターゲットから外れる顧客を捨てる決断に関し、かつてグロービス主催のカンファレンスで星野社長は「一番大事なのは、社員か顧客かと問われたら私は社員と答える」と話していたのが印象的だ。
http://globis.jp/article/2261 で講演録をご覧頂けます)

リゾート運営の事業は、現場第一線のサービスを支える従業員のモチベーションの高さが競争力に直結している。そこで経営者に求められるのは、お客様に喜んでもらいたいと心底思って最善を尽くしている従業員を信じること。サウスウエスト航空の事例同様、「困ったお客様が来たら『ぜひ2度と来ないで下さい』と社員を守る」という。

同社は顧客を選ぶだけではなく、従業員を選ぶ姿勢も徹底しているのは興味深い。「リゾート運営の達人」を目指す上でベストな人材を求めることでは妥協を許さない。たとえば、同社の採用WEBページの最初の入口で喫煙者を対象外としているのも、そんな姿勢を象徴している。リゾート事業においては従業員に喫煙を認めることがなぜ競争力の低下に繋がるのかをロジカルに説明し「脱煙プログラムを企業の戦略として推進しています」ときっぱりと宣言していることには強い自信を感じる。ともすれば喫煙も従業員の普遍的な権利としがちな社会通念に囚われることなく、”普通でない“独自の判断ができるのは、事業の本質をおさえた上でそこで働く人々のパフォーマンスを最大化するためには何が重要なのかがわかっているからであろう。

どんな顧客にどんな価値を提供することを目指し、そのためにどんな人たちがどんな働き方をすることで競争優位性を維持できるのか。戦略とリンクしている理念には“普通でない”判断の拠り所となる力強さがある。そうした理念では、その実現に向け従業員が誠心誠意注力すればするほど顧客の満足度が上がり収益向上にも繋がる。その成功体験の積み重ねによって理念への信頼がさらに増していくという好循環が生まれるのだ。

今回のポイント
✓仕事の大義を想起させる理念には社員の高いパフォーマンスを引き出す効果がある
✓広く受容されることに配慮しすぎると普遍化の罠にはまり“らしさ”が見えにくくなる
✓戦略とのリンクがある理念は独自の判断の拠り所となりビジネス成果との好循環を生む

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。