グローバル時代の理念経営~あなたの会社の理念は誰のためにありますか

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テーマ
  • グローバル人材育成
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  • 管理職育成
  • 経営人材育成
執筆者
  • 竹内 秀太郎のプロフィール

    竹内 秀太郎

    グロービス講師

現場の強みを活かしたグローバル化

「社長、そうおっしゃいますけれども、こうも考えられませんか」

こんなフレーズを頻繁に耳にすることがあるだろうか。「トップダウンは絶対に大事だが、こうしたトップとミドルとの対話を経て、ミドルが組織に方針を展開していく、そんなミドルアップダウンがない会社はダメだ」、とコマツ会長の坂根正弘氏はいう(http://globis.jp/article/2316でグロービスのトップセミナーでの講演録をご覧いただけます)。

「グローバル化においては、無国籍企業になってしまわないように注意しなければならない。日本企業であれば、現場を熟知したミドルリーダーが縦横無尽に組織を動かす日本らしい組織運営の特徴を維持したグローバル企業をめざすべきだ。無国籍のグローバル企業だったら勝つわけがない。米国には米国の良さを持ったグローバル企業があるように、日本には日本の強みを活かしたグローバル企業があってよいはずだ」、と坂根氏はいう。

日本を代表するグローバル企業の1つであるコマツが重視しているのが“現場”だ。同社が事業を営む上で重視すべき価値観を明文化した「コマツウェイ」にもそれは色濃く反映されている(図表1参照)。たとえば(4)はまさに「現場主義」を謳っているが、それ以外の項目でも現場を重視した表現が随所に見られる。一般に“現場”という言葉からイメージされるのは、工場の生産ラインだが、コマツにおいてはそうした製造現場だけに限らず、技術開発の研究室も顧客との商談をするショールームも製品が使われている採掘現場等、それぞれの部門で付加価値を生み出す活動を行う“最前線”という意味で使われている。そうした最前線で働く社員の強いコミットメントとバリューチェーン全体の密接な協力関係こそが自分たちの強みであることを自覚している。そして、全てのステークホルダーの信頼の総和としての企業価値の最大化という目標は、特に現場において「モノ作り」の精神と能力を不断に強化しながら、商品とサービスの信頼性を追求することによって達成される、としている。

※図表1

“浸透”重視の罠

前回見た通り、理念がその会社独自の戦い方と結びついている会社では、どんな人々がどんな働き方をすればその事業で勝つことができるかが見定められており、理念の実現に向け従業員が誠心誠意努力することで“普通でない”卓越したパフォーマンスが引き出され、顧客満足が向上、収益増に結びつくという好循環が回っている。

サウスウエスト航空や星野リゾートの事例のように、サービス業においては顧客接点を担う現場の従業員が顧客満足のカギを握っており、コマツのような製造業においては、製造現場での品質のつくり込みや研究開発や営業等の関連部門との緊密な連携が競争力の源泉となる。いずれにしても現場最前線の従業員一人ひとりがその組織の独自の強みの具現化につながる行動をとれるかどうかが極めて重要となる。そのため経営としては、組織の末端にまで神経が張りめぐらされているように理念を浸透させることを重視する。

ところが、あまりに“浸透させよう”という意識が強く働きすぎると、かえって目指す状態から遠くなってしまうおそれがあることにも留意する必要がある。人の心理を考えれば、内容の良し悪し以前に、一方的に考えを押し付けられると反発したくなることがあるのはわからなくはない。とりわけ価値観や信条といったものは、その傾向が強くなるものだ。

自社のウェイを策定したのでお披露目の会が開催されるが、「さあこれからこれを大事にしてください」といわんばかりの説明を聞かされる社員の側は冷めている、というのが象徴的なシーンの1つだろう。特に“浸透”という言葉遣いを無自覚に多用しがちな会社では、そうした人間心理への配慮が不足しているように思えてならない。

その点、コマツウェイはその運用において受け手の社員への配慮が見られる。担当役員として、全世界のコマツでのウェイ共有を推進されていた日置政克氏は、インタビュー記事の中で次のように話されている。

“コマツウェイの特長は、強制ではなく自分の頭で考えて理解し良いと思うことを実行しなさいということです。その前提にあるのは、社員の人格を尊重するという姿勢です。”(同社CSR・環境報告書2011重点分野2「人を育てる」日置常務によるインタビューhttps://sustainability-cms-komatsu-s3.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/jp/csr/pdf/all_2011.pdfより)

同社のマネジメント層のこうした発言の中にも、つい理念を従業員に押し付けてしまう“浸透”重視の罠に陥らないような配慮が垣間見られる。

マネジメント自身に矢を向ける

くわえて特徴的なのは、上述の全社員向けの7項目とは別に、コマツウェイのマネジメント編というのがあることだ(図表2参照)。たとえば(2)には、コマツグループ各社のマネジメントは、最低でも年に2回は会社の状況と将来へのプランを、自身の言葉で部下たちに伝達せよ、と明記されている。トップダウンと現場からのボトムアップのバランスのとれた日本らしい組織運営の仕方を重視した冒頭の坂根会長の考え方にも通じる姿勢だ。よく海外では、製造のトップである工場長が空調の効いた居心地のよいオフィスに籠ったままで、滅多に現場を歩きまわることもない、という話も聞くが、コマツにおいてはそれを戒めることが明示的に示されているのだ。実際、日本だけなく海外のグループ会社でも社長と社員の対話のミーティングが頻繁に行われており、トップ自らがウェイを率先して実践することで現場の社員へのウェイの共有度も高まっているという。

※図表2


世界を見渡してもマネジメント自身に矢を向けて自らを律する規律を明文化している例を見つけることができる。たとえば、スイスを本拠地に世界100カ国以上で食品事業を展開しているネスレには、「ネスレの経営に関する諸原則」というものが定められている。その一部に「マネジメントとリーダーシップの原則」があり、(1)基本原則(2)組織原則(3)ネスレの価値創造リーダーシップ(4)ネスレの管理職にとって必要な資質と特徴(5)社員参加に関するネスレの考え方(6)ネスレ文化の原則(7)経営陣のコミットメント――の7項目の記述がある。たとえば(6)には、「異文化や伝統の尊重」が謳われているが、これはスイス国内市場だけでは小さすぎて規模の経済が実現できないので創業当初から国際的に事業を展開してきたこと、とはいえ、食製品は地元の食習慣やその国の社会的慣習と密接につながっていること、といったグローバルな食品メーカーとしての同社の出自や事業特性が反映されていることが見て取れる。これがあることで、グローバルな効率を安易に追求するがあまりに文化や伝統の違いを無視し自分たちの本質的な価値を見失うことのないようにするための歯止めにもなる。

この文書は、1980年代初めから97年まで同社のトップを務めていたヘルムート・マウハー氏が次の世代に経営を引き継ぐにあたり書き記したものだ。彼は自著の中で、文書を残すにあたって次のようなことに留意したという。

“大企業ではとりわけ、その会社の特徴や他社にない独自性をはっきりと表すことがカギになる。これを、すべての地域や事業領域に当てはまるように、また伝統や習慣、社員の心情などに配慮した表現であらわさなければならない。“(ヘルムート・マウハー著『マネジメント・バイブル』)

同社の基本原則の中には、“理論より実践”とか“謙虚に、かつスマートに”といったフレーズが出てくるが、この程度の具体性があれば、「あとは各自の解釈にまかせていいだろう」としているところに、過度に押し付けるのではなく各自が考え解釈する余地を与える配慮が感じられる。また何らかの拘束力を備えていなければ意味がないとし、(7)の項で次のように明記している。

“ネスレの経営陣は、上から下まで全員が心から会社とそのたゆまぬ発展に尽くし、上記の企業文化やリーダーシップ原則を守り抜く。仕事上のスキルや経験にくわえて、これらの原則を仕事にあてはめる能力と意思とが昇進の際には重要な基準とされる。一方、個人の国籍や人種、出身地などは、まったく影響をあたえない 。“(同上)

経営理念を深く理解し実践すべきはまず経営陣であり、それを率先できる人がその組織のリーダーに相応しい人材なのだ。コマツもネスレも共に、その組織にとって本質的に重要であるにもかかわらず、ほっておくとマネジメント自らが疎かになりがちなことに対し、易きに流れることを防ぐ経営の規律を重視している例だといえよう。

グローバルで戦える企業は、無色透明の無国籍企業になるのではなく、その出自の特徴を色濃く持ち続けるる形で組織の強みを発揮している。その色は、その企業のリーダー自身が自ら体現することによって維持されるものであり、従業員への浸透という前に経営陣が率先して実行していることが求められる。理念を真に活用できている企業では、それがわかっているからこそ、経営を律する規律としての位置づけを明確にもっているのだ。

今回のポイント✓グローバルで戦える企業は、理念が組織の末端まで浸透していることでその出自の特徴を反映した独自の強みを発揮している
✓ただし従業員への“浸透”を強調しすぎる罠に陥るとかえって共有の妨げになる
✓理念を活かすには、まず経営自身を律する規律として位置づける必要がある

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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