イノベーションを生み出す人・組織の力(下)
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井上 陽介
グロービス講師
クレディセゾン株式会社の戦略人事部長 武田雅子氏へのインタビューの後半では、イノベーションを生み出す同社の組織風土について伺います。部長である武田氏だけでなく、若手社員も社長室に行き、社長と直接議論することも珍しくないという同社。その自由闊達な社風はどのように育まれ、強化されているのでしょうか。インタビュアーはグロービス・コーポレート・エデュケーションのマネジング・ディレクター 井上陽介です。
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社長案への赤入れも遠慮しない自由闊達な社風
井上:ここまでのインタビューでは、個人の活性化を促す施策や、提案制度を創るだけでなく、真にイノベーションを創出するために戦略人事部が運用に尽力されていることを伺いました。今回は、それらの営みの根底にある企業風土についてお伺いします。どのような考え方や価値観を大切にされているのでしょうか。
武田:先程申し上げましたが当社には自由闊達な社風が生まれています。規律を守ることに厳格な金融業界のなかで、当社の自由度は珍しいです。その企業風土を支えているものとして、当社には「ヒューマニズムの風土創り」という20条の行動指針(右掲)があります。
井上:この「ヒューマニズムの風土創り」は林野社長の考えを武田さんがお聞きしながらまとめていったそうですが、特に林野社長らしさが出ているのはどこでしょうか。
武田:20項目のうち1「言論の自由を保障します」、2「女性活躍度No.1をめざす」、7「仕事も遊びも 全力投球」などに林野のこだわりがよく出ていると思います。
社内の評判でいうと、実は役員たちに「耳が痛い」という声が多いのが、「尊敬される叱り方 していますか?」と「コミュニケーション上手は聴き上手」です。自分は話を聴かないと役員が自覚するきっかけになれば、行動指針として役立っているということですね。
実は、2年前に社長の林野が原案を作ったのですが、20項目の4分の3を私が赤入れしました。その修正案に社長がまた修正を返してきます。何回も往復するうちに、普段は止めない社長の秘書が、「武田さん、そろそろ勘忍して下さい」と言ってきました。これほどにしてこだわったのは、林野が意図しているであろうことを、林野がよく使うキーワードを使って言葉にすることが重要だと考えたからです。
井上:社長の原案に武田さんがそこまで赤入れをする、社長と徹底的に議論するというプロセスがある、そのこと自体がまず素晴らしいと思います。昔から遠慮なく議論のできる組織文化だったのですか。
武田:昔からです。そのような先輩の姿を見て私も育ってきましたから、自分も若手をなるべく社長室に行かせるようにしています。時々行かせ過ぎと叱られるほどです。もともと会社全体で、議論を良しとし、意見を出さないのは悪、とする価値観が大切にされています。
さらに根本的には、林野が尊敬するセゾングループ創業者の堤清二氏の影響があるかもしれません。堤氏は、鋭い感性で文化とビジネスをつなげ、セゾングループを革新的な企業集団に育てました。堤氏は社員一人一人にも、芸術や文化に触れて感性を養うことを奨励していたそうです。若い日に堤氏の経営に触れたことが、個人の感性がイノベーションを生み出すということを信じる林野の考え方の原体験になっていると思います。
採用で重視するのは<何かに夢中になる力>
井上:「ヒューマニズムの風土創り」を基盤により良い組織を創るということにご尽力されているということとだと思いますが、採用や評価、育成についてお伺いします。採用や評価で重視されているポイントはなんですか。
武田:「何に夢中になれるか」ですね。ビジネススキルは育成で補えますが、自分が夢中になることを決める力は、育成できませんから。始めから決められたことをやりたい人は当社で働くのは難しいです。
また、評価では、もともと当社には、去年と同じことをやっていてはだめという価値観があります。それが評価にも一貫していて、たとえば、昨年と比べ、今年ならではの判断やアイディアが入っているかをみます。そして去年と同じであれば良い評価はもらえません。常に新しいチャレンジを探し、成長しようとする人が評価されます。
井上:採用は「夢中になれるか」ということ、評価では、新たなことをチャレンジし続ける姿勢を評価していく。まさに「ヒューマニズムの風土創り」との一貫性がありますね。では、人材育成ではどのようなことを重視していますか。
武田:育成のミッションはトップを走る人を作ることです。先頭を走る人達に求められるスキル・マインドは、いわゆるビジネススキルの範疇に留まりません。また会社の戦略や採用の状況によって求められる内容も変わります。先頭を走る人たちに向けた育成プログラムが今の経営課題に対応しているのかを常に考え、刷新しています。
また、育成する領域も戦略との連動を強く意識しています。たとえば、近年法人向けのビジネスが拡大するなかで法人営業が全社的な課題となっています。その際に、たとえば法人のお客様に対して、部門を超えて連携し、ソリューションを提供するために共通の知識が必要ということになれば、戦略人事部が育成に取り組む必要があります。こうした領域は、従来は営業部門が育成する役割を担っていましたが、戦略の実行上、全社的に重要であるならば戦略人事部も取り組むという判断です。
「人事は経営の中枢、経営そのものだと思ってやっています」
井上:戦略によって人事部が育成すべき内容も変わるということですね。武田様の部門名が「戦略人事部」ですが、まさに戦略と人事の結節点の機能を果たされていますね。最後に、最後にこのインタビューを読まれている人事部の皆様へのメッセージをお願いします。
武田:皆様に申し上げるというより、自分なりの人事部の考えを言葉にしますと、人事は経営の中枢、経営そのものだと思っています。企業の戦略を人・組織の観点から取り組むことによって、もたらされる成長の伸びは必ず大きくなると信じています。
また、人事部は人とつながる機能です。人事部の仕事を通じて、社会に対して貢献出来ることの大きさを実感しています。かつては人事部に革新性が必ずしも求められなかった時期があったかと思いますが、そのような経営の構造を変えていければと思います。海外ではCHO(Chief Human resource Officer、最高人事責任者)といった、経営の観点から人事戦略を考える機能が当たり前ですが、日本では必ずしも一般的ではないように思います。もちろん方法は日本流でも良いのですが、そのような構造に変えていきたいと思っています。
井上:グロービスでは四年前から企業の人材育成の責任者の皆様が集まり、議論をするCLO会議(Chief Learning Officer、経営課題の解決に人・組織の観点から取り組む責任者)という営みを続けています。戦略実現において人・組織の取り組みがドライバーとなるという考え方が非常に重要だと思っています。
経営における人事の役割を大きく捉え、戦略人事部の部長として実践を重ねてこられた武田様のお取組みはとても参考になりました。本日はどうもありがとうございました。
編集部より |
二回にわたり、クレディセゾンのイノベーションを生み出す人・組織の鍵をお届けいたしました。前回は、一人一人の個性を尊重する施策やアイデアを吸い上げる制度を創り、それらを真に実効させるために戦略人事部が動的に機能している点にフォーカスしました。 今回は、それらの営み全体を支えている組織文化とその維持・強化について伺いました。 インタビューを通じて印象的だったのは、社長と若手社員が議論することも珍しくない自由闊達な組織文化です。 また、その組織文化をさらに強化するために創られた行動指針「ヒューマニズムの風土創り」には、人間臭く、時にユーモアも感じられる迫力のある言葉が並んでいます。イノベーションを生み出すのは個人の力、その力を最大に引き出す組織にしたいという経営の本気の想いがうかがえます。そのような経営の本気度が、イノベーションを創出する人・組織創りのもう一つの鍵であることが見えてきたと思います。 本インタビューがイノベーションの成功を模索される企業の皆様のご参考になれば幸いです。 |
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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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